同志!アステル!
アステルと俺の暗黒卿話にトニーは鼻息荒く聞き入っていた。
アステルは筋金入りのマニアだった。
俺と同レベルくらい読み込んでいるな、という印象だ。
アステルとの会話は楽しい。
それは『ダークナイト・外典』についてだけではない。
ルフロ・ハロ製紙魔導院はダンジョン産の本の複製などもやっており、かなりの蔵書量を誇るらしい。
『ゲームキング』や『龍魂』、『魔王と旅する娘たち』など、俺が貪るように読んだ本たちにも深い造詣があるようだった。
俺とアステルは夜の野営地に着いてからも、止まることなく話し続ける。
お互いに初めて出会った同志だった。
つい、時間を忘れてしまうのも仕方のないことだろう。
「ゲームキングなら、やっぱりトリックスターのジョーカーだろう」
「まあ、ジョーカーの活躍は認めるところですが、基本はやはりスペードのエースとクラブのジャックのライバル関係だと思いますね……君は僕が倒すんだ!他のやつに負けるなど許さない!
あれは名言でしょう?」
「名言と言えば、ジョーカーの……ほらな、愛に勝る手札など、どこにもないって言っただろ?だろうな。
裏切って、本気になって戦って、最後の最後、スペードのエースが素直になるきっかけを作った。
あれは良かったな……」
「ああ、あれは良かったです!
ジョーカーと言えば、ハートのツーの死に際もいいですね!」
「ああ、スペードのエースに負けたハートのツーをあれだけ馬鹿だの雑魚だの罵ってたくせに、最後、ハートのツーの恋心に答えたもんな!」
「そう、あのシーンは私、夜中ベッドの中で読んで泣きましたもの……」
「いやあ、まさかゲームキングをここまで語れる奴がいたとは……」
「それはこちらのセリフです。
ベルさんがここまでお話の出来る方だとは思いませんでした!」
アステルはすっかりトニーの呼び方を真似して、ヴェイルではなくベルになっていた。
「まあ、ベルじゃなくてヴェイルだけどな!」
「あら、せっかく仲良くなれたんですもの、愛称で呼ぶくらい、いいじゃないですか?」
「お、おう……」
仲良く……そうか、仲良くなるってこういう感じか……。
なんだかムズ痒いというか、照れてしまう。
と、いきなり横っ腹に肘鉄を入れられたような衝撃が走る。
「ぐえっ!ちょ……おまっ……」
こりゃアルだな。
「どうかしました?」
「ああ、いや、なんでもない……」
ちくせう!なんだってんだ、アルのやつ……。
などと、考えていると、見張りをしていたカンドゥが声を掛けてくる。
ダインとカンドゥは、夜盗に襲われた時、あまり役に立てなかったからと率先して見張りを受け持ってくれるようになった。
「歓談中、悪いんだが、少し静かにしてくれ……どうやら、モンスターのお出ましらしい……」
「えっ!」
カンドゥはじっと闇の中を睨みつけて、気配を探っている。
俺も慌てて、ゴーグルを装着。こちらを見ている視線を探す。
「皆さんを起こしますか?」
アステルが聞くのを、カンドゥは手で制すので、アステルは口を噤む。
俺はゴーグルの中に映る他者の視線を乗り換えていく。
カンドゥを見ているのはアステルか?
闇の中をゆっくり見回していくのはカンドゥだろう。
星空を数度瞬きしながら見て、虚空を見回す視線、これはジェアルが不穏な空気に目を覚ましたらしい。
遠くから俺たちを見つめる視線、これか!
方向的にはカンドゥの右手側だな。
念のため、さらに別の視線も探る。
こちらを監視しているのは、ひとつ、ふたつ、みっつ……げ、ななつもある。
俺はなるべく大声にならないよう、静かにゆっくりと喋る。
敵を刺激しないようにするためだ。
「アステル、モンスターを刺激しないよう、ゆっくり皆を起こしてくれ。
カンドゥ、右手側だ。恐らく七匹くらいいる……」
「分かるのか……?」
カンドゥが振り向こうとするのを止める。
「待った。なるべくゆっくりな……」
「分かった……」
カンドゥはそっと弓を用意しながら、慎重に首を回す。
俺も『芋ん章魔術』を用意する。
アステルも指示通り、ゆっくりカモっさんとダインを起こす。
「うーん……ムニャムニャ……なにかありましたかな……?」
「おそらく、モンスターがこちらを見ているとか?」
「えっ!?」
「お静かに。モンスターを刺激しないよう、静かに馬車へ……」
「は、はい……」
俺はその間にモンスターを判別しようとする。
七匹がじっとこちらの隙を窺っているが、一匹くらいは集中できてない奴がいるもんだ。
仲間の顔色を窺っている奴がいる。
ゴブリン?ヂースのダンジョン『フォンドュー』に出ると言われるフォンドューゴブリンか?
