組み紐!乗合馬車!
出来立てほやほや!あと二十分で二十二時。
なるべく二十二時更新を守ろうとしているのですが、前回はかなり遅れて更新でしたし、うーん……出しちゃえ!
不思議屋。
何とも不思議だ。何もかもが革で出来ている。
革の机、革の置物、革の飾り、革の食器、革の棚……何でも革で作ればいいってもんでもない気がするけど。
あ、革のブックカバーだ。欲しい!
ちなみに禁書の『題名のない本』は生皮で不気味だが、こっちは乾いているので怖さはない。
つるつるしてて、触り心地いいな。と、俺がブックカバーにご執心でいると、袖を引かれる。
アルか。
袖を引かれるままに移動すると、革紐で編んだ先端に色付きのガラス玉が入った組み紐があった。
「私とアルファちゃんの。買って……?」
耳元で囁かれる。吐息交じりに囁くなよ!
なんだかゾクリとした。
アルはある意味、ポルターガイスト能力の才能がすごい。
たぶん、無意識で吐息の操作とかしてる。
「か、買うか……」
何故か頬が熱くなるのを自覚しながら、俺は物色する。
アルは赤いガラス玉。アルファは黒いガラス玉がいいかな。
俺が組み紐を買う旨を伝えると、店員がにこやかに応対する。
「恋人へのお土産ですか?」
「そ、そんなんじゃねーし!」
何故かクスクスと笑われた。
十二ルーン払って、奪うように革の組み紐を取ると、そそくさと不思議屋を後にした。
「ねえねえ、私の剣の柄につけといてよ、組み紐、アルファちゃんのもね!」
「は?両方?」
「それとも、二本の組み紐が宙に浮いてる方がいい?」
「うん、ないな!」
俺は二本の組み紐を俺が持たされている剣の柄につける。
それから、村はずれの乗合馬車の停車場へと足を向ける。
ちょうど二台の馬車が停まっている。
その内の一台に近付いて、御者台に座る男に話し掛ける。
「すいません。ヂースまで行きたいんですけど、空きはありますか?」
御者台に座る男は五十代くらいだろうか?
「ああ、悪いね。こいつはこれからテイサイートに戻るんだ。
荷物を運ぶ予定になってっからよ」
「そうですか……」
俺は二台目にも同じように話し掛ける。
「すいません。ヂースまで行きたいんですけど、空きはありますか?」
話し掛けた御者は三十代くらいで金髪と黒髪が交じった短髪の男だ。無精髭が伸びている。
虎みたいな頭してるな。
男は豪快に大口開けて欠伸をしてから、シワだらけの紙巻タバコを咥える。
そのタバコをぴこぴこと上下させながら、こちらを探るように見る。
「ああ、ちょうど出遅れて客が足らないところだ。
前金で五ジン。荷物が多いな……六ジンだな……」
「分かった。六ジンね」
俺は六ジン払って、馬車に乗り込もうとする。
「ああ、デカいその背負い袋は上に載せてくんな。手荷物程度にしてもらわねえと、他の客が乗せられねえからよ」
俺は言われた通り、背負い袋と剣を馬車の屋根に載せる。
背負い袋から小さめ目の手提げ袋を出して、その中に本を二冊。一冊は『サルガタナス』で、もう一冊は道中で読もうと思って持ってきた『野に咲く小話』という植物図鑑兼その植物にまつわる逸話や伝説を紹介している本、それからオヤツ代わりの干し肉と水袋なんかを詰めて、馬車に持ち込む。
「おい、あんた冒険者だろ?剣も上でいいのか?」
「え、だって邪魔じゃん」
「いや、俺としちゃ他の客のスペースが確保できてありがたいんだが……いいのか?」
普通、冒険者というのは、どこにでも自分の得物を持ち込みたがるものらしい。まあ、仕事道具だしね。
俺の剣はアルがいざという時に使う用だから、俺が持っている意味がない。というか、邪魔だ。
「問題ないよ」
「お、おう……まあ、いいなら、いいんだが……」
