ポロ?盗賊団!
見張りをデニーと交代して、俺は寝る。
サントさんはこのまま半ばまで見張りをして、ポロと交代するらしい。
一緒に休んではいるが、パーティーを組んでる訳ではないので見張りはそれぞれに出している。
俺はマントに包まって寝る。
冷えた地面は辛い。しかも固い。でこぼこしている。
気になってなかなか寝つけない。
うだうだと身体を回しながら、ベストポジションを探る。
ああ、『取り寄せ』の魔術を使いたい!
こういうこともあるだろうと、『取り寄せ』の一番部屋には寝具を設定してある。
だが、サントさんたちの前で使うのは不安がある。
『異門招魔術』にあれだけ食いついてきたのだから、『取り寄せ』魔術は見せてはいけないと、俺の心が警鐘を鳴らしていた。
それにしても寝られない。
『サルガタナス』が語ったポロはロマンサーだという話。
そして、ロマンサー同士は殺し合うと相手のGPが奪えるという話。
それらは俺が眠れない夜を過ごすには充分な情報だ。
俺の【ロマンサーテスタメント】は真っ黒なので、普通に見たら、ロマンサーに憧れた少年が【証】っぽいアクセサリーを着けてはしゃいでいるようにも見えるだろう。
ロマンサーに憧れを持つ若者がそれっぽいアクセサリーを身につけるというのは、近年では意外とよくある風潮らしい。
ロマンサーと言えば、特別な才能やギフトを持っているというのが相場なので、そういう特別感への憧れのようなものだろう。
これを古代では厨二病と呼んで、ある種の精神的な病気であるとしていたらしい。
ポロはとりあえず触れなければ問題ないと思っておこう。
でも、寝られない……。
と、俺の肩をトントンと叩く者がいる。
なんだよ、人が考え事をしている時に……。
あれ?目が開かない。なんでだ?
というか、今って何時?もう少し……。
トントン。
急激に脳が覚醒していく。
あれ?なんだかんだで寝てたのか。
ようやく自分がいつの間にか寝ていたのだと理解して、目を開く。
上体を起こす。
辺りを見回すが、まだ夜だ。ミアンとポロが焚き火の近くで見張りをしている。
トントン……。
また肩を叩かれた。そこでようやく気づいた。
俺を起こしたのはアルだ。
俺は呟くように言う。
「アル、どっち?」
マントに包まる俺の太ももに指で文字を書くような圧迫感がある。
そういや、指文字の当てっことか、昔はよくアルとやってたな。
ちなみに今のは簡単。矢印だ。
俺は矢印で示された方向に目を凝らす。
ん?今、何か光ったか?
ゆっくりと左腕に装備している『光の芋ん章魔術』を発動させると、手早く魔術符を引き抜いてそちらに放る。
魔術符をカード風にしたから、適度な重さがあって、意外と飛ぶ。
くるくるくる……ぱさっ、と落ちた先に見えたのは顔を黒く塗り、剣や斧で武装した盗賊の一団だった。
「と、盗賊だー!」
驚いて俺は叫んだ。
「えっ!」
ミアンが慌てて立ち上がる。
ポロも同じく立ち上がり、腰のファルシオンを抜いた。
俺は「デニー!起きろ、デニー!」と叫びながら、『光の芋ん章魔術』を辺りにばら撒く。
見えるのは三人で、おそらく斥候なのかもしれない。
粗末な皮鎧に毛皮を巻き付けて、ばれたと知るやこちらに駆けて来る。
「くそっ!やるぞ!」「男は殺せ!」「先に冒険者からだ!」
口々に言いながら一人が俺の方に向かってきた。
残りの二人はミアンとポロへと向かっている。
俺は逃げ出そうと立ち上がろうとするが、マントが足に絡まった。
無言で盗賊の斧が振り上げられる。
俺は無意識で叫んでいた。
「助っ……アル!」
かなりかっこ悪い姿だと思う。足にマントが絡まり、這う這うの体で、右手だけ突き出していやいやしている。
なのに盗賊はまるで何かに弾かれたようにぶっ飛んだ。
「おごぅっ!」
どさり、と盗賊が尻餅をつく。
アルのポルターガイストが衝撃波となって、盗賊をぶっ飛ばしたのだろう。
俺はこの隙にと、なんとかマントから抜け出して立ち上がる。
と、俺の背後から一陣の風が吹いたと感じた時には、デニーが剣を手に、尻餅をつく盗賊に襲いかかっていた。
「凄かったね!ヴェイルの魔法の方が少し早かったよ!」
デニーがにっこり笑ってこちらを見た。盗賊は……呻いているな。腹でも刺したか?
