フクラシ湖へ!新しい出会い!
昼近く、俺たちは冒険者互助会に来ていた。
最近では『ケイク』などにも冒険者が戻ってきているらしい。
俺たちが狙うのは『フクラシ湖』の『色なし』依頼だ。
まあ、正直狙うまでもない。
何故なら『フクラシ湖』は初心者向けの依頼が多い。
薬草採取、湖畔の貝殻拾い、川辺りの宝晶石の欠片集め、湖周辺によくあるカケ糸杉の樹皮集めなんかは常設依頼と呼ばれるものだ。
『色なし』冒険者が受けられる依頼は少ない。
素人同然の冒険者が受けられる依頼をわざわざ出すには、それなりに理由がいるだろう。
だが、それでは新しく冒険者になろうという人はどうするか。
それが常設依頼なのだ。
冒険者互助会で出しているものや、互助会に協力しようという商会などが出している依頼である。
『フクラシ湖』は行って帰るだけでも、六日掛かる。
めんどくさいのだ。
だから常設依頼が多いというのもある。
一応、駅馬車が出ているので、金があるならそれで往復四日に短縮できる。
フクラシ湖の湖畔には小さな村がある。名も無き村というやつだ。
だが、基本的に『色なし』冒険者は金がない。
駅馬車を使うのは稀なので、ほとんど荷馬車扱いである。
名も無き村には必要な馬車なので、廃れるということもないだろう。
俺とミアンが依頼のボードを見つめる。デニーは『赤ななつ、緑むっつ、青みっつ』冒険者なので、デニーが前面に出ればそれ以下の依頼は全て受けられるということになるのだが、デニーはそれを良しとしない。
基本が出来て、実績を積み上げることが大事だという持論があるらしい。
だから、受ける依頼は俺とミアンで決めなければならない。
「依頼はなるべく時間が掛からないものがいいだろ」
「そりゃ、簡単なものがいいけど、危険度を見る方がよくない?」
「もちろん、それも含めての時間が短く済むものって意味だよ」
「ちなみにウォーくんはどれがいいと思ってるの?」
「貝殻集め」
「なんで?」
「スライムは水辺に出ることが多いから」
「なら、川辺りの宝晶石集めでもよくない?」
「川辺りは見通しが悪い上に、道のない森の中を通らなきゃいけない。
湖までなら確実に道があるから、距離はあっても安全だ。
『フクラシ湖』周辺のモンスターは剣竜狼、水スライム、ハンマーヘッドスネーク、鎧兎、翼豹。
特に危険なハンマーヘッドスネークと翼豹は、近くの森が生息地になっているから、やっぱり貝殻集めがいいと思うけど?」
「なんでそんな詳しいの!?」
「本で読んだから……」
「ヴェイルは、読んだだけで覚えてしまうの?」
デニーが面白そうに聞いてくる。
「まあ、必要なら、読んだら覚えるくらいは当たり前だろ?」
俺が答えるとミアンが呆れたように口を開けた。
「……当たり前?」
「だって、言葉同士が意味を持って繋がってるんだぞ?
