野盗!強がり?
ガタン!スピードが上がっていると、小さな突起も馬車にとっては邪魔者だ。
馬の蹄の音が響く。
「おかあさん……」
「大丈夫……大丈夫よ、トニー……」
日が落ちたらすぐに来たな。野盗ども。
馬に乗った三人ほどが、布で顔を隠す程度で追ってきているらしい。
こちらの馬車の馬と違って、野盗の馬の方が細いとダインがジェアルに報告するが、その分スピードは出そうだ。
俺とカモっさんは、カンドゥに言われて、カンドゥの補助をしている。
野盗が現れたと分かった途端、走る馬車の扉を開けて、ダインは器用に屋根に登った。
取り付こうとする野盗を牽制するためだ。
そして、カンドゥは俺とカモっさんを見て言う。
「扉から身を乗り出して、奴らを射殺してやる!
すまないが、落ちないように支えてくれ!」
カンドゥは弓使いだ。馬車から半分以上、身体を出して、次々と矢を射ていく。
その身体を俺とカモっさんで支えている。
「くそっ!ちょこまかと!」
カンドゥが文句を言うが、俺はカンドゥを支えるのに必死で、外の様子は窺えない。
「早く諦めろってんだ、クソッタレ!」
ダインが馬車の屋根から野次を飛ばす。
そうして走っていると、馬車の枠を叩くような音が響く。
「うおっ!ジェアルさん、火矢だ!」
「打ち落とせるやつだけでいい!どうせ大して燃えやしねえよ!」
ジェアルからダインへと指示が飛ぶ。
「くそっ!矢が切れた!来るぞ!」
カンドゥは矢を射ち尽くしてしまう。
カンドゥが戻り、ようやく手が空いたので、俺は窓から顔だけ出して、状況を確認しようとする。
「馬鹿!下手に顔を出すな!」
カンドゥに襟を引かれて、椅子に座らされる。
カンドゥは短剣を取り出して、取りつかれた時に備えている。
「あわわわわわ……」
カモっさんはやることがなくなると、途端に慌ててだした。
《ベル、何のための千里眼ぞ!》
いきなり『サルガタナス』が話し掛けてくる。
あ、そうか!
俺はゴーグルに魔宝石をセットして、ゴーグルを装着する。
完全に失念していた。
それから、ゴーグル横のつまみを動かし始める。
馬車の中の映像が映る。タカーラさんかな?
俺が見たいのは外の映像だ。
馬の背中が見える。キョロキョロと辺りに目を配っているのはジェアルか。
さらにつまみを動かすとダインの視点らしい。
お目当ての野盗が見える。
報告にある通り三人で、二人は松明、一人は弓を構えている。器用に仲間の松明から火を移して、火矢にして放ってくる。
でも、三人か……。村に居るのが一人か二人だとして、全部で六、七人って話だったよな……。
俺はさらにつまみを動かす。
お、これは野盗の視点か。暗闇の中、火矢が刺さった馬車が浮かび上がるように良く見える。
ん?位置を気にしている?
つまり、仲間がどこかに潜んでいるのか!
馬車がカーブに差し掛かる。
野盗の視線はその先を見ている。と、いきなり街道の真ん中に火柱が上がった。どうやら、油でも撒いていたのか、伏兵が松明を投げ込んだのが分かった。
「うおっ!どうどう!落ち着け!」
ジェアルの手綱捌きに反して、馬が火を恐れて街道から外れてしまう。
「やばい!掴まれ!」
馬車が派手に揺れる。
「ベル!」
何かに押さえつけられる。アルか?
