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ルール?ゾンビ!

ぐぎゅるるるるる……!


俺は目覚めた。自分の腹の音で。

あ、昨日は軽食をつまんだだけで、『サルでも使えるタナトス魔術』、通称『サルガタナス』を読みながら寝ちゃったんだった。


《おい、サル!》


髑髏と骨で飾られた本、『サルガタナス』が声を掛けて来る。


「……なに?もう、腹減っちゃって……食べてからでもいい?」


《我はこの世に一冊しかない貴重な本ぞ!もう少し丁重に扱わんか!》


「あー……はいはい。分かったよ、ごめんね……」


大して悪びれた風でもなく、そう返しておく。

確かに本は貴重な物だが、俺は自分の本に丁寧にカバーを掛けて、折り目ひとつつかないように扱うなどということはしない。

物心ついた頃には本に囲まれていたので、本を気遣うという習慣が身につかなかったのだ。

読んでこそ、本。手垢は勲章くらいに思っている。

もちろん、自分の家の本だけだ。

小さな頃に何度も読み返した本は、汚れているし、折り目もひとつどころじゃない。

でも、そういう物には思い出が詰まっている。

馬車から投げ出されてついた変な折り目とかね。


《分かっておらんだろ?我はサルのアイマスクではないのだぞ》


「枕にするには飾りが邪魔だから、アイマスクならいい方じゃないか!」


《ぐぬぬぬぬ……》


おざなりに答えながら、遅い朝食を取る。

顔を洗ってさっぱりしたら、アルの客間に顔を出して挨拶する。


「アル、おはよう……。

なんとか生き返りの目処が立ちそうだよ。

もうちょっと待っててね……」


ベッドの中でシーツに包まるアルは、普通に寝ているようにも見える。

今にも起き出して、「ベル!朝の特訓だ!塔の周りのランニング、三十周からね!」とか言いそうだ。

アルは五歳の頃から家の塔に来ている。

アルの家はテイサイートの街で宿屋をやっている。

俺が小さい時は、母さんが働く時間を作るために、よく宿屋から食事を配達して貰っていた。

アルの母親であるリートさんが配達に来る時に一緒に連れて来ていたのだ。

七歳になって、俺が家事の手伝いをするようになると、アルは一人で家の私塾に通うようになった。

あの頃は母さんやじいちゃんの内弟子なんかもいて、かなり賑やかだった。

その雰囲気が好きだったのか、アルは昔からの知り合いということもあって、ちょくちょく家に泊まったりしていた。

アルはもうその頃から冒険者に憧れを持っていて、無理矢理俺を特訓という名の遊びに引き連れるようになっていた。

十二歳になって、私塾は辞めたけど、それから今まで、何かと言っては家に顔を出す、家族みたいなもんだった。


そのアルが使う客間は、云わばアルの部屋だ。

アルの匂いがする。

正直、めんどくさいと思うことが多かったけど、俺はアルに救われていた部分も多かった。

アルが連れ出してくれなきゃ、俺は外の世界を知らないままだっただろうと思う。

何しろ、じいちゃんも母さんも引きこもって仕事してるのが基本だから、俺を外の世界に、なんて思ってなかったし、俺もこのままどっちかの仕事を引き継ぐのかな?くらいに思ってたしね。


《おい、我の続きを読むのではないのか?》


俺が何とも言えない感傷に浸っていると、小脇に抱えた『サルガタナス』が声を掛けて来る。


「分かってるよ。でも、お前、訳分かんない用語とか多すぎ!辞書に載ってるかも怪しいし……」


《何が分からん?我はサルでも使える魔術書なるぞ!》


「例えば、魔瘴石。魔晶石なら分かるけど、魔瘴石ってなんだよ?誤字なのか?」


《くかかかか……サルめ!そんなことも知らんのか!》


「サルじゃねーよ!ヴェイルだよ!」


《ベ……ベイル?》


「俺の名前な。あとベイルじゃなくて、ヴェイルだから!

