ゴーグル!餞別……。
春も終わり、夏が近くなった。
合間に一度、冒険者として依頼を受けた。
アルと俺の気分転換みたいなものだ。
またデニーとミアンに付き合ってもらって、水スライムの核を取りに行った。
人工霊魂をアルとアルファが欲しがったからだ。
霊体の強化になるらしい。
美味しそうに食べるんだよな、人工霊魂。
綿アメだな完全に。
つい、俺も口に入れてみたが、味はない。腹も膨れない。
緊急依頼をこなした事も含めて、『色なし』の俺はこれで赤依頼を六つ、緑依頼をひとつ完遂したことになる。
アルとアルファもついてきたが、今回は見るだけで終わった。
アルは懐かしそうに自分の『色なし』の頃の事を語っていた。
ミアンはいつの間にか『赤ひとつ』冒険者になっていた。
俺が『塔』で色々とやっている間にミアンはちょこちょこと仕事をこなしたのだろう。
一応、おめでとうと言っておいた。
ミアンは仕事したい時はいつでも言ってね、手伝うから、と言っていた。
デニーはそろそろ、本来の仲間と合流して、中級冒険者としての仕事に戻るらしい。
俺が仕事したい時は仲間と一緒に手伝うから……と言っていた。
……なるほど、二人とも暇なんだな。
まあ、少し長旅に出るから、しばらくはミアンやデニーともお別れだ。
『塔』での色々。
ゼリのダンジョンで研究用に確保した二匹のガルム種の死体。
こいつらをゾンビ化した。
灰色のガルム種だが、良く見れば二匹には差異がある。
前足二本に白い帯みたいな毛がある方をケル。
耳の先に白い毛がある方をオルと名付けた。
ポロとサンリを進化させようかとも思ったが、時間がどれだけあっても足りなくなりそうなので、それは断念した。
研究所の『取り寄せ』用の部屋が三十五部屋まで増えた。
研究所は今、アリの巣のようになっている。
結構な規模になっている。
まあ、掘ったのは俺の契約したアンデッド達だが、ここで一度、拡張工事は停止している。
各自、俺が呼び出せる戦力として、部屋で待機してもらっている。
ゴーグル型魔導具は無事に完成した。
『千里眼』の魔術はなかなかに使い方が難しい。
何しろ想像していた千里眼と違うものだったからだ。
この魔術は俺の視力を高めるのではなく、他人の視界を盗み見る魔術だったのだ。
かなりごついゴーグルの側面に儀式魔術が設定されている。
大仰なボタンがいくつか付いていて、それを俺だけが知る順番に押していくと、儀式魔術が完成する。
最初に映るのはアルだ。
「おおっ?」
これはどうやら、アルファの視界らしい。たまに俺の背中が映る。丸いな……俺。
視界を切り替える。次に見えたのはアルファと俺だ。
これはアルの視界か?
次に切り替えると、本が映る。ページを捲る皺だらけの手。
これはじいちゃんか。
夜の森、何かの獣の視界。夜の空、鳥だろうか?
どうやら近場から、段々遠くの誰か、もしくは何かの視界を次々に盗んでいるらしい。
恐らくは俺に必要そうな情報を魔術が勝手に支えているのか、あまり変なものは映らない。
使い方次第でかなり有用かもな。
アルファの視界を盗みながら、索敵とかさせたら安全にダンジョン探索とかできそうだ。
これで、九割がた準備が整ったと言える。
後はじいちゃんに出掛けることを言わないとな……。
翌日、朝食時にじいちゃんと話をする。
「じいちゃん、俺、明日から出掛けてくるから……」
「おや、また冒険者の仕事かの?
最近はやけに忙しくあれこれやっておったから、どうしたのかと思ったが、冒険の準備じゃったか」
「あ〜……その、まあ冒険というか……」
さすがに四ヶ月も家を空けるとなると言わない訳にもいかないよな……。
「それで、どれくらいで帰る予定なんじゃ?」
じいちゃんは普通に聞いてくる。
「……あのさ。オドブルまで、ちょっと国に認められた死霊術士に会いに行ってくる」
「うーむ……国に、というと『黄昏のメーゼ』か……。
随分と急な話じゃ……会って、どうする?」
「例の本……俺の知らないアンデッドモンスターが載っている。
たぶん死霊術士しか知らない知識がある……」
俺は『サルガタナス』を例の本と呼ぶ。
じいちゃんはひとつ頷く。
「……なるほどの。
少し待っておれ」
じいちゃんは俺を置いてどこかへ行く。
待っているだけというのも何なので、俺は朝食をおかわりする。
じいちゃんの作る食事は悪くないんだが、粗食だ。
野菜スープにパン。それだけだ。
肉が欲しい。
俺は適当に食糧庫から肉を出して、焼く。
今日は街に買い物に行く予定だから、精をつけないとね。
「おうい、ベルちゃんや!ドア開けてくれんかね」
じいちゃんの声がするので、俺は台所に続くドアを開ける。
じいちゃんは箱を持ってくる。
「なに、これ?」
「……うむ。正直、じいちゃんとしては今でもあの本に頼って欲しいとは思っておらんのじゃがな……。
でも、じいちゃんはベルちゃんのじいちゃんじゃ。
とりあえず、ポワレン坊ちゃんから届いたものと、じいちゃんの虎の子じゃ。持っていくがええ……」
そう言ってじいちゃんは箱の蓋を開ける。
中には、俺がもらって行こうとしていた百万ジンと、じいちゃんがこっそり貯めていたらしき魔宝石が小袋いっぱいに入っていた。
「じいちゃん……」
「認めた訳じゃないんじゃ。ただ、どこまで行こうとわしら家族はベルちゃんの味方じゃ……」
「……うん。ありがとう……じいちゃん……」
ちくせう。ちくせう。ちくせう。
泣きそうになる自分を必死に抑える。
たぶん、泣いたら自分の中の決意が鈍りそうな気がして、俺は必死に自制した。
俺が求めるのはアルの復活だ。
どれだけ家族に望まれなくても、それをやり遂げる。
それを強く再認識するのだった。