何とか横転は免れるが、近くの木に車体をこすりつけるようにして、馬車は止まってしまう。
途端、ヒャッハーな叫びが聞こえる。
「くそっ!全員、動くな!大丈夫だ!俺たちが何とかする!」
カンドゥがそう言って、扉を開けて踊り出た。
「守れ!」
ジェアルの声が響く。
「来いよ!ぶっ殺してやる!」
ダインも叫んでいた。
「アルファ、中に入れるな……アル……」
俺が呟く途中で、アルは俺の肩をポンと叩いた。
分かってるよ!そういう意味だろう。
ゴーグルを外して、『芋ん章魔術』を準備して、立ち上がる。
「ブブ、ヴェイルくん!」
カモっさんが俺の服の裾を掴む。
心配そうな顔で俺を見ている。
「に、兄ちゃん……」
顔を上げたトニーも不安そうに俺を見る。つられてタカーラさんまで俺を見ていた。
俺はにこやかに笑顔を見せる。
「大丈夫。俺も冒険者だから!」
そう言って馬車の扉に立つ。
「逃がすかよっ!」
野盗の一人が待っていましたとばかりに、こちらに向けて剣を振るう。
だが、偶然にも馬車の屋根に載せていた俺の剣が、するりと落ちてきて地面に突き立つ。
野盗の剣は弾かれる。
「出て来るな!ぐおっ!」
こちらに気をとられたカンドゥがまともに野盗の剣を受けてしまう。幸い、腕を斬られただけのようだ。
ダインは二人相手に剣を切り結んでいる。
ジェアルは一人を相手に対峙していた。
走り回るわけにはいかず、受けの剣に徹しているらしい。
俺は大声を張り上げる。
「我が大魔術を見よ!」
いけ、アル!と小声で言う。
剣がひとりでに宙を舞う。
「なにっ!?」
俺を狙ってきた野盗は、宙を舞う剣と打ち合いを始める。
さて、俺もやらないとな。
ポンと腰に着けた判子を押して、魔術符を抜く。
魔術符からは炎が噴き上がる。
「魔導具使いだ!」
カンドゥと対峙する野盗が叫ぶ。
「魔導士だよ!」
狙いを定めて、魔術符から火球が飛び出す。
カンドゥと対峙する野盗は、反応もできずに燃え上がった。
「ぎゃあああっ!熱い!熱い!」
ありゃ、急いだからインクというか血がちゃんと着いてなかったか……。
いや、意外とまともな装備してるな……。
モンスターの革を使った鎧かな?貫通してないから、たぶんそうなのだろう。
「ぐぶっ……」
舞い踊る剣は野盗を斬り捨てた。
「お、負けてられないな!」
俺の火球と舞い踊る剣が同時にダインと対峙している野盗二人をそれぞれ炎上させ、斬り捨てた。
「あ……な……!?」
ダインは惚けたように口をあんぐりと開けていた。
俺は最後の一人、ジェアルを攻めたてていた野盗を指さす。
「降伏するか?」
「な……め、面妖な……だが、ま、負けたわけじゃねえ!」
踵を返した野盗は、慌てて馬にまたがろうとする。
だが、馬は野盗が鐙に足を掛けた瞬間、まるで尻を叩かれたかのように嘶き、猛然と走り出した。
野盗は鐙に足を絡ませたまま、身体ごと引き摺られる。
それを嫌がった馬は振りほどこうと暴れた。
「プッ……クスクス……」
俺の背後からアルファは小さく噴いた。
あの距離でポルターガイスト能力が届くんだなあと俺は感心する。
「やめっ……と、止まれ!ぐえっ!とと、止まっ……あがっ……」
野盗は地面に散々身体を打ち付けられて、馬は邪魔な野盗を振り落とすと走り去っていった。
俺は近付いて、力なく倒れる野盗を見下ろす。
「まだ負けてない、だっけ?」
「た、たすけ……」
そう言って野盗は気を失った。
俺の横に、俺の剣が飛んできて地面に突き立つ。
あ、片付けよろしくって感じだな……まあ、仕方ない。
ジェアルの指示の元、ダインとカンドゥが野盗たちをまとめる。
野盗たちは全員、ボロボロになりながらも命だけは残ったらしい。運がいいやら、悪いやら。
