とぉぉびぃぃらあぁぁ!かぁいぃだぁぁん!
「階段はどこだ?」
少し疲れてきた俺はゾンビたちと一緒になって、肩を落とし、猫背でよろよろと歩いていた。
今、地上では昼を過ぎておやつの時間くらいだろうか?
背負い袋から携帯食糧の干し肉を取り出し、それをおやつ代わりに齧りながら歩いている。
せめて階段を見つけてからでないと安心して休めない。
アルが死んだのは一層で、やはりアルの霊魂がいるとすれば、一層だろうと思う。
それでも、見落としはするまいと、点眼薬だけは欠かさないようにしているが、このおそらく二階層で見つける霊魂は、まともに会話が成り立たないやつらが多い。
幸いなのか不幸なのか、アンデッド化した霊魂にはまだ会っていない。
『サルガタナス』によれば、アンデッド化してしまうと襲い掛かってくるような霊魂が多いらしい。
アルだと思っていた雑霊アルファも契約を結ぶまでは、隙あらば俺を襲おうとしていたので、頷ける話だ。
だが、アンデッド化していれば契約を結ぶこともできるらしいので、戦力の増強にはなる。
いざとなれば例の綿あめこと『人工霊魂』でそこらの霊を捕まえてアンデッド化して使役するという手もあるが、アルを見つけるまでは『人工霊魂』は残しておきたい。
何しろ、予備を含めてふたつしか用意していない。
アルの捕獲に失敗でもしたら、悔やんでも悔やみきれないからな。
「ん?なんだこれ?」
それは道の行き止まりらしきところ。
大きなふたつの岩で道が途切れている。
天然っぽい洞穴の中で、異質な人工物が据えられている。
ふたつの岩にはそれぞれに一本ずつ、石質の鎖が垂れている。
「ポロ、罠かどうか分かるか?」
俺の言葉にポロが鎖の辺りを中心に調べ始める。
かなり慎重に調べてから、ポロはこちらを向いた。
「とぉぉびぃぃらあぁぁ!」
「と、び、ら……扉か!開けてみろ」
俺の指示にポロは首を振る。
「ふぅぅたぁぁりぃぃ……」
ポロが一本の鎖を手にするが、それを引くことなく「ふたり」と言った。
一人では開けられないということか。
「サンリ、お前もだ」
俺の言葉にポロとサンリがそれぞれに鎖を持つ。
なるほど、鎖の長さが足りないから、一人で両方は引っ張れないのか……。
ポロとサンリがそれぞれの鎖を同時に引く。
鎖が岩の中から伸びてくる。
ある程度引くと、岩の中からカチリと何かが填る音がして、鎖が戻っていく。
同時に地響きを立ててふたつの岩が開いていく。
「なっ……!?」
ガルム種と呼ばれる大きな灰色の狼型魔物が二匹。
俺が初めてゼリのダンジョンに来た時、死闘の末倒したやつよりはひと回り位小さいだろうか?