「お、おう……」
曖昧に頷いておく。どうやらタイミング的には、どちらにせよ俺は助かっていたらしい。
「やあ、ポロさんは強いね……手助けはいらなそうだ……」
デニーの言葉にそちらを見れば、娘であるキリをサントさんが庇うように抱き締めていて、さらにその前に立つポロが盗賊を斬り伏せるところだった。
ミアンもショートソードで盗賊の攻撃を上手くいなしていて、危なげなく戦えていた。
「ミアン、手伝おうか?」
デニーが盗賊の後ろに素早く回り込んで聞く。
「いらないわ。逃さないようにだけ、気をつけて!」
ミアンが頼もしい返事を返す。
「こ、小娘がぁ!」
盗賊が吠えたが、まさしく負け犬の……というやつだった。
退路を断たれた盗賊がミアンを斬り捨てて、前方に活路を見出そうとしたが、単調な動きだったのだろう。
ミアンは相手の剣を躱しざま、ショートソードを脇の下、鎧の隙間に突き込んだ。
それで盗賊は死んだ。
「いやぁ、助かりました!あなた方と一緒で良かった……」
サントさんがデニーに頭を下げる。
「いえ、完全に無傷で倒せたのはヴェイルのおかげです!
彼が気付いてくれなかったら、奇襲を受けて、少なくない痛手を受けていたかもしれません」
「そうですね。ありがとうございます!」
サントさんは、俺に頭を下げる。
アルが教えてくれたから、とは言えないので、曖昧に「いえ……」と答えておく。
それからサントさんは、一人三ジンを包んで渡してくれた。
これは守ってもらった対価らしい。
本来なら十ジンくらいが一般的な報酬らしいが、サントさんの自前の戦力であるポロの存在と、何より手持ちがあまりないということで、三ジンになった。
名も無き村で生き残った盗賊を渡せば、また幾らかの報酬になるらしいので、俺もミアンも文句はなかった。
「んー、最近、盗賊が出るらしいって話は聞いていたけど、まさかテイサイートの近くで出会うことになるとはね……」
デニーがそう言った。
「え、そんな話になってたの?」
「依頼ボードにあったでしょ?『フクラシ湖』までの街道に出る盗賊退治。緑みっつ依頼で」
俺とミアンは二人で顔を見合わせる。それから、お互いに確認するように、ふるふると首を横に振った。
「色なし依頼以外の依頼も見るようにしておくといいよ。
地域の情報の集まりみたいなものだから……」
デニーはそっと俺たちを諭すのだった。
そんな話をしていると、いきなり怒鳴り声が上がる。
「知らねーもんは、知らねーんだよ!」
デニーに腹を刺されて悶絶していた盗賊だった。
ポロが胸倉を掴んでいる。
「仲間はどこだ……根城は……今、何人で動いている……」
淡々とポロが聞いていた。
「殺せばいいだろ?盗賊だぞ、俺ぁ!まあ、殺しちまったら何にも喋れねえけどなっ!」
こいつらが盗賊だったと証明するのに手っ取り早いのは、一人捕らえて、自白させることである。
まあ、風体を見れば俺たちが正しいことは立証されるだろうが、そうなると余計な時間を取られることになる。
この盗賊はそれを知っているからか、強気に出ているらしい。
生き残りが自分しかいない以上は、村に着くまでの命の保証があると思っている。
村に着いたら司法取引で仲間を売って、自分だけは助命を乞うということなのだろう。
だから、ここで聞いても答えるはずがない。
それはポロも知っているはずなのに、何故聞くのかと不思議に思って俺は見ていた。
ポロはファルシオンを抜いて、盗賊を浅く斬りつける。
「話せ……俺はお前らの頭目に用がある……」