俺が馬車に戻ると、カモっさんとタカーラ親子から拍手で迎えられる。
凄い!の大合唱だった。
まあ、悪い気分じゃない。
暫くして、ジェアルとダインとカンドゥが馬車に戻ってくる。
「お客人、本当に助かった……ありがとう……」
「あの、今まで見くびっていて、すまなかった……それと、魔導士が役立たずだなんて、愚かなことを言った……申し訳なかった……」
「俺もすまなかった……それと、助けてくれてありがとう!」
ダインとカンドゥが本当に肩身の狭そうな、申し訳なさそうな顔をしていた。
「いや、大したことしてないんで……」
幸い、馬車は応急処置で走れる程度の損傷で済んだ。
カンドゥは野盗の馬に乗って、村まで走り、翌日の朝には村のお役人と護衛でアネゴたちのパーティーがやってきた。
ジェアルは俺に緊急依頼を出してくれた。『緑みっつ』『青ひとつ』依頼として処理され、俺はいきなり『緑ひとつ』冒険者になった。
何故、こんなことになったのかと言うと、俺が【冒険者バッヂ】の更新を怠っていたのと、盛大に勘違いしていたのを、お役人が持って来ていた【冒険者バッヂ】を確認する魔導具を使用した際に、それを発見してくれたからなのだ。
本来、『色なし』から『色ひとつ』になるのは八回分の依頼をこなせばいいのだが、俺は『色ひとつ』から『色ふたつ』に必要な十六回分の依頼が『色ひとつ』になるのに必要な依頼回数だと勘違いしてしまっていた。
そのため、随分と前に『緑ひとつ』の資格を得ていたにも関わらず、【冒険者バッヂ】の『色』の更新をしていなかったのだ。
テイサイートの街は冒険者が多いから、『色』の更新は自己申告制で、『期限』の更新は自動なんだよな。
『赤二回、緑十一回、青二回』これが今の正しい内訳である。
まさか『赤ひとつ』になる前に『緑ひとつ』になるとは思わなかった。
「なんだ、奈落大王は『色なし』だったのかい……」
「ええ、まあ……」
「じゃあ、今日は『緑ひとつ』になった記念日だね!
よし!祝杯をあげよう!」
「いや、だから酒は飲まないから!」
「ふふふ……冗談だよ」
アネゴ、質が悪いな……。
「今度また、キャラメリエに来ることがあったら『くちなわ』を訪ねておいで……アンタならあたしが直々に鍛えてやるからさ!」
「なっ!?あんた『くちなわのキクマ』か……」
ジェアルがアネゴを指差していた。
アネゴもジェアルを見て、ニヤリとする。
「『ワータイガー・ジェアル』だね……引退したって聞いたけど?」
「あ、ああ、今は乗合馬車の御者だよ。ふん……噂通りの美人じゃねーか……」
ジェアルは咥えたタバコをぴこぴこしていた。
「あら、うれしいね……でも、あたしは飲み比べで勝てるやつしか、相手にしないんだ、悪いね!」
んん?なら、俺に絡むことなくない?酒飲まないんだから……。
「ふむ……やめておこう……酒は強くないんだ……」
『ワータイガー・ジェアル』と『くちなわのキクマ』はニヤリと笑い合うと離れた。
なんだ?強者同士にしか分からない共感とか、そういうのなのか?
ちくせう……ちょっと羨ましい。
俺は依頼料として五十ジン手に入れた。
野盗の馬と装備を売った金で賄えるらしい。
そっちの金は断った。俺はカッコつけて「馬車の修理費用に宛ててくれ…… 」と言ったら、ジェアルに凄いキョトンとされた。
あれ?そこはニヤリと笑い合ってってやるとこじゃないの?と思っていたら、カモっさんが慌てて近付いてくる。
「いいんですか?」
「え?」
「あの馬なら一頭で二百ジンくらいになりますよ!?」
な、なんだってー!馬ってそんな高いの!?
内心の動揺を隠しつつ、俺はニヤリと笑う。
「は、はは……みんな無事なら、俺はそれで……」
《強がり……》
強がってねーし!