目が!目がぁぁ!からの、こっち見んな!
うろ覚えの道をなんとか引き返していく。
今度はマッピングしながらだ。
筆記用具は『取り寄せ』した。準備はしておくものだ。
もっと早くやれば、もっと良かったけれど。
途中、浮遊とまた会った。
例の殺される現場に向かうところだったので、そっちに行かない方がいいと教えてやったが、ニッコリ微笑んでサムズアップしてから、やっぱり現場に向かって行ってしまった。
まあ、いつかあの繰り返される悲劇から脱する時が来ると信じて、俺は見送った。
可哀想だとは思うが、俺が今、一番に考えているのはアルの霊魂探しなので、俺は何もできない。
そうして、ポロとアルファに先行させて、俺は上り階段を探す。
ポロは罠の発見と解除役、アルファはポロが解除できない罠を漢探知で踏み潰す役だ。
何か発見があれば、アルファが戻ってきて報告してくれる。
といっても、今のところ何かとは、モンスターがいるというものだけなのだが。
俺はサンリとトーブに守られながら、ひたすらマッピングだ。
「サンリ、この広間の広さを測ってくれ」
サンリは広間の外周を指折り数えながら歩く。
角まで行くと、こちらに手を向けて、指を見せる。
罠の確認はしているが、いちいち俺が歩くと、疲れるから、歩くのはサンリの役目だ。
「えーと、これくらいの角度で、八歩か……」
正直、時間が掛かるがある程度正確な地図でないと、知らぬ間に同じ所をぐるぐる回っている場合もある。
気が急いているからこそ、急がば回れだ。
と、俺がマッピングに躍起になっていると、ファントムのアルファが戻って来る。
また、モンスターか!と筆記用具を仕舞おうとすると、アルファが言った。
「人間が来ます!」
「人間?どんなやつらだ?」
「来る時に一緒だった人たちです。一人少ないけど……」
「おお、もしかして探しに来てくれたのか!
よし、ポロに急いで戻るように伝えてくれ!」
「はーい!」
一人少ない……のか。変なことになってなきゃいいけど……。
少し心配しながら、俺は皆と通路に入って隠れる。
あ、ポロとサンリどうしよう……。
『取り寄せ』で研究室に送るか……でも、ちゃんと確認ができてからだな。
俺はゾンビたちに見つからないように隠れてついてくるようにと伝える。
安全が確保できるなら、俺が死霊術を使えることは隠しておきたいしな。
わざわざ忌避の目を向けられることもない。
俺は『光』の魔術符を破いて、灯りを消す。
そのまま、ジッとして暗闇に目が慣れるのを待つ。
その間、アルファたちアンデッドが周囲を警戒してくれているので、何も心配はない。
まったく光源がないという訳ではなく、仄かに壁や天井が光を放っているのが分かる。
『ケイク』の灯明苔の亜種がチラチラと生えているらしい。
なんとなく全体像が薄らと見えてくる。
暫く待っていると、灯りを持った集団が近付いてくるのが分かる。
四人組だ。
あれ?四人?
あ……一人はギュカクの戦利品の剣に憑いている霊魂か!
いないのは誰だ?
先頭はマンセで、後ろはジョウエンか……ということは、マンセの双子の妹アンラがいない。
「依頼主さ~ん……いますか〜?いませんよね〜……」
マンセがか細い声で、まるで俺が見つからない方がいいという感じに呼びかけを行っている。
「おい、そんな声じゃ居ても出てこられないだろう……」
「あのねぇ、これでも精一杯だよ。大きな声で呼び掛けたら、近場のモンスターがわんさか寄ってくるんだよ。
大体、魔術式の転移罠なんて、一層に仕掛けられてるのがおかしいんだよ。
普通、仕掛けられてるのは『バッフェ』の十階層とかだよ。
見るのも初めてなんだから、気付けるわきゃないよ……」
「だが、斥候のお前が見落としたからヴェイルくんは転移してしまった。
せめて、遺品くらいは持ち帰らないとマズいことになるぞ。」
「いや、ギュカクもマンセも、彼が終わったみたいに言っているが、低層なら生きている可能性もある。
諦めるな……」
怒ったようにジョウエンが言う。ああ、やっぱり根っからの真面目なんだな……。
「そうは言うけど、依頼主さんはあの体型でモンスターから逃げられるとは思えないだろ……」
「まあ、ケンカしても仕方ない。三階層までは確認してみようと決めただろう……。
最低限の義務は果たしておかないと、デニーさんや互助会長に顔向けできん……」
おい、全部聞こえてるぞ……。
マンセがやけに落ち着いているというのは、恐らくアンラは兵士を呼びに行ったとかだろうか?
