黒のロマンサー!?大人買い!
野盗の事件から一週間。
あと五日もすれば、ヂースの街に着く。
残す村はモッツアレ、エダームと過ぎればヂース領の主領都市ヂースへと至る。
野盗の件からここまではとても順調だった。
賊に出会うこともなく、モンスターが出ると言われていたパルミジャレッジャ山も拍子抜けするくらい楽に抜けられた。
カンドゥやダインもすっかり丸くなって、トニー相手に冒険譚を語ったりするくらいになった。
俺は持って来た『野に咲く小話』をすっかり読み切ってしまい。少し手持ち無沙汰だ。
いくら仲良くなったとは言え、目の前で『サルガタナス』を読む訳にもいかない。
できることと言えば、タカーラさんからミルクを使った料理の話を聞いたり、トニーと一緒にダインたちの冒険譚を聞いたり、カモっさんの商売話を聞いたり、とそれくらいだ。
夜ともなれば、元『赤やっつ』冒険者、ワータイガー・ジェアルの冒険を聞くこともできるが、それくらいだ。
剣の振り方なんかも、暇にあかせて習ってみたが、俺よりトニーの方が筋はいいらしい。
まあ、俺が、というより、アルが聞きたがっていたから、それはいい。
そして、何日か街道をひた走って、ようやくモッツアレ村に到着する。
モッツアレ村もそこそこ大きめの村だ。
『グラータ』ダンジョンが近くにあり、発展している。
やはりダンジョン近くの人里は、物流の規模が大きくなるらしい。
ヂース領は酪農が盛んなだけあって、草原が広がっている景色が多い。
モッツアレ村もパッと見だと、草原の中央にある平城みたいな感じだ。
「ふぅ……お疲れさん。今日はここで一泊だ!」
ジェアルが、もう今日は仕事終わりという風にタバコを美味そうに吸ってから、そう言った。
俺たちも馬車から出て、思い思いに身体を伸ばしたり、荷物を降ろしたりする。
「おう、奈落大王も飲みに行くか?」
「いや、酒飲まないから!というか、奈落大王はやめてくれ……」
「『緑ひとつ』で異名があるなんざ、大出世だぞ?
せっかくの異名なんだ、広めといて損はないぞ!」
ダインとカンドゥのせっかくのお誘いだが、俺はお断りする。
あと、その異名は大食い野郎って意味だから。広めてどうする……。
「じゃあ、私がお付き合いしましょうかね?
ダインさんたちほど、強くはありませんが……」
カモっさんが手を上げる。
「お、いいぜ、カモっさん!冒険者の集まる酒場の流儀を教えてやるよ!」
「ははっ!それは楽しみですな!」
「お前ら、カーモッツさんに迷惑かけんなよ!」
「わ、分かってるよ……」
ジェアルさんから釘を刺されはしたものの、すっかり打ち解けたな……。
「ねえ、ベル兄ちゃん!それじゃ、僕らと一緒にご飯しようよ!」
トニーが誘ってくる。
「ええ、ご迷惑じゃなければ、いかがですか?
美味しいチーズ料理の店があるんです!」
タカーラさんも優しく笑っている。
「美味しいチーズ料理……くっ……行きたい……けど、すいません……どうしても互助会に行かなければならないので……」
「ええー、いいじゃん!行こうよ!」
「トニー、ごめんな……」
「あら、残念。ヴェイルさんなら、絶対気に入ってくれると思ってたんですけど……」
「タカーラさん、お店の名前だけ教えて貰えませんか?」
「ええ、構いませんよ……」
俺はタカーラさんに店の名前を聞く。くうっ!帰りは絶対寄ってやる!
