悪戯?ジェアルの過去!
「あれ、ベル兄ちゃん、なんかツヤツヤしてる?」
集合一時間前、俺以外はすでに全員、馬車に揃っていた。
「なんだ、女でも抱いて来たか?」
ちげーよ。久しぶりにがっつり肉食ったからだよ!
「ちょっと……子供の前でやめて下さい!」
ダインの心無い発言にタカーラさんが目を剥く。
それをダインは眼光ひとつで黙らせると、手にした酒壺を煽る。
うわ、酒くさい……。
「んぐ、んぐ……ぷはぁっ!」
パリンッ!酒壺が割れる。
「おっと……ああ、もったいねぇ……手が滑ったぜ……」
俺は無言で窓を開ける。御者台に通じる小窓も開ける。
ちなみに馬車の扉も全開放だ。
ダインは新しい酒壺を出す。
「けっ……やり方が嫌味ったらしいんだよ!文句があるなら言えや!」
ダインが俺を睨みつけてから、酒壺を煽ろうとすると、パリンッ!酒壺が落ちて割れる。
「あれ?酔ったのか……?」
ダインが立ち上がろうとすると、急にビクンっ!と身体を引き攣らせるようにして、直立不動になる。
馬車の屋根はそれほど高さがある訳ではない。
ゴズッ!と鈍い音がしてダインは頭を天井に打ち付けた。
「いっつぅ……なんだ?」
頭を抑えて、ダインが左右を見る。
ああ、アルとアルファの悪巧みか……。
たぶん、立ち上がる瞬間、左右からダインの脇腹に肘鉄でも入れたな。
アルファには『俺の指示なく殺すな』という縛りはあるが、これは攻撃というより、悪戯だな。
「くっそ……いてぇ……」
「どうした、ダイン?」
「ああ!?なんでもねえよ!くそっ……水飲んでくらぁ……」
ふらふらと馬車から降りようとした瞬間、まるで何かに足を引っ掛けたかのように、ダインが転ぶ。
もんどりうって、一回転とは、なかなか見られない激しいものだ。
「ぐぶぅっ!」
「おい、さっきからなんだ?」
馬の手入れをしていたジェアルが物音を聞きつけてやってくる。倒れているダインに気付いて助け起こそうとする。
「あ?どうした?……ぐへっ……酒くせえ!」
ジェアルが馬車の入り口に顔を出す。
「うえっ……こっちもか……」
ジェアルは顔を逸らして、それからダインを見る。
ダインの胸倉を掴んで、馬の水飲み場に突っ込む。
「おい、こらてめぇ!そんな呑んだくれてて、仕事ができると思ってんのか!」
水飲み場から、ゴポポ……と音がして、ダインが飛び上がる。
「ぶえ……がはっ……ぶはっ!ごほっ!ごほっ!」
ジェアルはそのダインの頭を掴んで、もう一度、水飲み場に突っ込んだ。
「やる気ねえなら、依頼取り下げて、お前をここでほっぽり出してもいいんだぞ!」
「ぐはっ……ごぷぷ……ごぼっ……すまなっ……がぼっ……ごぶぶぶ……ばはっ……やる、やるから……ごぶっ……」
「問題ばっかり起こしやがって……後輩だから大目に見てやってたが、酒に溺れるなんぞ、もっての他だ!このバカ貴族がっ!」
俺、カモっさん、タカーラ親子、皆が興味津々という風にその光景を見ていた。
「ああ……いや、お客さんには迷惑かけて申し訳ない……。
あー、ちゃんと説明させてもらい、ます……」
ジェアルが座り込むダインと、それを心配そうに見るカンドゥを従えるようにして、頭を下げる。
「ああ……どこから話したもんかな……」
「すいませんが、まったく我々には事情が飲み込めないもので……よろしければ最初から……」
カモっさんが水を向ける。
「ああ、そうだな。俺は元冒険者をやってて、その縁でこいつら二人の面倒を見ていたんだ……。
まあ、お察しの通り、この二人はかなりヤンチャでな……。
ダインはスペシャリエの軍閥貴族の出なんだが、ヤンチャが元で家をほっぽり出されててな……。
冒険者として国の役に立って、『赤いつつ』になるまで帰って来るなって言われてる。
まあ、面倒見ていたといっても、コイツが『赤みっつ』になる頃までなんだが……俺はその頃引退して、乗合馬車の御者になったんだわ……。
