表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/246

触れる?過去。

ポロに触れた瞬間、俺に流れ込んでくるイメージの渦。

それは俺の見知らぬ村だった。


村は燃えていた。

あちこちから悲鳴や怒号が聞こえる。

戦争ではなく、襲撃というやつだろう。

村の中をキョロキョロと見ながら、俺は走っていた。

俺?いや、ポロだ!

俺はポロになっていた。

胸に渦巻くのは、不安と緊張。

なんだ?これはなんだ?俺が街に買い物に行って、帰って来たら、これか?

どこから湧いた?俺たちが何かしたか?


「男は殺せ!女と食い物、金目の物を集めろ!ガキも逃がすなよ!」


俺が無事な建物の陰から村の中心部の様子を伺う。

上半身は諸肌脱いで、剣を手に男が叫んでいた。

男には顔の左側に大きな古傷がついていた。

醜悪な笑顔を浮かべている。

俺は身体がぶるぶると震えていた。恐怖だった。

古傷男の前に、盗賊だろう男たちが金目の物と食い物を積んでいく。

女性が襲われる悲鳴が聞こえる。

村の男衆が無惨に斬り殺される。

俺はただひとつのことを願っていた。

愛しい妻の無事、ただそれだけを願っていた。

盗賊たちに見つからないように我が家へと向かう。

火が燃えて、煙があちこちから上がっていた。

村長が死んでいた。狩人が死んでいた。三軒向かいの今年八つになる子が死んでいた。いつも喧嘩ばかりしていた村の乱暴者が死んでいた。ばあさんが死んでいた。じいさんも死んでいた。みんな死んでいた……。

耳をつんざく悲鳴が近くの家から聞こえる。

隣家の女房が襲われていた。

俺はホッとした。妻じゃなかった。

我が家は無事だった。

賢明なアイツのことだ。家を閉して、どこかに上手く隠れているはずだ。

家の裏手に回る。窓が元から壊れているので、明日にでも修理をしようと思っていた窓だ。

その窓から身体を滑り込ませる。

家は静まり返っている。

小さな家に隠れられる場所は少ない。

木箱の中か?ベッドの下か?戸棚の中は?

いない。どこだ?一緒に逃げなければならないのに、俺が馬鹿だから、妻がどこに隠れたか分からない。

台所は?

鍋釜に入れる訳もないのに、つい蓋を開けて覗いてしまう。

スープからまだ湯気が上がっていた。

水瓶!

大きな水瓶の蓋を開ける。

居た!顔を伏せたまま、震えている。


「俺だ……逃げるぞ……」


なるべく優しく声を掛ける。

妻が顔を上げる。

目が合うと、ホッとしたように涙目で笑った。


「どうしよう……出られない……」


おどけたように妻が言う。

俺は水瓶を倒して、妻が出るのを手伝った。


「急ごう……畑側はまだ手薄だった」


俺が言うのに、妻が頷く。


「窓を直してなくて、助かったな……」


「私の夫がズボラで良かった!」


俺たちは恐怖を押し殺すように笑った。

それから妻を直していない窓から先に外に出す。

ガラス窓ではなく、木窓だ。大きさはそれほどでもない。


「尻がデカいな……」


「いいから、ちゃんと押して!」


俺がグイと押すとすぽんと妻が抜けた。

後で笑ってやろう。


「大丈夫か?」


「大丈夫だ!」


図太い声だった。

俺が窓から顔を出す。

薄汚れた鎧を着た男が妻を捕まえていた。


「アンタ!逃げて!」


妻が叫んだ。

窓から出した顔に斧が振るわれる。

壊れた窓はもう修理しようがないほど滅茶苦茶になった。

俺の頬に一筋の傷が付いた。


「うおおおおおおおおっ!」


雄叫びを上げて、俺は玄関に走る。

立てかけてあるクワを手に、扉を蹴破ると慌てて裏まで走る。

妻を押さえている男と、斧を持った男。

目の前の二人だけ何とかすれば、まだ逃げられる!

俺はクワを振り上げる。


「馬鹿が!」


斧が俺の腹にくい込む。予想外の力で俺は吹き飛ばされた。

家にぶつかって壁が抜けた。


「放せ……」


ぎりぎり致命傷ではない。クワも離さなかった。


「ありゃ、斬れなくなっちまった……」


「ジテン、殺し過ぎだよ!刃ぁ潰れてんじゃねえか!」


ぎゃはぎゃはと男たちが笑う。


「アンタ!アンター!」


妻が叫ぶ。


「うるせぇ!お前はこっちだよ!」


男が妻を乱暴に放り出し、その上に覆い被さる。


「や、め、ろ……やめろおおおおおっ!」


俺が立ち上がった瞬間、足から力が抜ける。

腹から血がどばどばと零れる。

そのまま前のめりに倒れて、目の前が暗くなっていく。


「おお、斬れてんじゃねえか!って、聞けよ、コウキ!」


「うるせぇな!こっちは忙しいんだよっ!」


バチン!と肉を叩く音がする。

立ち上がらなければと思うが、身体が言うことをきかない。

ごりっ、と蹴られたのだろう。

身体の向きが変わったような気がする。


「あ、こりゃもうダメだな……ほどほどにしとけよ!俺は次殺ってくるわ!」


そんな声と共に俺は何も考えられなくなった。


闇の中だ。闇の中だと感じる。

光が射し込む。

つまりは、生きていた。生き残ってしまった。

目を開けて最初に見たのは、妻の亡骸だった。

顔や身体が青あざだらけで、凹凸だらけで酷い姿だったが、それは妻だとわかった。

首筋に色が変わった手形がついていた。

目に光はない。そもそも、目も真っ青に腫れて、瞳は片方見えなかった。


「ごろじでやる……アイツら……俺がごろじで……」




《 貴方の因果律を逸脱した願いです

運命線の変更を望みますか? 》




声が聞こえる。世界が遠くなって、白い空間に俺は居た。

答えれば、世界は変わるのか?