俺は一人、冒険者互助会へと向かう。
ここも『神の試練』を中心に栄えている村だけあって、冒険者互助会は村の中心近くに建っている。
煉瓦作りのなかなか大きな建物だ。
大きいとは言っても、テイサイートの五分の一くらいだけどね。
まあ、テイサイートが異常なんであって、村にある冒険者互助会としては、最大規模くらいはあるかも知れない。
俺は互助会の総合案内の窓口を目指す。
今は夕方少し前といった時刻だが、人の出入りはそれなりに多い。
これなら期待が持てそうだ。
「ねえ、互助会に何の用なの?」
アルが聞く。
「あのな、正直、限界なんだ……」
「モンスター狩りがしたいとかですか?」
これはアルファ。
「俺がそんなこと言うと思うか?」
「いえ、まったく……」
で・す・よ・ねっ!
「本だよ!」
「ああ……あちゃあ……発作が出たか……」
アルが頭を抱える姿が目に浮かぶ。
「本?」
「うん、ベルは活字中毒者だからね……持って来た本、読んじゃったんでしょ?」
「そう!俺としてはかなり、我慢したんだ!」
《なれば我を読めばいいであろうが!》
「知識が足らねーんだよ!読みたくても読めないの!下手に変なモノに進化させたら、ぜっったい苦労するだろ!
それにお前は人前じゃ読めねーんだよ!駄本っ!」
ふぅ……つい、興奮してしまった。ん?
「かわいそうに……文字を習えなかった子か……」「人前で読めないものを読むために……」「ああ、いつの時代も人を前に進めるのは果てなき性の探求か……」「ああ、二次元とかドール方向への進化はまだな……ネクロフィリアとかロリータとか犯罪に進化するのはヤベェ……」
なんか、村の有識者たちがこっちを見て、噂している……。一人、ヤバげなのも混じっているようだ。
「ぬおお!見世物じゃねーわ!」
ひとり吠える。
俺の周囲から、一瞬、人が消えた。
俺は総合案内のカウンターに立つ。
女性職員が怯えた目でこちらを見ていた。
「こちらに本は売っていませんか?なければ、売っている店を知りたいのですが?」
「あの、変な本のお取り扱いは……」
「変じゃない本で!」
俺は怒りの形相で睨みつける。
ちくせう、聞いてやがったな……。
「ええと、どういった本でしょうか?」
「魔導書、図鑑、事典、読み物、詩集でもなんでもいい!
変なのじゃなければ、本ならなんでもいいんです!」
「ダンジョン産の本とか?」
「あるのっ!?」
俺が目を輝かせる。ごく稀にあるのだ。宝箱から本が出るということが!何故出るかはどうでもいい。
作者不明の紀行文とか、古文書、誰が書いたか分からない物語なんてのもある。
そういうのはもう、アレだ。マニアの血が騒ぐ。
「え、ええ、つい最近ですが、一冊だけ……」
「み、見せて!」
「ええと、お値段が……それに身分証明も必要ですし……」
「いくら?」
物によっちゃあ、出すもの出すよ!軍資金に手を付けないとしても、五、六百ジン、足りなければじいちゃんの餞別の魔宝石を換金すれば……。
あ、家にないやつかな?ダンジョン産のものも結構あったりするからな……。
「少しお待ちを……」
女性職員は手元の書き付けを確かめる。
俺は思わずそれを覗き込む。
おお!在庫とか値段とか、この互助会のことが分かってしまうような文字が踊っている。
「見ないでください!」
怒られた。活字が見たいんだよう……互助会の諸々を知って、悪用してやる〜とかじゃなくて、新しい知識だー!エヘヘへへ〜ってニマニマしたいんだよう……。
でも、女性職員の目が鬼みたいになってたから、泣く泣く諦める。
やっぱりアレか、おそらく女性職員の直筆で客への文句とか、イケメン商人、おまけつけちゃうぞ〜とか落書きしてあるのがダメなのか……。
シュンとして俺は待つ。チラッと見ると、敏感に察知されて、女性職員と目が合う。仕方ないので、目を逸らして口笛とか吹く。
「ああ、これですね……『黒のロマンサーへの私信』という本ですね……」
なぬ?
