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いらない子?生きて帰れ!


夜である。

アステルと食事の約束をしていたが、資料室の整理をしていたら、すっかり遅くなってしまった。


怒っていなければいいけど……と、宿への道を急ぐ。

簡単にだが、資料整理の過程で各ダンジョンの傾向はなんとなく理解できた。

潜るなら『フオーン』が妥当だろう。

明日は、スプー湖を渡る船のことを調べて、冒険者として稼げそうな仕事を探して、まだ読めていない『トーク・ガワー埋蔵金伝説』の写本を読みたい。


「あ、あそこだ!」


俺は重い足をなんとか引きずって走る。

慌てて宿の扉に手を掛けると、同時に他の人と被ってしまう。

俺が掴んだのは被ってしまった人のたおやかな手だ。


「あ、ごめん……!?」


「あ、すいませ……ベルさん!?」


アステルだった。

アステルと二人で扉の把手を握ったまま、思わず目を見合わせる。


「遅れたかと思って、急いで来たんだけど……」


「あ、わ、わたくしもちょっと色々ありまして……。

あ、あの、手を……」


「お、ご、ごめん……」


俺の遅かった手がアステルの手を握っていたままだった。

慌てて手を離す。


「あ、いえ……」


なにやら気恥ずかしさを感じる。


「あの、『トーク・ガワー埋蔵金伝説』は読めたんですか?」


「いや、資料室の乱雑さを直してたら、この時間で……。

アステルこそ、足は治った?」


「あ、はい。もう、すっかり……それでですね……」


アステルがおずおずとこちらを上目遣いに見上げていた。

あ、アステルって睫毛長いんだな、と思いつつもやけに俺の心臓が高鳴る。


「な、なんだよ……」


あ、今、変に上擦った声が出た。ちくせう。変なやつだと思われたかな?


「これなんですけど……」


アステルが見せてきたのは、【冒険者バッヂ】だった。


「え、あれ?どうやって?」


冒険者になるには身元引受人が必要になる。

いざとなれば俺がやるかと考えていたのだが……。


「はい、事情をお話したら水の神殿の神殿長様がお名前を貸して下さいました!」


さすが、製紙魔導院の娘。


俺たちは食事をしながら、あれこれと話し合う。

話を聞くに、アステルが登録したのは『スプー冒険者互助会』だったらしい。

神殿長の顔が利くのがそっちだったらしい。

ついでにスプー湖を渡る船もアステルが調べてくれていたのだが、なんと次の出航は一週間後になるということだった。

結構、時間掛かるな。

大型客船で、乗ってしまえば三日で『オドブル』だが、その船が出るまで一週間も掛かる。

チケットは一人、五十ジンとかなりお高い。


「そうか……アステルが『スプー冒険者互助会』ってことは、『スプー』じゃ一緒の冒険はできないな……」


アステルが冒険者になったというのなら、一緒に冒険できれば俺はかなり楽になったはずなので、とても残念だ。

何しろ護身術としてアステルが覚えている拳技はおそらく『赤いつつ』冒険者クラスの攻撃力がある。


「え、そうなんですか!?」


「登録できるのは片方だけだからな……」


「それは残念ですね……」


「まあ、俺もまだ初心者みたいなもんだし、他のパーティーの荷物持ちか、特定条件下でしか役に立たないから、どちらにせよアステルをフォローしてやれるような状況じゃないしな。

ちゃんと面倒見てくれる冒険者を見つけて、最初はそいつから冒険のイロハを習うといいよ」


まあ、『スプー冒険者互助会』はスプー湖を中心とした冒険に特化されている様だが、冒険の入口としてはそんなに変わらないだろう。


食事が終わって、一度、それぞれの部屋に戻る。


「アレ出して」


アレ、点眼薬だ。まあ、用意はするけど。

アルの会話は唐突に声だけ聞こえるので、たまにビクッとなる。


「……向こう行ってからでいいだろ?」


「は?女の子同士の会話に交ざりたいわけ?」


「いや、技術的な説明とか……」


「するの?」


「あ……いや、さすがにそれはちょっと、マズいか……」


「つまり、ベルが来ても意味がない!っと。

アルファ連れてくからね!」


「ああ、うん……そうか……そうだな……」


俺の護衛がいなくなるけど、アルが連れていくというならまあ、いいか。

と、そうじゃなくて、アルとアステルを会わせるという目的に、実は俺は必要ない。

詳しいことを知らないアルなら、余計なことを喋る心配もない。


なにしろアルは、俺が『ロマンサー』になってしまったことも知らないし、『サルガタナス』が脳内に語り掛けてくるヤバい本だと言うのも知らない。


俺がこの調子だと、いつかバレるとは思うが……それは今じゃなくていいと思う。

何も知らないままの方が、生き返ることに執着を持ってくれそうだからな。


「んじゃ、これな……一回で二時間くらいは保つから。

一応、副作用とか調べてないから、多用は避けてくれ」


「ん、分かった」


アルに点眼薬を持たせて送り出す。


予定がなくなった……これはアレか、俺は久しぶりにゆっくり本を読んでいいやつか!?

