腕利き?依頼なし?
街の入り口。
朝方にそこで陣取っている冒険者は一組だけだ。
四人組で装備もしっかりしている。
おそらくはアレが頼んでいた冒険者だろう。
あれ?一人は見たことあるな。
『ケイク』のダンジョンで冒険者の入場チェックをやっていた……ギュカクだっけ?確か『赤いつつ』とか言ってたような……。
じゃあ、受付のおじいさんは本当に腕利きを用意してくれたのかもしれない。
「君が依頼主かな?」
二十代半ばくらいの美人なお姉さんという女性が俺に向けて言った。
彼女はかなり豊満な胸の谷間から、依頼の紙を取り出して見せてくる。
光沢のある革鎧を着ているが、なんだか零れそうで、ソレ防御力あるの?ととても聞きたい感じだ。
俺は平静を装って、依頼の紙を確認すると頷く。
「……そうだ」
「ふーん……『色なし』か……」
「それが、何か?」
彼女は目敏く俺の【冒険者バッヂ】をチェックしたようで、値踏みするような視線を向けてくる。
【ロマンサーテスタメント】を隠しておいてよかった。
ポロとの出来事があってから、【ロマンサーテスタメント】はネックレスにして隠してある。
俺は彼女の視線に多少ムッとしながらも、見返す。
「いや、『色なし』のお坊っちゃんが興味本位で『ゼリ』のダンジョンに挑もうとしているなら、止めてやろうかと思ってさ……」
彼女は上から目線でそう言った。
俺はかなり厳しい目を向けたと思う。
何のために高い金を払って護衛を雇ったと思ってるんだ……。
「そう思うなら、依頼はなしでいい。
理由もなくあんなところに向かうのは馬鹿だ。
つまり、あんたは俺をバカにした。馬鹿だと思った訳だ。
依頼主をバカにするような奴に護衛を頼んだところで、真面目にやるとも思えないからな!」
俺は踵を返して、一人で『ゼリ』のダンジョンに向かうことにする。
「いや、待ってくれ!そういうつもりで言った訳じゃない!」
そう声を掛けてきたのはギュカクだ。
「ほら、ジョウエン!お前があんな言い方するからだぞ!」
「だって、あそこで死んだ新人冒険者が何人いると思ってるんだ!互助会がもっと早く規制を掛けていれば、犠牲はもっと少なく済んだはずなのに……」
「あ〜あ、依頼主怒らせた!」
「ジョウエンは気遣いが全部、胸に行っちゃったから仕方ないわよ……」
まるで外野から野次を飛ばすように言うのは、顔がそっくりな男女だ。
年の頃で言うなら、俺より少し上という感じだろうか。
まあ、俺にはもう関係ないからいいや。
そう思って、無視して歩を進める。
いきなり緊急用の戦力、ポロと赤腕のサンリを使うことになるのは、外聞があるから避けたかったが、護衛が使えないなら仕方ない。
そう考えを巡らせつつ歩くと、俺の肩をデカくてゴツイ手が掴んだ。
「ま、待ってくれよ!怒らせたなら、謝る。
君、確かデニーさんと一緒に居た子だよな?な?」
「だから……?」
俺の力じゃ、正直、万力みたいなギュカクの手を振りほどけないので、忌々しげに睨みつけた。
「あ、いや、だからどうって話じゃないんだが……ほら、覚えてないか?
『ケイク』のダンジョンの入口で……」
「覚えてるよ……それで?」
「おお、覚えていてくれたか!
ギュカクだ。よろしく頼む!」
ギュカクは俺の手を取って、無理やり握手してくる。
「仕事を受ける気がないなら、離してくれる……。
こんなところで、足踏みしてる暇ないんで。」
「いや、ホントすまん!
もちろん、依頼は受けさせてくれ!
謝罪が必要なら、ちゃんとジョウエン、あいつにも謝らせる。
ここで君に依頼を取り下げられたなんて、帰ったら、会長にどやされるんだ!
頼むよ!」
「会長?」
「ああ、互助会の会長だよ。
君のことをくれぐれもよろしく頼むって言われているんだ」
互助会の会長?誰だ?