それで、つい先日なんだが、ようやく『赤いつつ』になれたってんで、国元に帰る許可がようやく出たって話を聞いてな。
じゃあ、ちょうどいいってんで、昔のよしみで送ってやることにしたんだ」
「カンドゥは?」
俺が聞く。
「ああ、コイツもダインと一緒に、当時俺が鍛えてやった冒険者だ。
なんでも、ダインの部下ってことで一緒に行って、士官することになってるらしい」
「あの、先程仰っていた、仕事というのは?」
カモっさんが聞いた。俺もそこは聞いておきたいところだったから、ちょうどいい。
「ああ、昨日、なんだか街道で怪しい影を見たって話をしただろ?御者仲間に聞いたんだが、最近、野盗が増えているらしいんだ。
それで、ちょうどいいってんで、コイツらに護衛依頼を出したんだ。
それで前金が入った途端に、コイツら片っ端から飲んじまいやがったらしくて……正直、俺の目が曇っちまってたとしか言えねえ……お客さん方には本当に申し訳ない……」
「でも、ジェアルさんは元冒険者なんですよね?」
今度聞いたのはタカーラさんだ。
「一応、『赤やっつ』までいったんだが、昔に膝をやっちまってな……もう、剣は振れねえ……。
だが、ダインは『赤いつつ』でカンドゥも『赤よっつ』冒険者だ。腕はある。
もうアホなことはさせねえから、我慢してやってくれないか?
もちろん、ここで降りるっていうなら、もらった金は全額返す。
だが、俺も自分の仕事が全うできないのは悔しいし、コイツらにも、国を守る兵士として、もう一度チャンスを与えてやりたい。
どうだろう?」
ああ、凱旋気分でダインとカンドゥはいい気になってた訳だ。
しかも、御者は知己の先輩で、さらにいい気になる土壌があったと……。
それと、驚きだったのはジェアルの過去だろう。
まさか『赤やっつ』冒険者だったとは……。
俺はダインとカンドゥの【冒険者バッヂ】を確認する。
確かにジェアルの言う通り、ダインは『赤いつつ』、カンドゥも『赤よっつ』だが、護衛依頼となると見るべきは『緑』だろう。
『緑ふたつ』。二人とも『緑ふたつ』だ。
まあ、護衛とかはあんまり向いてなさそうだしな。
「あの、私たちは、その、いいですよ……お金を返してもらっても、次の馬車を探すには時間も掛かりますし……」
「すまない……コイツらにはちゃんと言い聞かせますんで……」
最初にこの馬車への残留を決めたのはタカーラ親子だ。
「まあ、態度を改めていただけるというのでしたら……正直、こちらのヴェイルさんへの態度などは、傍から見ていて決して気持ちのいいものではありませんでしたから……」
カモっさんが俺のことを話題に出す。
え、別に大したことじゃないと思ってたんだけど……。
でも、アルとアルファからは何やら「良く言ってくれた!」というような圧を感じる。
というか、誰にも分からないだろうと思って、俺の背中を太鼓代わりにして、拍手するのやめてくれ……。
「あの、何かありましたか?」
ジェアルが申し訳なさそうにしながらも、一瞬、ジロリとダインたちを見る。
「この際ですから、言わせていただきますが、ヴェイルさんが『色なし』冒険者で、役割が魔導士だからと、あまりに心無い言動でしたので……」
「お前ら……俺のお客さんに何を言ったんだ?」
「いや、その……」
「最初に言ったよな?他のお客さんに迷惑をかけるなって……」
「はい……」
シュンとした顔でカンドゥが答える。
「それで、なんて言ったんだ……?」
「…………。」「…………。」
「黙ってちゃ、分からねえだろ。
なんて、言ったんだ?おい、ダイン!」
「役立たず……だって、そうだろ!」
「てめぇっ!」
ジェアルの拳が振り上げられる。
「まあ、そうですね!」
いやいや、トニーの前で体罰とかやめてくれよ。
俺はにこやかにダインの言葉を肯定する。
その言葉に虚を突かれたのか、ジェアルの動きが止まる。
「ダインさんがそう考えるのも無理はないですよ。冒険者の魔導士は役立たずってのは、冒険者の中では定説ですから!