まず、『ダークナイト・悪夢ナイトメア』の続きだな。

そうして、アルとアステルとアルファの三人がどんな話をしているかも知らず、俺は呑気に本を読むのだった。


翌朝、俺とアステルは買い物に出掛ける。

アステルにせがまれたのだ。

冒険者として必要そうな装備一式を見繕って欲しいと言われ、『スプー冒険者互助会』近くの冒険者御用達の店に行く。


アステルは本人曰く、求道士モンクである。

求道士モンクとは己の身体を武器に戦う格闘の専門家で、格闘家グラップラーとの違いは、一度に多数を相手取ることを専門にしていることだろうか。

多数を相手にするには、そもそも攻撃を食らわないことに重きを置く。

そうなると、基本は最低限の防具で身軽さを確保、武器は……素手?いや、爪とか拳を守る篭手みたいなものはあってもいいのか?

それからロープ、松明、清水の出る魔導具、解体用ナイフ、清潔な布……着火道具もアステルの財力から言ったら魔導具でいいよな。


『スプー冒険者互助会』に所属する冒険者たちは、海のおとこ的な部分が強いらしく、部分鎧でなるべく身軽さを殺したくないという者が多いため、部分鎧の種類が豊富だったのは、アステルにとってラッキーだった。

アステルは右肩と左胸だけ魔物の革鎧で守り、武器というか拳当て付きの篭手を装備することにしたようである。

全てモンスターの革を使った装備で、薄くて軽いのに硬く、さらには浮力もあるらしい。

それと、アステルは店員の勧めで腰に片刃刀を穿いている。

大型モンスター解体用の『マグロ包丁』というらしい。

これ、必要なのか?

まあ、戦闘中は置いておくことになるらしいけど。


店員曰く、防具類は『フオーン』ダンジョン地下六階層から出るモンスター『フオーン・リザードマン』の鱗を使っているということだった。

ダンジョン産なんだ……。


ダンジョン冒険者はスプー湖産の魚を好むようだし、スプー湖冒険者はモンスター肉が好きみたいだったし、お互いを必要としながら毛嫌いしているとは……なんとも皮肉だと思う。


こうしてアステルの冒険者としての装備が整う。


「あの……色々とアドバイスしていただき、ありがとうございます!

アルからお願いしてみればって言われた時、ご迷惑になるんじゃないかと思ったんですが……でも、思いきってお願いして良かったです!」


アステルと別れて、俺は『ダンジョン冒険者互助会』に向かおうかという時になって、アステルが話し掛けてくる。

ああ、アルって呼び方になったのか。

相変わらずアルは他人と打ち解けるの早いな。


「ああ、同志だしな。気にしなくていいよ!

あと、早く『ダークナイト・悪夢ナイトメア』の感想話したかったし……」


そう、アステルの装備を見繕いながら、昨日読み終えた『ダークナイト・悪夢』の感想を俺たちは言い合った。


半ば予想していたが悪夢世界は現実世界と表裏一体。破壊と再生の物語とも言えるが、暗黒卿にとってはまさに悪夢。

世界にとっては必要だった神の世代交代の話で、そのための装置として暗黒卿は利用された。

つまり、暗黒卿にとっては非常に苦い終わり方をしていた。

役目を終えた暗黒卿は世界から爪弾きにされてしまったのだ。

暗黒卿が望んだ、ただ一人の世界の城にて、玉座に眠る暗黒卿。

それが与えられた褒美なのか、罪人への咎めなのか、それが分からないままに、物語は幕を閉じた。


俺たちは大いに語り、たっぷり世界を満喫した。

なので、満足だ。


いやあ、借りて良かった。


その合間に装備を探したので、ついゴツイ装飾過多な装備を勧めそうになったのはご愛嬌だろう。


あ、装備と言えば、アレを渡しておこうと思ったんだよ。

俺は用意しておいた自作『芋ん章魔術』の『煙幕』を取り出す。

普段は俺が右腕装備にしているやつだ。


「これ、持っていってくれ……」


「これは?」


「煙幕の魔術が使える『芋ん章魔術』だよ……。

さすがにインクは用意してないから、使う時はこうやって、針で指先を傷付けて、ここに血を流し込む……ボタンを押したら、魔術符を引き抜いて……」


実演して見せる。


「相手の視界を奪えるから、アステルなら有効利用できると思う。

他には狼煙としても使えるから……」


「よ、よろしいんですか!?」


「こっちが追加の魔術符ね!あ、アステルはそんなことしないだろうけど、勝手に開けたら中の紋章魔術は壊れる仕組みになってるから……」


他の奴に勝手に触らせたりしないほうがいいよ、と言う前にアステルは両手でがっちりと受け取った。


「お借りします!あ、使った魔術符?というのは後でお支払いでいいんでしょうか?」


「……いや、生きて帰ってくれたらそれでいいから!」


おっと、つい大真面目な顔で言ってしまった。

まあ、俺にとっては切実な問題だ。

アルを生き返らせるのは当然として、同志アステルに死なれるのは色々な意味でとても困る。主に本関係で。


「……はい。必ず!」


彼女はやはり真剣な目つきで、しっかりとこちらを見据えて応えた。

俺よりもよっぽど真摯に、冒険者をやろうと考えたみたいだ。


そうして、俺たちは別れた。

さて、俺も稼げそうな依頼を探さないとな。


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