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本物の魔王に疎まれるとは、余程嫌われている。


 銀輪騎士団、団長、クライド・ポーテット捕縛。

 それは実質、銀輪騎士団が崩壊したことを意味していた。


「連れて来てくれ。話が聞きたい」


 ここ『ヂース領』の領主でもあるクラフトが命令を出す。


 会談の準備が整えられ、大きめの天幕に俺、クーシャ、クラフト、クラフト子飼いの貴族たちで手の空いている者が並ぶ。


 縄を打たれたクライド・ポーテットが引っ立てられるように連れて来られた。


 床に座らせられたクライド・ポーテットと俺の目が合う。


「ま、魔王め…… 」


 俺はため息を吐く。


「訂正しようかと思ったが、もういいや……好きに呼んでくれ…… 」


 コウスの国王が俺を魔王認定した以上、コウスからすれば俺は『魔王』だ。

 昔から他人に好き勝手な名前で呼ばれる身としては、訂正に余計な労力を割きたくなかった。


「何を偉そうに! 貴様は簒奪者で下衆な魔王だ! 正統性のない権威に人々がついていくと思ったら大間違いだぞ! 」


 クライド・ポーテットはここぞとばかりに俺を中傷してくる。


 仕方がない。オル・ケルでも出してびびらせるかと、考えていると、俺の横から物凄い威圧感が発せられ、クライド・ポーテットは黙った。

 俺の背中を冷たい汗が流れるのが分かる。

 殺気といえばいいのだろうか? 

 クーシャからクライド・ポーテットに向けて、強い意志が発せられている。


 俺のこの冷たい汗は、余波なのだろう。


 クライド・ポーテットは口を、ぱくぱくさせて、額から大量の汗を流している。


 すっ、とプレッシャーが消えた。

 クライド・ポーテットは項垂れるようにして、大きく息を吐く。


「な……何を…… 」


 クーシャは答えず、ただ俺に視線で促すだけだ。

 聞きたいことを聞け、ということだろう。


「昨日、金色の魔王を名乗る一団がヂース南に現れた。

 知っているか? 」


 クライド・ポーテットの肩が一瞬だけ動いた。

 怪しい。


「知らん……だが、本物の魔王に疎まれるとは、余程嫌われているようだな簒奪者め……。

 それで金色の魔王は放置でいいのか? 

 それとも人々を見捨ててアンデッド化してから支配すればいい程度に考えているのか? 」


「いや、もう壊滅させて来た。

 金色の魔王を名乗ってはいたが、偽物だったしな」


「は? 偽物? 」


 クライド・ポーテットの動揺があからさま過ぎる。

 クーシャの殺気に当てられたからか、平常心が保てていないのだろう。

 畳み掛けるなら今だ。


「ああ、偽物の小集団だった。金色の魔王の姿もなかったしな。潰すのは簡単だったよ」


「そんなバカな…… 」


「何がバカなんだ? 予定が狂ったとでも?」


 俺の疑いの目に気付いたクライド・ポーテットは咄嗟に顔を背けようとしたが、それは不味いと思ったのだろう。

 引き攣った笑顔で俺を見て言う。


「ははは、なあに、金色の魔王を名乗るなどと正気の沙汰じゃない。そんなバカなやつが居てたまるかと思っただけだ…… 」


「だが、こうして俺はここにいる。

 それが意味するところは分かるんじゃないか? 」


「……さあ、分からんな」


 随分と汗だくな答えだ。

 完全な言質は取れなかったが、『コウス』と『金色』の魔王の間に何らかの取引があったと見て間違いなさそうだ。


「本当に分からないか? 

 分からないなら教えてやるよ。

 お前らは負けたんだ。金色の魔王が俺のアンデッドたちを引き付けている間に実効支配してしまえば何とかなる程度の算段だったとしたら、お粗末もいいところだ。

 金色の魔王はお前らを利用して、俺のアンデッド軍団を削れればいいくらいにしか思ってなかったぞ。

 だから、金色の魔王は自分の操る偽物を立てて俺たちに向かって来た。

 お前らも、金色の魔王も俺の力を過小評価し過ぎだよ。

 そんなに暗愚に見えたか? 」


「ど、どういうことだ! 

 金色の魔王は現れたのか? 現れなかったのか? 」


「気になるか? 」


「べ、別に…… 」


「何故、ムキになった? 

