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ネクロマンス!ネクロマンサー……

戦闘が続いている。


「アヤ、馬車にこれ以上敵を近付かせるなっ!

エモ、左だっ!」


「ちくしょう!ロンチの仇だ!」


「なんで、降伏したじゃねえか!」


「うるせえ!始まっちまったんだ、怖気づくな!」


冒険者側はマチャを中心に動き回って、なるべく囲まれないように、立ち回っていた。

山賊側はなし崩しの戦闘に納得いっていない奴がいるのか、人数は圧倒的だが足並みが揃っていない印象がある。

だから、略奪に走るやつもいれば、冒険者を殺そうとするやつもいる。

前の馬車では乗客に不逞を働こうとするやつもいる。


「ベル!手伝って!」


アルが団子状態から雪崩状態になった他の乗客を助けようとしていた。

今、点眼薬を使っていないが、上から一人ずつ、不可視の力で地面に寝かされていく俺が乗っていた馬車の乗客を見れば分かる。

アステルは自力で転がって、地面に伏していた。

息も絶え絶えなおばちゃんは話好きで、リボンを編むのが趣味だと言っていた。

商人のおっさんはこの馬車のリピーターで、「君たちの護衛なら安心だからねえ」とか言ってたっけ?


「アル、悪いけどそっちよろしく……俺はやることあるから……」


懐から魔晶石を出す。ガンベルトから魔法陣を抜く。

正直、この理不尽に対して、俺は怒っていた。

そして、心の奥で今にもまた噴出しそうな感情の波も、ぐらぐらと揺れていた。

自分で自分に言い聞かせる。

冷静に。感情の波に攫われるな。冷静に。冷静に……。

やるべき順番を間違えるな。

まずは敵への対処だ。俺は死ぬ訳にいかない。

俺が死んだらアルを生き返らせるやつがいなくなるからな。


そのためには、敵を殺さなければならない。


あれ?いや、排除しなければならない。

使えるものは全て使う。

それの対処は、敵を殺してから考えればいい。


奴を、百鬼夜行を名乗る『蒼爪のジテン』を許さない!


俺はぶるぶると頭を振って、その考えを振り払う。

恐らくはポロの感情。ポロのGPを取り込んだことによって、ポロの『とても強い願い』をも取り込んでいるらしいと、頭の片隅が訴えている。


俺は『取り寄せ』の魔法陣を拡げて、魔晶石のオドを吸わせる。


「来い!ポロ、サンリ!」


魔法陣の光に吸い寄せられるように、何人かの山賊が寄ってくる。

光の中から黒いロープを纏った二人の人物が浮かび上がる。

薄い刃の煌めくファルシオンを持つゾンビ、ポロ。

重い鉄柄に黒魔鉱が月明かりすら吸い込むような斧槍を持つゾンビ、サンリ。

ローブの中は腐敗が進んで大変なことになっているが、強力な『消臭』の魔術で匂いはしない。

そんな異質な二人。


「なんだ?あいつら?」


訝しげな目で見られるのも仕方がない。

俺は命令する。


「山賊だ。殺せ!判断は任せる。迷うなら殺すな!」


サンリもポロも賊に詳しい。まあ、迷うことはあまりないだろう。

何しろポロは奴らを殺すために『ロマンサー』になったし、サンリは元『赤鬼夜行団』という山賊集団の頭目だ。

二人はこちらを見ている山賊から始末することにしたらしい。


「刃向かうやつは殺せ!刃向かわないやつも殺せ!とにかく殺せ!皆殺しだ!ひゃーはははははっ!」


前の馬車の方で青鬼仮面が悦に入って叫んでいた。

それを聞いた瞬間、訝しげにポロとサンリを見ていた山賊が弾かれたように武器を構えた。

ポロとサンリは任せておけばいい。


俺は青鬼仮面を睨みつける。

横転した馬車が死角になっているのか、こちらには注意も払っていない。

青鬼仮面は周囲を五人の部下に守らせて、前の馬車から逃げ出してくる乗客を一人、また一人と嬲るように切り裂いていく。

狼顔獣人ロンチの仲間である冒険者がその凶行をやめさせようと突っ込むが部下たちに阻まれてどうにもできないようだった。どころか、横合いから襲いかかる山賊に手傷を負わされていく。