あまり納得いってない顔で虎頭の御者は飽きれたようにタバコをぴこぴこさせていた。
馬車の中は八人掛けで結構スペースがある。
一番前の列は母親と息子だろうか?親子二人旅という感じだ。
二番目の列は商人風のおじさんが一人。
三列目は誰も座っておらず、最後尾に冒険者風の男二人組が一番広いスペースを陣取っている。
鎧に剣、鎧に弓の二人組だ。
誰も座っていない三列目に座ろうとしたら、デカい盾と背負い袋が座席を占領していた。
「荷物、邪魔なんだけど……」
「まだ座席に空きがあるだろう……」
剣持ちの男が商人風のおじさんの横をあごをしゃくって示す。
「うわ、最悪……」
ぽつりとアルが零した。
「何か言ったか?」
なんか剣持ちも弓持ちもコワモテって顔をしている。
「別に……」
俺は二列目のおじさんに声を掛ける。
「隣、いいですか?」
「ああ、どうぞ……」
おじさんは少し身体をズラしてくれるので、ありがたくそこに座らせてもらう。
アル、怒ってるんだろうな……。
ケンカみたいな非生産的なことが嫌いな俺と違って、アルはすぐ手が出るタイプだからな。
ファントムなアルとアルファは霊体なので、基本物体をすり抜ける。どうやって馬車に乗っているんだろうとは思うが、まあ、問題なさそうだからいいか。
最前列の小窓が開いて、虎頭の声が聞こえる。
「んじゃ、出発しますよ!」
ガラガラと馬車が動き出す。
この馬車は二頭立てだが、馬は普通よりも巨体を誇る長距離移動用の馬だ。
スピードはそれほど出ないが、かなり力持ちな品種らしい。
意外にスムーズに動き出した。
「どちらまで行かれるんですかな?」
商人風のおじさんがにこやかに聞いてくる。
「とりあえずヂースまで。ヂースまで行ったらルートを決めてオドブルに行こうかと……」
「おや、それは長旅ですね」
「ええ、まあ……えーと……」
俺がおじさんを何と呼ぼうか迷っていると、それを察したのかおじさんは自分から名乗った。
「商人をやっておるカーモッツといいます。仲間内ではカモっさんで通ってますよ。
あなたは?」
「ヴェイルです。それでカモっさんはどちらまで?」
お互いの名前を確認して、頭を下げあう。さらっと頭を下げられる辺り、気持ちのいいおっさんだ。
「ぼく、トニー!」
前の座席の男の子が急に割り込んでくる。
「おや、トニーくんですね!カモっさんです。よろしくどうぞ!」
「あ、す、すいません……。
こら、トニー。お邪魔しないの!」
「ああ、お気になさらず。これも何かの縁というやつですからな。ヴェイルさんも気にしておられないようですし……」
「ああ、大丈夫。トニーはどこまで行くんだ?」
「ぼくね、ヂースでお父さんの手伝いするの!」
「へえ、そりゃすごいな。カモっさんはどちらまで?」
「商談でスペシャリエですな。まあ、いつものことです」
「へえ、手広くやってるんですね?」
「いやいや、知り合いのツテを頼って細々とって感じですな。
ああ、よろしければこちらどうぞ……ウチで出してる携帯食糧なんです……」
そう言って、俺とトニー、それからトニーの母親にソレを配っていく。
棒状の焼き固めたビスケットのようなものだ。
さっそく食べてみれば、甘じょっぱい味でなかなかクセになる。
「まだ出回るのはこれからという感じなんですけどね。なかなか好感触で、自信作なんですよ」
「おいしー!」
「うん、美味い……」
「ちょっと失礼……」
カモっさんはそう言って、身体を後ろに回すと、冒険者にも声を掛ける。
「よろしければ、お二人もいかがでしょうか?」
「いらん!どこの何とも分からぬ食い物なぞ、口にする気もおきぬわ!」
「いやー、これは失礼致しました……」
すごすごとカモっさんは引き下がる。
