ダークナイト!殺せ!
それから五日。
ついに領境を越えて『スプー』へと入った。
途中、モンスターの襲撃は何度かあったが、『イオと愉快な仲間たち』の敵ではなく、とても安全な旅路だった。
ちなみに、『イオと愉快な仲間たち』は本当にそういうパーティー名だった。
猫耳獣人であるイオは完全に広告塔だ。
戦闘時、主導権を持っているのは美少女おっさんなマチャだった。
まあ、分かりやすいネーミングだとは思う。
それと、ここまでの間に三回ほど、アルとの模擬戦の機会を得た。
はっきり言って、アルは劇的に強くなった。
『赤みっつ、緑いつつ』冒険者集団である『イオと愉快な仲間たち』は中級冒険者ながら、かなりの実力者だ。
『ヂース』までの道中で知り合ったダインやカンドゥよりもよっぽど強い。
ダインは『赤いつつ、緑ふたつ』冒険者だったから、功績としてはイオたちとそれほど大きく違わないはずだが、やはり誰かを守るために振るわれる剣の方が実力が必要なのかもしれない。
そんな実力者に斬られまくったアルは、次第に斬られる回数が減っていく。
死線で踊りまくった故か、二百回斬られたアルは、次には百回、更に次は七十五回、そして昨日は五十回斬られるだけで済んでいた。
ちなみに仮想俺こと木の枝は、最初こそ四勝一敗だったが、三回に一度くらいの割合で斬られている。
イオたちに言わせると、「なんとなく、間合いが掴める瞬間があるにゃよ」ということだった。
アルファのポルターガイスト能力も万能ではないということを俺は思い知らされた。
生前のアルの鎧に仕込んでいた魔法防御の魔法陣のように、何かしら防御手段を模索した方がいいかもしれない。
痛いのは嫌だしな。
『塔』に帰ったら、考えてみるか。
それから、大事なことがひとつある。
ついにアステルが『ダークナイト・悪夢』を読み終わった。
今は俺が借りている。
暗黒卿ロストワルドの今度の冒険の舞台は神魔戦争が巻き起こる時代と、表題にある悪夢の中だった。
昼は神魔戦争、夜は悪夢の中と休む間もなく戦い続ける暗黒卿ロストワルド。
ふたつの世界は複雑に絡み合い、倒したはずの神が悪夢の中では味方だったりとなかなかにソソる展開だ。
謎だらけで、妄想が膨らむ。
今、俺は夢中になっている。
って、暗いな……本が読み難い。
ふと顔を上げれば、窓の外は次第に暗くなっていっている。
ああ、そういえば、あと幾らかで次の村だから、今日は多少無理して、夜道を行くみたいなこと言ってたような気がする。
俺は普段から装備するようにしている『光』の魔術符で明かりを作る。
これで続きが読める。
「あの、それ売ってもらえませんか?」
ん?今、馬車に乗ってるのはエモか。
「夜道は危険なので、明かりがあると助かるのですが……」
話しかけられると、続きが読めない。
面倒なので、無言でぺったん。魔術符を渡す。
「お幾ら支払えば……」
「ああ、いいから、話しかけないで……」
俺は目で暗黒卿の活躍を追いながら、適当に六枚くらい、ぺったんして渡してやる。
外に居る連中と馬車用にそれぐらいあればいいだろという、瞬間的な計算だ。
「あ、ありがとうございます……」
「お前が行くと言うなら、私は幾らでもお前の道行を照らすよ……それが、私の望みでもあるのだから……」
悪夢の化身に追い詰められた暗黒卿を、相棒である知性ある剣アールガートが優しく諭す。
ヤバい、アールガートだってボロボロなんだぞ、これじゃこれからアールガートが砕かれる未来しか見えねぇ……。
「え……あ……ありがと、ござ……。
み、皆に渡して来ますねっ!」
ゆっくりと進む馬車からエモが魔術符を大事にしまって、大剣を手に飛び出す。
急に大きな声を出すから、思わず顔を上げたら、ちょうどエモが飛び出したところだった。
あれ?エモって熱でもあるんじゃないか?
たまたま見えた首筋が真っ赤だったぞ?
びしっ!
「いってぇ!」
思わず額を抑える。アルのデコピンだ。
いきなりなんだよ!?また、暇なのか?
