ファントム!誰?
はい、すいません。
遅くなりました。申し開きのしようもない……。
遅筆はイカンですね。次、頑張ります!m(_ _)m
俺はついにファントム作りに入る。
ファントムは自意識を持つアンデッドだ。
半透明の人型幽霊。しかも、生前の姿になるらしい。
これ、生前が人でなくても人型になるんだろうか?
俺の予想では、人型にならないと見ている。
なにしろ、『サルガタナス』はさまよえる羊の飼い方を記す書物、つまり死んだ人間を対象にアンデッド化させるという本だ。
人間以外を対象にしても効果を発揮するようだが、あくまでも人間を中心に据えた考え方で書かれている。
だから、リスのスケルトンこと、リスケ君をオーブ化させて、さらにファントム化させれば、恐らくリス型のファントムになるだろうと見ている。
それはそれとして、さていよいよファントム作りだ。
レシピは次の通り。
・ゴースト又は人工霊魂
・宝晶石
・オーブ
・オウカチップ
・フォンサンの香油
・魔法陣
まず魔法陣を用意する。
オウカチップはオウカと呼ばれる木のチップで、良い香りのする燻製材だ。
これにフォンサンという柑橘系果実から採れる香油をかけて、魔法陣の周囲で燃やす。
けむい……。
しばしばする目をどうにか開きながら、人工霊魂を魔法陣の中央へ置く。
煙を吸った人工霊魂は、甘く爽やかな香りのする綿アメみたいで、美味そうだ。
目が痛いけど……。
「アル、魔法陣の上へ!」
アルが人工霊魂の上を漂う。
この光景はなかなかに幻想的というか、怪しげというか……。
蝋燭の灯りに照らされ、研究室の天井付近には煙が溜まり、その下を光の玉であるオーブがくるくると回る。
さらに下には綿アメみたいな人工霊魂が魔法陣の上に鎮座している。
「よし、やるか……」
俺は魔法陣に宝晶石を置いて、魔法陣を発動させる。
魔法陣は蒼い光を放って、綿アメと光の玉が染まる。
そして、人工霊魂が部屋の上空を漂う煙を吸い込んでいく。
これは、なんとも不思議な景色だ。
煙が晴れると、アルが消えていた。
煙と一緒に人工霊魂に吸い込まれたということだろうか?
見れば、人工霊魂の表面が卵みたいに固くなっている。
そして、人工霊魂の内部が光っていた。
魔法陣が放っていた蒼い光がすっかり人工霊魂の中に入ったような感じだ。
魔法陣の光はすでにない。
どうなるのかと見ていると、ふわりと人工霊魂の殻から光が抜け出す。
それは蒼白く光る半透明の霊体。
赤髪の女の子。鎧を着込み、短槍を手にしたその霊体は、どう見てもアルじゃなかった。
年の頃は俺とアルより二、三歳下くらいに見える。
「え……だ、誰?」
「ようやくお話ができますね、ご主人様!」
「いや、誰だよ!」
「アルですよ!そう名付けてくださったじゃないですか!」
ニコニコと笑顔でそんなことを言ってくる女の子に俺の混乱はますます加速する。
アルが若返った?いやいやいや……赤髪じゃん!
アルは黒髪だよ!それにアルは黙っていればクールビューティって感じだけど、この赤髪は小動物系のかわいい顔をしている。
どういうことだ?訳がわからない。
「おい!サル!サルガタナス!どういうことだ!?」
《くか、くかかかか……ベルよ!これは、どうやら雑霊だな……》
「雑霊?」
《うむ、最初の子羊の中に勝手に入り込んだ霊ぞ。
ベルがアルと呼んでいた霊は、昇天したか、地縛されたか……兎に角、初めから体の中になかったということだな……》
「は?」
俺はかなり間抜けな声を出したような気がする。
それはそうだろう。
『サルガタナス』の言によれば、そもそもアルをゾンビにした時点で、アルの根幹、いわゆる霊魂が入っていなかったということだからだ。
だとすれば、俺のこれまでやってきたことは何だったんだ、という話になる。
俺の身体から力が抜けていく。
膝からストンと床に突っ伏した。
「いや……マジかよ……」
「どうしました?ご主人様?」
心配そうに赤髪が俺を覗き込んでくる。
「いや、お前、誰だよ……」
俺が喉から絞り出すように言うと、赤髪は胸を張って言う。
「アルです!」
俺は頭をぶるぶると振って、なんとか気持ちを落ち着かせて、赤髪を睨む。
「お前はアルじゃない!」
「でも……ご主人様がアルと……」
赤髪は俺が睨むと途端に怯えたような、悲しいような顔をする。
こうして、話してみると、声も違う。
「私……ダメですか……いらない……ですか……」
じわり、と泣きそうな声で訴えてくる。
なんだか、俺が苛めているみたいじゃないか……。
正直、泣きたいのは俺なんだが……。
俺はどうにか平静を装って、聞く。
「生前の名前は?」
「わかりません……」
「アルの身体にいつ入った?」
「知りません……」
「俺のことを認識したのはいつからだ?」
「ベルって言ってみろ……って、ご主人様が言った時からです……」
それは、アルをゾンビ化した時だ。ゾンビパウダーをかけた時、あの時、アルの身体が空っぽだったとしたら……ゾンビがゾンビとして身体を動かす為に機関を必要として、その時、近くにいた霊を取り込んだ?そういうことだろうか?