「ははは……怒られてしまいました……」
「変なの……おいしーのに……?」
トニーくんの感想は至極まっとうだ。
俺は少しだけ焦る。アルの怒り顔が目の前に浮かぶようだ。
俺はトニーくんをだしに話題を変えることにする。
「トニーはお父さんの手伝いってどんなことをするんだ?」
「あのね、牛の世話するの!」
「ああ、ヂースは酪農が盛んな土地ですからね」
カモっさんも乗ってくる。
俺は『野に咲く小話』にある逸話をひとつ披露することにする。
「牛がよく食べる草にリモネンドって草がある。
この草は香草としても有名なんだが、昔、昔のそのまた昔、牛の頭に人の身体を持つミノタウロスってモンスターが小さなダンジョンに生まれた。
このミノタウロス。ダンジョンから飛び出して人を襲うっていうとんでもないモンスターだった……」
「えー、ダンジョンのモンスターがダンジョンから出てくるなんて、変なのー?」
「そうだろ。でも、ダンジョンからモンスターが出てくるってのも有り得ない話じゃないんだ。いつまでも誰も訪れないダンジョンはある時、人間に『ここにダンジョンがあるぞー』って教えるためにモンスターを吐き出したりするんだ。
まあ、ミノタウロスのダンジョンは小さかったから、気付かれなかったんだな。
でも、ミノタウロスがダンジョンから飛び出すことで、人間たちはようやくダンジョンの存在に気付いた。
でも、ミノタウロスは大きな身体で力持ち、兵士も騎士も冒険者も軍隊でさえも勝てなかった。
その内にダンジョンもどんどん大きくなって、人間たちはとても困ってしまった……」
「ええっ!そんな強いモンスターなの?」
「そうだ。『ロマンサー』も勝てなかった。
あまりに困ってしまった人間たちは頭を悩ませた。
そうしたら、ある国のお姫様が『私が何とかします』って言ったんだ。
お姫様は自分の国の騎士たちを集めて言った。
ミノタウロスが夢中になって食べる草がある。
私がそれを用意しますから、ミノタウロスがそれに夢中になっている隙を突いて、倒して下さい、ってな……」
「ああ、それがリモネンド!」
思わずといった感じでカモっさんが言う。
子供向けに話してたんだが、すっかりカモっさんまで引き込まれていたらしい。
俺はコクリと頷く。
「だけど、話はそれだけじゃない。
お姫様が用意した草をミノタウロスに見せた途端、ミノタウロスは夢中になってそれを食べた。
その隙を突いて、騎士たちはどうにかミノタウロスを倒すことができた。
騎士たちはお姫様にお礼を言いに行ったんだけど、お姫様が居た場所にはその草が生えているばかりだった。
その場所というのは大地の神様の神殿だったんだ。
つまり、お姫様は人々のために神様に祈って、神様はお姫様の願いを叶えるために、お姫様を草にしたんだ。
そのお姫様の名前がリモネス。それからその草はリモネンドって言われるようになったのさ……」
「へえー!じゃあ、リモネンドってお姫様の草なんだ!」
「そう、だから育てるのはちょっと大変なんだけど、牛の大好物なんだよ」
「へえー!お姫様の草ってすごいね!」
「ヴェイルさんは随分と博識なんですな……」
「まあ、本の受け売りですけどね……」
そうして俺たちが話していると、後ろの冒険者たちが騒ぎ始める。
「ちっ……うるせえな!静かにしろ!」
三列目の座席をガンッ!と蹴って、威嚇してくる。
はぁ……あんまり挑発してくれるなよ……。俺じゃなくてアルのことな。
「ああ、悪いね。もう少し声を落とすよ」
俺はすかさず謝った。
なんだか凄い目で睨まれた。
「けっ……色なしが……」
ガタン!何故か馬車の壁が叩かれたように鳴る。
「ああん?なんか文句でもあんのか……?」
「いや、何もしてないけど?」