アイツらを殺せるのか?

俺は白い空間の中で、復讐を誓った。


俺は街の兵士に助けられた。

それから、冒険者になって、戦った。

戦って、戦って、戦って……力をつけた。

盗賊を探しては、殺して回った。

十万GPを得れば、俺の復讐は成る。

そのために盗賊を殺して、盗賊を殺すために盗賊を殺した。

《剣の才能》《尋問の才能》《怪力のギフト》と身につけていった。

《盗賊殺し》の称号が出た時は笑った。

それなりにGPは使ってしまったが、必要な投資だった。

俺の村を襲ったヤツラが『百鬼夜行』と呼ばれていることを知ったのは、随分と後のことだった。

黄牙おうがのシャト。あの時の盗賊団を率いていた古傷男だ。

蒼爪そうそうのジテン。黒角コッカクのコウキ。

『百鬼夜行』の一角を担う幹部たち。

全て殺す。殺し尽くすまで終わらない。

ようやく手掛かりを掴んだ。

『赤鬼夜行』という盗賊団だ。『百鬼夜行』の下部組織。

殺した。最後の一人。いや、『百鬼夜行』に繋がる最初の一人。赤腕のサンリ。

コイツを締め上げて、『百鬼夜行』を端から食い潰す。

まだ死ねない……まだ、終わっていない……。




《現在、七万五百二GPです。

どうしますか?》




そこで俺の意識は帰って来た。

ポロではなく、ヴェイルの意識だ。

今のポロは意識を失っている。赤腕のサンリ率いる『赤鬼夜行』を死闘の末、追い込んで、五日も追い続けて、こんなところまで来て、ぎりぎりで倒れてしまったのが今だ。

多分、ポロがロマンサーになって今まで。

その全てを見た。

ポロの『とても強い願い』を理解できてしまった。


《呑まれるな!》


俺は何かに導かれるように自分の【ロマンサーテスタメント】に触れた。




《現在、三百十四GPです。

移譲しますか?》




なんだ?いつもと違う。

移譲?GPをか?

そう考えると、またイメージが流れ込んできて俺は理解させられる。

ロマンサー同士は触れ合えば、お互いの『とても強い願い』を理解させられる。

相手の想いに感化されてしまうと、GPの移譲が行える。

また、持ち主がいなくなった【証】からはGPの接収が行える。

GPがゼロになった【ロマンサーテスタメント】は消える。

それは『とても強い願い』の消滅を意味する。


なるほど、ロマンサー同士は触れ合えばお互いがロマンサーだと理解できる。その通りだ。

ついでに余計な情報もついてくる。

『サルガタナス』の言うことがようやく理解できた。

情に流されてポイントを全て差し出してしまえば、俺の『アルを生き返らせたい』という想いは消える。

つくづく神様は試練好きらしい。

『サルガタナス』風に言えば、めんどくさがり、か。


同情はするよ。ポロ。

辛い目にあったんだな。

酷い運命だったんだな。そりゃ、運命を変えてくれって思うよな。

でも、ゆずれないよ。

お前は戦って、戦って、戦った中で他のロマンサーを殺したな。

その記憶も俺の中に流れ込んできたよ。

自分のGPを稼ぐために、自分の想いを叶えるために、他のロマンサーと戦ったな。

そうでもしないと七万もGPを稼ぐのは難しいよな。

触れ合ってしまえば、理解してしまえば、分かる。

お前を生かしておけば、お前は俺のちょろいGPだって狙うだろ。モンスター倒すよりは美味しいだろうしね。

俺は死ぬ訳にも、俺の権利を放棄する訳にもいかないんだ。


俺は武器を持っていない。魔術で消し炭にする訳にもいかない。

武器か……。【ロマンサーテスタメント】はどんな形にもなるんだよな。

身体に触れてないといけないようだから……ナイフとか?持っていればいける気がするけど。

そう考えた瞬間、俺の真っ黒な【ロマンサーテスタメント】がナイフになって俺の手の中に収まった。


「ごめん、とは言わない。お前の全てを俺が貰う……」


俺は倒れて意識を失っているポロにナイフを振るった。

ポロが掴む赤腕のサンリ。こいつも半死半生だが、まだ生きている。

こいつにもまた、ナイフを振るう。

心臓に刃を突き立てるだけの簡単な仕事だ。

俺のGPは七万八百十六GPになった。


俺はガンベルトから『取り寄せ』の魔術を一枚抜く。

背負い袋から拳大の魔瘴石を取り出す。これで、残りの魔瘴石はふたつだ。寝具は諦めよう。

取り寄せたのは『ゾンビパウダー』だ。

モンスターのゾンビ化はできないかと用意したものだ。

ポロと赤腕のサンリに振りかける。

二人はゾンビ化した。契約もした。血を飲んでしまった……。


「お前たちは誰にも見つからないように『知識の塔』の南の森の入り口に向かえ。

鈴の音が聞こえたら『知識の塔』の入り口に来るんだ」


ポロとサンリは肯いて、森の奥へと歩き出した。

俺は薪を拾いなおすと、急いでデニーたちのところへ戻るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