そう呼んでくれ、『サルガタナス』」


《ブ……ブべ……ブベル……》


何で脳内に語りかけて来るのに、発音に困ってるみたいになってんだ、この駄本……。


《ベ……ベル……》


「あーっ!もう!分かった、ベル、ベルでいいから説明しろや!」


《ベル……ベルな……ならいっそサルで……》


「駄本。サルはお前だろ?『サル』ガタナスなんだから!

今度、サルっつったら、もうお前と話さないからな!」


《む、むむ……無視はやめよ!無視は……ツライ……》


「なら、ベルって呼べ!」


《わ、分かった。そ、それで何の話だったかな?ベ、ベル……》


「恥ずかしそうに呼ぶなや!友達いないやつか!あ、いないんだっけか……すまん……」


『サルガタナス』の髑髏がまた涙目になっていた。

俺はちょっと反省した。


「そ、それでだな、『サルガタナス』。

魔瘴石の話だ」


《あ、ああ、魔瘴石だな……本来なら我が教えるのはルールに反するところだが、ベルがどうしてもと言うのなら、教えるのもやぶさかではない……》


なんだろう……なんか嬉しそうに名前呼ばれるのがちょっと気持ち悪い。

いや、サル呼ばわりされるとイラっとくるから、呼べって言ったんだが、あんまり嬉し恥ずかしみたいに言われるのも微妙だ。

まあ、ぼっちの駄本だから仕方ないか……。それくらいは説明の対価として受け入れよう。


「ああ、頼む……」


《魔晶石で良い》


「いいの!?誤字かよ!」


《いや、魔晶石で良いが、その中に黒い染みがあるものだ。

それが魔瘴石なのだ》


モンスターの体内から見つかるオドの無色結晶。

涙滴型の物が魔石、角張っているのが魔晶石である。

基本的には魔法を使わないタイプのモンスターから取れる。

魔石はオド量が少なく、魔晶石の方がオド量が多い。それよりオド量が多いのは鉱脈から採掘できる宝晶石で、宝晶石より多いオド量を持つのが魔宝石だ。

だが、それらオドの無色結晶には稀に黒い染みがついているものがある。

オド量、簡単に言うと紋章魔術の威力は低く、持続時間が短くなってしまうものが黒い染みありの結晶ということになる。

これらは名称の前にクズと付く。

つまり、魔瘴石とはクズ魔晶石のことを指しているらしい。


「それって魔晶石じゃダメなのか?」


《淀み、瘴気のあるなしが重要なのだ》


「ふーん……まあ、クズ魔晶石の方が安いから有難いけど……」


俺は自室に戻って、『サルガタナス』を開くと、ゾンビのページに目を通す。

ゾンビを作るには、ゾンビパウダーというのを振りかければいいらしい。

レシピは簡単だ。


魔瘴石︰二

墓場の土︰一

グレアムの木の根︰一

ストーンゴーレムの石︰三


この比率で、細かく砕いた材料を混ぜ合わせると、ゾンビパウダーが完成する。

これを死体に大さじ一杯分ほど振りかければ、ゾンビになる。

ただし、ひとつだけ問題がある。

それは、ストーンゴーレムの石だ。

これは術者が一人で倒したストーンゴーレムの石を使わなければならないと書かれている。

ストーンゴーレムは大抵、どこのダンジョンでも出てくる初心者泣かせの強敵で、一度ターゲットをロックオンするとダンジョンから出るまで追ってくる。

対処法を知らなければ、固い石の拳で死ぬまで殴られるというモンスターだ。

石の人形だから、命令通りにしか動かないというのがポイントだということは本で読んだ。


「うーん……参ったな……。

俺の力量でなんとかなるもんなのか……」


正直、悩む。

クズ魔晶石とグレアムの木の根は、母さんの工房にある。

墓場の土は問題ない。

だが、ストーンゴーレムか……。


「仕方ない……やってみるか……」


俺は母さんの工房になっている部屋に向かうのだった。

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