そう、やったのはアルだ。俺は何もしていない。
すると、御者台に繋がる小窓がガラリと開く。
「お客さん、俺に馬車に傷つけたらほっぽり出すぞ……」
それだけ言うと、小窓は閉まる。
「ケッ……」
さっきからうるさい剣持ち冒険者はそれで黙った。
俺たちはホッとする。
「怒られてしまいましたね……少し静かに話しましょう……」
カモっさんが声を潜めて、俺とトニーにウインクして見せる。
「内緒話だね……分かった……」
トニーも指を口元に当てて、ひそひそ喋る。少し楽しそうだ。
そうこうしている内に馬車が止まる。
街道沿いの少し開けた場所。
野営地だ。
ゾロゾロと全員が降りる。
「今日はここまでだ。明日の夕方前にゃ、次のキャラメルエ村に着く予定だ」
野営に関しては、それぞれ各自でやることになっている。
一応、女性と子供は優先的に馬車の中で寝ていいというのが不文律だ。
虎頭の御者、名前はジェアルというらしいが、そのジェアルは馬の世話で忙しい。
二人組の冒険者は身体が鈍ったのか、武器を振り回して素振りをしている。暗くなる前に野営の準備した方がいいと思うけどな。
カモっさんと俺、トニーと母親であるタカーラさんは一緒に行動することになった。
まあ、皆で手分けした方が楽だしな。
食材は各自の持ち寄りで、スープを作る。
さあ、今こそ出番だ『野に咲く小話』!
植物図鑑でもある『野に咲く小話』で確認しながら食べられる野草をわんさか取る。
と、頭上を見上げれば、鳥が枝にとまって羽根を休めていた。
「アルファ、あれ、落とせる?」
「お任せを……」
アルファのポルターガイスト能力で鳥を落としてもらう。
今晩は豪華になりそうだ。
鳥と野草を持って、野営地に戻るとカモっさんとタカーラさんに驚かれた。
「な、なんですか、それは……」
「まあ、立派な鳥……」
「食べられる野草と、ちょうど休んでる鳥がいたので……」
「すげー!ねえ、肉団子、肉団子やろうよ!」
「ああ、いいねトニー!そうしよう!」
鳥の肉団子鍋を皆で作る。
「御者さん、よろしかったらご一緒にいかがですか?」
他の皆に断りを入れてから、御者を誘う。
「おお、いいんですかい?こりゃありがてえ!」
例の二人組冒険者は、少し離れて二人だけで火を囲んでいる。見れば何やら干し肉か何かをもそもそと食べている。
少し関係改善を計るか……。
「そちらの二人もいかがですか?」
「いいのか……?」
「ええ、皆で食べる方が美味しいですし……」
真っ先に反応したのは弓持ちの冒険者だ。
「いや、我々も獲物のひとつもと狙っていたんだが、今日は暗くなるのが早くてな……」
「お口に合うかわかりませんが……」
カモっさんが器によそって渡す。
器は例の『器魔術』で俺が出している。
剣持ちと弓持ちの二人はがっつくように鍋を平らげる。
「旨いな……」
「ああ、おかわり、いいだろうか……」
「ええ、どうぞ……」
カモっさんはにこやかにおかわりをよそってやる。
「このスープが複雑な味わいでまた……」
「先程、お二人が遠慮した、カモっさんの携帯食糧で出汁をとってるんですよ」
「あ、ああ、そうか……先程は、その……」
「いえ、気にしておりませんから……」
俺は少し人の悪い笑みを浮かべていたと思う。
トニーが俺の隣で、俺の脇腹をつついて、ニヤリと笑う。
二人でニヤニヤする。
そうして、トニーとタカーラさんは馬車へ。
俺たちはお互いに火の番をしながら、朝を迎える。
二人組の冒険者と仲良くなったとは言えないが、名前くらいは聞き出すことができた。
弓持ちはカンドゥ。剣持ちはダイン・ソーというらしい。
なるほど、剣持ちは貴族かそれに類する家系か。
名字があるということは、そういうことだった。