バレてーら!タイミング!
俺は沈黙を続ける。
じいちゃんが帰ってきてすぐバレるのは予想外だった。
それにしても、じいちゃんには俺が持っていったという確信があるようだった。
「レイルの結界装置を完璧に外せるのは、ベルちゃんしかおらん……それに同じ屋根の下じゃ、薄々分かっとるだろうとは思っておった。
ベルちゃんももう成人じゃ……そろそろ話をしておく時期じゃと思っておったが……あれが読んではいけない本だというのは分かっていたはずじゃろ?」
分かっていた。でも、必要だから読んでいるんだ、とは言えない雰囲気だ。
なにしろ、誰も読めないようにするための結界で、隠し部屋で、禁書扱いだった訳だし。
俺はやっぱり沈黙を選ぶ。
「……よりによって『サルが使えるタナトス魔術』とはな。
やはり、これが運命というものか……」
俺は思わず聞き返してしまう。
「運命?」
「あ、いや……とにかくじゃ!あの本はベルちゃんが読んではいけない本なんじゃ!
返しなさい!」
じいちゃんは急に声を張り上げる。
じいちゃんは俺に甘々だが、怒らせると怖い。
俺はじいちゃんの声が大きくなったことで、肩を竦ませる。
でも……。
「……いやだ。」
「なっ!?呪われるんじゃぞ!」
「いやだ!あれは必要なんだ!じ、じいちゃんに怒られても返せない!」
俺は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がって叫ぶ。
「あ……お……おお……ヴェイル……ヴェイル……」
じいちゃんは驚愕に固まったかと思えば、顔を覆って俺の名を呟く。
その声は震え、まるで泣いているようだった。
俺はジリジリと後退る。
「呪われてもいい!俺がどうなろうと、俺は……俺は……」
俺はそれ以上、何も言わず、部屋へと戻るべく、駆け出した。
「ベルちゃん!」
じいちゃんは叫んだが、俺は止まらなかった。
振り返らなかった。
だからこの時、じいちゃんが何に悲しんだのか、何を嘆いたのかを知ることはできなかった。
それから数日、俺とじいちゃんは何事もなかったかのように過ごした。
じいちゃんも、禁書の話などなかったかのように振る舞う。
俺は母さんの工房で『異門召魔術』作りの仕事に没頭した。
アルは人工霊魂の筒の中で、俺によってアンデッド化されるのを待っている。
今、自分の研究室に行くのは危険だ。
じいちゃんに見つかったら、最悪、詠唱魔術で研究室ごと吹っ飛ばされる可能性もある。
早くアルを……とは思うものの、どうするべきか分からない。
それからまた、数日。
チャンスが巡って来る。
オクトが素材を届けに来たのだ。
「やあやあ、師匠の坊ちゃん!
進み具合はいかがでしょうか?」
「お客さんかの?」
じいちゃんが自室から降りて来る。
「やや、これはカーネル様!どうもご無沙汰しております……」
オクトとじいちゃんが軽く挨拶を交わす。
「オクト、工房に行こう」
俺はオクトを工房に連れていくことにした。
オクトが不思議そうな顔をするのを、無理矢理連れ出す感じになったが、まあ、それは何とか誤魔化せたと思う。
俺はオクトといつもの如く、取引を済ませる。
素材と金を貰って、出来ている分の『異門召魔術』を渡す。
これ自体はすぐ終わる。
本題はこれからだ。
「オクト、頼みがある」
「はいはい、また前借りでしょうか?」
「違う。暫くの間、じいちゃんを引きつけておいてくれ!」
「ええっ!?いや、カーネル様とですか?無理ですよ。
師匠の父上で大魔導士ですよ!
私なんぞ、ただのしがない商人……カーネル様の興味を引けるような話なぞ、とても、とても……」
「そこを何とか!三時間、いや、二時間でいい!
どうしてもやらなきゃいけないことがあるんだ!」
俺の顔を見たオクトの顔色が変わる。
「何やら、余程のことのご様子……。
分かりました。やるだけやってみましょう!」
「そうか。助かるよ!」
「あの、師匠の坊ちゃん……」
「何?」
「もし、出入り禁止とかになったら、取り成して下さいね……」
何故か悲壮な決意を滲ませてオクトはそう言った。
まあ、じいちゃんは一撃で敵国の軍勢数千人を奈落の底に沈めたとか、山ひとつ消し飛ばしたとか、逸話持ちだから、分からなくはない。
今でこそ丸くなったと言われるが、じいちゃんは基本的に挑戦者だ。昔はもっとヤバかったらしい。
俺はオクトに大きく肯いてやる。
「大丈夫だ!いざとなったら、俺からオクト商会に行くようにするから!」
「ええっ!?」
「じゃあ、頼んだぞ!」
「あ、あうあうあ〜……」
俺はオクトの後ろに隠れるようにして、オクトがじいちゃんの部屋に入るのを確かめる。
「いきなり不躾で、大変申し訳ございません……実はどうしてもカーネル様に聞いて頂きたい話がございましてですね……」
そうオクトが話すのを背中で聞きながら、俺は自分の研究室へ向けて、駆け出すのだった。