アル?アル!
俺たちはマンセの案内で一層に向かう。
斥候役のマンセはこまめに地図を直しているようで、帰り道は楽勝だった。
「いやあ、生きててくれて良かったよ!
ヴェイルくんは幸運だね!転移の罠なんて初めて見たから、どうにも対処ができなかった……本当に申し訳ない!」
ギュカクは腰を九十度折り曲げて、深々と頭を下げる。
「いや、こうして探しに来てくれた訳ですし……」
秘密を守るためとはいえ、目潰しを喰らわせてモンスターを呼び込む結果になったので、俺としてもあまり強くは出られない。
「それにしても……君は『色なし』なんだよな……。
あの『火の異門召魔術』といい、その『光の異門召魔術』といい、恐ろしいルーキーだな……」
ジョウエンは俺の【冒険者バッヂ】を見ながら言う。
「なあ、あとふたつの『異門召魔術』って、やっぱり『皿』と『煙』なのか?」
「ああ……でも、今回は使わなそうだけどな」
「うおー、全部持ってるのか……すげー、コネクションだな!」
俺がゼリホーンドゴブリンを倒してから、マンセの態度が急変していた。
毒舌キャラだと思っていたのに、頭悪いゴロツキキャラになった。
アンラと双子なだけあって、思っていることがすぐ言葉になってしまうようだ。
そうしている内に昇り階段が見えてきた。
俺は改めて点眼薬を使う。
「なあ、ダンジョンに入ってから、よくその薬を使っているが、もしかして目が悪いのか?」
ジョウエンが心配して聞いてくる。
「まあ、そんなとこだよ……」
適当に答えておく。
一層の残りの広間とボス部屋で見落としをする訳にいかないから、とは言えない。
「そうか、そういうハンデがあると遠出なんかは難しそうだな……」
納得したのか、ぶつぶつとジョウエンが何か呟いていたが、勝手に納得してくれたのなら、問題ない。
「この階段を昇ると、ボス部屋なのか?」
ギュカクに聞いてみる。
「ああ、いや暫く通路があって、ボス部屋はその先だな。
もっとも、ボスのグレイガルムは俺たちが降りて来る時に倒したから、安全だ」
「そりゃ、良かった」
「ただな……その……」
ギュカクが何とも言い難いという風に言葉尻を濁す。
「何?」
「来る時にざっと見たんだが……冒険者の遺品らしきものは見当たらなかった……」
「まあ、使えそうな物があれば、他の冒険者が持って行ってしまうだろうしな……」
「ああ……」
俺が見つけたいのは遺品じゃないので、ギュカクの言葉に大して揺れることもない。
アルの遺品がないことは分かっているしな。
階段は結構な長さがある。
疲れた身体には堪えるな。
でも、なんとなく予感がある。
アルの霊魂がいるとしたら、たぶん毒矢の罠のところだろう。
毒矢の罠はボス部屋にあると言っていたから、たぶん……。
「そういえば、毒矢の罠がボス部屋にあるって言ってたよな?」
「ああ、でも来る時に外してあるから、大丈夫だぜ!
二日もすればボスも罠も復活するらしいけど、まだ大丈夫!」
マンセが自信たっぷりにそう言った。
俺はその言葉に安心する。罠が外してあることではなく、毒矢の罠がちゃんとあったということにだ。
どうにか階段を昇り、通路を歩く。
やはり、アルはいない。
キョロキョロと辺りを見回しながら歩くと、通路が途切れて、広間が現れる。
既視感。そうか、あの時、俺たちは知らない間にボス部屋に来てたのか……。
あの辺りで、黒い大きな狼型モンスターに食われそうになったんだっけ……。
だとすると、あそこら辺で、俺が罠に掛かって……。
視線が止まる。
黒くて長い髪、俺が造った装備を身に着けた状態のアルが歩いていた。
瞳をキラキラと輝かせて、珍しそうに辺りを眺めている。
「アル……」
俺は自分でも意識しないまま、その名を呼んだ。
だが、アルはそれに気付くことなく、逆に前方の何かに気付いたように、反射的に動いた。
声は聞こえないが、アルの口から言葉が紡がれるのが分かる。
そして、聞こえなくても、俺にはアルがなんと言ったか理解できる。
そう、その口は、ベル、危ない!と動いていた。
誰かを突き飛ばすような動作、同時にビクリとアルの身体が震える。
でも、何かを堪えるようにアルは姿勢を直す。
それから、ホッと胸を撫で下ろすと、優しい笑みで何かを見ていた。
何かって?俺だよ。あの時、俺はアルに突き飛ばされて転んで、また暴力かよ、とか思いながらちょっと物思いに耽ったりして……それから……。
ああ、二階層に居た『浮遊』と一緒だ。
アルもきっと同じ場面を繰り返している。
震える足を堪えながら、腕を振り上げて、悪戯っぽく笑ってデコピンする。
かと思えば、優しく笑いながらそこにいない俺に抱き着くようにくずおれる。
どうにか腕で倒れきってしまわないように俺を庇って、でも、できなくて……。
「アル!」
俺は叫んだ。それから、背負い袋から慌てて人口霊魂入りの筒を取り出す。
「え?おい!どうした?」
「依頼主さん?何?」
周りの奴らの困惑したような声が聞こえるが、それどころじゃない。
何回だ?アルは何回、ここで死の体験を繰り返した?