 金色の魔王が現れて、その上で負けたんならお前たちの作戦が崩壊するからか? 」


「…… 」


 クライド・ポーテットはだんまりを決め込むことにしたらしい。

 ちなみにクラフトと子飼いの貴族たちはざわついている。

 まあ、『コウス王国』と『金色の魔王』の共闘となると、『コウス王国』にとって致命的な失態だからな。

 でも、これ以上はクライド・ポーテットが喋ることはないだろう。

 言質を取られたら『コウス魔王国』の誕生だ。

 コウスの銀輪騎士団長という責任ある立場だ。簡単に国を裏切る訳もない。


「おい、クラフト。こいつの縄を切ってやってやれ」


 俺は命じる。


「お言葉ですが、この者の縄を解くのは得策とは思えませんが…… 」


 クラフトは冷淡な瞳でクライド・ポーテットを睨む。

 このまま拷問してでも吐かせてやるとでも言いたそうだ。


「いや、もうこれ以上は喋らないだろうよ。

 何しろ銀輪騎士団の団長様だ。

 地位も名誉もある身だぞ。拷問したところで、信じるのはウチの国の人間だけだぞ」


「だとしてもです! ここでハッキリさせておかないと…… 」


「いいや、違うな。こいつの態度が物語っていることは分かるだろ? 

 つまり、俺たちが今後取るべき対策はハッキリしている。

 それに相応しい軍事力は俺が示した。

 何が足りない? 」


「ですが、証言が取れれば他国との連携も可能になります」


「国として出来たばかりの俺たちの言葉がどこまで響く? 

 しかも、取った証言が拷問の末のモノだとしたら、信憑性を疑われるぞ。

 おそらく手を貸してくれるのは、俺たちの国を食い物にしたい奴らだけだぞ? 

 そういう奴らから国を守るのも、俺たちの仕事のはずだ」


「それはそうかもしれませんが、縄を解く理由も必要もないと考えます」


 クラフトはもう少し物分りがいいタイプかと思っていたが、意外と形式に拘るのか。

 いや、俺の真意が伝わってないのか。


「さっきヂース南の異変について尋ねた時、こいつが何て言ったか覚えてるか? 」


「ええ、正式に譲渡するとコウス国王から言質を取ったにも関わらず、我が王を簒奪者と呼びました」


「その前だよ、前」


「ええと……本物の魔王に疎まれるとか何とか…… 」


「それな。本物の魔王に認められない俺って、何だと思う? 」


 俺は我が意を得たりと、指を弾く。

 クラフトは少し考えて言う。


「……偽物? 」


「そう! つまりこいつは俺が魔王と呼ばれてはいるが、心の中では魔王だと思っていないってことだ」


「…… 」


 クライド・ポーテットの瞳が左右に揺れたのが分かる。

 それにクラフトは手を打って、こちらへと視線を向けて来た。


 お、伝わったか。


「……なるほど、では銀輪騎士団所属の者は全員解放と致しましょう! 

 理由はそうですね……コウス国王に騙され、真実に気付き、ヴェイル国王は魔王ではないと証言したから、としましょうか」


 クラフトは俺の真意を見抜いて、更なる提案をしてきた。

 いいじゃないか。


 このままクライド・ポーテットが解放されれば、何故、解放されたのかがコウス王国で問題となるだろう。

 クライド・ポーテットがどう言い繕っても、解放された事実だけは残る。

 さて、あの保守的で猜疑心の固まりみたいなコウス国王がクライド・ポーテットを放っておくだろうか? 


「きっとコウス国王のことだ。笑って許されるんじゃないか? 

