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男前?銀世界!

村の東。

慌てて土を掘り、土嚢を幾つか並べただけの簡素な守り。

それを背にするようにデニーが縦横無尽に走り回っていた。

デニーが手にする剣は炎が噴き出している。

デニーの奥の手、魔導剣というやつだろう。

俺がアルに作ってやったのと同じ物だが、デニーが振るう剣の方が正答率は高いかもしれない。


デニーはモンスターを手当り次第に斬りつけ、炎に飲まれるモンスターを蹴り飛ばし、別のモンスターにぶつけて足止め、すぐさま別のモンスターへと向かう。

一匹、二匹、止めきれないモンスターは村の男衆の中でも、最後まで残ると決めた有志三名が囲い込んで、どうにか処理している。


ああ、俺ってバカだなあ。

死ぬ訳にいかないとか、どうやって逃げ出そうかとか、そんなことばっかり考えていたはずなのに、気がつけばデニーが死ぬのは惜しいとか言って、こんなところまで来てしまっている。


もちろん、村長から貰った魔石と魔宝石があるからこそ、モンスターが無限湧きするような村の東まで来たんだけど、今さらながらにちょっと後悔しそうだ。

何故なら。


「うおっ!逃げた!」「おい!逃げろ!」


村の男衆が囲い込んだモンスターが一匹。その囲い込みから逃げ出して、まっすぐ俺のところに向かってくるからだった。

剣竜狼ブレードディノウルフが、背中のブレードを閃かせながら、だらしなく舌を垂らして、そのくせ牙だけは獰猛そうに口元から覗かせながら走って来る。

俺の右腰に着けている『芋ん章魔術』は『氷結』で、破いたとして剣竜狼ブレードディノウルフを足止めできるだけの威力があるだろうか……。

そもそも、別の『芋ん章魔術』をセットして、準備してから来ればこんなことで迷わないのに……。


「ウォーくん、どいて!」


後ろから掛かる声に、思わず身体を避ける。

俺の横を後ろから追越して、ミアンがショートソードを振るう。剣竜狼ブレードディノウルフは首筋を大きく抉られて、虫の息で倒れた。


「何してんのよ!デニーから、避難準備の手伝いって言われたでしょ!」


油断なくショートソードを構えて、ミアンが俺を叱りつけた。


「いや、詠唱魔術ならなんとかできるかも……って……」


「ウォーくん一人で何とかなる訳ないでしょ!」


「うっ……ご、ごめん……」


ちくせう、頭弱いミアンに正論で怒られた……。

ミアンはこちらを見ることなく続ける。


「人助けのために無茶するのは、す……き、嫌いじゃないけど、ウォーくんは一人じゃ戦えないんだから、そういう時はちゃんと頼りなさいよね!」


「お……おう……ごめん……」


ミアンの表情は窺えないので、言葉面しか分からないが、怒っているらしい。

さすがにこれは謝るしかない。


「それで、ここからでも魔術は届くの?」


「いや、せめて土嚢のとこまで行きたい」


「分かった。手に負えなくなったら退くわよ!また、デニーに怒られちゃう……。

それまでは私が前衛やるから、ついてきて!」


「お、おう……!」


なんだ?何やら急にミアンが頼もしい感じになったな。


ミアンは村の男衆の討ち漏らしを片付けながら、土嚢の前まで、前衛を務めてくれる。


俺は右腰の『芋ん章魔術』を『火』に付け替えながら、その後に続いた。

デニーがこちらに気付く。


「勝手に来るなと言ったろう!」


「私はウォーくんの付き合いよ!ウォーくんが大きい魔術を使うからって!」


デニーでも同時に何匹ものモンスターや獣を相手にするのは辛いらしく、今も身体は絶えず動き続けながら、そう怒鳴った。

ミアンはさらっと俺のせいにした。まあ、俺のせいだけど。


「魔術!そうか、これを使え!」


デニーが隙を見て、こちらに小袋を放る。

俺はそれを空中でキャッチしようとして、落とした。

すいませんね、どん臭くて。

だが、小袋の中には宝晶石が三つ入っていた。

たぶん、デニーの剣用の宝晶石だろう。

でも、ありがたい。


「ミアン、頼んだよ!」


「任せなさい!」


俺は小声で、ミアンが討ち漏らした奴を俺に近づけないようにと、アルにも耳打ちしておく。


「イジュ、ウォハム、ヌネツ、イアブ、

ラル、ネナグ、ネノフ、イキル、

ラル、ネナグ、ネニス、イキル、

アーナム、ウウイス!」


最初に唱えるのは『強化』の詠唱魔術だ。

この時点では、代償が払われない。ただし、これに続く呪文の代償を爆上げして、効果範囲と威力を倍にするという効果がある。


これを唱えている間にデニーのところにはハンマーヘッドスネークと熊、鎧兎メイルラビットが飛び出してきた。

先に脅威となるハンマーヘッドスネークを処理しようとしたデニーだったが、おかげで熊が土嚢に突っ込んできた。

土嚢を飛び越えようとした熊だったが、高さが足りずに土嚢に頭からぶつかった。

ミアンが気合い一閃、熊の脳天にショートソードを突き刺した。

これで、熊は倒せたが、土嚢の一部が大きく崩れて、俺への道が出来てしまう。


俺が使おうとしているのは、ダンジョンでも使った『氷蜘蛛縛り』と呼ばれる、触れた生物をまさしく一網打尽にする詠唱魔術だ。


「アガウ、イカシブイ、ヌネチセ、ウロオク、

イマ、ネグウツイス、

ウレルフ、ウレモタ、イキエル……」


詠唱途中でデニーが水スライムの集団に絡まれる。

