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俺と契約してくれ。うん、いいよ。


 外は満月。

 冬が訪れ、肌寒さが身に沁みるようになってきて、俺の研究所がある『騒がしの森』の空気も心なしか、ピンと張り詰めたような気になる。

 地下十一階の俺の部屋は、非常脱出口や水道設備が近いため、夏場は冷たく、冬場は極寒となる。


 アルはアンデッドという性質上、温度を気にする必要もないが、俺はそういう訳にもいかないので暖房魔導具を部屋の四隅に置いてある。


 俺がアルを進化させると宣言したのに対して、アルはどう反応すればいいのか分からないのか、「あ……うん…… 」とだけ答えた。


「反応薄いな…… 」


「あ、いやいや、いきなりだったから戸惑っただけで、それが嫌とか、そういうのじゃないから、大丈夫」


 まあ、素材は前から揃ってたし、進化自体はいつでもできる状態ではあった。

 それを先延ばしにしておいて、今日という日にいきなり『進化する』と言われても、戸惑うのは当然か。


「まあ、色々と準備が必要だったのを、ようやく終えたからってだけだけどな」


 そう言って俺が指差す先には、大釜に煮込まれる諸々や、複雑な魔法陣、儀式用の祭壇やらがあれこれと用意してある。


「あ、そうなんだ」


 さらっと信じるアホの子は、本当に大丈夫なんだろうか……。

 準備に時間が掛かったのは本当だが、それはアルが簡単に俺の後を追えないように環境を整える準備だったりする。

 今のアルは副団長。責任ある立場だ。

 さらに友人や会いたかった家族と再会する準備も整えてある。

 そういう心の枷をこの数ヶ月でたっぷりと用意したから、アルの性格上、簡単には動けないだろう。


「それでだ……アル、俺と契約してくれ」


「うん、いいよ」


「お、おう…… 」


 自分で契約しろと言っておきながらなんだが、アルのあまりにも簡単な返事にドギマギする。


「なあに? 変な顔して。

 ベルが必要だと思ったんでしょ? 」


「あ、ああ。

 その……嫌がられるかと…… 」


「命令に絶対服従なんでしょ? 」


 俺は神妙な顔で頷く。


「ベルならいいよ。

 理不尽なことしたら、後で殴るけどね」


 アルはそう言って、あっけらかんと笑う。


「デコピンじゃねーのかよ! 」


「デコピンで許されると思ってる? 」


「お、お〜けい、気をつけるわ…… 」


「それなら、よろしい」


 アルのニンマリ笑顔。

 俺もひきつり笑いで応じる。


 昔ながらのやりとり。

 これを俺はしっかり頭に焼きつける。


 契約が始まった。

 アルの鎧の隙間、お腹に俺の血でサインを入れる。


「よし、じゃあアル、お前の一部を俺に…… 」


 食べさせてくれと言う前に、アルは悪戯っぽい表情をして、首周りの鎧をズラすように動かすと、その白い首筋を強調させた。


「がぶっと、いっとく? 」


 なまめかしい雰囲気に気圧されて、変な汗が出てきた。

 生唾を飲み込んでしまって、恥ずかしくなって顔を背ける。


「バ、バ、バカ? 馬鹿なんだろ……冗談でそういうことするなよ…… 」


 まったく、このアホの子は、本当に……もう俺たちは子供じゃないんだぞ。

 そういうの、変な感じになるだろ……。


 アルはそれを止めて、ケタケタと笑う。


「にひひひひ、びっくりした? 

 まあ、まるっきり冗談でもないけどね…… 」


 アルは俺の顔を両手で挟むと、有無を言わさずキスをしてきた。

 頬じゃなくて、唇と唇のキス。

 アルの舌が俺の中に入り込む。


 冷たい。でも、熱い。


 俺たちはほんの数秒で永遠のキスを交わした。

 ぬるり、と喉奥に滑り込んだ一欠片の舌が俺の嚥下と共に俺の中に落ちた。


 名残惜しい気持ちと共に、唇を離す。


 ふと見れば、アルの頬が紅潮していた。

 熱はなくとも、俺は確かにそこに熱を認めて、頭の中からソレを必死に振り払った。


 お互いに沈黙の数瞬があって、アルが俺のものになったのを感じる。


 契約は為された。


 俺は咳込むように立ち上がると、機械的に動き出す。

 大釜からスープを掬い、アルに差し出す。


「飲んでくれ……それから、アルはそっちの魔法陣に寝て…… 」


 アルが言われた通りに魔法陣に寝転がるのを認めて、俺は命令を下す。


「眠ってくれ…… 」


 安心させるように額に手を置いて、瞼が閉じられるのを待つ。


 数年ぶりのアルの寝息が聞こえる。


 アンデッドは基本的に寝ない。

 でも、契約を通して命令すれば眠る。

 実際に眠っているかどうかは分からないが、意識は混濁し、人が眠るのと同じような状態になるのは、実験済みだ。


「目が覚めたら、人間だ。

 バイエルさんとリートさん、それからモニカさんによろしくな…… 」


 俺はゆっくりとアルの頭を撫でた。



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