俺も国のお抱えとかなら、言い返しようもあるんですけど、まあ、冒険者ですからね!
それで、そう言われることを気にするくらいなら、最初から冒険者なんてやってませんから、大丈夫ですよ!」
ジェアルさんに向けてウインク一発。
それでジェアルさんはなんとか矛を収めてくれた。
「いや、本当に監督不行き届きで、何と詫びたらいいか……」
「いえ、もう伝わりましたから……ただ、俺のことでカモっさんが心を痛めさせてたというのは、俺の不注意でした。
カモっさん、ごめんなさい。それと、ありがとうございます。
立派な『芋ん士』になって、周りから馬鹿にされないようになりますね!」
「ああ、いや、こちらこそ出過ぎた真似を……」
「いや、カモっさんに言われた『芋ん士』っていいですよね!
これから、それ名乗っていこうかと思います!」
「いや、お恥ずかしい。まさか軽口から出た言葉だとは言えないじゃないですか」
言ってる。カモっさん、言ってるよ。って、まあ笑い話にするための通過儀礼だな。
カモっさんは、商人だけあって、こちらの意図を読み取る力があるから、ジェアルにもう反省会は終わりにしましょうという意味で、お互いに笑いあったりできる。
頭の回転が早いカモっさんは、きっと商人としても一流なんだろう。
カモっさんと茶番で笑い合ってから、俺はジェアルに告げる。
「もちろん、俺もこのまま乗せてもらいますよ」
「そうか、すまない……すまないついでに、もう少しこのまま皆さん待ってもらえますか?
大急ぎでコイツらに掃除させますから……」
俺たちは了承する。
ダインとカンドゥは、酒臭い馬車をなんとかするため、慌てて掃除に取り掛かる。
ダインなんか、馬用水飲み場に突っ込まれたままだから、びちょびちょだ。風邪ひかなきゃいいけど。
俺はと言えば、ジェアルと情報を共有しておくべきだと思ったので、この隙にジェアルに話し掛ける。
「少しいいですか?」
「ああ、やっぱりちゃんとあいつらに謝罪させるか?」
「いえ、その話じゃなくて……野盗について……」
「ああ。俺が知っているのはさっき話したことで全てだが……」
「ああ、ちょっと気になったんで、俺も少しだけ調べたんですよ」
「あ、ああ。あいつらよりも君の方がよっぽどちゃんと冒険者してるな……」
感心しつつも、自分の後輩のお粗末さに落胆しているようだった。
「それでですね……ここらの冒険者たちに言わせると、どうも村の中に内通者がいるんじゃないかって……。
村でも既に手を打っていて、冒険者に街道警備の仕事が出ているそうなんです。
ただ、名うての冒険者が警備についている時に限って、野盗が出ることはない、とかで……」
「なるほど……そりゃ下手したら村の中どころか、互助会か冒険者の中にいる可能性もあるな……」
「ああ、確かに……」
「まあ、あいつらは『緑ふたつ』だから、四~五人なら平気だとは思うが……」
そんな風に俺たちが話していると、村外れの馬車置き場にひょっこりと顔を出す男がいる。
そいつは俺を見つけると手を振りながら、にこやかに近付いてくる。
「あ、いたいた。おーい、奈落大王ー!」
俺をその名で呼ぶってことは、昨日酒場にいた冒険者の一人か。
「なんだよ?」
「あー、昨日、奈落大王に色々話してたアネゴのとこの仲間からの伝言だ。