赤髪がしゅんとして、空中に浮いたまま顔を俯かせている。
「何か覚えていることはあるか?」
俺が聞くと、赤髪は俯いたままにボソボソと話し始める。
「……お父さん。お父さんの手伝いがしたくて……『迷宮』攻略さえ出来れば届くから……って。
私、強くなるって……お父さんのために、強くなるって……だから、そのために……」
お父さん?誰だ?
赤髪が記憶を探るように語るのを俺は黙って聞いていた。
家の馬鹿親父……ってことはなさそうだな。
『迷宮』って単語が出てくる辺り、かなり古い霊なのかも知れない。
『神の試練』、いわゆるダンジョンは、昔、『迷宮』という呼ばれ方をしていた。
届く?
この赤髪の父親は『迷宮』攻略をしようとしていたということは『ロマンサー』だったのだろうか?
「……ああっ!痛い!痛いよ!でも、お父さんが望んでいるから……でも、なんで?これが近道だから?……痛い!痛い!我慢しなきゃ!痛い!強くなるためだから……痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!ああっ……ごめんなさい……お父さん……もう無理……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」
いきなりの変化だった。
記憶を探っている内に、死の間際の光景を思い出したのだろうか?
赤髪が自分の身体を抱くようにして、痛い、と繰り返した。
その瞳はどこか遠くを見ているようだった。
そして、身体は痙攣したかのように、ビクンビクンと脈打つと、黒ずんでいく。
腕に染みのような黒斑が浮かんだと思うと、それがじわじわと拡がっていく。
全身に黒斑が拡がっていき、顔の半ば以上が黒くなったところで、赤髪が謝り始めた。
そして、止まった。
なんだこれは?
やばそうな雰囲気に俺は思わず声を掛ける。
「ま、待て!ストップ!そこまで!もういい!無理に記憶を探るな!」
赤髪の身体が歪む。全身から黒い体毛が生え始め、身体の形自体が変化を起こし……と俺の声にその変化が止まる。
赤髪が蒼白く光る、光の玉になる。
オーブのデカイやつみたいだ。
そして、その光の玉はまた形を変えて、元の赤髪になった。
「ようやくお話ができますね、ご主人様!」
ニコニコと笑いながらそう言う赤髪は、先ほどまでのことをすっかり忘れたかのように言った。
「あ……えっと……結果、誰だか分からんやつをファントムにしたってことかよ……」
「アルですよ!そう名付けてくださったじゃないですか!」
うん、忘れてるな。どうしよう……。
とりあえず、この赤髪はアルじゃない。
「お前はアルじゃ……」
ない!と言おうとして、俺は思いとどまる。
待て、待て、これじゃ同じことを繰り返すだけだ
「お前は今日から、アルファだ」
「アル……ファ?」
「そう、新しい名前だ。分かったな!」
「はい、アルファです。ご主人様!」
嬉しそうにアルファは言った。
それから、俺はアルファと契約を結ぶ。
やけに従順だから、忘れるところだった。
『サルガタナス』に言わせると、何度も契約を結んだことによって、その残滓のようなものが縁となって、霊魂に刻まれ始めているのだろうという話だった。
アルファは指先から人工霊魂の素、綿アメみたいなものを出して、それを俺が食った。
甘くはなかった。
アル、どうしよう……。
「『サルガタナス』!アルの霊魂が昇天って言ったよな?」
《うむ、そう言うたな。もしくは、地縛された可能性もあるがの……》
「どう違う?」
《ベルの求めるアルに未練がなければ、その霊魂はしばし身体の周りにとどまった後、次なる循環へと向かう。これが昇天よ……。》
「地縛ってのは?」
《その名の通り、地に縛られることだな。
何らかの要因、主に未練と言うやつだの……それがあると、重しとなって次なる循環に向かえぬことがある。
時経れば、それが軽くなり、浮遊となり、昇天の目が無くはないが、未練が重いほど、それはその地に縛られることになるの……》
「未練……」
《心残りというものだの……》
何故か『サルガタナス』は憂いを含んだように言った。
いや、そういうのを利用するための本だろ、お前!とは思うが、何かしら『サルガタナス』なりに思うところがあるのかもしれない。
だが、アルに未練があれば、まだ霊魂がある可能性もある。
心残りか……。
俺にはたくさんあるんだけどな……。
アルは俺に半端な「あいし……」って言葉を伝えて、満足してしまったのだろうか?
有り得る……。
アルは残念な子だからな。
でも、『ロマンサー』になるというアホな夢は叶えられていない。
どちらにせよ、アルが居るとすればあそこだろう……。
行くしかないよな……。
急いで準備を進めなきゃ。