触れる?過去。
ポロに触れた瞬間、俺に流れ込んでくるイメージの渦。
それは俺の見知らぬ村だった。
村は燃えていた。
あちこちから悲鳴や怒号が聞こえる。
戦争ではなく、襲撃というやつだろう。
村の中をキョロキョロと見ながら、俺は走っていた。
俺?いや、ポロだ!
俺はポロになっていた。
胸に渦巻くのは、不安と緊張。
なんだ?これはなんだ?俺が街に買い物に行って、帰って来たら、これか?
どこから湧いた?俺たちが何かしたか?
「男は殺せ!女と食い物、金目の物を集めろ!ガキも逃がすなよ!」
俺が無事な建物の陰から村の中心部の様子を伺う。
上半身は諸肌脱いで、剣を手に男が叫んでいた。
男には顔の左側に大きな古傷がついていた。
醜悪な笑顔を浮かべている。
俺は身体がぶるぶると震えていた。恐怖だった。
古傷男の前に、盗賊だろう男たちが金目の物と食い物を積んでいく。
女性が襲われる悲鳴が聞こえる。
村の男衆が無惨に斬り殺される。
俺はただひとつのことを願っていた。
愛しい妻の無事、ただそれだけを願っていた。
盗賊たちに見つからないように我が家へと向かう。
火が燃えて、煙があちこちから上がっていた。
村長が死んでいた。狩人が死んでいた。三軒向かいの今年八つになる子が死んでいた。いつも喧嘩ばかりしていた村の乱暴者が死んでいた。ばあさんが死んでいた。じいさんも死んでいた。みんな死んでいた……。
耳をつんざく悲鳴が近くの家から聞こえる。
隣家の女房が襲われていた。
俺はホッとした。妻じゃなかった。
我が家は無事だった。
賢明なアイツのことだ。家を閉して、どこかに上手く隠れているはずだ。
家の裏手に回る。窓が元から壊れているので、明日にでも修理をしようと思っていた窓だ。
その窓から身体を滑り込ませる。
家は静まり返っている。
小さな家に隠れられる場所は少ない。
木箱の中か?ベッドの下か?戸棚の中は?
いない。どこだ?一緒に逃げなければならないのに、俺が馬鹿だから、妻がどこに隠れたか分からない。
台所は?
鍋釜に入れる訳もないのに、つい蓋を開けて覗いてしまう。
スープからまだ湯気が上がっていた。
水瓶!
大きな水瓶の蓋を開ける。
居た!顔を伏せたまま、震えている。
「俺だ……逃げるぞ……」
なるべく優しく声を掛ける。
妻が顔を上げる。
目が合うと、ホッとしたように涙目で笑った。
「どうしよう……出られない……」
おどけたように妻が言う。
俺は水瓶を倒して、妻が出るのを手伝った。
「急ごう……畑側はまだ手薄だった」
俺が言うのに、妻が頷く。
「窓を直してなくて、助かったな……」
「私の夫がズボラで良かった!」
俺たちは恐怖を押し殺すように笑った。
それから妻を直していない窓から先に外に出す。
ガラス窓ではなく、木窓だ。大きさはそれほどでもない。
「尻がデカいな……」
「いいから、ちゃんと押して!」
俺がグイと押すとすぽんと妻が抜けた。
後で笑ってやろう。
「大丈夫か?」
「大丈夫だ!」
図太い声だった。
俺が窓から顔を出す。
薄汚れた鎧を着た男が妻を捕まえていた。
「アンタ!逃げて!」
妻が叫んだ。
窓から出した顔に斧が振るわれる。
壊れた窓はもう修理しようがないほど滅茶苦茶になった。
俺の頬に一筋の傷が付いた。
「うおおおおおおおおっ!」
雄叫びを上げて、俺は玄関に走る。
立てかけてあるクワを手に、扉を蹴破ると慌てて裏まで走る。
妻を押さえている男と、斧を持った男。
目の前の二人だけ何とかすれば、まだ逃げられる!
俺はクワを振り上げる。
「馬鹿が!」
斧が俺の腹にくい込む。予想外の力で俺は吹き飛ばされた。
家にぶつかって壁が抜けた。
「放せ……」
ぎりぎり致命傷ではない。クワも離さなかった。
「ありゃ、斬れなくなっちまった……」
「ジテン、殺し過ぎだよ!刃ぁ潰れてんじゃねえか!」
ぎゃはぎゃはと男たちが笑う。
「アンタ!アンター!」
妻が叫ぶ。
「うるせぇ!お前はこっちだよ!」
男が妻を乱暴に放り出し、その上に覆い被さる。
「や、め、ろ……やめろおおおおおっ!」
俺が立ち上がった瞬間、足から力が抜ける。
腹から血がどばどばと零れる。
そのまま前のめりに倒れて、目の前が暗くなっていく。
「おお、斬れてんじゃねえか!って、聞けよ、コウキ!」
「うるせぇな!こっちは忙しいんだよっ!」
バチン!と肉を叩く音がする。
立ち上がらなければと思うが、身体が言うことをきかない。
ごりっ、と蹴られたのだろう。
身体の向きが変わったような気がする。
「あ、こりゃもうダメだな……ほどほどにしとけよ!俺は次殺ってくるわ!」
そんな声と共に俺は何も考えられなくなった。
闇の中だ。闇の中だと感じる。
光が射し込む。
つまりは、生きていた。生き残ってしまった。
目を開けて最初に見たのは、妻の亡骸だった。
顔や身体が青あざだらけで、凹凸だらけで酷い姿だったが、それは妻だとわかった。
首筋に色が変わった手形がついていた。
目に光はない。そもそも、目も真っ青に腫れて、瞳は片方見えなかった。
「ごろじでやる……アイツら……俺がごろじで……」
《 貴方の因果律を逸脱した願いです
運命線の変更を望みますか? 》
声が聞こえる。世界が遠くなって、白い空間に俺は居た。
答えれば、世界は変わるのか?
