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交渉?内緒!

ざわざわと声がする。

まだ眠い。

瞼の奥に光を感じないから、まだ夜は明けていないはずで、もう本当に勘弁して欲しい。

モンスターが来たなら、起こされるだろうし、そうでないというなら、特別な問題は起きてないはず……。

なのに、うるさい。


「……では我らが原因だと……」「そうは言っておりません、ただ……」「この通り問題は……」「それは冒険者の方々が……」「まだ名すらないこの村のためにと……」「いえ、ですから……」


本当にうるさい。

俺はいい加減寝ていられなくなって、薄く目を開く。

いつでも逃げ出せるようにと、今日は村中の人間が広場で雑魚寝をしている。

だが、広場のそこここで焚かれる焚火の中央にある一際大きな場所を囲むように、たくさんの足が見える。

立ち話かよ。

と、幾つかの足元は金属製で、炎を照り返して、その揺らめきを伝えてくる。


途端、俺の意識が覚醒に向かう。


金属製の鎧を着込んだ兵士が三名、村長と村のまとめを担っているだろう村人が三名。

六人のいい大人が話をしている。

身体を横たえたまま、話だけを聞いていると、兵士たちは盗賊を殲滅するために派遣されたテイサイートの兵らしく、言われて見れば途中まで一緒だった三十名の兵士の中に居たような気もする。


その兵士たちは、『赤鬼夜行』殲滅のために東の森の奥地まで行って、いざアジトを強襲しようとしたが、そのアジトは何者かの手によって潰されていた。

まあ、ポロのせいだな。ロマンサーだったし。

でも、兵士たちとしてはそのまま帰る訳にも行かず、盗賊の生き残りを探して森を探索するも見つからず、手柄が何も無いでは帰るに帰れず。

せめて、森のモンスターの間引きをして、それを手柄にしようと森の奥地からこちらに向けて、モンスターを排除しながら進軍してきたらしい。

すると、もうすぐ『名も無き村』かという辺りで森が真っ白に凍りついていた。

すわ、何事か、と慌てて『名も無き村』まで来て見ると、村人たちが逃げ出す準備をしていた。

そこで、兵士たちの代表が事情を問い質しに来たという話だった。


なるほど……こいつらが何も考えずに村がある方向へとモンスターを追い立てたせいで、今回のことが起こったということか……。

くっそ迷惑じゃん。


それで、村長たちはそれを咎め立てしたいけど、兵士たちは親切心でモンスターを狩ってやったのに、そのせいで村が危険に陥ったと言われるのは心外だと、怒っている訳だ。

まあ、本当は手柄が何もない状態で帰れないからというのが本音だろう。


村側としては、まだ正式に村として認められていない状態で領主の兵士たちに表立って文句を言う訳にもいかず、さりとて何も言わずに、ご親切にどうもありがとうという態度も取れなくて、苦心して今の現状を伝えようとしていると……。


無駄だな。泣き寝入りするか、それが嫌なら領主に直接訴えるか、それもダメならこの土地を捨てるか、くらいしか道はなさそうだ。


まあ、俺には関係ないからいいか。

というか、森の奥地の脅威って兵士たちのことだと判明したので、わざわざ探りに行く手間が省けたわ。

その点に関しては仕事が減って助かった。


さて、このうるさい中でもう一度眠れるだろうかと、俺は目を瞑るが、途端に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

デニーだ。


「よろしいですか?」


「おお、冒険者とは君だったか……」


「どうも。

立ち聞きするつもりではなかったのですが、聞こえてしまったもので……少しよろしいですか?」


「ああ、構わんが手短にな」


「はい。では……。

今回の件、非はあなた方、領主軍にあると考えています」


「……何?」


「本来のあなた方の任務は盗賊団の殲滅にあったはずです。

ですが、盗賊団が壊滅していたから本来の任務が遂行できなくなった。

せっかく兵がいるのだからと、モンスターを間引くことにした。

ここまでは問題ありません」


「そうであろう。一応は領主様に税を納めている者たちがいるのだ。

その者らのためにモンスターを間引いてやろうというのだ。

感謝されることはあっても、文句を言われる筋合いはないな!」


「……ですが、あまりにやり方がまずかった。

早急な補給を求めてこの村を目指したのかも知れませんが、出会うモンスターをきっちり仕留めるならともかく、蹴散らしながら向かえば、その内実は追い込み漁と変わりありません。