詠唱魔術を覚えるのに比べたら、簡単じゃないか!」
詠唱魔術の何が覚えにくいかと言うと、意味が分からない只の音だからだ。
その点、普通の文章なら、意味を知ることで感情が生まれる。
記憶というものは感情とセットにすると覚えやすいというのは、太古の昔から語られていることだ。
「ヴェイルのそれは、才能というやつだね!」
デニーがにこやかに断言した。
俺は納得いかないという顔をしていると思う。
「良かった……それが普通のことだって言われたら、私、どうしたらいいか分からなかったもの……」
「いや、普通だろ?」
「『知識の塔』は恐ろしいところなのかもね……。
それはそうと、依頼はどうするの?」
デニーが苦笑交じりに言った。
「「貝殻集め!」」
俺とミアンは同時に答えた。
まあ、納得してくれたならいいか。
俺たちは『貝殻集め』の依頼を受けて、冒険者互助会を後にする。
それから、前回と同じく携帯食糧を買う。
ついでに昼飯を食べていくことにする。
いいかげん、そろそろ休憩を取りたいところだったのでちょうどいい。
食事終わりに俺は絵本を取り出してミアンに見せる。
ミアンは食い入るようにそれを眺めていた。
「たまご……おたま……ねえ、これは?」
「おたまじゃくし」
「たまごから尻尾が生えるの?」
「たまごから生まれるとこんな形なんだ。そこから足が生えて……」
「かえる」
「そう、水中と地上、両方に出るから両生類って言うんだ」
「へえ……」
ミアンはまったく字が読めない訳ではない。
依頼ボードに貼られるような言葉はだいたい読めるし、意味も理解している。
でも、知らないこともたくさんある。
繋がりを知れば、もっと面白くなるだろう。
俺はじいちゃんや母さんの真似をして、ミアンに色々と教えていく。
まあ、昼飯と休憩の間だけなので、伝えられることは少ない
。
だから、冒険者として知るべき情報が中心になる。
その方がミアンの食いつきもいいしね。
ある程度やったら、出発する。
あまりゆっくりもしていられない。
テイサイートを発ち、街道を歩くとデニーがチラチラとこちらを見てくる。
「なに?」
「あ、ちょっとね……」
はにかむ様に笑い、デニーが俯く。
「なんだよ、気持ち悪いな……」
「ふふふ……もう、いいかな……」
デニーがマントをはね上げ、腰のものを見せる。
金属製の箱が光を放つ。
「じゃーん!『炎の異門招魔術』を借りました!」
「へえ……借りられたんだ!」
しかも、『炎』か。
魔術に憧れを持つデニーは嬉しいだろう。
「このタイミングで借りられたのは運命だよね!」
「ああ、うん。そ、そうかもね……」
ちょっと勢いに押された。
「まあ、『光の異門招魔術』は返しちゃったから、夜は松明なんだけどね……」
「一応、持って来てるから、『光の芋ん章魔術』なら使えるよ」
「それはありがたいね!」
嬉しそうに『異門招魔術』についてデニーが話す。
実際にどのように使っているのかを感想と共に聞けるというのは貴重なので、ありがたく拝聴する。
辺りが暗くなってからも、俺たちは『光の芋ん章魔術』と松明を使って、移動する。
街道沿いで休むには、なるべく見晴らしの良い場所を選ぶ必要がある。
一定の距離毎に休める場所を作ってあるので、そこまで行った方が安全である。
俺たちが休める場所まで来ると、そこには先客がいた。
「すいません、一緒に休ませて貰っていいですか?」
デニーが早目に声を掛ける。
先客は商人風の男性一人とその娘さんだろうか?
年の頃は俺とミアンと変わらないくらいの子が一人。
おそらく護衛だろう冒険者風の男性一人の三人組だった。
「ええ、構いませんよ」
「僕たちは冒険者です。僕はデニー。
こっちがミアンとヴェイルです」
デニーは自分の【冒険者バッヂ】を見せる。
ミアンも【冒険者バッヂ】を指差す。
俺も二人に習って、【冒険者バッヂ】を見せることにする。
「おお、御三方とも冒険者ですか。これはありがたい。
私は行商を生業にしているサントです。これが娘のキリ。
それと護衛のポロです」
ポロと呼ばれた冒険者風の男性は大きな身体を鍛え上げた筋肉で覆っており、無言で【冒険者バッヂ】を見せた。
『赤よっつ、緑むっつ、青ひとつ』の【冒険者バッヂ】だった。
緑むっつということは、それだけ防御よりの冒険者なのだろう。
腰にはファルシオンと呼ばれる薄刃の曲刀を差している。
「よろしく!」
「…………。」
デニーが握手しようと手を出すが、ポロはそれをじっと見つめて、それから目線を逸らした。
無口でコミュニケーションは苦手っぽかった。
「もしかして、その光の玉は、今話題の『異門招魔術』というやつですかな?」
行商人のサントは焚き火に誘いながら、そう言った。
なるほど、冒険者以外にも噂が広まりつつあるということなのかもしれない。
「ええ、便利ですよ!」
デニーが代表して答える。
「手に入れるのは苦労したんじゃないですか?」
「そうですね、予約の上に抽選ですから、苦労はしてませんが、運が良かったんです」
「よろしければ、少し見せていただいても?」
「箱は知らずに開けると中身が破損するように作られているそうなので無理なんですが、こちらなら……」
デニーは懐から魔術符の予備を出して、それを見せる。
「ああ、これは失礼しました。
いえ、新しい魔術と、テイサイートの街は噂で持ちきりだったもので、興味があったんですよ!」
魔術符をしげしげと眺めてサントが言う。
「ほほう……これは素晴らしい……商売柄、魔導具の中を覗く機会もあるんですが、随分と整った魔法陣ですね……さぞや名のある方の作では?」
デニーが軽く目配せしてくる。言っていいものか迷ったのだろう。
ここは俺が口を挟むべきだろう。
「オクト商会が作っているらしいですよ」
ここは全てオクトに被ってもらおう。オクトなら後で問題があっても適当になんとでもするだろう。
「おお、大店じゃないですか!