「ああ、もうそこまで来たんですね!」
アステルだ。俺、またセリフ呟いてたか……。
でも、アステルにも同じ癖があるからか、不思議とそんなに恥ずかしくない。
「うん、ヤバいな、ナイトメア!」
「その辺りはダークナイト節って感じですよね!」
「ああ、もうアールガートが砕ける未来しか見えねぇ……」
「ふっふーん……」
アステルがニヤついて俺を見ている。
ちくせう、それはこの先の展開を知っているから、敢えて言いませんけど、大変なことになっちゃうんですよって目だな!
「言うなよ!」
ネタバレ禁止と注意しておく。
「ええ、もちろん!」
アステルのニヤニヤが止まらない。
もう一度、ちくせうと思いながら読書に戻る。
アステルもひとしきりニヤついて満足したのか、俺が貸した『師の言葉』に戻るようだ。
それから、アールガートの決死行が描かれる。
悪夢の中ではいかな魔剣アールガートとて、十全には力を発揮できない。だが、暗黒卿のために活路を見出すべく、悪夢の化身へと単身挑むアールガート。
ああ、無惨。その戦いの中、アールガートの刃は欠け、刀身に罅が入っていく……そして、遂に、悪夢の化身を倒すのと引き換えに、アールガートの身は中心から砕け散るのだった。
うわぁ、やっぱり……。ど、どうするんだ暗黒卿!
アールガートは半ば自身の半身みたいなもんだろ!
と、馬車が止まる。
おお、いいところで馬車が着いたか……こ、これは早いとこ宿を決めて、続きを読まねば!
俺は急いで馬車を降りるべく、扉を開く。
「開けるな!」
外から強い力で扉を閉じられた。
は?なんだよ!?
俺がもう一度、扉を開こうとすると、外から声が聞こえてくる。
「……ほら、早く決めてくれねえかな?
次の馬車が来ちまってるだろ?」
いかにも粗野と言うようなダミ声が響く。
「どうすんだよ!荷物の半分置いて通るか?それとも、ここで全滅しとくかっ!」
恫喝する声。これって……。
「賊か?」
「え!?」「まさか、ここで!?」「なんだって!」
俺の呟きに馬車の中が騒然となる。
あ、しくじったな……。
「おい、ロンチ!まさか降る訳じゃねえよな!」
この声は美少女おっさんのマチャか。
「うるせえ!こっちは客の命が掛かってんだ!」
俺は首元のゴーグルに魔石をセット、外にいるやつらの視線を『盗み見』させてもらう。
ゴーグル備え付けのダイヤルを回して、外の様子を確認する。
ああ、山賊だな。
俺たちの馬車の前で一台の馬車が足を止めている。
この馬車が足を止めたから、俺たちは逃げられず止まるしかなかった訳か……迷惑な。
パッと見でも山賊は二十人くらいいる。表に出てきているだけで二十人ってことは、大規模だな。
荷物を半分……とか言ってたな。
あ!ガラクタで荷物を増やすってのは、半分置いていけば見逃すとかって不文律があるからか!
訳の分からん風習かと思ってた……。
「大丈夫だ!こっちと合わせれば冒険者は九人もいる。
勝てる!」
マチャが話しかけているのは、ああ、犬顔じゃなくて、狼顔獣人。あいつロンチって名前なのか。
俺は外の声に集中しながら、ダイヤルを回して、外の様子を窺う。
「おいおい、こっちじゃ、荷物の半分で見逃すなんて、温いことがまかり通ってるのかよ……」
青い鬼の仮面をつけた男が街道の脇から五人の仲間を連れて出てくる。
袖が大きく開いたヒラヒラした服を着て、腰の辺りで手を後ろに回していて、偉そうでキザったらしい感じだな。
これで二十六人……。どんだけいるんだよ。
「いや、こっちにはこっちの流儀ってもんがある。口出しはやめてもらおうか」
「はんっ!そりゃ誰に言ってんだ?お前らがウチの傘下にはいりてーってから、わざわざこんな田舎道まで出張ってやってるってのによぅ!」
「いや、ジテンさんよ。そりゃ分かってるが、俺たちゃこのやり方で兵士共を抑えてんだ!皆殺しじゃ上手くねえ……」
ん?何か俺の中で疼くものがある。
それはそうと、青鬼仮面がジテンって名前で、どうやら山賊共をまとめてるのは、ダミ声の男か。
傘下とか言ってたから、もっとデカい組織の下について、規模の大きな仕事をしようとしてるとか、そういうことなのか?
うっ……!なんだ?胸の辺りが熱い……。
俺は自分の胸元を抑える。
チャリ……と音がする。これはペンダントにして隠してる【ロマンサーテスタメント】か?