ずっと、ずーっと、俺がここに戻るまでの間、同じ経験を繰り返してたのか?
生き返らせてやるとか、偉そうなことを言っておきながら、苦しむアルをここに放置し続けてたのか!
くそっ!俺は馬鹿か!
アルが仰向けに倒れている。
俺は筒を手に、アルのところまで走る。
アルの口が動いて、「あいし……」と言うのが分かった。
そして、アルの記憶が途絶えたのだろう。
ぎりぎりで、俺の手は届かなかった。
アルが消える。
「アル……そんな……」
「ご主人様!あっち!」
そう言ったのはアルファだ。
「え?」「今の声は?」「な、なんだ?」
驚きの声が上がるが、どうでもいい。
俺は悲しみにくれる暇もなく、アルファの声に導かれるように、広間の入口を見る。
アルだ。
アルが入口から姿を現す。
物珍しそうに大きな瞳を見開いて、このボス部屋に入ってくる。
俺はアルの方へ手に筒を持って歩いていく。
浮遊のやつは最低限、意思の疎通ができたんだ。
アルだって、できてもおかしくない。
「よう!アル!」
アルが俺を見る。やった!
どうしよう……お前、死んでるんだぞ馬鹿!とか言ってやろうか……。
どう声を掛けようか迷っていると、急に肩を掴まれた。
「ちょっと、依頼主さん?大丈夫かよ!」
「触るなっ!」
マンセに掴まれた肩を無理矢理引き剥がす。
やけに力を入れたからか、その拍子に人工霊魂の筒がすっぽ抜けて、あらぬ方に飛んだ。
カランッ!と音がして、コロコロと筒が転がる。
俺はカッとなって、マンセを押し返した。
「何するんだ!」
「いや、その……悪い……でも、いきなり何もないところに話しかけたりして、おかしいぜ……」
困惑するマンセを放っておいて、俺は予備の筒を取り出す。
「頼むよ……少しでいいから、好きにさせてくれ!」
俺は少し涙声で言った。
それから、アルを見る。
アルは歩き出していた。
「アル!」
俺の声掛けに気付かず、アルは歩いて、急に駆け出して、そこにいない俺を突き飛ばした。
ビクリと身体が震える。
くそっ!またか!
俺は走る。
「アル、もう死なせない!」
俺は筒の蓋を取るとアルへと差し出す。
ぐらりと倒れそうになるアルの身体を支えるように、筒を出した。
その瞬間、アルの霊魂は光の粒になって、次々と筒の中に入っていく。
人工霊魂がアルの光と混ざって、淡く光っていた。
俺は、そっとその筒の蓋を閉める。
それから、ようやく始まったのだと思った。
アルを俺の懐にしまう。
マンセが俺の飛ばした筒を拾って、恐る恐る俺へと出してくる。
俺はそれ受け取って、無造作にしまう。
「その……悪かったよ……」
俺は自分の懐にアルがいるのを確認するようにしてから、マンセを優しく見る。
「ああ、もういい。俺の目的は達成できた。ありがとう……」
ギュカクとジョウエンにも礼を言う。
三人とも、キョトンとした顔で「あ、ああ……」とか「え?いいのか?」とか言っていたが、分からなくていい。
「さあ、帰ろう!」
俺は意気揚々とそう言うのだった。