焦りが冒険者たちに隙を生み、格下であるはずの山賊程度も始末できずにいる。


「な、何もんだ!?」


横転した馬車の床側、馬車を挟んで反対側からマチャの声がする。

なるほど、そっちで頑張ってる訳か。


「マチャ、あれ!」


包囲網を敷いている山賊たちに、ポロとサンリが襲いかかる。


「味方……なの?」


マチャに注意を促したのはアヤで、今の疑問はエモか。


「味方だ!俺が魔術で出した!」


「ヴェイルさん!」


エモが喜色満面という声を挙げる。

馬車のこっちとあっちで声を掛け合う。


「まーだ奥の手隠してたにゃ、アイツ!」


「ああ……」


イオは余裕が出たってことか。語尾がビジネス口調になったってことはそうだろう。

あと、記憶にない声。これはノマか。


山賊との戦闘は前の馬車の方で青鬼仮面とその部下と数名の山賊対ロンチ以外の冒険者たち。

横転した馬車の床側で『イオと愉快な仲間たち』対山賊たち。

それ以外に、馬車から乗客が逃げ出したりしないように松明を持って包囲網を敷いている山賊たち対ポロ、サンリ組という感じになっている。


俺の居る屋根側には、山賊がいない。

いや、いなくなったというべきか。

横転した馬車の屋根にある荷物を確保しようとした奴らは、吹き飛んだ屋根の巻き添え、こちらに気付いた奴らはアルファとポロとサンリが始末したからな。


アステルは生きているようだが、俺を守って怪我でもしたのか、地面に伏している。意識を失っているのかもしれない。

こちらの馬車の乗客たちはアルの尽力でようやく地面に並べられたところだ。

下敷きになった人たちは生きてるかどうかも分からない。

確実なのはおばちゃん他、数名が時折、痛そうに呻くので生きていると分かるくらいだ。


「ぐあっ!」「コウザ!」


叫びにそちらを見れば、前の馬車で戦っていた冒険者の一人が倒れた。

マズイな。前の馬車は横転させられてはいないが、扉近くに五人ほど死体が積み重なっている。近くにはロンチも倒れているし、今また一人が倒れた。


「そっちは逃げられるか!」


マチャの声。


「俺だけならな……」


俺は小さく応じる。


「なんだって?」


マチャが聞き返してくる。

本来なら逃げたいところなんだけどな……。

アステルを見捨てるのも寝覚めが悪いし、何より他の乗客を見捨てて逃げるなど、アルが許さないだろう。

俺は声を張り上げる。


「無理だ!乗客は全員倒れている!」


「援護、行きます!」


エモが言うが、こちらはアルもアルファもいる上、特に山賊が迫っている訳でもない。


「大丈夫だこちは任せてくれ!エモはそちらを頼む!」


「は、はい!任されました!」


さて、何故か物凄く良い返事をエモからもらったが、できるだけの応急手当くらいはするべきか。

俺が他の乗客の様子を確認しようとすると、声が掛かる。


「おいおーい、この状況で逃げねえとか、肝が座ってんのかー?それとも、恐くて頭がおかしくなっちまったかー?」


青鬼仮面がこちらを見ていた。

ちょうど、青鬼仮面の五人の部下が一人の冒険者を囲んで、もう一人の冒険者も山賊と切り結んでいるため、身動きがとれなくなっている。

そして、馬車の近くに積み上げられた死体は六体に増えて、狼顔獣人ロンチとその仲間のコウザと呼ばれていた冒険者は倒れている。


青鬼仮面は手甲から飛び出している武器の爪から、丁寧に肉片を剥がして捨てながら、こちらに歩いてくる。


「遊び相手が足りねえんだ……相手してくれよ……」


ああ、俺が一人だと思って、嬲りに来たって感じだね。


「おい、お前、『蒼爪のジテン』だろ?」


今、また俺の【ロマンサーテスタメント】が熱を帯びて、黒いドロドロのマグマみたいな感情が押し寄せてきている。


「クククッ……知ってんのかよ?

