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団長補佐と副団長


 コウスとの戦争が終わり、ヴェイワトンネルが開通し、ワゼンとの交易が徐々に始まり、秋に収穫祭と忙しく過ごしていたら、もう冬の足音が迫って来ていた。


 アルが死んでから三度目の冬だ。


 今まで焦燥感と戦い、どうにか国を整え、自分の中で決着をつけるべく考えて来た。


 アルの進化。


 ルガト=ククチからヴァンパイアへ。

 これは同時に、ヴァンパイアから人間へと復活することを意味している。


 何故なら、ムウスの記憶を覗くことで既に答えを得てしまっているからだ。


 ここまでアルの進化を先延ばしにしてきたのは、状況を整えたかったからだ。

 そう、アルが生き返った後の状況だ。


 結果として、俺は犠牲者を俺以外に選べなかった。

 アルは生き返り、俺は死ぬ。

 ムウスの記憶を何度も反芻した。

 答えは同じだ。


 要するに愛とは、エゴなのだ。

 アルを生き返らせるのは俺であって、そこに知的興味も打算も要らない。


 これはヴァンパイアからの生き返りという実験ではなく、『愛の求道者ロマンサー』としての自己満足でしかない。




 魔術城、中庭。

 今、アルとクーシャが試合をしている。

 アルはいつもの全身鎧ではなく、冒険者時代と同じ軽装鎧姿だ。

 普通に顔が見える格好をしている。

 ひとつ、違うのは手甲だけは完全に手を覆うタイプの物を使用しているが、随分と隙間の大きな鎧姿だ。


 魔術城の中では今や公然の秘密として、アルは周囲に認知されている。

 さすがに本名はいかんということで、偽名『エル』として活動しているが、今のところ問題はなさそうだ。


「オーラソード! 」「ぽるた! 」


「おお、エル殿のサイキックの方が押している!? 」


 五議会スプー領主オルニオが顎を擦りながら感心する。


「剣技となればクーシャ殿に分がありますな」


 元・コウス王国銀輪騎士団、団長、現・銀罰騎士団、団長クライド・ポーテットが興奮したように解説する。


 そうクライド・ポーテットは現在、銀輪騎士団に所属していた者たちと共に銀罰騎士団と名前を変えてウチの国に所属している。

 クライド・ポーテットの証言はウチの国のコウスに対する抑止力として使わせて貰っている。

 コウス王国と金色の魔王、共闘の証を神殿に提出しないことで、ウチの国はコウス王国の優位に立てている。


 本来ならば暗殺などに留意しなければならない身だが、証言文があれば問題ないので、仕事をしたいと言う本人の希望に沿って、コウスの頃と似たような仕事をしてもらっている。


「エルちゃーん! 頑張れー! 」


「クーシャ、いけー! 」


 きゃいきゃい、と騒ぐのはアステルとメイ。

 どちらも五議会、相談役としてこの国の重鎮に名を連ねている。


 他にも五議会から、じいちゃん、クイラス。

 俺の近衛騎士としてデニー、スコーチ。

 商人代表オクト。

 その他、有力貴族がぞろぞろ、その護衛もぞろぞろ。


 なぜ、クーシャとアル〈エル〉が試合をしているかと言えば、死霊騎士団の副団長と団長補佐の地位争奪戦をしていたら、暇人たちがあれよあれよと集まって来てしまったからだ。


 クーシャが副団長でアル〈エル〉が団長補佐。

 ただ、アル〈エル〉の提案でちょくちょく地位争奪戦が行われている。

 正直、役職的に何が違うとかほとんどないので、二人の趣味みたいなものだ。

 まあ、クーシャの全勝だから、役職が代わったことはない。


 跳んで、走って、撃ち合って、打ち合って、激しく戦ったかと思うと、お互いに動きを止めて、ジリジリと近づく、隙を窺って緊張感が爆発しそうな静寂があるかと思えば、また激しく打ち合う。