「ええと、お値段は百二十三ジンになってます……失礼ですが、買えますか?」
「え、ええ……あの、中身とか確認できますか?」
「身分証明できるものはお持ちですか?」
俺は【冒険者バッヂ】を出す。
女性職員は魔導具で確認して、それから別の職員を呼ぶ。
俺はちょっとうわの空だった。
それから女性職員の案内で別室に通される。
部屋で待たされること数分。女性職員がお盆に載せた本を持って来る。
手袋を渡されるので、それを着ける。
革装丁のしっかりした作りの本。慎重にページをめくる。
女性職員が何かを言っている。
「一応、本という体裁を取っていますが、特定の一個人に宛てた手紙のような内容だそうで、普通に読んでも意味が良く分からず、魔導士に確認したところ、魔導書ではないということでした。
本当に買いますか?
ダンジョン産の本ですから、希少価値はありますが読み物としては価値がないとされているものですよ……」
パラリ、薄く手触りのいい紙質はさすがダンジョン産。
最初に目に入るのは『これは黒のロマンサーへの私信である。それ以外の者には意味のない言葉の羅列に過ぎない。』という一文だ。
黒のロマンサー。
ロマンサーの証である【ロマンサーテスタメント】。
月と星と太陽の意匠が凝らされたソレは白く輝いているものだ。ロマンサーの行動によって、月は蒼く、星は緑に、太陽は紅く染まっていく。
ソレに貯められたゴッドポイント、GPを消費することで、ロマンサーは超常の力を得ることができ、その至高にあるものは運命線の変更。即ち、運命を覆すことを可能とする『神への挑戦者』に与えられるモノである。
黒のロマンサー。そんなものは俺の知る限り、一人しかいない。
禁書『サルが使えるタナトス魔術』、通称『サルガタナス』に触れて、神から嫌われ、その証を黒く変色させてしまった『ロマンサー』。
つまり、俺だ。
俺宛ての私信?誰から?ダンジョンは『神の試練』である。
ということは、神?
俺の背筋を冷たいものが伝う。
わざわざ、俺が本を買いに来ることを見通して、用意した?
まさか……。
とは思うが、俺の腹は決まっている。ただの悪口が載っているだけかも知れないし、じいちゃんが言っていた、俺が思う以上のペナルティが載っているのかも知れない。でも、買う。
これは買わない訳にはいかないだろう。
いや、他にもやらかしたロマンサーが居て、そういった黒のロマンサー全てに宛てた本という可能性もなくはないが……。
まあ、読めば分かる。かなり、怖いけどな。
「買います……」
「いいんですか?本としては殆ど価値はないですよ?
一応、魔導具店には幾つか役に立つ本も置いてありますよ?」
「そ、それも教えて下さい……」
正直、『黒のロマンサーへの私信』は怖い。
精神安定剤が必要だ。
俺は魔導具店の場所を教わり、百二十三ジン払って『黒のロマンサーへの私信』を買った。
「せっかく本を買ったのに、暗いね、ベル?」
「ああ、いや、大丈夫……誰に何を言われようと、右から左、古代の言葉で馬の耳に念仏、釈迦に説法、今日、耳、日曜……」
「何言ってんの?」
「え?ああ、何言ってんだろうな……と、とにかく魔導具店に行くぞ!」
俺はアルとの話を打ち切って、教わった魔導具店に入る。
「いらっしゃい……何がご入用ですかね……?」
店にはおばあさんが一人。
「こちらに本を売っていると聞いて、見せてもらいたくて……」
「ああ……数は少ないけど、見ていって下さいな……」
おばあさんはぷるぷると動いて、棚の奥から三冊の本を持って来る。
一冊目『火炎魔術、極意書』。
あ、これ家にあるやつだ。軽く見せてもらったが内容も一緒。実は俺の『炎の芋ん章魔術』はここから取っている。
二冊目『師の言葉』。
ん?作者がフェイブ……ってじいちゃんの弟子のフェイブ兄?