だが、それが二匹、まるで餌の時間だとでも言うかのように、ダラダラと涎を垂らして、扉代わりの大岩が開くのを待っていた。
「ぐるるるる……ぐがぁっ!」
『ゼリ』のダンジョンだと、やはり名前はゼリガルムとかになるのだろうか?と、益体もないことを考えて、現実逃避したのは仕方のないことだと思う。
目の前に迫る二匹の牙。
なんだこの初見殺しみたいな配置。
俺は神を呪いたくなる。『神の試練』だけに。
「下がれ、バカ共がっ!汚らわしい牙で私のご主人様に触れようとするなっ!」
「ギャンっ!」「ギャヒンっ!」
アルファのポルターガイストによる殴打が二匹のガルム種の顔面に炸裂する。
飛び散る涎が俺の顔にかかる。
「くさっ!」
だが、おかげで現実逃避から帰って来られた。
「全員、応戦しろ!」
俺はローブの裾で顔を拭うと、『芋ん章魔術』に手を伸ばす。
「くらえ、この駄犬めっ!」
『火』の魔術符を引き抜きざまに破り、特大火球をお見舞いする。
黒いガルム種には普通の火球じゃ通じなかったからな。
ガルム種というのは総じて強靭な外皮を持っているらしい。
特大火球が正面からぶつかった一匹には、それなりのダメージになったようだが、続けて放ったもう一発の特大火球は打点をずらされてしまったのか、あまり大きなダメージにはならなかった。
ダメージの大きい方にアルファとトーブが、あまりダメージがいかなかった方にポロとサンリが向かう。
俺が狙うのは、もちろんダメージが大きい方だ。
確実に一匹ずつ始末しないとな。
「アルファ、トーブ、ポルターガイストで傷口を抉れ!」
「はい!」
不意打ちのポルターガイスト殴打でぶっ飛ばすことはできても、大きな傷にはならないようなので、アルファとトーブには弱点を集中して狙うように指示を出す。
ダメージの大きいガルム種からすれば、見えない敵に傷口をひたすら抉られるのだ。
たまったものではないだろう。
俺の点眼薬を垂らした目には、アルファとトーブが見えている。ふたりに誤射しないよう、慎重に位置取りをする。
まあ、他人より体重がある方なので、素早く移動とはいかないが、それでも可能な限り素早く動く。
チラと横目で確認すれば、ポロとサンリはさすがに元冒険者と元盗賊団首領だ。戦闘巧者らしく、ヒットアンドアウェイで確実に仕留めに入っている。
ただ、武器の手入れはしていないため、思うようなダメージが出せていないという印象を受ける。
今度から、武器の手入れをするように指示してやらないとな……。
ゾンビたちは自意識がほぼないため、命じられないとまともに動かないからな。
ただ、生前、身体が覚えていることなどは、細かく指示しなくてもできる。
戦闘ならお手の物だろう。
位置取りが終わり、俺がダメージが大きい方のガルム種の死角に入る。
「これで終わりだ……」
『火』の魔術符から出た特大火球がガルム種の横っ腹にヒットする。
なんか、狙い撃つの上手くなってきたな、俺。
実践に勝る修行はないというが、自分の命が掛かっていると集中力が増すのかもな。
ガルム種の腹に大きな穴が開いて、そこから肉の焼ける匂いを発しながら、一匹は倒れた。
よし、もう一匹だ!と見れば、そろそろ終わりそうだった。
ポロが引きつけ、サンリが大斧を叩きつける。
お互い死の間際まで、死闘を演じたふたりだ。
お互いの得手不得手を知っているからできる連携なのだろう。
もしくは、たまたま噛み合ってるだけかもしれないが。
ポロは『緑むっつ』冒険者らしく守りに長けており、サンリは多少の傷を無視して突っ込む攻撃主体の戦いを好むようだしな。といったことが分かるのも、ポロの記憶を『ロマンサー』として追体験しているからなのだが。
とにかく、任せておいて大丈夫そうなので、無理せずに任せる。
あ、魔術符の補充でもしておこう。
俺が魔術符の補充をしている間に、もう一匹のガルム種も倒れた。
せっかくだから、このガルム種は研究室に送っておくか。
俺はガンベルトから『取り寄せ』の魔法陣を抜いて、獲物の確保用に空にしてある部屋へと二匹分の死体を送った。
それが終わって、ようやくこの広間を眺める余裕ができる。
他の広間と変わらない、自然洞穴っぽい鍾乳石なんかがある広間だな。
あ……階段だ。
しかも、下り階段。
なんてこった……俺が探しているのは上り階段なのに……。
じゃあ、今のガルム種二匹が二階層のボスだったのか……。
俺はここから引き返さないといけないと知り、がっくりと肩を落とすのだった。
地図、書いとけばよかった……。