「痛ぅっ……お、脅しには乗らねーぞ!」
「これを見てもか?」
ポロが出したのはネックレスにした【証】だった。
「ロ、ロマンサー……」
ロマンサーは全てを犠牲にしても自らの【強い願い】に向かって突き進む。
それは誰かが言って止まるようなものではない。
【神の挑戦者】は運命を捻じ曲げようと足掻く者だ。
冒険者はロマンサーによって生まれた職業であり、極力協力することという理念がある。
最初、止めようかとしたデニーだったが、ポロが【証】を見せたことで止めるのを辞めた。
長く冒険者をやっていると、ロマンサーに対して特別な情が生まれるというのは、後で聞いた話だ。
盗賊は観念したのか、ぽつりぽつりと話し始める。
「お、俺が話したら、命だけは助けてくれよ……。
元々、俺みたいな下っ端は大したことはしらねーんだ。
拾われたのだって、最近だしよぅ……」
「聞かれたことにだけ答えろ……仲間はどこだ?」
「街道を進んだ先に小さな森がある……そこに隠れている……」
「根城は……?」
「も、森を東に抜けた先の洞窟だ……」
「規模は?」
「し、知らねー、ほ、本当だ!俺たちが十人、い、今は二人減って七人だ」
さらっと間違っているな。まあ、相手の戦力という意味なら、ここに一人捕まっているから七人で正解だ。
でも、最初の十人というのが間違っている可能性が高いな。
まともに数も数えられなさそうだ。
俺がそんなことを考えていると、ポロがさらに質問を重ねる。
「頭目の名は?」
「せ、赤腕のサンリ……」
「赤鬼夜行か……」
「な、なんで分かるんだ!?」
盗賊が目を白黒させる。それが盗賊団の名前らしい。
「俺が追うのが、百鬼夜行だからだ……」
ポロが呟くのに、デニーが目を見開く。
「百鬼夜行!?大盗賊団じゃないか!」
「有名なの?」
ミアンが聞く。
「ああ、余りに悪虐非道が過ぎるというので、百鬼夜行は国が追っている盗賊団だよ。奴らは徒党を組んで、今では数百人規模だと言われている……」
ポロは立ち上がる。小脇には盗賊を抱えている。
「サント、すまないが私にはやることができた……護衛はここまでだ……」
「ええ!そんなポロさん……」
「村までなら、そこの冒険者に頼んでくれ。
私の依頼は失敗でいい……」
問答無用とばかりにポロはこちらを向いた。
「デニーだったか……お前たちにも依頼があることと思うが、行きだけでいい。彼らを頼まれてくれないか?
この金を適当に分けてくれ。三十ジンだけサントの違約金だ。後はお前らのものでいい……」
投げられた金袋は、かなり重い音を響かせて地面に落ちる。
「お、おい……俺は知っていることは全部話した……放してくれ!」
ポロはこちらを見ながらゆっくりと後ずさっていく。
「なあ、約束だろ!騙したのか……なあ……お前らも何か言ってくれ……助けてくれよ……助けて!おい!助け……」
盗賊の喚く声が遠ざかっていく。
デニーが何も言わないので、俺も沈黙しておく。
ポロは焚き火の明かりも、俺の『芋ん章魔術』の光も届かない闇に去って行った。
盗賊の声が聞こえなくなった頃、デニーはゆっくりと息を吐き出す。
「ふう……二人とも動かないでくれで助かったよ。
ポロはいざとなったら、全員と戦うことも視野に入れていたようだから……」
「そうなの?」
剣呑な目つきをしているとは思っていたけど、そこまでの話だったのか……。
まあ、俺としては不安材料が減って助かった。
でも、時間掛かりそうだな……盗賊に襲われたって証明するの……。