ゴーレム?モニカさん!?
良いお年を!
二日後。
俺はフラフラしながら、日が暮れた頃、家を出た。
何しろ資料とにらめっこしながら、二日も徹夜だ。フラフラにもなる。
《お、おい、ベル。そんな状態で行くのか……》
『サルガタナス』が心配そうに鞄の中から声を掛けて来る。
「行くしかないだろ……そろそろアルが腐っちゃうよ……」
アルは可哀相だけど、冷凍食料庫に引越しさせた。
これで多少は保つといいけど……。
テイサイートの街まで三時間、俺は街外れの墓地に来ていた。
テイサイートの街は、夜になると入れなくなるが、俺が用があるのは街外れの墓地なので問題はなかった。
辺りに人気がないのを確認して、墓地に入る。
適当なところで布袋いっぱいに土を貰うことにする。
スコップで土をジャリジャリとかき集めては、袋に入れる。
「おい!誰かいるのか!」
魔導具の仄かな灯りがこちらを照らす。
恐らくは墓守の見回りだろう。
「やべっ!」
作業を中断して、逃げ出す。
袋には半分ほどの土しか入っていないが、とりあえずは問題ない。
「待て!」
俺は補充しておいた『芋ん章魔術』をペッタンして、準備する。
分かってる。俺の基礎体力じゃ逃げられない。
案の定、すぐに肩を掴まれる。
「こんな夜更けに、一体何をしてやがった!顔を見せろ!」
俺はぎゅっと目を瞑った。振り返り様に魔術符を破る。
ピカッ!
「ぎゃっ!」
墓守の叫びが聞こえて、俺から手が離れる。
用意していたのは、灯りの紋章魔術だ。
六時間、紋章が光って辺りを照らすだけの魔術だが、破くことでその光量を一瞬に凝縮できる。
結構強い光になったているので、墓守の視力が回復するのには暫く掛かるだろう。
瞼の裏で閃光が収まったのを感じて、目を開けると走って逃げたのだった。
家の塔に帰り着いた俺は、ヘトヘトになりながらも、ようやく最後の仕事が終わったと、安心していた。
ん?
ストーンゴーレム?
もちろん、作った。
ダンジョン産のストーンゴーレムみたいに滑らかに動かすのは無理だが、錬金魔導具の産物であるストーンゴーレムは、知識と職人としての腕があれば作れる。
何しろ俺の錬金技士としての腕は、まだまだ半人前。
だから、教本と首っ引きで、二日も徹夜して作った。
サイズは暴走しても何とかなるように二十センチくらいで。
小さく作るって難しい。
母さんの工房にあるクズ魔石を動力源にしたから、ちゃんと動いた時は感動した。
でも、動ける時間が短いので、その間に倒す方が大変だった。
俺の腕力だとトンカチとミノで削るようにして倒したんだけど、徹夜明けで腕に力が入らないし、目がしょぼしょぼして、自分の手を叩いた時は死ぬほど痛くて悶絶した。
そして、墓場の土が揃ったことで、ようやくゾンビパウダーの作成に取り掛れるのだった。
墓場の土は天日干しで乾燥させる。
その間は、寝て待つ訳にもいかないので、ストーンゴーレムの破片をトンカチで延々と砕き、石臼でグレアムの木の根も粉にする。
クズ魔晶石も同様にトンカチで叩きまくる。
腕が痛い……。
眠い……。
墓場の土は乾燥して砂状になったら、乳鉢と乳棒で材料を全て混ぜ合わせて、粉になるまで混ぜながら磨り潰す。
結果、黄灰色のゾンビパウダーが出来た。
「か、完成……だ……」
月が出ている。
三日も徹夜してしまった。
だが、これもアルのためだ。もうすぐアルは動けるようになる。
空いてる小瓶にゾンビパウダーを詰めると、俺は食料庫に向かった。
トントン……と家の扉がノックされる。
食料庫に入る直前、俺の足が止まる。
誰だ?
続けてまた、トントン……とノックされる。
じいちゃんは王都に行ったからまだ帰って来る訳ないし、母さんもこんな簡単に帰れるとは思わない。
トントン……トントン……ドンドン……ドンドンドン!
次第にノックは強く大きくなってくる。
くそ!こんな大事な時に……。
俺は嗄れた声でなんとか言葉を返す。
「……はい……はい!」
玄関に向かって、扉を開けずに対応する。
「……っ!ベルくん!?居るのっ!?」
この声は!?
