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読書の時間!

「た、ただいま〜!」


アルを連れて街外れの自分の家、塔へと帰る。

答える者はいない。

それもそのはずで、じいちゃんは魔術符の普及のために王都スペシャリエに売り込みに行き、母さんは弟子のセプテンがやらかしたとかで、ソウルヘイの街まで尻拭いに出掛けている。

詳しくは知らないけど、「セプテンの尻を思いっきり蹴り飛ばしてやる!」とか息巻いていたから、しばらくは帰れないだろう。


アルはそこを狙って俺を引きこもり生活から引っ張り出したんだから、誰もいないのは当たり前の話だ。

幸い、今はじいちゃんの弟子も、母さんの弟子もいない。

本来なら最高に楽しい無限読書生活が続くはずだったのだ。

日がな一日、読書しながら飯を食い、読書しながらトイレに行き、読書しながら風呂に入り、読書しながら寝るという楽園が、アルのせいで大変なことになった。


俺はヨロヨロ、プルプルしながら客間にアルを横たえる。


「ふう……重かった。アルめ、こんな細っこい身体のくせに大辞典より重いとは……罪深すぎる!」


意味の分からない文句を垂れる。

女性の体重の話すんなっ!とか普段なら腕を振り上げるアルだが、今は静かなものだ。何せ死んでるからね……。

でも、何故かデコピンを食らっていないはずの額がチリチリと疼いた。


「さて、ちょっと待ってろよ!

パパッと着替えて調べ物してくるから……」


そう言って部屋を後にする。

自室に戻って着替えながら、頭の中で今まで読んだ本を反芻する。

記憶を頼りに地上十階、地下三階ある塔の中から甦りに関して記してある本を集める。

一度読んだことのある本を調べるのはそんなに大変な作業という訳でもない。

パラパラとページを捲りながら、重要そうな記述を読み込み、必要ならメモを取る。


「ふむふむ……フェニックスの羽は魂が抜ける三時間までの間なら復活ができるのだ!って、もう三時間経ってるよ!」


独り言をぶつぶつ呟くのは、引きこもりの基本スキルだろう。


「……ついに辿り着いた!これが不老不死の国、神仙国!生者がかじればひと口で百年の寿命が得られるという桃の木が生える地に!うーん……死者はダメかぁ……」


つい、話に入り込んで黙読ではなく、音読してしまうのも仕方のないことなのだ。


「テロメアを継ぎ足すことさえ出来れば、死んでいる者も蘇るだろう……って、テロメアって何だよ!これだから学者が書く文章は可愛げがないんだよ!しかも、専門用語くらい注釈つけろや!」


読めば読むほど、欲しい情報が遠ざかる。

現実的じゃない。創作物の創作アイテムとか役に立たない。いや、娯楽としては面白いんだよ。でも、無いものを探せとか言われてもアルは生き返らない。

あと、神の力で生き返るとか死神を騙すとか、無理言わないで欲しい。

あ、無理って訳でもないのか……『ロマンサー』の運命線の変更。これを使えば、アルは生き返る。


そういえば、と思い出す。

俺はモンスターを倒した。あの地獄の魔獣みたいな狼型モンスターだ。

ふと見れば、腕輪の【証】の太陽の部分にほんのり赤みが付いている。

なんの気なしに、それに触れる。

途端に頭の中に情報が流れ込んで来る。




《現在百三GPです》




確か最初が百GPだったのが、今、三GP増えていた。


「マジか……あんなデカいモンスター倒して、たった三GP……」


必要なのは六百六十六万GP。

あんな捨て身の作戦、何度もできるもんじゃない。

必要GP貯めるのに、何年掛かるんだよ……。

さすがにアルをそこまで放置したら、腐って骨だけになっちまうぞ。

それよりも、そもそも俺はダンジョン向きじゃない。

まともにダンジョン行って、もう一回狼型モンスターに出会っても勝てる気がしない。


「今できることか……」


俺にできること……。それを考えるとひとつしかない。

それは、本を読むこと。

でも、その頼りの本は無意味だった。

叫んだり、唸ったり、無茶苦茶に身体を動かしたりして、アルが生き返るなら、それをしてもいい。

でも、俺が発狂しようが、俺の骨が全部折れようが、アルは生き返らないのだ。


……いや、待てよ。


発狂する?そうか、発狂すればいいのか!

