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安全地帯?デニーの報酬!

『安全地帯』と呼ばれるここは、蒼い幻想的な光に包まれている。

今日はこのままここで休んで、明日にはここの灯明苔を採取、それから来た道を辿って帰る予定である。


俺とミアンはデニーから色々と冒険のイロハを学ぶ。

『安全地帯』でも見張りを立てるのは、一番怖い人間から身を守るためだとか、時間感覚が分からなくなるから、灯りをいくつ使ったか覚えて、それを計るといいとか、携帯食の美味しい食べ方や、別の冒険者と出会った時のマナーや守るべきことなど、基本を色々と教わる。

本で読んで知っていることもあれば、知らないこともあったので、俺としてはそれなりに楽しい時間を過させてもらったという感じだ。


本の知識の信憑性を自分で確かめるというのも悪くはない。


今の俺たちは教わった食べ方で携帯食糧とシャンデリアバットの焼肉を食べている。


「なるほど……『火の異門招魔術』なら薪が無くても火が使えるとはね……」


「温かいものが食えるってのは大事だろ!」


デニーが驚いたように言うのに、俺が応える。


「それよりも、このお皿よ……」


「重ねて山を二つ作って、肉焼き台になるし、スープも飲める。

『ケイク』みたいに全体が作られたようなダンジョンだと、床石は平坦で冷たいから休むのも一苦労だからね。

本当にありがたいよ!」


俺はもう隠すこともないと、『皿の異門招魔術』を使って色々とやった。

ミアンは多少なりとも人間的な生活がダンジョン内で送れることに驚いていた。

デニーも終始にこにこと『異門招魔術』の素晴らしさを讃えていた。

まあ、俺の『異門招魔術』で誰かが喜んでいるというのも、悪くない。


それから、見張りを交代しながら俺たちは休む。

仮眠程度だが、徹夜慣れしている俺としては大して問題なかった。

ミアンは少し眠そうにしていた。

デニーが魔導具使いらしく、水の魔導具を取り出し、魔石を使い潰しつつ水を補給、俺とミアンは灯明苔を採取して終了する。


帰りは概ね順調だった。

強いて言うなら、地下一階のボス部屋ことモンスタールームの魔石採取が大仕事だったくらいだろうか?

丸々全て残っていた。

他のモンスターに荒らされることなく、他の冒険者に荒らされることなく、冷たい石畳を溶けだした氷水でびちょびちょにして百以上のモンスターの死骸がそのまま残っていた。

面倒くさいとは思っても、素材採取は冒険者にとって貴重な資源だ。

全員で魔石をほじくり出した。

俺はデニーからナイフを借りて、魔石の取り方を教わりながらやった。


そうして、『ケイク』のダンジョンから出た時は、既に夕暮れ時になっていた。

ダンジョン前の簡素な小屋で、ダンジョンから出た手続きを済ませ、テイサイートの街へと向かう。

全員の荷物は結構な量になっていた。

魔石、クズ魔石、クズ水魔石は併せて百四十個、小石が百四十個あれば、普通に重い。

シャンデリアバットの肉、二十匹分。

本来なら捨てて行きたいところだが、ミアンの金欠を考えると捨てる訳にもいかない。

お人好しのデニーが自分はお金はいらないと言いながら、一番素材を運んでいるので、俺は運ばないとは言えなくなってしまったので、仕方なく俺も運んでいる。

本来、もっと稼ぎのいいダンジョンに潜っているデニーも、普段ならシャンデリアバットの肉は捨てていく程度の物なはずだが、文句ひとつ零さない。

正直、デニーにしたら、完全にタダ働きで、それでいいのか?と聞いてみる。


「楽しいんだ。ヴェイルもミアンも、最初はぎこちなくって、でも、冒険に胸を躍らせている。

知らないことに会える、不思議に挑む。

そんな冒険者の醍醐味を再確認できる。

だから、僕は満足してる……」


「金じゃなくて、心を満たしたい、みたいなことなのか?」


それは、俺が新しい本と出会い、それに熱中する様に似ている。

俺が読書の時間を大事にしているように、デニーは冒険者の時間を大事にしているということなのだろう。


「まあ、そうだね。こんなこと言うと嫌味に聞こえるかもしれないけど、僕が仲間たちと冒険に出れば、今の君たちの何十倍も稼げる。

もちろん、危険もそれなりだけどね。

でも、安定した役割、決まりきった働きだけを続けていると、ワクワクなんて消えちゃうよ。

だから、君たちと冒険に出るのは、僕のワクワクを補充するって意味が大きいかな?