すまない。アネゴが潰れてて、街道警備に信頼できるやつが置けなかった。道中の旅の無事を祈る、ってさ」
ああ、知り合いの冒険者に街道警備の仕事受けてくれるように頼んでおくとか、言ってたもんな。
でも、そうか。保険がひとつ消えたか。
「つーことで、充分に警戒しながら行くんだな。ヂース領の隣りの村まで、馬車でも二日は掛かる道のりだ。
気をつけてな!それと、昨日はナイスファイトだったな。
また、遊びに来てくれよ!」
「ああ、ありがとう!」
そう言って冒険者は去っていく。
意外とこの村の冒険者って律儀だな。
「奈落大王?何やらすごい異名だな……」
「いや、それが異名とか、決して誇れるものじゃないんで……。
それに『色なし』が異名とか言ってたら、イタイ奴でしょ……」
異名は【冒険者バッヂ】の色が『ここのつ』超えてからつくものだ。
「ああ、もしかして勘違いしてるな?
冒険者の異名ってのはふたつあるんだよ」
「ふたつ?」
「ああ、『深紅』とか『ディープパープル』なんかの通称ってやつ。あれは互助会に認められた異名ってやつだな。
『ここのつ』超えた奴を互助会が宣伝するためにつけてるんだ。
それで、もうひとつは『連剣』とか『魔公子デニー』とか色に関係なく噂される異名ってやつだ。
こっちの異名がつけば、冒険者として一流とも言われるな」
「『魔公子デニー』?」
「テイサイートで聞いたことないか?『ドリームチェイサー』ってパーティーの魔導具使いなんだが……」
「え?その、デニー!?」
「ああ、まあ、最近になって言われ出したから、知らないか?例の『異門召魔術』の裏技を見つけたとかで一躍、有名になったんだが……。
君も使うようだから、知っているかもしれないが……魔術符を破ると威力が上がるんだ。
デニーは『知識の塔』から下賜された知識だと言い張っているがな……」
俺は何とも複雑な表情で、苦笑いだ。
すまん、デニー。たぶん、デニーのことだから、本人としては不本意なんだろう。今度、おちょくろう……。
そんな会話をしていると、ダインとカンドゥの掃除が終わったようだった。
「うえ……まだクサイ……」
トニーが鼻を摘む。
「一応、全部拭いたんだが……」
ダインが申し訳なさそうに言う。
「トニー、もうちょっとだけ待って……」
俺は手持ちの魔石をひと掴み取り出す。ついでに専用チョークもね。
ササッと書くのは、すっかり得意になってしまった『消臭の紋章魔術』だ。
「オドよ、記されし律令に従いて、因果を現せ!」
小さめに描いた紋章魔術に触れる。
オドが魔石から、俺。俺から紋章へと流れて、紋章が力を発する。
うん、魔石の数も計算通りだな。
「もう、いいよ」
「あ、くさくなーい!」
分かりやすい反応、ありがとうな、トニー。
「これが魔術なのか……」
ダインが驚いたように辺りを見回して、匂いを嗅いでいる。
初めての魔術……かな?
「まあ、便利!」
タカーラさんは一家に一台みたいな感覚で言っているが、そんなに安くはないからね、これ。
まあ、俺が臭いのが嫌だから使った部分が大きい。
予定より少し遅れたが、馬車が出発する。
座り順は変わらなかったが、ダインとカンドゥの背負い袋は屋根の上に移された。
少しだけ、居心地はよくなったかな……。