 少し前まではクーシャの圧勝だったのが、今ではかなり僅差まで迫っているように見える。


 ギャラリーからの歓声がどよめく。


 クーシャの最近編み出した必殺技『袍翼点昇トライホーン』は左右にオーラソードを包み込むように放って逃げ場を無くし、そこに自身の斬り上げを加えることで確実に当てるという技だ。

 その『袍翼点昇トライホーン』がアル〈エル〉に迫っていた。


 アル〈エル〉はクーシャのオーラソードを前に出ることで躱す。

 だが、それはクーシャの斬り上げをくらうということだ。


「ああっ! 」


 観客から悲鳴が上がる。


 やられた、と思ったのだろう。

 アル〈エル〉はクーシャの剣を自身の剣で受け止める。

 それが功を奏したのだろう。

 アル〈エル〉の剣は半ばから断ち切られたが、身体を捻り、ギリギリでクーシャの剣を鎧で滑らせることに成功していた。


「まだです! 」


 近衛騎士のデニーが驚いたように声を上げた。


 クーシャとアル〈エル〉、二人の視線が交錯したと思うと、アル〈エル〉の蹴りがクーシャの横腹に入った。


 クーシャが体勢を崩し、地面に片膝をつく形で着地する。


「取った…… 」


 アル〈エル〉が呟いた。

 クーシャが顔を上げると、首筋に冷ややかな金属が当てられる。

 半ばから断ち切られたアル〈エル〉の魔導剣だ。

 柄頭には魔晶石がセットされていて、いつでも炎が噴き出す用意がされている。


 おおう……刃部分だけ付け替えれば済むけど、その刃部分だけでも、かなりのお値段……。


 俺は相変わらずなアルの所業に頭を抱える。


「参った…… 」


 クーシャが降参したことで観客が、ドッと沸いた。


「やった! 副団長! 副団長だよ! 」


「エルちゃん、おめでとう! 」


 アル〈エル〉がアステルと喜びあい、クーシャは一、二度剣を振って、具合を確かめてから鞘に納めると静かに言う。


「おめでとう。……しばらく副団長は預けておくよ」


 一礼して中庭を出ていった。

 アル〈エル〉も折れた剣を振って応えていた。


 あれは相当に悔しがってるな。

 なにせ外面を取り繕った結果、超級冒険者『ディープパープル』の爽やか喋りが復活していた。


 それにしても、ついにアルがクーシャに並ぼうとしているのか……恐ろしい。




 その晩、俺はアルを研究所に呼び出した。


「御用はなーに、ベル団長! 」


「浮かれてんな、副団長…… 」


「うっふっふっ、まあね。

 これで、ほら、式典の時とか横に並べるじゃない」


 ご満悦という顔のアルに俺は遠くを見つめる。


「えっとな……結成式の時は横並びだったけど、式典で横並びにはならないぞ…… 」


「え、なんで!? 」


 一瞬でご満悦だった表情がご不満な顔に切り替わる。


「いや、だって式典の時に俺は玉座だから…… 」


 そこで横並びになりたきゃ、王妃になるしかないんだが……まあ、それは今後も含め、叶わぬ夢か。

 言わぬが花だ。


 アホの子が口を開けて、ぱくぱくしていた。


「まあ、俺を守れる強さの証明をしたってことでいいんじゃないか? 」


「え? あ、うん、そっか。そうだよね……えへへ…… 」


「すげーよ。本当に…… 」


「ん? なに、急に褒めたりして? 」


 アルが真顔で聞いてくる。

 いかん、いかん。柄にもなく褒めたから、アルが訝しげになっている。


「さて、今夜、呼んだのは他でもない。

 アル、お前を進化させようと思ってな」


 ここには俺とアルしかいない。

 アルファもオルもケルもいない。


 本当の意味で二人きり。

 ながい、ながい夜の始まりだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱりそういうことになってしまうのか。
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