オーブ!亜種?
あれから、一週間。
冒険を終えて、家に帰ってから、俺は俺の日常を過ごしていた。
本を読み、芋判を作り、アルに作らせている地下研究室の監督をし、たまに『サルガタナス』の研究を進めるといった日々だ。
地下研究室は結構なスペースが確保できて来た。
補強なんかも鉱山や建築系の本を読み、しっかりやれている。
既にいくつかの研究資材も集め始めていて、今は基礎研究段階だ。
そして、つい先程、頼んでいた竜狼の突起が届いた。
オーブのレシピを改めて見る。
・遺体の一部
・バジル
・オレガノ
・タイム
・霊樹の葉
・竜狼の突起
・魔瘴石の粉
・油
問題は霊樹の葉だ。
俺は大鍋にレシピを突っ込んで、煮込む。
実験にいきなりアルを使う訳にはいかない。
そこで用意したのが、別のスケルトンである。
材料は南の森から飛び出してきたリスである。
アルの実験で、リスを渡して、好きにしていいと命令したところ、アルは骨の指でいきなりリスの心臓をつまみ出した。
さらに、それを食そうと口に入れたのだが、アルはスケルトンなので骨の隙間から心臓がポロリと落ちて終わりだった。
そのリスをゾンビパウダーで復活。
白骨化するまで、土の中に入っていてもらった。
案の定、リスはスケルトンになった。
このリスのスケルトン、略してリスケ君に協力してもらう。
霊樹の葉は俺が採ってきたゴーストオーダーを使う。
大鍋の中にゴーストオーダーの葉を落として、煮込む。
ちょっと美味しそうな匂いがしてくる。
「じゃあ、リスケ。入って」
俺が命令するとリスケ君はちゃぷん、と躊躇なく大鍋に入った。
なんか、出汁が取れそうだ。
『サルガタナス』の記述によれば、湯気の中に光の粒が混じり、その粒が集まったものがオーブというモンスターということなので、研究室でアルの拡張工事に指示を出しながら、待っている。
リスケ君は大鍋のプールが気に入ったのか、中で泳いでいた。
鍋の汁がほとんど無くなるまで煮込んでみたが、結果は失敗だった。
ただリスケ君に変化は起きた。
ゴーストオーダーの葉の粘液成分のせいなのか、リスケ君は壁に登れるようになった。手足から粘液を出して、それで貼りついていた。
数日後、今日は『バッフェ』のダンジョン入口に生えているお化け柳の葉で挑戦だ。
別にダンジョンに入る訳ではなく、入口横の木から葉を摘むだけなので、今回は依頼は使わなかった。
そして、リスケ君は特殊な変化が起きてしまったので、今回の実験では使えない。
またまた、南の森で捕まえた、捕まえたのはリスケだが、サルを使うことにした。
彼はサルのスケルトン、略してサスケ君と呼んでいる。
「よし、サスケ。入って」
サスケ君はとぷん、と大鍋に入る。
お化け柳の葉を綺麗に畳んで、頭の上に載せていた。
温泉気分か!
俺は本を読みながら、その時を待っていた。
結果は失敗だった。
だが、またもや変化は起きていた。
サスケ君の骨はゴムみたいになっていた。
「サルガタナス、これどういうことか分かる?」
《ふむ……亜種化と呼ばれる現象かの?
詳しくは我も知らぬが、特定条件下で適応した結果であろ》
「そんなこともあるのか……」
どうやら、『サルガタナス』にもまだまだ研究の余地がありそうだった。
さらに数日後。
本来なら、ルーの樹の葉を手に入れたかったが、今回は梨の木の葉である。
家の南の森、『騒がしの森』の奥地にあるルーの樹の葉は冒険者互助会に依頼を出した。『赤いつつ』依頼である。
相当、危険度が高い森になっているらしい。
にしても、梨である。
梨の葉は普通に買ってきた。
オクトと冗談混じりで言っていたコレが当たりだったら、『サルガタナス』の読み解き方にかなりの方向転換を強いられるので、できれば当たって欲しくないというのが本心だったりする。
比喩や暗喩、暗号の上に冗句やなぞなぞまで視野に入れなくてはならないとしたら、『サルガタナス』の読み解きが更に厳しくなるからだ。
今回はリスケ君とサスケ君がとってきた、小鳥のスケルトン、略してコスケを使うことにする。
コスケは羽が無くなっているにも関わらず、飛べる。
良く見れば羽を動かす骨の一部が結晶化して、クズ魔石になっていたので、魔法で飛んでいるのだろう。
「コスケ、入って」
煮立った大鍋にコスケが入る。
コスケは身体を丸めて大鍋の中に沈んでいった。
完全に出汁が取れるな。
さすがに魔瘴石の粉が入っているので、飲もうとは思わないけど。
さて、今日は芋判でも削るか、と彫刻刀を手にすると、鍋から上がる湯気にキラキラと光の粒が混じる。
「マジかよ……」
難易度が上がったことに愕然としていると、光の粒は寄り集まるようにして、球になった。
モンスター、『オーブ』の完成だった。
オーブになったら、新たな契約を結ばなければならない。
「ええっと……契約を結ぶぞ。お前の一部を食べさせてくれ」
オーブが飛んできて、俺の手に乗った。
齧るのだろうか……。
思いきってオーブを齧ってみる。
「……梨?」
瑞々しい甘味が口に広がる。オーブの体積が少し減ったようにも見えるが、球は球だった。
あ、繋がった。と理解できる。
オーブの手触りはツルっとしていたが、本当に触っているのか頼りない感じがする不思議なものだった。
俺は血文字で名前を書く。
これで、契約完了だった。
「もう小鳥のスケルトンじゃなくなったから、コスケだと変だよな……鳥からオーブだから、トーブにしとくか。
よろしくな、トーブ」
トーブはチカチカと瞬いた。
《くかかかか……随分と遠回りしたものよな……》
『サルガタナス』が馬鹿にしてくる。
「はあ……お前を書いたヤツは随分とめんどくさいヤツだったのな……」
俺はため息混じりに言う。
《いやいや、皆、我を楽しませる面白き者たちぞ》
「ん?一人じゃない?」
俺は改めて、横に置いていた『サルガタナス』を手に取る。
パラパラと拾い読みしていく。
確かに、ページによって多少の差異がある……か……?
と、スケルトンのページが増えていた。
んん?どういうことだ?とそこを読めば、亜種化の項目が増えている。
それも、まるで俺が文章にまとめたような書き方をされている。だが、微妙に他のページにも似ているような。
つまり、なんだ?俺が『サルガタナス』の文章に似せて、亜種化の項目を書いたら、こういう感じの文章になるだろうという構成になっている。
「増えるのか……」
なんのことはない。『サルガタナス』を書いたヤツは歴代の『サルガタナス』の所持者ということなのだろう。
いや、書いているのは『サルガタナス』自身で、コイツが編集者のような役割をしている訳だ。
なんだか謎だらけの本だな。
少しだけ『サルガタナス』が怖くなる。
だからといって、手放せない。
アルの生き返りに必要だからな。
俺は、そこまで考えて、それ以上は今は置いておこうと思った。
それよりもアルを進化させねば。
早速、俺はアルを進化させるのだった。