だが、この辺りなら『グラータ』ダンジョンが近い。
となると、グラータゴブリンかもしれない。
いや、それより細身で背の高い奴が一匹いるな?しかも、そいつは耳が異様に長い。だとすると……。
「マズい!ゴブリン・ノーブルだ!」
ゴブリンの貴族。それがゴブリン・ノーブルだ。
ゴブリン・キングの元で、一匹で二十匹以上のゴブリンを統率すると言われるゴブリンの上位種。
もちろん、普通のゴブリンより力も上だし、魔術の元となる魔法まで使う。
ゴブリンは耳を見れば、ある程度階級が分かると言われている。尖り耳のゴブリン。尖り耳の先端が捻くれていると、ゴブリン・リーダー。尖り耳の先端が垂れている奴はゴブリン・キャスター。魔法が使えるゴブリンというやつだ。
そして、尖った長耳を持つのが、ゴブリン・ノーブル。
最上位と呼ばれるゴブリン・キングは尖った長耳で耳たぶが膨らみ垂れてくるらしい。
他にも、ゴブリン・ソードマンやゴブリン・アーチャーなどいるが、それは持っている武器で便宜上、見分けているにすぎない。
そして、ゴブリン・ノーブルは『赤いつつ』冒険者のまとめるパーティーでなんとか勝てると言われている。
俺が叫んだことで、ゴブリンたちは一気に動き出す。
アステルに起こされて、剣を取ったダインが前に出ながら言う。
「ゴブリン・ノーブルだと!?なんだってこんなところに!」
「ダイン!ノーブルは俺が抑える!他のやつらを潰せ!」
同じく剣を取った、元『赤やっつ』冒険者、ジェアルがびっこをひきながらも、前に立つ。
俺はゴーグルを外して、自分の視点を使うことにする。暗くて敵の姿が見えにくいな。
ここは『光の芋ん章魔術』をバラまく!
「ごぶっ!」「ごぶぶっ!」「ごぶごぶ!」
急に明るくなったためか、ゴブリンたちが動揺を見せる。
「な、なんなんだ、お前は……」
カンドゥが驚愕の表情で俺を見ていた。
「俺のことは『芋ん章魔術』の使い手。『芋ん士』とでも呼んでくれ!」
おっと、先程までのマニア談義熱が残っていたか、つい、決め顔と決めポーズを披露してしまった。
「ゴブリン・ノーブル、ゴブリン・リーダーも二匹、ゴブリン・アーチャーが二、ゴブリン・ソードマンに、ゴブリン・アックスマンですね……」
冷静に数えているのはアステルだった。
「おい、冒険者でもないお嬢様は下がってろ!守ってやる余裕はねえぞ!」
ダインの言葉にアステルはにこやかに笑う。
「あら、腕には自信がありますと、お教えしたはずですよ?」
徒手空拳、アステルは手を開いたまま、軽く身構える。
「ダイン、フォローしてやれ!カンドゥ、行くぞ!」
さらに数歩、前に出て敵を引きつけるようにジェアルが構える。
俺も敵を引きつけるか……。小声でアルの名を呼ぶ。
「我が魔術を見よ!」
ゴブリンどもを指差してやる。
と、相変わらず馬車の屋根に括りつけたままのアルの剣が、勝手に鞘から抜けて飛んでくる。
アルファのポルターガイストだな。
俺の目の前に突き立った剣をアルが抜いて構える。
昔から 俺の目の前で剣を振っていたアルの姿が、点眼薬を使っていなくても見える。
「ア、アールガート……」
アステルが目を見開く。
『ダークナイト・外典』の知性ある剣、アールガートというか、アル護衛って感じだけどな。
そんな俺たちをよそに、ゴブリンたちはジェアルに殺到する。
ゴブリン・ノーブルが手にした剣をジェアルに向けると、ゴブリン・アーチャーの矢が、ジェアルに向けて放たれる。
足を悪くしていても、ジェアルは元『赤やっつ』冒険者だ。
一本は上体を傾け、もう一本は剣で打ち払う。
それから、空いた手を上向きにゴブリンたちへと向けると、かかって来い!というように手招きした。
「ぶごっ!ごぶごぶごっ!」
ノーブルの指示で二匹のゴブリン・リーダーが一斉に掛かる。