 銀輪騎士団が無事に戻ることの方がコウスのためにはいいだろうしな」


 俺は付け加えておく。


 クライド・ポーテットは自分の失言が何をもたらすのか、ようやく気付いたようで、顔を青ざめさせた。


 暗殺とか、無茶ぶりで失点とか、クライド・ポーテットは気をつけなきゃな。


「ま、待て! 私はお前が偽物の魔王だなどと、ひと言も言っていない! 」


「でも、本物の魔王に疎まれているとは、言った」


「ぐっ…… 」


 いや、そこで黙ったら認めているのと同じだぞ。


「だから、お前は解放される。金色の魔王との繋がりを疑った俺に、ひと言も話すことなく、俺を簒奪者だと糾弾してみせた。

 他国の者ながら、死を前にして立派な行為だと思う。

 唯一の失言だったな。クライド・ポーテット。

 だが、そのひと言が俺たちの国で語り継がれるだろう」


 分かるよな? 作戦失敗。俺は『金色』に釘付けにされることなく、早々に戻ってしまった。


 クーシャの速攻が功を奏したと言える。

 俺が現れて、舞い戻るように去って、それをコウス側が確認する前にクーシャが仕掛けた。

 それだけではなく、俺が翌日には戻って来てしまった。

 『金色』が用意した勢力を潰して。


 ウチの死霊騎士団を数に入れなければ、数の上ではコウス側の勝ちは揺るがなかった。


 それがハッキリした所で攻めたかったのだろうが、その前提は崩れた。


 コウス国王は誰に責任を求めるんだろうな。

 ウチの国内では大々的に宣伝させてもらう。

 銀輪騎士団・団長クライド・ポーテットの高潔さというやつをな。


 クラフト子飼いの貴族の一人がクライド・ポーテットの縄を解く。

 クライド・ポーテットはその瞬間に土下座をして、額を床に擦り付けた。


「待て! 待ってくれ! お前は俺を、俺の名誉も命も全てを奪うつもりか!? 」


「そんな訳ないだろ。俺はお前の高潔さを我が国に語るだけだ。

 その為にこうして、お前とお前の騎士団を解放してやると言っているんだ」


 俺はわざとらしい態度でクライド・ポーテットを慰める。


「このまま国に帰れば、俺は地位も名誉も奪われて、惨たらしく死ぬ! 

 ポワレン様がどういった気性をお持ちか、お前が一番知っているのではないのか!? 」


「ああ、表で笑って、裏で保身のために手を回す。俺がやられた手だな」


 思い返すと自分の馬鹿さに笑ってしまう。


「ならば、俺を殺せ! お前に情けがあるならば! 」


「俺に情けがあると思う? 」


「頼む! 王都には俺の守るべき妻と娘がいるのだ! 」


「守りたいものがあるのか…… 」


「ああ、命をかけてでも! 」


「なら、ウチに来るか? 」


「あ……それは……俺にコウスを捨てろ、と…… 」


 俺はゆっくりと頷く。

 クライド・ポーテットはなんとも複雑な表情をしていた。

 クラフトは俺を驚きと共に見て、考え込むクライド・ポーテットにまた驚いていた。


 しばらく考え込んでいたクライド・ポーテットは顔を上げる。


「妻と娘はどうなる? 」


「連れてくればいい」


「銀輪騎士団は? 」


「賛同者は助ける。説得できるか? 」


「あ、ああ、やる。すまないが、紙とペンはあるか? 」


「用意してやれ」


 クラフトが紙とペンを用意させた。

 クライド・ポーテットは何かを書き付けた後、自筆のサインを入れて、恭しく俺たちの前に差し出した。

 それは『コウス王国』と『金色の魔王』の間に共闘の密約があったと証言するとあり、妻と娘、銀輪騎士団の賛同者の助命を条件に、以後『ヴェイル王国』の麾下に入るという宣誓書だった。


「これで信じて貰えるだろうか? 」


「我が王、これは国際的に正式な書面です。

 同意なさるならば、サインを…… 」


 書面を読んだクラフトが太鼓判を押す。

 国際的に正式な書面の書き方というのは、俺の知識になかったが、クラフトが認めるならばそうなのだろう。

 この紙一枚で、クライド・ポーテットの覚悟が分かる。


「分かった。コウスからの脱出には出来うる限りの協力を約束する」


 俺は言われた通りに書面にサインを入れた。




 クライド・ポーテットは、一度捕まったものの、銀輪騎士団の大多数の配下と共に脱出したということになる。

 コウスに戻り、家族などの保護すべき者たちを連れてコウスを脱出、ヴェイル王国で保護ということになった。

 その際の護衛、兼監視として『トルーパー』のゴースト十五体〈これしか残っていなかった〉を派遣することにした。


 結果はほぼ完璧と言えるものだ。

 ただ、残念ながら銀輪騎士団の賛同者の中に三名ほど裏切った者がいて、しかし、彼らはコウスに注進することなく『トルーパー』によって不慮の事故にあった。


 今回の戦争の結果は捕虜二千数百名。


 落とし所は当初の予定通り、通商条約、和平条約、それと捕虜返還の身代金という形で終わりを告げた。

 条約は文章化した上で、調印と同時に神殿や他国、冒険者互助会、商人組合などの主要組織に一斉に伝える形を取った。

 これにより、国際的に俺たち『ヴェイル魔術王国』の名が知れ渡ることとなったのだった。


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