そういう意味では、報酬はもう貰ったようなものだしね!」


ああ、と俺は納得する。

最初に読んだ本から得た感動を読み直しているんだ。

新しい本であると同時に、最初に読んだ本の読み直しでもある訳か……つまり、改訂版の差異を見つけて、そうなることで全体の読み味がどう変わったかを知る。

オタクの喜びみたいなものだ。

俺はデニーを見て、同志を見つけたみたいな顔で言ってやった。


「変なやつ……」


デニーはちょっと驚いたような顔をして、それでも悪い気はしなかったのだろう。


「それ、褒め言葉みたいに聞こえるね!」


ニヤリと笑って言うのであった。


「まあ、正直、今回は本当に嬉しい冒険だよ。

本物の魔術も見られたし、当分見られないと思っていた別の『異門招魔術』も見せて貰えた。

報酬の貰いすぎなくらいだよ!」


嬉しそうにデニーは語る。

それから、デニーは自分がいかに魔術に憧れているのかを、滔々と語っていた。

まあ、魔術は努力と研鑽の賜物の割に使いどころが限られているため、目指す者は少ない。

そもそも、習うためには莫大な金が必要だったりする。

主に師匠の研究費的な意味だが。

どこの魔導士ウィザードも、秘密を解き明かしたくて仕方ないのだ。

デニーは裕福な出自ではないから、魔術に触れる機会がなかった。

魔術を知ったのは冒険者互助会で講習を受けた時らしい。

その時に受けた衝撃が相当大きかったらしい。

そして、冒険者に魔導具使いと呼ばれる職業があると知って、それを目指した。

だが、やっぱり魔術は憧れなんだ、みたいな話を延々と語っていた。


辺りはすっかり暗くなっていて、それでも街道沿いに歩くだけだから、あと少しで街の入口だからと、俺たちは休まず歩く。

夜になると街には入れないが、街道沿いで一夜を明かすくらいなら、街の灯りのある門前の方が安全だ。

だから、という訳ではないが、運が悪かったとは言える。


ぐるぐるぐる……と獣の唸りが聞こえた。

俺たちが持ち歩くシャンデリアバットの肉の匂いでも嗅ぎつけたのか、目の前に刃竜狼ブレードディノウルフが立ち塞がった。

刃竜狼ブレードディノウルフは、竜狼ディノウルフの亜種で、背中の突起の形が違う。刃状なのだが、竜狼ディノウルフよりも個体数が多く、分布域も広い。

だが、竜狼ディノウルフよりも弱いとされている。


「ああ、松明の火も用意しておけばよかったね。

つい、『異門招魔術』が楽しくて、基本的なことを忘れてたよ……」


「え?」


俺がデニーに聞き返す。

後ろを歩いていたミアンが慌てたように叫ぶ。


「こ、こっち……こっちにも……」


そりゃそうだろ、と俺は思う。

刃竜狼ブレードディノウルフは群れで狩りをするモンスターだからだ。


「夜道は松明も併用した方がいいね。松明の火があれば、刃竜狼ブレードディノウルフは滅多に寄ってこないから……」


デニーとしては、まさしく失念というか、普段と勝手が違うからそうなってしまったという感じだった。

ちなみに、松明の火も絶対というほどではないのだと、言葉から理解できる。

なるほどな、と俺が感心していると、ミアンが情けない声を出す。


「そんな……デニーさんは赤ななつなのに……」


「いや、別にデニーのせいって訳じゃないだろ……俺たちだって冒険者バッヂ貰ってるんだから……」


俺が辺りを見回せば、左手の薮の中にも光る目が二匹分見える。

前後を塞ぎ、片側から寄せていけば右手側の森に逃げなければならない。

敵を動きにくいフィールドに誘導して、自分たちが動きやすい森の中で仕留めようという魂胆なのだろう。


「デニー、ミアン、俺の方を見るなよ!」


じりじりと包囲を狭めてくる刃竜狼ブレードディノウルフに意識を払っているので、大丈夫だと思うが、一応、声をかけておく。


「ちょっとだけ、裏技を教えてやるっ!」


俺はデニーから渡されている光の魔術符を頭上に掲げる。

と、同時に左手側に一歩寄ることで、注意を引きつけると、魔術符を破る。

内包されているオドが一気に消費され、光の球が目潰しになる。

ギャヒンッ!