店主のオクト様はかの高名な錬金技士レイル様の弟子。となると御店主自らの作ですかね?」
「さあ、そこまでは知らないですけど……」
とは言ったものの、オクトは母さんの弟子の中で一番駄目な奴だったから、作れる訳がないけどな。
「お父さん、冒険者さんたちが困っちゃうでしょ!」
「おお、こりゃまた失敬。つい、気になってしまったもので……」
「いえ、お気になさらず」
デニーが卒なく答える。
そこからは少し世間話をして、それから休むことになる。
俺はこっそりアルに見回りを頼んでおく。
最初の見張りは俺とサントさんだった。
見張りの時はあまり話したりはしないのが普通なのだが、サントさんはあれこれと話し掛けて来る。
特に意見を求められたりはしないのだが、とにかく良く喋る人だ。
名も無き村に嗜好品なんかを行商して、代わりに魚の干物なんかを仕入れる予定らしい。
この旅路は慣れたもので、お得意さんがようやくできたとか、娘が行商の見習いでついてくると言い出して、嬉しい反面不安が大きいとか、あれこれと話していた。
俺としては、姿を消したアルが見回りをしてくれているので、意識を常に外側に向けなければならないとは思っていないので、少しだけ話を合わせる。
「ポロ、さんとは長いんですか?」
「いえ、今回が初めてですよ。なんでも『フクラシ湖』で用があるとかで、私が出した護衛依頼を受けて下さったんです。
緑ふたつ依頼に『緑むっつ』の方が来て下さると思ってなかったので、本当にありがたいことですよ……」
「へえ、それは運が良かったですね」
「ええ!本当に……」
しみじみとサントさんは言った。
《おい、ベル。あのポロという男、ロマンサーぞ。
食われないように、せいぜい気をつけることだ……》
「ん?」
いきなり『サルガタナス』が声を掛けてきたので、気をつけなければと思っていたのに反応してしまった。
「ど、どうかされましたか?」
サントさんは俺がモンスターでも見つけたのかと緊張した声を出す。
「あ、いえ、ちょっと催してきたので、用を足して来ますね……」
「ああ、そういうことですか。いいですよ。私が見てますから……」
俺は明かりを手に皆が休んでいるところから距離を取る。
それから小声で話し始める。
「おい、サルガタナス。食われるってどういうことだ?
それとポロがロマンサーだって、どうしてわかった?」
《知らんのか?ロマンサーは他のロマンサーを倒すことで相手のGPを奪える。
神々とて暇ではない。願いを叶える者は少ない方が希少価値も高まるし、楽であろう。
ロマンサーは簡単よ。近づけば我には臭うからな……》
臭うって犬かよ!それよりもだ。
「はあ?ロマンサーって潰し合いの要素もあるのか!?」
《運命線の変更など、神々にしてみれば余計な手間ぞ。
やらなくて済むなら、それが一番に決まっておろう》
「でも、腕輪してなかったぞ?」
《【証】は如何様にも形を変えうる。それも知らんのか?》
形が変わる?例えばネックレスとか?と俺が考えた瞬間、俺の腕に腕輪として嵌っていた真っ黒な【ロマンサーテスタメント】が地肌沿いに移動してネックレスになった。
え?こんな簡単に変わるのか!?
服の中に隠してしまえば、ロマンサーかどうか分からなくなるじゃないか!
《それと、ロマンサー同士は触れ合うことでそれが分かる。
気をつけることぞ》
とりあえず、今更隠しても仕方ないので【証】は腕輪に戻しておく。
あまり長く離れているのはまずいので、そそくさと俺は戻るのだった。