そのせいで、親切心を向けてやろうとした村がモンスターに襲われることになりました。

依頼を受けた冒険者として、このことはきっちり冒険者互助会に報告させていただきます」


途端、兵士たちの顔色が曇る。

冒険者互助会と領主は、表向きはともかく、内実は共同経営者みたいなものだ。特にテイサイートは冒険者で成り立っている面が強いので、互助会の発言権は大きい。

ましてや、デニーは『赤ななつ』冒険者である。

有事の際には、冒険者も軍に編入されることがある。

その場合、上級冒険者は百人隊長という士官扱いになる。

今、盗賊団殲滅の兵士をまとめているのも百人隊長である。

そのことを兵士たちも理解しているため、強くは出られない。


「ま、待て!それは……その……困る……何かお互いに納得できる案を、さ、探そう!」


「納得できる案ですか……」


デニーがオウム返しにすると、兵士たちの隊長、すなわち百人隊長は、こくこくと頷いた。

デニーがチラリと村長を見て、何事か話してから、また兵士たちへと向き直る。

村長は村人の一人に、やはり何事か耳打ちすると、村人が俺の方に向かってくる。


このまま無視するのも、決まりが悪いので、俺はムクリと起き上がることにした。


「あ、魔導士様!起きていらっしゃいましたか!」


「いや、うるさくて寝てられないんだけど……」


「あ、申し訳ありません……」


「それで何?」


「デニーさんが魔導士様を呼んで欲しいと……」


「えーと、だから、魔導士じゃなくて……はあ……もういいや……」


訂正したところで、呼び方が変わるとも思えないので、諦めることにする。

デニーが俺を呼ぶってことは、たぶん金銭交渉のための指針、主に魔石なんかの代償をどれくらい使ったか知りたいってことだろう。

俺はもぞもぞと起き上がると、デニーのところへ向かった。


そのデニーはと言えば、百人隊長と腹を割って話し合いをしている最中だった。


「既にこちらに出ている損失、せめてそれを埋めていただけなければ、どうにもなりませんね!」


「それは……金で解決しようと言う話か?

だが、損失と言うが、具体的にはどれほどなのだ?」


「まず、緊急依頼の費用、それからモンスター退治に使った魔術の代償の補填、さらに怪我をした村人たちへの治療と謝罪、最低限、そこまではお願いしたいですね」


「うむ……理解はできる……だが、具体的にどれくらいなのだ?」


「三千ジン」


俺は話し合いの場に顔を出した瞬間、そう言った。


「なっ……!?」


「まあ、さすがにそれは冗談だけど、その半分は掛かると思うよ。全て含めればね」


「せ、千五百ジン……まさか……」


百人隊長は疑いの目を俺に向けてくる。

俺は『ゲームキング』の本に出てくる主人公よろしく、至極真面目な顔で視線を受け止める。

まあ、ふっかけてる訳だけど。


「今の相場だと俺の使った魔術は小さめの魔宝石四個で……千二百ジンくらいかな?」


「ま、待て……冗談だろ……」


「嘘だと思う?なら、専門家を呼んで調べてもらったらいいよ。

あの規模の魔術を発動するのに、どれくらいのオドが必要になるか……」


さあっと百人隊長の顔が青ざめる。

専門家、例えば家のじいちゃんなら、嘘だと簡単に見抜くだろうが、じいちゃんは王都に行ってて留守だし、テイサイートの領主に雇われている魔導士では分からない。

そもそも、『氷蜘蛛縛り』の魔術自体がマイナーな魔術なので、どの程度のオドが必要かなど分かる訳がないのだ。

俺は続ける。


「今回の緊急依頼は、それくらいしないとどうにもならないくらい危なかったんだ。

でなきゃ、いつでも逃げ出せるように村人総出で避難の準備なんかしてないよ。

ちなみにこの村の人間が全滅してたらどうするつもりだったの?」


「いや、それは……」


俺は飽きれたように肩を竦めて、それからひとつ息を吐く。


「分かった……俺だって困らせたくてこんなこと言ってる訳じゃないしね……。

魔宝石一個分は諦めるよ……九百ジン。全て含めて、それでどう?」


「いや、それだと……」


デニーが計算間違いを指摘しようとするのを、俺は自信満々という顔で「いいから、任せて!」と応じる。

兵士から見て、張り切りすぎた子供がやらかした感じに写っていればいいなあと、鼻を膨らませて荒く息を吐く。


案の定、百人隊長は一瞬だけだが、ニヤリと笑った。

まあ、兵士は三十人もいるのだ。九百ジンなら全員で割れば出せない金額でもない。たぶん、盗賊団のアジトからそれなりに得るものもあったはずだしね。

それから、百人隊長は苦渋の決断という顔で「それでいい……」と言った。


百人隊長たちは一度、村の外で待つ他の兵士たちのところへと戻る。


「本当に良かったのかい?千五百ジンが九百ジンなら魔宝石ふたつ分も譲ったことになるよ?」


デニーが心配そうに俺に言ってくる。

俺はニヤリと笑って答える。


「いいの、いいの。実際は魔宝石二個分くらいしか使ってないし、村長の緊急依頼だって『緑むっつ』依頼として、緊急だから八十ジンくらいでしょ。デニーの宝晶石があの大きさならひとつ六十ジンくらいで買えるでしょ?何個使った?」


「僕がひとつと、ヴェイルに渡したのが三つだから、四つだね」


「それなら、二百四十ジンだね。

内訳で言えば、村長から魔宝石ひとつと魔石が二十個で三百四十ジン。

デニーに二百四十ジン。

俺がサントさんから買ったのが五個で十ジン。

今回の冒険で手に入れた魔石も使っちゃったから、十二個で二十四ジン。

残り二百八十六ジンあれば、村の復興と怪我人の治療には充分でしょ?」


「なるほど……そういうことか!

でも、ならば何故、最初にふっかけたんだい?」


「同じ九百ジンでも、最初から九百ジン払うのと、千五百ジンが九百ジンになってから払うのと、どっちが得した気になる?」


「そりゃ、千五百ジンが九百ジンになった方が……」


「だろ。あの隊長さんも、いい気分になれるし、後で揉めたくないからね!」


「そういうもの?」


「そういうものだよ」


「なるほどね……」


これで、金銭的には、たぶん村人がちょっと得した形になるかな?

俺たちも、倒したモンスターの魔石を集めれば得になるし、さらに緊急依頼の達成で依頼の達成ポイント、今回なら緑一回分と青一回分も貰えるだろうし、『色なし』冒険者の卒業にちょっと前進だ。


めでたし、めでたしだね!


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