刃竜狼ブレードディノウルフたちが悲鳴を上げる。


「今だ!」


デニーとミアンの背後で眩しい光が起きたのは理解できただろう。

そして、それによって苦しむ刃竜狼ブレードディノウルフも見えている。

一気呵成にデニーとミアンが躍りかかる。

俺の出番はもうなかった。ありがたい。

でも、荷物が増えたのはありがたくなかった。


「い、今のは?」


ミアンが聞いてくる。


「まあ、魔導士なら分かることなんだけど、裏技みたいなもんだよ」


「どうやるの?」


「発動してる魔法陣を壊す。『異門招魔術』で言うなら破く。

それだけ。」


「それ、だけ……?」


「それだけ。」


「そんな使い方があるんだ……」


デニーも驚いていた。

『火の異門招魔術』を最初に使った時にやっているのだが、二人ともその時は理解できていなかったらしい。


「まあ、デニーへの報酬の上乗せみたいなもん?

どうせ、誰かが気付くだろうし、それが少し早くなるだけだし……」


「嬉しいよ、ヴェイル。ありがとう!」


デニーの瞳がキラキラしていた。

よし、今なら言える!


「じゃあ、この素材を運ぶのは二人に任せるよ!」


「うん、それは無理だね!」


「馬鹿じゃないの?」


即答された。


「いや、ほら、俺は二人より体力ないから……」


「うん、それは無理だね!」


「馬鹿じゃないの?」


同じことを二回言われた。

それ、大事なこと?と、思いながらえっちらおっちら俺は増えた荷物を運ぶのだった。


テイサイートの街の入口はやはりもう閉まっている。

街に入れなかった人たちが集まる場所というのがあって、俺たちもそこで一晩過ごすことにする。

冒険者だけでなく、一般の人たちも集まっている。

街の衛士も城壁の上からそれとなく見回りをしているので、ここで問題を起こす馬鹿はいない。

モンスターも余程のことがないと近付かないので、まあまあの安全は確保できる。


冒険者は交代でそれぞれ見張りに立っている。それがここでの暗黙の了解というものだとデニーが教えてくれる。

街の役に立っているというポーズも重要なことらしい。

一般的な旅人なんかも、その辺は理解していて、多少の余裕がある人なんかが温かいスープを振舞ったりしてくれる時もある。

なんだか平和な光景だ。

まあ、モンスターという脅威があるからこその平和だと思うと、皮肉ではある。


そうして、陽が登って入口の門が開くと人の往来が始まる。


俺たちは冒険者互助会に真っ先に向かう。

先に素材の売却をして、それから依頼品の納品をする。

街中であれば、依頼を受けた冒険者が依頼主に直接届けたりもする。

俺たちのような臨時パーティーだと、ただ面倒なだけだが本格的にパーティーを組んでいる冒険者たちは、これをやりたがる。

顔を売っておけば、指名依頼に繋がったりするからだ。

納品が終わる頃には、売却素材の査定も終わり、まとめて報酬を貰えば、ひとつの冒険の終わりだ。

全て併せて、百八十ジン三十ルーンになった。

これをミアンと俺の二人で分けて、一人九十ジン十五ルーン。

これには冒険者互助会の職員が驚いていた。

魔石を百四十近く持ち込む冒険者というのは、かなり稀らしい。

してみると、これはデニーの仕業じゃないかと思って、デニーを見てみる。


「まあ、なるべくモンスターと遭遇しやすいルートにしたのは確かだよ。

モンスタールームは偶然だけど、ね!」


ウインクされた。

考えてみれば、『色なし』冒険者が受けられる依頼のはずなのに、一階のモンスタールームに行くまでに五十近い魔石を俺たちは持っていた。

モンスタールームの件がなければ、それでも九十近い魔石を獲得していたということになる。

なるほど、デニーはこの冒険で俺たちを限界まで鍛えてやろうとでも、思っていたようだ。


後日知ることだが、冒険者互助会に『冒険者心得指南の書』があると知って読んだところ。

『色なし』冒険者はダンジョンに潜る時、他の先輩冒険者に頭を下げて、荷物持ちとして同行させて貰うのが一般的だったらしい。

『色なし』の内はそうして、先輩冒険者の所作なんかを見せて貰いつつ、安全を確保するものだったそうだ。


まあ、ある意味、指南書通りに仕事をしたようなものだが、ひとつだけ違うことが書いてあった。

『色なし』の内は無理にモンスターと戦わないこと。

デニーはお人好しだが、結構スパルタ教育タイプだったらしい。


あともうひとつ、初めてアルに連れられて冒険者登録した時、職員が色々説明しようとしたのを遮って、アルが色々と教えてくれたのだが……冒険者互助会に小さいながらも図書館が併設されていることを俺に教えなかった。

ぐぬぬ……はかられた……ちくせう。


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