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サル?バカ?

悪魔の書、『サルガタナス』。

こいつと話して分かったことはふたつだ。

本と話して分かるというのも、おかしな話だが、この際、それは置いておく。


ひとつは、『サルガタナス』は非常にダメな精神性を持っているということ。


もうひとつは、タナトス魔術というものは非常に興味深い魔術だが、俺が求めている情報ではないということだ。

羊の飼い方……何よりこれがいらねえ。そんなもん家の塔に学術書も研究書も売るほどあるわ。


まあ、それはそれとして、やはり気になるのは『緑の世界』『題名のない本』『神の書』の三冊だろうか。


『サルガタナス』、いや『サルでも使えるタナトス魔術』はいかに神から嫌われることが怖いことなのかを滔々と話し始める。


《サルには理解出来ぬか……神に嫌われるというのは、言わば学級カーストの最底辺よりも下。他の者からもさりげなく距離を置かれ、嫌われるでもなく、居ないものとして扱われる……。

好きの反対は嫌いではなく、無関心と言われるが、これが思いの外ツライ……》


いじめられっ子の愚痴みたいになってきたが、俺の求めている情報を持っていないと分かった以上は、もう用はない。

俺の目線はチラチラと『神の書』へと向かっている。

手を近付けると黒い穴が開く本。

罠っぽい。なんなら喰われそうなイメージがあるが、題名が『神の書』だ。

アルの生き返りの情報が載っている可能性はありそうな気がする。


《……おい。聞いておるか?

おい。おい……。

ま、まさか……違うよな?無視じゃないよな?

なんか混線でもしておるのか?

サル!……いや、ほら、ロマンサー!

強い願いがあるのだろう?……やめろ、無視するな!

無視だけは……無視……》


俺の目線が一瞬だけ駄本に戻る。

表紙の髑髏の眼窩の部分、そこに水が流れていて、顎がフルフルと震えていた。

くそっ!こっちの罪悪感を煽ってくる……。


「……あのなぁ。そりゃタナトス魔術は興味深いけどな、俺が求めてるのは、死んだ人間を生き返らせる方法だ!

悪いけど、それが書かれてない本に用はない!」


はっきりと告げてやる。


《なんだ、それならやはり我が適任ではないか!》


「は?」


俺は、何言ってんだこいつ……という顔をしている。

アルにやると、速攻でデコピン三十連打くらい食らう蔑みの表情だ。

今朝、アルが俺を冒険に誘いに来た時のことが思い起こされる。

冒険に行こう!と誘いに来たアルに、読書中の俺は馬鹿の相手はできん、とばかりにこの表情を決めてやったのだ。


「は?」


アルは俺にヘッドロックを極めると空いた手でデコピンを入れ始める。


「バカになれ!バカになれ!バカになれ……」


「バカ!やめろ!頭悪くなったらどうすんだ……」


「……バカになれ!バカになれ!バカになれ……」


「痛っ!痛っ!分かった!行く!行きます!やめて!」


俺が降参の態度を示すと、アルはようやくヘッドロックを外した。


「……くそっ!今、いいところだったのに……」


「本はいつでも読めるだろ!冒険は今しか出来ないんだぞ!」


「……あ〜、もう、分かったよ!

なんで俺の幼馴染は物語の中みたいに優しくないんだ……」


「いや、優しいからね?ベルがいつまでも引きこもってたら、その内、動けなくなっちゃうだろ?

だから、こうしてベルに運動させてやろうって来たわけだし!」


「へいへい。あ、あとな、ヘッドロックはやめろよ!

アルだって、一応、女なんだから……」


「ん?女だから?」


「あ、当たるんだよ!む……胸が……」


俺がそう言った瞬間、またもやアルのヘッドロックが極まる。

そして……


「忘れろ。忘れろ。忘れろ……」


「痛っ!痛っ!だから……分かった!忘れた!忘れたから!」


呪詛のように淡々とデコピンされたのだった。

アルが生きていた頃の楽しい……いや、楽しくはないが、日常の記憶。

そっぽを向いたアルの頬が少し火照っていたのを見つけた俺の頬にも朱が差したのは秘密だ。


それはそれとして、駄本は改めて俺に言った。


《さまよえる仔羊の飼い方こそ、我の本領。

さあ、我を手に取るが良い!》


「さまよえる仔羊?」


口の中で反芻して、ようやく俺は思い当たる。

そうだった……コイツは駄本でも魔術書だ。

『読む』ではなく、『話す』だけど、魔術書は柔軟な発想で当たらなければならない。

『羊の飼い方』これは、本当に羊なのか?

迷える仔羊という暗喩は、古典によくある常套句じゃないか!

それが意味するところとは……人間。

つまり……。


「まさか……」


《やはり、サルよな……》


「あ、あるのか……?」


声が震える。俺はその可能性に魂を鷲掴みにされたようになる。


《タナトスとは死を意味する。それを操ることこそ我の本領なり!》


「あ……」


俺の手が伸びる。

バチッ!と結界に手が弾かれる。

じいちゃんの結界だ。だとすると紋章魔術。でも、長時間結界を維持するには大量のオドが必要だ。

だとしたら、魔晶石?魔宝石?何か動力源があるはず……。


俺は本の置かれている台座を探る。

……あった!

台座の下の板が外れる作りになっている。

俺は壊さないように、慎重に板を外す。

多重構造の結界魔導具が設置してある。これは多分、母さんの作だろう。

簡単に外れそうな魔晶石はたぶんダミーだ。

オドが通る管は辿って行くと、動いていない紋章魔術に繋がっている。

たぶん、魔晶石を外した瞬間に起動する防犯用の紋章魔術だ。

母さんなら、ここら辺に……と探れば、そこには魔宝石が嵌っている。

魔宝石の純度は魔晶石と比べるとずっと高い。

純度が高ければ、紋章魔術の威力は高くなる。

家は母さんの錬金術で作った魔導具のおかげで、相当稼いでいるはずなのに、私塾を開かなければ食っていけないくらいの経済力しかない。

それは、じいちゃんの収集癖のせいだと思っていたが、それにしても金が無いとは思っていた。

つまりは、コレだ。

魔宝石はかなり高価な品物で、しかも、消耗品だ。

こんなもん買ってたら、そりゃ家に金がないはずだ。


魔宝石を外す。

『サルでも使えるタナトス魔術』を覆う淡い光が消える。


《さあ、我を手にするがいい!》


俺は、誘われるまま、その本を手に取った。

すると、特に何事も起こらない。

ちょっと拍子抜けだと思っていると、それは起こった。


【ロマンサーテスタメント】、『神の挑戦者』を表す銀色の腕輪。

それが、何かに蝕まれるかのように黒く染まっていく。


「なんだ……!?」


《くか、くかかかか……!

嫌われたな、ロマンサー!これでお前も我と同じ!

ぼっちだ!くかかかか!くかかかかか……!》


『サルガタナス』は勝ち誇るように笑うのだった。


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