いつものおじいさん?いや、あれは職員だ。
もしかして、オクトが手を回したとかかな?余計なことを……。
今度、ひと言、言っておくか……。
「まあいいや……。
謝罪はいらない。受けるなら、ちゃんとやってくれるなら文句はない」
「お?あ、ああ、もちろんだ。
おーい!行くぞ!
歩きながら、仲間を紹介するよ」
「分かった……」
ギュカクは仲間に声を掛けて、俺の気が変わらない内にと、さっそく歩き始める。
もちろん、俺もすぐに歩き出す。
パタパタと同じ顔の男女が駆けてくる。
男の方は軽装で、短剣を何本か身に帯びている。
「あいつらは双子で、短剣持ってる方が兄のマンセだ」
ギュカクが説明する。
マンセは俺の横を駆け抜けざま、「よろしく!斥候のマンセだよ!」と言って俺の少し前まで出ると、そこで歩調を落として歩き始める。
「そんで、こっちが妹のアンラだ」
「依頼主さんっていくつ?不思議な装備だけど、冒険者としては何になるのかしら?あ、アンラは見ての通り弓士だよ!あ、名前を聞くのが先かしら?アンラね、ようやくこれで緑よっつになるの!ありがとね!しかも、青ポイントもつけてくれるんでしょ!ラッキーだよね!」
マシンガントークと言えばいいのか、半ば言葉の暴力だな。
しかも、質問したいのか、自分の話がしたいのか、混在している。
「こら、アンラ。もう少し頭の中でまとめてから喋れって言ってるだろうが!」
ギュカクが窘める。
アンラは俺の後ろ五歩くらいのところを歩いている。
一応、仕事はちゃんとやってくれそうだな、この双子は。
「ヴェイルだ。年は十五。冒険者としては魔導士になる。よろしく頼む」
一応、質問には答えて、よろしくと言っておく。
「魔導士か!?そりゃ珍しいな!
デニーさんと一緒にいるのは、その関係か?」
「まあ、デニーからしたら、『色なし』をほっとけないからって事らしい……」
「ああ、面倒見がいいって評判だからな、デニーさんは。
……おっと、改めてギュカクだ。重戦士と盾士をやっている」
俺は頷く。確かにギュカクは板金鎧を着て、重装備だ。
手持ち用のカイトシールドを腰に吊るし、背中にはロングソードを負っている。
ギュカクも仕事はしてくれそうだな。
問題は……と、俺はチラリと後ろを覗く。
ジョウエンと呼ばれた女性がなんともバツが悪そうにアンラの後ろを歩いている。
俺の視線に気付いたギュカクが頭を掻くと、ため息を吐く。
「あ〜……あれはジョウエン。魔導具士だ。
おい!ジョウエン!」
ギュカクの呼びかけにジョウエンが俺の横に並ぶ。
「……もし、理由があるなら、聞かせてくれ」
「依頼を受けるんじゃなかったのか?」
俺はジョウエンを見ないで言う。
「依頼は受ける!だが、『ゼリ』のダンジョンは本当に危険なんだ……新しいダンジョンだから魅力的なのは分かる。しかし、あそこは見たことのないモンスターや罠が多い。
興味本位でないのだとしたら、その理由が知りたい……」
ジョウエンもまた、俯いたまま話していた。
アルの霊魂を探しに行くなんて、言って納得するだろうか?
いや、ないな。
ジョウエンは、納得いかないまま仕事はできないタイプなんだろう。
言える話ならば、言って納得してもらえるならば、それでもいいかと思わなくはない。
もしくは、俺が『ロマンサー』だと言えば、無茶苦茶な理由でも通るだろう。
だが、俺が『ロマンサー』だと言う話は伏せておかなければならない。
他の『ロマンサー』に知られれば、狙われる可能性があると分かったのだから。
結果、俺は曖昧な言葉を使うことになる。
「幼馴染が『ゼリ』のダンジョンで死んだ。
残滓のひとつでも拾ってやれればと思っている……」
ジョウエンがその言葉に顔を上げて、俺を見た。
俺は、決して目を合わせようとしなかった。
「……そうか。辛いことを聞いたな。すまない……」
ジョウエンは俺に向かって、頭を下げる。
「別に……」
俺は目の端でその姿を捉えつつも、やはりそちらを見ないまま歩いた。
これでちゃんと仕事をしてくれるなら、問題はない。
と、俺は自分に言い聞かせた。