浮遊?裏切り。
実際のところ、心配症の俺の思惑を吹き飛ばすようにゾンビのポロ、サンリ、オーブのトーブ、ファントムのアルファは圧倒的だった。
ゼリホーンドゴブリンなら六匹の群れでも、楽勝。
ストーンゴーレムも危なげなく、ただし、トーブの攻撃は通らなかった。
風刃鼬も最高三匹の群れに会ったが、余力ありで勝ててしまった。
今のところ、他の冒険者を見かけることもない。
だが、霊魂は見つけることができた。
その霊魂はうろうろと動き回る。
浮遊というやつだろうか?
浮遊は元、冒険者だったのだろう。
そういう格好をした二十歳前後の男性霊だった。
「おい、俺の声は聞こえるか?」
浮遊はこちらを見て、こくこくと頷く。
「こんなところで何をしている?」
浮遊はよく分からないという風に首を傾げる。
「もしかして話せないのか?」
浮遊の口がパクパクと動く。だが、声は聞こえない。
「ご主人様、この霊はポルターガイストが使えないからじゃないでしょうか?」
アルファは横から口を挟んでくる。
なるほど、そういうことかと納得する。
音というのは空気の振動だという話がある。
アルファが霊魂でありながら話せているのは、ポルターガイストの応用で空気を震わせているからだということなのだろう。
「ここがどこだか分かるか?」
やはり、パクパクと口を動かしているが、何と言っているのか判然としない。
「ゼリのダンジョンなのか?」
こくこく。
「何階だ?」
浮遊は指を二本立てる。
二階層という意味だろうか?
「階段の位置は分かるか?」
浮遊は首を傾げる。分からない、か……。
と、浮遊は歩き出した。歩くといっても空中に浮いたまま、足を動かしているという感じだ。だが、それで歩くぐらいの速さで進んでいる。
「……もしかして、思い出したのか?
……ついて行ってみるか」
俺たちはこの浮遊についていくことにする。
浮遊は時折、辺りを見回して、ここも違う、みたいな顔をする。
何か探しているのか?これが俺たちのために階段を探してくれているのなら、いいんだが。良く分からない。
モンスターと会うことなく、幾つかの広間を過ぎた。
そして、浮遊はひとつの広間に辿り着く。
真っ先に気付いたのは浮遊のやつだった。
これだ!みたいな顔をして、急に走り出す。
浮遊が向かった先、そこにはひとつの宝箱が置いてあった。
浮遊は宝箱の前で止まると、興奮したように口をパクパクさせる。
だが、俺の方を見ている訳ではなく、浮遊の隣にまるで何者かが居るかのような素振りを見せる。
俺には見えない。
あれ?点眼薬の効果が切れたのか?と思ったが、未だ浮遊は見えている。
何だ?浮遊のやつ、何を見ているんだ?
何か嫌な予感がするので、俺は広間の入り口で立ち止まった。
「アルファ、あいつ誰と話しているのか分かるか?」
「分からないです……ごめんなさい……」
アルファが泣きそうな顔で答える。
何故、そんなに辛そうにするのかよく分からないが、とりあえず俺は「いや、分からないなら、いい。気にするな」と慰めておく。
そうしている内に、浮遊は座り込んで、宝箱をわくわくした顔で見つめていたかと思うと、いきなり立ち上がって、宝箱に手を伸ばした。
宝箱は開いていないのに、浮遊はその中に手を突っ込む。
宝箱をすり抜けるようにして捧げ持ったのは、でかい緑色の宝石のついたネックレスだった。
そのネックレスは半透明の品だ。
「どうなってるんだ?
おい、どういうこと……っ!?」
俺が声を掛けようと近付くと、小躍りした浮遊はそのネックレスを自分の首に掛けようとした瞬間、胸元から剣の切先が飛び出した。
浮遊の目が見開かれる。口から血が泡のように零れる。
浮遊の後ろには誰もいないように見える。にも関わらず、浮遊は驚愕と共に背後を見た。
口元がパクパクと動く。ネックレスを取り落とす。
落ちたネックレスは見えなくなってしまった。
俺は何がなんだか分からず、見ていることしかできない。
浮遊の血に塗れた手が背後の何かに向けて伸ばされるが、何も掴むことはなく、虚しく空を掻いたと思うと、グラリ、とバランスを崩して倒れる。
もしかして、この浮遊の死の直前の記憶を再現しているのか?
俺は直感的にそう感じる。
浮遊は消えてしまった。俺の霊魂を見る目に何も映らない。
「仲間に裏切られたのか……?」
浮遊のやつの驚愕の瞳が、俺の網膜に焼き付いている。
何故、お前が!?とでも思ったのか、絶望に染まったような顔をしていた。
俺はゆっくりと宝箱の近くまで移動する。
宝箱の近くには、沁みになった茶色が垂れた跡があった。
「ポロ、開けられるか?」
俺が指示を出すと、ポロが宝箱の前に座り、あれこれと調べ始める。
と、ポロは躊躇せずに宝箱を開いた。
中身は空だった。罠もなかったようだ。
つまりは、そういうことなのだろう。
浮遊のやつは仲間とここに来て、宝箱を見つけ、誰かに殺された。
そして、信じていたはずの仲間に裏切られた浮遊は、何度も同じ死の記憶を繰り返している。
救われないな……。
暫く俺は、立ち尽くして浮遊のやつに想いを馳せた。
遺体はモンスターに食われたのかもしれない。
アルと同じように、装備を剥ぎ取られたりしたんだろうか?
何にせよ、あいつは階段の場所を知っていても、俺を案内することはできなかった理由だ。
もしかして、ここで待っていれば、またあいつの死の場面を見ることになるのかもしれない。
俺は皆を連れて、その場を後にするのだった。