アイツらを殺せるのか?
俺は白い空間の中で、復讐を誓った。
俺は街の兵士に助けられた。
それから、冒険者になって、戦った。
戦って、戦って、戦って……力をつけた。
盗賊を探しては、殺して回った。
十万GPを得れば、俺の復讐は成る。
そのために盗賊を殺して、盗賊を殺すために盗賊を殺した。
《剣の才能》《尋問の才能》《怪力のギフト》と身につけていった。
《盗賊殺し》の称号が出た時は笑った。
それなりにGPは使ってしまったが、必要な投資だった。
俺の村を襲ったヤツラが『百鬼夜行』と呼ばれていることを知ったのは、随分と後のことだった。
黄牙のシャト。あの時の盗賊団を率いていた古傷男だ。
蒼爪のジテン。黒角のコウキ。
『百鬼夜行』の一角を担う幹部たち。
全て殺す。殺し尽くすまで終わらない。
ようやく手掛かりを掴んだ。
『赤鬼夜行』という盗賊団だ。『百鬼夜行』の下部組織。
殺した。最後の一人。いや、『百鬼夜行』に繋がる最初の一人。赤腕のサンリ。
コイツを締め上げて、『百鬼夜行』を端から食い潰す。
まだ死ねない……まだ、終わっていない……。
《現在、七万五百二GPです。
どうしますか?》
そこで俺の意識は帰って来た。
ポロではなく、ヴェイルの意識だ。
今のポロは意識を失っている。赤腕のサンリ率いる『赤鬼夜行』を死闘の末、追い込んで、五日も追い続けて、こんなところまで来て、ぎりぎりで倒れてしまったのが今だ。
多分、ポロがロマンサーになって今まで。
その全てを見た。
ポロの『とても強い願い』を理解できてしまった。
《呑まれるな!》
俺は何かに導かれるように自分の【ロマンサーテスタメント】に触れた。
《現在、三百十四GPです。
移譲しますか?》
なんだ?いつもと違う。
移譲?GPをか?
そう考えると、またイメージが流れ込んできて俺は理解させられる。
ロマンサー同士は触れ合えば、お互いの『とても強い願い』を理解させられる。
相手の想いに感化されてしまうと、GPの移譲が行える。
また、持ち主がいなくなった【証】からはGPの接収が行える。
GPがゼロになった【ロマンサーテスタメント】は消える。
それは『とても強い願い』の消滅を意味する。
なるほど、ロマンサー同士は触れ合えばお互いがロマンサーだと理解できる。その通りだ。
ついでに余計な情報もついてくる。
『サルガタナス』の言うことがようやく理解できた。
情に流されてポイントを全て差し出してしまえば、俺の『アルを生き返らせたい』という想いは消える。
つくづく神様は試練好きらしい。
『サルガタナス』風に言えば、めんどくさがり、か。
同情はするよ。ポロ。
辛い目にあったんだな。
酷い運命だったんだな。そりゃ、運命を変えてくれって思うよな。
でも、ゆずれないよ。
お前は戦って、戦って、戦った中で他のロマンサーを殺したな。
その記憶も俺の中に流れ込んできたよ。
自分のGPを稼ぐために、自分の想いを叶えるために、他のロマンサーと戦ったな。
そうでもしないと七万もGPを稼ぐのは難しいよな。
触れ合ってしまえば、理解してしまえば、分かる。
お前を生かしておけば、お前は俺のちょろいGPだって狙うだろ。モンスター倒すよりは美味しいだろうしね。
俺は死ぬ訳にも、俺の権利を放棄する訳にもいかないんだ。
俺は武器を持っていない。魔術で消し炭にする訳にもいかない。
武器か……。【ロマンサーテスタメント】はどんな形にもなるんだよな。
身体に触れてないといけないようだから……ナイフとか?持っていればいける気がするけど。
そう考えた瞬間、俺の真っ黒な【ロマンサーテスタメント】がナイフになって俺の手の中に収まった。
「ごめん、とは言わない。お前の全てを俺が貰う……」
俺は倒れて意識を失っているポロにナイフを振るった。
ポロが掴む赤腕のサンリ。こいつも半死半生だが、まだ生きている。
こいつにもまた、ナイフを振るう。
心臓に刃を突き立てるだけの簡単な仕事だ。
俺のGPは七万八百十六GPになった。
俺はガンベルトから『取り寄せ』の魔術を一枚抜く。
背負い袋から拳大の魔瘴石を取り出す。これで、残りの魔瘴石はふたつだ。寝具は諦めよう。
取り寄せたのは『ゾンビパウダー』だ。
モンスターのゾンビ化はできないかと用意したものだ。
ポロと赤腕のサンリに振りかける。
二人はゾンビ化した。契約もした。血を飲んでしまった……。
「お前たちは誰にも見つからないように『知識の塔』の南の森の入り口に向かえ。
鈴の音が聞こえたら『知識の塔』の入り口に来るんだ」
ポロとサンリは肯いて、森の奥へと歩き出した。
俺は薪を拾いなおすと、急いでデニーたちのところへ戻るのだった。