唐突にアイデアが浮かぶ。

俺がこの塔の本で読破しているのは八割。

全部じゃない。

俺が読んではいけない本。そこにもしかしたら可能性があるかもしれない。

俺は地下三階の書棚に向かう。


地下三階。じいちゃんの趣味の本が収められている書棚だ。

ここには余り人が来ない。

例えば地図だ。ここにある地図は所謂、古地図と呼ばれる物で、じいちゃんの趣味の品が収められている。

今じゃ使えない地図だ。縮尺が現代のものより適当だったり、もうなくなってしまった国の物だったり、後は本じゃない本なんかも置いてある。

読み方すら分からない石版とか、古過ぎて文字が掠れて読めない本とか、俺は読み道楽だが、じいちゃんは収集が趣味なので、ひたすら役に立たない本なんかが置いてある。


だけど、俺は知っている。

分類もせずに雑多に本が置かれているせいで、気付きにくいが、ここは微妙に狭いのだ。

何故なら隠し部屋があるからだ。

本当に読んだらいけない本、じいちゃんは収集癖があるけれど、魔書とか呪いの本なんかを人から預かってこっそり隠してる。封印しているとも言う。何しろ卓越した大魔導師アークウィザードで、若い頃は王宮で筆頭魔導士とかしてたらしい。


ちなみにこの世界の魔導士の地位は高いけど低い。

めんどくさい言い方になるが、紋章魔術も詠唱魔術もとにかく時間が掛かる。

使うのもそうだが、魔術書はアホみたいに高価だし、覚えるのにも時間が掛かる。しかも、大抵の魔術書は暗号で書かれているので、発想力が無いとそもそも読めない。

この世界は剣が物を言う世界だ。モンスターは跋扈しているし、盗賊なんかも多い。

モンスターと出会った時に魔法を使ってる余裕なんかない。

だから、冒険者や『ロマンサー』で魔導士なんて滅多にいない。

魔導具使いはいるけどね。


そういう事情があって、魔導士は基本的に学術畑の人間として見られて、地位が低い。経済的に余裕があるやつがやる趣味みたいに思われている。

だけど、ある一定以上の力量があれば国が召抱えてくれる。

ちゃんとしたバックアップがあれば絶大な力を発揮するからだ。特に戦争なんかの時に。

他にも新しい紋章魔術を見つけた時なんかは、途端に大金持ちになれる。

母さんがやってる錬金技士アルケミースミスたちがこぞって買いに来る。


そんな訳で、魔導士の地位は基本的に低いが、一部の例外まで登り詰めたやつはとても高い地位につけるのだ。


それで、じいちゃんはもう引退したけど、とても高い地位にいた。

そういう理由から、魔書や呪いの本、禁書なんかが家にあるのだ。


俺は小さい時、古地図にハマっていた時期がある。

まだ、そんなに難しい本が読めなかった頃、絵で地方の特産物なんかを紹介している古地図があって、それを眺めるのがお気に入りだったのだ。

ある時、その古地図を眺めながら部屋の隅で寝入ってしまった時があり、じいちゃんはそんな俺に気付かず隠し部屋を開けた。

それで、じいちゃんは隠し部屋で長ったらしい詠唱魔術を怖い顔して唱えていた。

目が覚めた俺は、じいちゃんが何してるのかと思って、隠し部屋の入り口から中を覗き込んだ。

中はおどろおどろしい雰囲気で、何冊かの本が置かれていた。

でも、じいちゃんの鬼気迫る表情に怖くなって、なんにも聞けずに、そこから逃げ出した。


何年か経って、じいちゃんのお客さんが鎖に巻かれた本を預けていった時に、なんとなくじいちゃんが何してるのか察しがついたのだった。


本当に危ない本。

俺はゴクリと生唾を飲み込む。

隠し部屋の入り口になってる本棚の前に立つ。

書棚はくそ重くて、動きそうにない。

何か仕掛けがあるのだろうと、アタリを付けて、あるかどうかも分からない仕掛けを探し回る。

すると、デカい石版の置かれている壁の脇に出っ張りを見つける。

たぶん、これだ。

それを押し込むと、書棚が動いて隠し部屋がぽっかりと口を開くのだった。


薄暗くて、ツンと据えたような匂いがする。

灯りを手に一歩、中に入る。

五冊の本がある。一冊、一冊が淡い光に包まれている。

そこだけ見れば、ある種幻想的な光景かもしれない。

この淡い光が結界なのだろう。


一冊は本から蔦が生えて結界の中を蠢いていた。結界の壁にぶつかっては、蔦が曲がり本へと戻っていくというのを繰り返している。その緑色の本には『緑の世界』と書かれている。

また一冊は五寸釘が打ち付けてある。表紙の装丁は動物の皮というか皮膚らしく、血管が走り、波打っていた。

この本には題名がついていない。

そして、また一冊は美しい白い装丁が為されていて、表紙には『神の書』と書かれている。これが危険な本なのだろうか?