どっかの村の食い残しか?ああ、村の名前は言わなくていい……どうせ覚えてねえからな……」


「……だろうね。はじめましてだしね。

そんで、さようならだ。アルファ!」


俺の呼び掛けにアルファはすぐさま答える。

ポルターガイスト能力の衝撃がジテンの青鬼を象った仮面を揺らす。

仮面が、かんらと落ちて転がる。瞬間、俺は見逃さなかった。

ジテンの仮面は魔導具だ。衝撃が当たる瞬間、魔法陣が光ったぞ。


俺はすぐさま『炎』の魔術符を抜く。


「魔導具使いかよ、めんどくせぇ!」


ジテンの顔は火傷で酷いことになっていた。

かと言って、火を恐れる様子は見えない。


「アルファ!」


「うおっと!」


アルファのポルターガイスト能力による衝撃波を、ジテンは掲げた爪で受けた。


受けるのかよ!いや、イオたちも稀に避けたりしていたのだ。

あり得ない話じゃない。


「ああくそっ!面妖な技、使いやがって!」


ジテンは距離を詰めてくる。

アルファの衝撃波に度々、足を止められるが、決定打にはならない。

魔術符の火球を無駄と知りつつも放つ。

だが、アルファが俺の動きに合わせて、衝撃波を使う。


ジテンは火球を避けるべく横に逃げる。

火球の性質が分からないため、安全策を取ったのだろう。

だが、アルファはそれを予想していたのだ。

左にステップしたジテンの左側から衝撃波が襲い、ジテンは身体をくの字に曲げて地面を転がる。


「まだだ!」


俺は言いながら魔術符を抜く。

ジテンは俺に、魔導具使いは面倒だと言ったが、まったくだ。

あの袖が大きい服にも、防御の魔法陣が仕込まれていた。

大きく吹き飛んだが、それほどのダメージにはなっていないだろう。

だが、俺にはひとつ思うところがあった。


倒れたジテンに魔術符を破いて、特大火球をお見舞いする。


「くっそ!こっちは転がってんだろうが!」


「死んだふりでもするつもりだったか?」


ジテンはゴロゴロと逃げていく。


「なんで、バレたんだ!」


「魔法陣は発動時に微弱ながら発光する。来世では気をつけるんだな!」


さらにもう一発、特大火球で追撃だ。しかも、相手の動きに合わせて、少し先に放つ。

真芯で捉えるとは行かなかったが、爆発の余波で服はかなり焦げた。

やっぱりだ。


俺の確信は、ジテンの魔導具は対人間用だろうということだった。

モンスター相手なら気をつけるべきは魔法だが、ジテンは人間を襲う。

対物理攻撃用の魔法陣を使っているなら、オドを元にした魔術攻撃なら、防御を突破できるのではないかと睨んだのだ。


「てめぇ!これが幾らするのか知ってんのか!」


ジテンはどうにか立ち上がる。

ボロボロと炭化した繊維が落ちると、中には金属を編み込んだ鎖帷子モドキを着込んでいた。

どんだけ防御特化だよ!


「知るか!死ね!」


三枚目の魔術符も判子を押して、引き抜いたらすぐに魔法陣を壊す。特大火球だ。

俺は焦っていた。

ジテンの五人の部下が、こちらに気づいてジテンの後ろから近付いて来ていた。


ジテンは前回り受身の要領で特大火球を躱す。

アルファの衝撃波がジテンの動きに合わせて放たれるが、ジテンは立ち上がると同時に、サイドステップしてそれを躱す。

こいつ、避けすぎだろ!


下手したらジテンは上級冒険者並の力量があるのかもしれない。

だが、特大火球の爆発に後ろから向かって来ていた部下の二人が巻き込まれる。

馬車の床側、マチャたちの方から「うおっ、なんだ!」「何が起きて……ぐぁっ……」などと声がする。

派手な音と光で山賊たちは注意を惹かれ、その隙を上手くマチャたちが生かしたらしい。

まあ、マチャたちとは何度も模擬戦をしたお陰で、俺が色々な魔術を使えると思われているからな。動揺が少なかったんだろう。


そして、俺とアルファが戦っている間、どうやらアルは吹き飛ばした屋根まで、剣を取りに行っていたらしい。

空中を剣が飛んでいた。

普段のアルなら、雄叫びのひとつも上げているところだろうが、ジテンの強さを感じたのか、無音で走って来ていた。

奴らの注意を惹き付けないと。


「くそっ!来るなっ!」


俺は両手に魔術符を持って、噴き出す炎を振り回す。


「おいおい、形勢不利を悟った途端に狼狽えすぎだろ!これだから場数を踏んでない冒険者ってやつはよぉ……」


ニヤニヤとジテンは爪を構えて笑う。もう少しか?

俺は泣き叫ぶように名前を呼ぶ。


「ポロ、サンリ、来てくれ!」


「サンリ?聞いたことある名だな?

まあ、似た名前のやつもいるしな……」


ジテンは一瞬、考えるように、構えを解いた。

今だ。俺は両手を前に出して魔術符を突き出す。

そろそろ魔法陣が壊れる頃合だ。ちょうどいい。

そして、真顔で教えてやる。


「赤腕のサンリ。今じゃ俺の下僕しもべだよ」


それを聞いたジテンは黒いローブの二人を確認するべく首を巡らせた。

そこからは、一瞬だ。ズブリ、と鎖帷子を突き破るようにアルの剣が刺さる。

ジテンの脇をすり抜けるように二つの火球が飛び、ジテンの部下たちに襲いかかる。


「あ?」


ジテンがこちらを見る。それから自身の脇腹に突き立つ剣を見て、崩れるように倒れた。

ジテンは顔だけをこちらに向けて、血泡混じりに「なん……で……?」と言って死んだ。


「そりゃ、俺が死霊術士ネクロマンサーだからだよ……」


ジテンにだけ聞こえる声で、もう聞こえていないジテンに言った。

この時、俺は予感がしていたのかもしれない。


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