ぷるスラ!ズレてるよ!
そこはいつもの俺の部屋。
アルがにんまりと笑いながら、俺の腕を引いていた。
「行こうよ、冒険!ぷるスラが出るんだってよ!ぷるスラ!」
俺は腕を引かれる度に読んでいた本から目線がずれるので、必死に抵抗する。
「今、読書中!」
「ベルはいつでも読書なんだから、そんなの後でいいじゃん!ぷるスラだよ!ぷるスラ!」
ぷるぷるスライム。『アラモンド』のダンジョンの宝箱に潜む罠系モンスター。
だが、罠系モンスターといいながら、その実、非常においしいモンスターだ。
ぷるぷるスライムは必ずポーションの入った宝箱に潜んでいる。やつらは休眠状態で入っていて、冒険者が無造作に手を突っ込むと、そのポーションを飲んでしまうという悪戯のような仕事をする。
しかし、ポーションよりもぷるスラの方が買取値段は高い。
ぷるスラの核は珍味であり、食べると高い美肌効果があるとされているため、貴族などがこぞって買う品のひとつである。
「ベルも食べてみたいでしょ!ぷるスラだよ!ぷるスラ!」
「これ以上、俺の肌がぷるぷるしても意味ないんだよ!もう充分以上にぷるぷるなんだから!」
俺は自分の頬肉を摘んで、ぷるぷる具合をアルに見せる。
「これは、ぷるぷるだけど、たぷたぷでしょうがっ!
私のためにちょっとくらい動こうとか思わないわけ!」
アルの腕を引く力が強まる。
俺はアルを睨みつける。
「あのな、アル。お前との冒険物語が、今読んでるこの本より面白い訳ないだろ!」
「あ、ベル、そういうこと言うんだ!もう怒ったからね!」
「わ、馬鹿っ!やめろ!」
アルが腕を振り上げる。
俺はいつものように防御体勢になるが、本だけは離さない。
って、デコピンがビシビシと俺の額を打つ。
「ぷるスラ!ぷるスラ!ぷるスラ!ぽるスラ!ぽるスラ!ぽるた!ぽるた!ぽるた……」
「痛っ!やめろ!馬鹿になるだろ!痛いってば!おい、ぷるスラじゃなくなってるよ……なんだよ、ぽるたって……痛っ……やめろよ!やめろってば……」
いつまでも終わらないデコピンの嵐。
分かってる。俺が折れるまで続くやつだ、コレ。
「ああ〜!もうっ!行けばいいんだろっ!行けば!」
アルを振り払うように、目を開く。
「あ……あれ?」
目を開いた俺の前では、ファントムのアルがカップを前に、何度も「ぽるた!ぽるた!」と言いながら手を振っていた。
「夢……?」
アルが「ぽるた!」と言いながら手を振ると、俺の腕が不可視の力で引っ張られる。
「ア、アル……?」
「あ、ベル。おはよう!起きたの?」
「あ、お、おはよ、う……えっと、もしかしてポルターガイスト能力の練習してた?」
「え、うん!一回だけ動いたの!こう……ぽるた!って叫ぶと、やれるっぽい!」
「ああ……」
俺は深く嘆息した。
そうか、ぷるスラは夢か……。
良かったような、悪かったような……。
「いくよ、見ててね。ぽるた!」
アルの瞳は真っ直ぐにカップに向けられているが、何故か俺の腕が不可視の力に引っ張られる。
「あれ〜?おかしいなぁ……」
うん、おかしいのはアルだ。
カップを動かそうとすると、俺の腕が引っ張られるんだが……。
方向音痴かよ。
「あのさ……たぶん、力の方向が違うと思うんだ……」
「方向?」
「うん、さっきからアルがカップを動かそうとする度に、俺の腕が引っ張られるんだけど……おかげで変な夢が……」
「夢?」
「ああ、それはいいんだけど……えっと、角度が三十度、距離が倍くらいかな……」
「……うん、分かんない!」
とてもいい笑顔でアルに断言された。
「ええと、アル、左に一歩寄って。それから、この本を動かすつもりでやってみて」
俺は適当な本をカップの半分くらいの距離に置く。
「その本ね。ううぅ……ぽるた!」
テーブルにあったカップが壁に飛んで、パリンっ!と割れる。
「えっ!?」
「おわっ!?」
中に入っていた冷えきったお茶がぶち撒かれる。
「なんで!?」
「俺が聞きたいわっ!」
どうやら動かす距離も倍くらい違うようだ。
仕方ないので、片付ける。お気に入りのカップだったんだけどな……。
「あ、私がやります!」
アルファが寄ってくる。
「ああ、大丈夫だよ、このくらい。
……もしかして、アルファも一晩中、アルに付き合ってくれてた?」
「ええ、まあ……」
「そっか。悪かったね……」
「いえ、アルを守るのも仕事ですから……」
そうか、それも命じてたんだっけ。適当にアルの相手してやってくれ、と新たに命令を上書きしておく。
アルファも意思のあるアンデッド、ファントムなので、頼むまでもなく相手してくれてたみたいだけど。
「おお〜い!ベルちゃんや!何かあったかね?」
部屋の扉を叩いて、じいちゃんが声を掛けてくる。
カップの割れた音が響いたか。
俺はアルとアルファに静かにするように、口元に指を持っていく。
二人は頷いた。
「ああ、ごめん、じいちゃん。寝惚けてカップ割っただけだから……」
「そうか……問題ないならいいんじゃが。
朝は昨日のスープとパンでいいかの?」
「あ、うん。これ片付けたら降りるから!」
「うむ」
じいちゃんの足音が遠ざかるのを聞いて、俺はホッと胸をなで下ろす。
アルとアルファには、姿を隠して部屋にいてもらうことにする。
俺が『サルガタナス』を読むこと自体は、じいちゃんも諦めたみたいだけど、既に実践していることはなるべくなら教えたくない。
いや、いつかはバレるだろうし、じいちゃんももしかしたら感づいているのかもしれないけど、はっきりさせず、あやふやなままにしておく方がいいと思う。
じいちゃんも見てしまえば黙っていられないだろう。
せめて、アルに肉体を持たせるまでは、じいちゃんとの距離感をこれ以上離したくはない。
まあ、ただの逃げかもしれないけれど、アルが悲しむだろうし、もう少しだけこのぬるま湯に浸かっていたいというのが本音だ。
俺は割れたカップの破片を片付けながら、そんなことを考えたのだった。
それから、じいちゃんと朝食中に前からの懸案事項である母さんの魔法陣を見せる。
じいちゃんの知識を持ってしても、新たに分かることはなかった。
やっぱりどこかで時間を作って、例の数字を著しているらしき部分の改変を試すしかないか……。
じいちゃんとぬるま湯の割には刺激的な会話を終えて、俺は『異門召魔術』作りに取り掛かる。
夜、寝る前に『サルガタナス』を読み込む。
アルの進化先を決めなきゃね。