結界の外から手を近付けると、その本の中心に黒い穴が開く。なんだかヤバい雰囲気に慌てて手を引っ込めた。

四冊目は普通に古い本だった。『ドグラ・〇グラ』と書いてある。あ、これ普通に発狂するやつだ……。

俺はサッと目を逸らした。

最後の本、少し立体的な装丁がされている。

中央に白い骸骨。四隅には骨が貼り付けられている。赤茶色の本。表紙に書かれている題名は『サルが使えるタナトス魔術』と書かれている。


「……バカにしてんのか」


つい本音が漏れた。

なんともイラっとさせられる題名だ。

確かに骸骨のディテールは本物っぽくて、おどろおどろしい雰囲気だ。

でも、タイトルは『サルが使えるタナトス魔術』。

サルでもできる〇〇みたいなのは良くある。

魔術と書いてあるからには、魔術書なのだろう。

でも、なんだこの初心者向けみたいなタイトル……。

封印しなきゃいけないような本なのか?

もしかして、じいちゃんもタイトルにイラっとして封印したとかじゃないよな?


《バカになんてしてねーよ!》


あ、この頭に響いてくる感覚は【ロマンサーテスタメント】のシステムメッセージか!


《んなわけねーだろが!本当にサルだなお前ら……》


見れば骸骨の顎がカクカクと動いている。


「この本が、喋ってる……?」


《本なんて陳腐な言い方するなよ、サル!

俺様はサルガタナス。所謂、悪魔の書ってやつだ!》


「サ、サルサルうるさいな!『サルが』使える『タナ』ト『ス』魔術だから、サルガタナス?

お前の方がよっぽど陳腐だろーが!紋章魔術か詠唱魔術の亜種かなんかだろうけど、初心者向けのくせに偉そうなんだよ!」


馬鹿にされている気がしたので、イラっとして言い返した。


《くか、くかかかか……!初心者向けだと?勘違いするなよ?

タナトス魔術の深淵はサル程度には覗き込むことすら出来ぬわ!

所詮は真似事、サル真似魔術と一緒に考える程度の頭では、初級でも難しすぎるわ!》


「この駄本が〜……ん?サル真似魔術?あれ?違うのか?」


耳障りな笑い声。脳内に流れ込んでいるので、声ではないのかもしれないけれど、ソレに激昴しかけた俺の頭が急に冷える。

俺が知ってる紋章魔術と詠唱魔術は、元はモンスターの使う技が発祥と言われている。

それを昔の『ロマンサー』が真似たのが、今の魔術ということになっている。

だから、この駄本が俺の言葉に反応して、紋章魔術と詠唱魔術をサル真似魔術と断じることは問題ない。

なにしろ悪魔の書らしいし。

でも、この駄本はそれらの魔術と一緒にするなというようなことを言っている。

だとしたら、『タナトス魔術』って何なんだ?


「……おい、駄本。話ができるなら好都合だ。

さらっと内容教えろや!」


結界がある以上、この駄本がどれだけ危険な本だとしても、俺に危害を及ぼすことはできない。

なので、強気に出ることにした。


《くかか……ようやく気付いたか!サルめ!

我が教授してやるのは、事物の姿を見えなくする魔術、また、事物をあらゆる場所に移動させる魔術、あらゆる鍵を開け、あらゆる事象をそこに居ながらにして見る魔術、そして羊の飼い方よ!》


「なっ……すげえ……。

そんな魔術があれば、俺がヨロヨロ、プルプル、アルを運ぶ必要ないじゃないか!」


事物をあらゆる場所に移動させる魔術とか、すご過ぎる!

見えなくするというのは透明化ということだろうか?

『ロマンサー』の試練には宝箱が付きものなので、鍵開けの魔術は錬金術で魔導具化したらとんでもないことになるし、あらゆる事象をそこに居ながら見る魔術……規格外すぎる!

ただし、羊の飼い方?

アホだろうか?

付録?

そんなものが収録されている意味が分からない。

だが、この本が危険な本なのだろうか?


《くかかかか……!読みたくなったか!》


「代償は?」


そう、危険な本というからには代償が必要だろう。


《無いとは言わぬ……》


「やっぱりな……」


《絶大な代償が必要となる……》


「もったいぶるなよ、駄本!」


《ふん、聞いて驚け!

神にめっちゃ嫌われる……》


「は?」


《汚物みたいな目で見られる。近寄るとクサいとかこちらを見ずに言われる。話し掛けても無視される……》


「それだけ?」


《ふん……サルごときにこの辛さは分からぬか……》


やけに寂しそうな口調だった。

話してみて分かったこと。


ダメだこいつ……いじめられっ子か……。


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