ヤバい……アルの姉さん、モニカさんの声だ。
どうする?どうしたらいい?
だが、ここで無視する訳にもいかない。
仕方なく扉を開く。
忙しなく扉を引いたモニカさんが俺の顔を見るなり、ぎゅっと俺を抱き締めた。
「良かった……本当に良かった……宿のお客さんがね、アルが冒険で死んだって……一緒にいたベルくんも、死んだんじゃないかって話してて……怖かったよね……大変だったね……」
モニカさんがその綺麗な瞳いっぱいに涙を溜めて、もう一度、俺を見ると、また強く抱き締めてくる。
そうか、クロットさんとフロルさんはアルの宿に泊まってたのか。
でも、それにしては情報が伝わるのが遅い気がする。
アルが死んで四日。俺ですらその日の内に帰って来られたんだ、報告するなら、やっぱりその日の内じゃないのか?
「あの……お客さんってクロットさんとフロルさんですか?」
「いいえ、別の冒険者の人よ。その人たちが一緒に冒険に行った人たちなの?」
「あ、は、はい……」
「そう……。
……お客さんのね、持っていた剣がアルのに似ていたの。
それで気になって聞いてみたのよ。
アルがベルくんからの贈り物を手放すとは思えなかったから、世間話のつもりだったんだけど……そしたら、他の冒険者二人組から買ったって。仲間が死んで、でもいい装備だったから、これだけ持ってきたって……。
アル……ベルくんと冒険に行くとしか言ってなかったから……」
冒険に出れば二、三日どころか、下手したら一週間くらい帰って来ないということはザラにある。
だから、モニカさんは大して心配していなかったのだろう。
でも、その冒険者からアルがおそらく死んだという話を聞いてしまった。それで、俺のことを心配して来てくれたということらしい。
俺は黙りこくるしかない。
アルは生き返ります!なんて言えない。
ゾンビになりますから大丈夫です!なんて、もっと言えない。
何も言えずにいたら、それからモニカさんは、俺を気遣うように言った。
「ベルくんだけでも生きてて本当に良かった……気に病まないでね……父さんも母さんも、アルが冒険者になるって決めた時から、いつかこんな日が来るかもしれないって、覚悟だけは決めていたから……」
「あの……」
「ううん。今はしっかり休んで……。
ご飯食べてる?ちょっとやつれた?夜は眠れてる?
嫌じゃなかったら、いつでも泊まりに来てね。
ベルくんはもちろんタダでいいんだから!
それでね……三日後にアルの葬儀をするの……身体がないから、そのお客さんに譲って貰った剣だけだけど……来られるなら来てね。きっとアルも喜ぶと思うから……」
「……はい」
俺、今どんな顔してるんだろ?
モニカさんに優しくされればされる程、なんとも言えない気持ちになる。
アルは罠から俺を守るために死んだという罪悪感。
死んでしまったアルを家族の元に帰すでもなく、家の食料庫で保存しているという背徳感。
でも、アルは生き返る。俺が生き返らせる。
それだけが、俺がアルに、残された人々にできる償いだ。
モニカさんは、心配するだけ俺の心配をして、それからめいっぱいの優しさを示して、帰っていった。
俺は急に現実感が襲ってきて、泣いた。
アルを喪ってしまったんだと、ようやく自覚してしまった。
叫んで、叫んで、泣き叫んで、嗄れ声が出なくなるまで叫んで、それでもまだ、涙は止まらなくて、疲れと相まって玄関口で気絶するように寝てしまった。
朝が来て、全身に痛みを感じて目が覚める。
泣き疲れて寝てしまうとは、俺は子供か、と自戒しながら、自分のすることを確かめる。
アルを生き返らせる。
それが俺の『強い願い』。
その為に払う代償は全て背負う。
ふと、家に寄り付かないダメ親父のことが頭に浮かぶ。
『ロマンサー』になった親父もこんな、ただソレだけのために何でもするというような想いを抱いているのだろうか?
いや、ないな。
何しろダメ親父だし。
俺が共感を抱いたのは、刹那のことだった。
つまりは千分の一秒。
俺って、親父のこと嫌いなんだな。と思い直して、とりあえず涙でガビガビになった顔と服を何とかして、それからアルを起こしに向かうのだった。