火の魔導剣を使っているので、撃退はできるだろうが、動きが鈍ったことで、数匹がデニーの防衛線を突破した。


村の男衆の一人が雄鹿の突撃にもんどりうって倒れる。

動物だからと、モンスターじゃないからと侮れない。


崩れた土嚢の隙間を抜けたのは一匹のハンマーヘッドスネークだった。

頭を振りかぶって、頭突きをしてくるのだが、その威力が半端ないものになる。

遠心力を利用した一撃にミアンが吹き飛ばされる。


「きゃあっ!……ダメっ!」


すぐにミアンは立ち上がり縋りつこうとするが、既にハンマーヘッドスネークは俺の目の前だ。

進路の邪魔をするな!とでも言うかのように、大きくハンマーヘッドスネークの頭が揺れる。

俺は詠唱をやめない。今、やめてしまえば代償だけ払って不発に終わってしまう。

ゴキッ!ゴリッ!グシャ……と、目に見えない何かに捕まれ、ハンマーヘッドスネークの胴体部分が歪に曲がる。

ハンマーヘッドスネークの頭から下の胴体部分。

遠心力を使うための支点から上の骨は意外と脆い。

力を抜いているからだろうか?

そこにアルの『ポルターガイスト』が色々な角度から決まったらしい。


「……ウオイフ、オムカウサ、イラビス!

デニー!下がれ!」


俺は両手に持っている村長の布袋とデニーの小袋、俺が集めた魔石が入った袋を挟み込むようにしている手から、人差し指と中指の二本だけを立てて、東の森へと指さす。

その指先を始点に、氷の網が広がっていく。

木々を凍らせ、獣もモンスターも凍らせ、氷の糸に触れる生物を次々に凍らせていく。


冷えた空気が、キンッ!と鋭い音を発する。


「なん……だ、こりゃあ……」


村の男衆の誰かが呆然と呟いた。

森の奥の方で、ピキキッ……パキッ……と音がするのは、まだ魔術の効果が拡がりきっていないためだろう。


しんと静まり返った場で、俺は掌に残っている魔石を確認していく。

と、言っても残った魔石はひとつしかなかった。

その魔石も光をところどころ失い、クズ魔石になってしまっている。

危ない……ギリギリで代償が足りたらしい。

ちなみに、俺の背負い袋の中には拳大のクズ魔晶石がふたつ入っているが、そっちは無事だった。

でも、詠唱魔術は今のところ打ち止めだ。


「冒険者さん!村長が準備は整ったって……えっ!?なんで森が真っ白に……」


村長の伝言を持ってきた村人が森を見た瞬間に立ち止まってしまった。

デニーが泥まみれの頬をかいて、苦笑する。


「……ええと、とりあえず、すぐに逃げなくても良くなった……かな……?」



その日の夜、俺たちはすぐに逃げ出せる準備を整えたまま、ささやかながら祝宴に招かれた。


「……ええと、つまり、今晩のところは様子見をして、明日の朝にでも、脅威の元を探って頂けるということでしょうか?」


「ええ、そうなりますね……」


村長の疑問にデニーが答える。


「ま、魔術というのはこれ程に凄いものなのですね……」


真っ白な銀世界と化した森を背景に、村長は二の句が継げない。


「正直、僕もこれ程とは、想像していなかったもので……」


デニーもそれで口を噤んでしまう。


今のところ、森から獣やモンスターが出て来るということはなくなった。

もう魔術の効果自体は消えているが、こちらも危険だと、モンスターや獣が判断したのか、とりあえずの脅威はない。

かと言って、他のモンスターや獣を追い立てていた何かがそれでどうにかなったとは思えないので、村人たちの逃げ支度はそのままで、今も土嚢を積みなおしたり、堀を作ったりという作業を進めながら見張りも立っている。

逃げるにしても、稼げた時間で少しでも村の被害が減らせれば、立て直ししやすいという理由からだ。

そんな中で、俺たちは手の空いた村人たちから歓待を受けている。

酒は飲まない、日持ちする食料は残すという形なので、本当にささやかな祝宴だ。


「魔導士様の魔術というのは、本当にお見事ですな!」


商人のサントさんが感心したように頷いている。


「まあ、元々、国同士の戦争なんかで使うものだから……。

あと、俺は見習いね。見習い。

まだ、魔導士を名乗る許しは得ていないから」


たぶん、名乗ってもいいかとじいちゃんに聞けば、ふたつ返事で魔導士の認可をくれるだろうが、俺が好きな道を選べるようにと、じいちゃんは俺を魔導士として、まだ認めていない。

ここら辺がじいちゃんと母さんの違いだ。


「いや、それにしてもですよ!冒険者の魔導士というと不遇職だなんだと言われていますが、これだけの力があるなら、不遇どころか大当たり職じゃないですか!」


「残念ながら!残念ながら、やっぱり不遇職ですよ。

ミアンが駆けつけてくれて、デニーや戦ってくれた村の人がモンスターを抑えてくれたから魔術を使えたというだけで、そうでなければ俺は死んでました。

それに、掛かった費用を考えたら完全に赤字です。

デニーの切り札も全部、俺の魔術で使い切ってしまいましたし……。

状況がハマらなければ、基本、ただの約立たずですからね」


俺の説明にサントさんは、なんとかフォローを入れてくるが、やはり赤字だと言うのが効いたのか、諸手を挙げて絶賛するという訳にはいかなくなってしまったようだ。

一緒に話を聞いていた村の男たちも、なんとも苦笑いをしている。

ミアンに助けられた瞬間とか、見られてたか。


そうして、夜は更けていった。


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