「ま、待て!降伏する!荷物の半分を渡す。
見逃してくれ!」
これは狼顔獣人ロンチの声。
「おい!ふざけんなロンチ!」
これはマチャだな。
「ちっ!お前らだけだぞ……」
ニヤつくような声は青鬼仮面ジテンだ。
おい、ダメだろ!荷物の半分とか、アステルの持ってる本の中には、俺がまだ読んでないのがあるんだぞ!
「あ、ああ……。悪いな、マチャ……」
申し訳なさそうな顔をした狼顔獣人が後ろのマチャに頭を下げる。
「あ、馬鹿っ!」「ロンチ、後ろ!」
俺もつい声を出してしまう。マチャも気付いて声を挙げるが、少し遅かった。
「百鬼夜行に見逃すなんてねーんだよ!」
青鬼仮面のヒラヒラした袖から真っ青な色の爪が飛び出す。
そして、後ろを向いたロンチの背中を引き裂いた。
百鬼夜行……。俺の【ロマンサーテスタメント】から、俺がGPを奪うために殺したポロの感情が流れてくる。
うぐぇっ……なんだ、これ……真っ黒なマグマみたいな……ふつふつと煮えたぎる、滅茶苦茶な感情……。
《ベル!呑まれるな!冷静さが売りじゃろうがっ!》
どこからか頭の中に言葉が流れてくる。
誰だ!?なんだ!?うぅっ……気持ち悪い……いや、気持ち良い……感情の波のようなものが俺の中で荒れ狂う。
「ベルさん!しっかり!」
女の声が聞こえて、俺を押さえつける。
俺は狭い馬車の中でのたうち回っていたらしい。
いくつもの手が伸びてきて、俺を押さえつける。
「ぐあぅ……うぅっ……なんっ……ぐぉ……」
「ベル!」
ああ……アルの声だ。これだけは分かる。
あまりの感情の波に、目の前が真っ暗になって、何が何だか分からなくなっていても、この声だけは分かる。
光だ。これは俺の光……。
そう思うと、急に目の前が開ける。
暴れた拍子にゴーグルは吹っ飛ばしてしまったらしい。
馬車の中?アステルに抱きしめられていた。
でも、別の温もりも感じる。
「アス、テル……」
「大丈夫ですか?」
ああ、ようやく感覚が戻って来た。
そう感じると、身体中が痛い。のたうち回った時にぶつけたか。
「ああ、ごめん……」
「だ、大丈夫かい……」
おばちゃんが吹っ飛んだゴーグルを拾ってくれた。
「ああ、もう……」
大丈夫、と言おうとした時、馬車が揺れる。
「やめろ!やめてくれ!ぐあっ!」
「「「せーのっ!!」」」
馬車が浮いたと思うと横倒しになる。
馬車の中にいた俺たちはパニックだ。
バキバキ、とか、メキメキ、とか音がして、乗客は団子状態で転がる。
「ベルさん!」
「痛ぅっ……」
幸いと言っていいのか、俺はアステルに抱きしめられていた為、大きな怪我はない。
「うぅ……」「痛い……」「どい、て……」
他の乗客の呻き声が聞こえる。
外からは鉄と鉄が打ち合う音、誰かの叫びが響いている。
馬車の扉は上にある。
「アステル、大丈夫か?」
「うう……」
俺とアステルは扉側にいた為、他の乗客の上に被さる形で落ちた。お陰で動ける。
もう、何かに構っている余裕はない。
『炎の芋ん章魔術』を用意しながら、俺は声を挙げる。
「アルファ!屋根でも床でもいい、壊せるか?」
ぼごっ!と音がして、屋根が吹っ飛ぶ。
どうやら、屋根は横倒しになった時に脆くなっていたらしい。
支えがなくなって、俺たちは雪崩のように崩れる。
屋根が吹き飛んだ時に男の呻きが幾つか聞こえたが、荷物を奪おうとした山賊か?
上手く死んでれば、ラッキーだな。
俺は立ち上がって、辺りを見回す。
山賊の一人と目が合った。
いきなり吹き飛んだ屋根に驚いて、前の馬車の荷物を奪おうとしていた山賊が驚いたような顔をしていた。
俺はそいつを指さして言った。
「アルファ、殺せ!」
「はい!」
そいつは思い出したように、剣を抜いて、こちらに歩み寄ってくる、その途中で頭が爆ぜた。