ジェアルは無理に仕留めようとせず、自身の後ろへとリーダーを流す。
一匹のリーダーは、ダインが立ちはだかって止める。
もう一匹は、反転してジェアルを狙う。
その時にはゴブリン・ソードマンとアックスマンもジェアルを狙っていて、三対一になってしまう上、アーチャー二匹の弓も合間を縫って放たれる。
どうやら、ゴブリン・ノーブルは最初にジェアルを仕留めようと思っているらしい。
そういうことなら、手薄な内にこちらも動かせて貰おう。
カンドゥはノーブルの魔法を警戒しているのか、移動を繰り返しつつ、ひたすらノーブルに牽制の弓を放っている。
そうなると、乱戦になっているジェアルのところよりも狙いやすいのはアーチャーだな。
カンドゥのように、細かく移動している訳でもないし。
俺は『炎の芋ん章魔術』をぺったんして、噴き出す炎の魔術符で狙いをつける。
「ごぶゃっ!」「ごごぶ!」「ごぶごぶ!」
俺の動きに危険を察知したアーチャーが取り乱したのを、ノーブルがひと言で鎮める。
一匹がこちらを狙うが、その前に狙いはつけ終わっている。
ごうっ!
火球が飛んで、一匹は火だるまになる直前、ノーブルが火球を叩き斬った。マジか!
「ごぶ!ごぶごぶ!」
ノーブルはこちらに剣を向ける。どうやら、危険認定されてしまったようだ。
すると、ジェアルに向かっていた三匹が一斉にこちらに向かってきた。
「あれ、ヤバいか……」
ジェアルは早く走れないため、置いてけぼりを食らう形になる。
「くそ、カンドゥ!一匹でもいい、数を減らせ!」
ジェアルはカンドゥの代わりにノーブルを抑えに、ドタドタと走る。
カンドゥの矢がゴブリン・アックスマンの肩を貫く。
「ベルさん!」
アステルが駆け出す。
「あ、おい、離れるな!」
アステルのお守りを任されたダインは、しかし、ゴブリン・リーダーに阻まれ、逆に劣勢に追い込まれる。
俺は『炎』をぺったんして、抜き出す。
アーチャーの放つ矢が二本、間を置かずに俺に向かってくる。
一本は途中でボキリと矢が折れ、もう一本もアルの剣が落とす。
ダメージの入っているゴブリン・アックスマンなら落とせる!と確信した俺はアックスマンを狙う。
アルとアルファがリーダーとソードマンを止めてくれれば、逃げ出す余裕くらい作れるだろ。というのが、俺の見解だ。
ゴブリン・アックスマンはカンドゥの矢をうけて、動きが鈍っている。案の定、俺の火球を受けて燃え上がった。
「ごぶぁっ!」
「アルファ、リーダーを!」
中距離で攻撃できるポルターガイスト能力による衝撃波は、確かにゴブリン・リーダーの鎧ごとぶっ叩いた。
たたらを踏むリーダー。
アルはソードマンと斬り結ぶ。
だが、ひとつ誤算があった。
リーダーに動きを止めるだけのダメージが入っていない。
もちろん、俺は後退を始めて、距離を取りつつあるが、鎧が思いのほか優秀だった。
「止まりなさーい!」
「ごぶ?ごぶごぶっ!」
思わず、その声に振り向いてしまう。
声の主はアステル。ゴブリン・リーダーはアステルの声に反応して剣を振り上げた。
同時に、ガツッ!と鈍い音が響く。
ゴブリン・リーダーの背中がぐんと伸び上がっていく。
いや、飛んでる?
滞空時間は一秒あるか、ないか。
頭を仰け反らせて、ゴブリン・リーダーが背中を痛そうな感じで地面に打ち付けられる。
そこには、まるで勝利を掴み取らんとばかりに拳を突き上げるアステルがいた。
「アッパーカット……!?」
俺からはゴブリン・リーダーが壁になって、アステルが何をしたのかは分からない。
ただ、事後の状況から察するに、そうなのだろう。
「冒険者風に言えば、格闘家……いえ、求道士でしょうか?」
俺ににっこり笑いかけて、後ろを見ずに飛来した矢を掴む。
え?え?なんだそりゃー!?