「それは、かの大魔導士カーネル様のお言葉をそのお弟子さんが纏めたもので、魔導士必見、読み物としても楽しいぞ……」
ぶふっ!マジでフェイブ兄の本だ!これは必見なんじゃないか?
軽く流し読みする。
『師は仰る。呪文が文言である以上、そこに意味が必ずあるはずだと。我ら弟子たちは師のお言葉を信じ、ついていくだけである。そうして、我らの果てなき旅路が始まったのだ。詠唱魔術は人生と似ている……』
ああ、地獄の総当り呪文詠唱とかの話か……。
たぶん、フェイブ兄の金稼ぎの一環だな。買ったろ。
お値段八十ジン。魔導書じゃない本としては、意外とお高め。
三冊目『 世界紋章魔術大全、別冊、捨てられた紋章魔術、三』。
うおっ!まさか……まさか、まさか、まさか……三冊目が作られていただと……。
たぶん、愛読してるの世界で俺とじいちゃんぐらいだぞ?
なんだろう?編纂者は失われる魔術を少しでも残そうとか考えてる歴史家なのか?……いや、ないな。
このトンデモ魔導書を編纂してる奴は、おちょくった文体の注釈から考えても、いいとこ愉快犯だよな。
「それは、一応、魔導書なんじゃが……再現不可能と言われておるし、再現する意味もないクズ魔術を集めた本でな……正直、魔導を冒涜しとる……旅人が路銀に困っていると言うから買ったんじゃが、あまり気持ちのいい本ではないぞ……」
おばあさんはお怒りのようだ。まあ、たぶんおばあさんは生真面目な人みたいだし、魔導具店をやっているくらいだから、錬金技士が本業なんだろう。
「この二冊、買うよ!」
しめて、百三十八ジン。トンデモ本は五十八ジンと魔導書としてはかなり安いものだった。
早いとこ目の前からなくしたかったんだろう。面白いのに。
二百六十一ジン。俺の旅の資金の約半分。
うーん……ちょっと使い過ぎたかな……。
ヂースまで行ったら、少し稼がなきゃならないかもな……。
俺は三冊の本を大事にしまって、宿を取りに行く。
節約のために、冒険者用の安い宿、でも少し上乗せして個室を借りた。
何しろ最初に『黒のロマンサーへの私信』を読むつもりだからね。
軽く腹拵えして、早めに部屋に籠る。
『光』の魔術符を使って、灯りにする。
『黒のロマンサーへの私信』を読む。
アルもアルファも遠慮したのか、今日は静かにしてくれている。
んー……要約すると次のようなことが書かれていた。
『キミがやっていることは、この世界的にはかなりマズい。
今回の世界は、今の主神が作った世界でボクは副神に当たる。といっても実質、やれることは殆どない。
今のキミはシステムの中で自動的に判断されているから、見逃されているだけで、他の神、特に主神の眷属に見つかったら、刺客を差し向けられるレベル。
でも、今回の世界では、このまま行くとあまり面白くないことになりそうだ。
だから、もっとやれ!
ちょっとくらいはボクもキミの隠蔽に動いてあげる。
でも、ガイドがルール違反といったら諦めること。
そこまでは隠せない。
主神は主審で、副神は副審って感じ。
神様にも色々あるんだ。派閥とかね。
P.S『ゲームキング』二巻が今度出るよ!ボクの自信作!見つけたら読んでみてね!』
うん、殆ど分からないな。
応援されてるのか、釘を刺されてるのか……手のひらの上で転がされてるのかも知れない。
ただ、分かったこともある。
あの名著『ゲームキング』の作者はどうやら副神らしい。
あと、近々、二巻が出る、と。これ必要な情報だったのか?
いや、嬉しいけれども……なんなら、そのためにダンジョンに潜ってもいいと思えるほど、嬉しいけれども……。
まさしく私信だな……。
落ち着いたら、ダンジョン潜ろ……。