生真面目なジョウエンがいるから、アホなことにはならないだろう。
そろそろ出ていくか。
俺は『取り寄せ』を準備してから、『光』の魔術符を使う。
「おい!」
声を掛けると三人が一斉にこちらを見た。
「あっ!依頼ぬ……ぎゃっ!」
俺は目を閉じて『光』の魔術符を破く。
閃光が三人の目を焼いた。
「ぐあっ……目が……」「待て!敵じゃない!撃つな!」
三人が目を抑えて狼狽えているのを確認して、『取り寄せ』を発動させる。ポロとサンリを研究室の空き部屋に送り返した。
それから、改めて『光』の魔術符を発動させる。
『取り寄せ』の魔法陣の光は上手く誤魔化せていると思いたい。
「まんせ!ぎゅかく!じょうえん!」
「ご主人様、棒読みが過ぎます……」
俺の驚いたような演技に、小声でアルファがツッコミを入れていた。
俺も小声で「アルファ……」と声を掛けて、ジト目で睨んでおく。
アルファはお喋りなアンラがやるような両手の人差し指でバッテンを作って自分の口元に持っていく。
声を出すなという意味のジト目は通じたというか、分かっていても言わずにいられなかったというところか。
そんなに酷かったかな?今の驚いたような演技……。
「も、もしかして探しに、き、来てくれたのか?」
ちくせう。アルファが棒読みとか言うから、意識して吃ってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!何も見えねえ……」
「いきなりひでーよ!せっかく助けに来たってのに……」
「ぶ、無事だったか……良かった……」
まだ、三人とも目を抑えている。
ジョウエン、俺の心配をしてくれてるけど、君が無事じゃないからね、今。
まあ、何にしろ、『ミートスラッシャー』がちゃんと俺を探しに来てくれて良かった。
これで一層に戻れる。
「ぎあっ!ぎがが!」「ぐあっ!ぐあっ!」
どこかでモンスターが騒ぐ声がする。
さすがに今のはモンスターを呼び寄せてしまったか……。
「ゼリゴブか!」
目を瞑ったまま、マンセが短剣を抜いた。
ゼリホーンドゴブリンの略称かな?
「すまない、どっちから来るか分かるか?」
なんとか目を開けようと頑張っているが、まだ視界がぼやけているのか、ギュカクが聞いてくる。
俺は耳をすまして、騒ぎの方向を確認する。
「俺の後ろ……アンタらの正面だ!」
「我らの後ろに!」
ジョウエンが言って、こちらも剣を抜く。
ギュカクは見えないながらも手探りで盾を取り出す。
俺はギュカクたちの後ろに回り込んで、言う。
「少しくらいなら時間を稼げる!後ろから撃つから、動かず視力の回復を待ってくれ!」
「……頼む」
俺の後ろ、つまり、俺が隠れていた通路の方向だ。
ポロやサンリと隠れていただけあって、入り組んだ通路になっているので、広間から見ると狭い通路だ。
まともに見えるのが俺しかいないから、ここは俺が頑張らないとな。視力奪った原因も俺だし。
『火』の魔術符を通路を睨みつけて、用意する。
俺たちの灯りに照り映えて、ゼリホーンドゴブリンの角が見える。
同時に、火球をお見舞いしてやる。
「ぎょがっ!」
まず一匹。狭い通路がら出て来ようとした瞬間に火球が襲ったのだ。
ゴブリン松明となって、通路の出口を照らしてくれる。
奥にまだ何匹かいるな。
俺はゆっくりと狙いを定めて、通路に火球を放り込む。
「ぎべっ!」「がばばばば……!」
そーれ、もう一発!
「あぎっ!」「ぎゃがが!」「ぐあっ!ぐあっ!」
横でアルファが何かやっているので、チラとそちらを見ると、アレだ。
声を出さないように胸を張って、高笑いの形をして、ゴブリンの方を指差している。
おお、早くも教育の成果が!
つまり、アルファは、ふははっ!圧倒的ではないか、我が軍は!とジェスチャーしているのだ。
とりあえず、アルファに向けて、サムズアップしておく。
「何してんの?」
そんなマンセの声が聞こえて、そちらを見ると、マンセは回復した視力でこちらを見ていた。
「え?もう見えるようになったの?」
俺は親指を立てた姿勢のまま、首をぐぎぎと回してそちらを見る。
「ああ……うん……なんか一方的で、下手に乱戦に持ち込む方が危ないから、見てた……」
「……あ、うん。
まあ、それでもいいんだけどさ。
ひと言だけ、いい?」
「いいけど……」
仕事しろとか、声掛けろよとか、迷った末に俺は言った。
こっち見んな!と。