これ直るかな? クーシャ殿が……
信じて待つ、か。
アルファの言に従って、トンネルから外に出たが、どうにも落ち着かない。
そもそもアルの本性と言われても、ピンと来ない。
だが、ルガト=ククチの本性というなら分かる。
吸血鬼は、吸血鬼だ。モンスターであって、人間に近しい姿をしているが、霊体と肉体を行ったり来たりできてしまうアンデッドであり、生物の血肉を求めてさまようのが本分だ。
アルをそういう姿のアンデッドにしてしまったのは俺なので、受け入れるも何もないんだが、そういうのが恥ずかしいとでも思っているんだろうか?
アルも難儀な性格してんな。
ああ、昔から格好つけるタイプか。
アルファにアルを見守るように頼んだから、問題が起きそうならアルファが動くだろう。
トンネルの外では鰐人モンスター『カイマンヘッド』の掃討戦が大詰めになっている。
空を確認すれば月光に照らされたアンデッド同士の空中戦もやはり大詰めに差し掛かっているようだ。
「ベル様! ご無事でしたか! 」
『トルーパー』に守られた現場監督たちが俺のところに駆けてくる。
「ああ、お前たちも無事で何よりだ」
「は、はい! 」
ポロやサンリ、リザードマン・デュラハンズたちが少しずつ俺の前に集まって来る。
「あ、あの、それで魔王のやつは……? 」
「ああ、あれは魔王じゃなかった。その偽物ってとこだな。もうすぐ…… 」
そう言ってトンネルを振り返った時、トンネルからゾロゾロと人が出てくる。
ウピエルヴァンパイアたちだ。
それからアル。
「アル! 」
「ベル。ねえ、これ直るかな? 」
アルは鎧だった金属片を見せて俺に言った。
「無事だったか…… 」
俺は胸を撫で下ろす。
「アイツは終わったよ。トンネルはちょっと傷つけちゃったけど……私って強いでしょ? 」
はにかみながら指を二本立てて勝利を告げるアルに俺は苦笑交じりに答える。
「アルが無事ならいいよ…… 」
「むー、反応が素っ気ない…… 」
「アルのことを信じてたって、心配なのは変わらない……分かれよ」
「もっと持ち上げてくれてもいいんだけどな」
「やなこった。アルが調子に乗ったらろくな結果にならないのは分かってるからな」
とはいえ、何もしないでいてもデコピンなのは分かっているので、俺は懐から『人工霊魂』を渡して、さらにアルの鎧だった板金をひったくるように取った。
「うわ……ぐちゃぐちゃじゃん……無理だろ……これは…… 」
切れ、割れ、罅もひどく、裏返るような叩かれ方をしている部分はどうにもならない。
全身鎧の中でも、素材として残せるのは二割もない。
「ダメ、かな…… 」
やめろや、そんな哀しそうな顔で聞くなよ。
「ぐっ……な、なるべく努力はする……でも、期待すんなよ! 」
「うんっ! 」
ちくせう。満面の笑顔もダメだ。
俺は鎧職人じゃないんだぞ!
でも、昔の鎧にもあれだけ執着してたアルだしな……ダメになったから新しいの、とはいかないんだろう。
はあ……今以上の防御力がないと鎧が役立ってないんだよな。
戻ったら、オクトに相談だな。
俺は簡易テントを立てて、現場監督たちを休ませてやったり、被害状況を見聞していたら朝がやってくる。
朝日を浴びた瞬間にトウルが復活〈エインヘリアルとしての能力〉したり、掃討戦がようやく終わったりと色々あったが、現場監督たちを城へと送り出して、ようやくひと段落ついた。
トンネル内の歪皇帝鬼の亡骸は触れた瞬間に砂のように、サラサラと消えていった。
アンデッド化して乗っ取られて、そのまま消滅というのは、少しだけ俺に無情を感じさせたが、それも束の間、俺はアルと二人、『武威徹』を使って、クーシャたちの待つ戦場へと急いだ。
陽が中天に差し掛かる頃、俺はそれを見た。
戦場を飛び回る四匹の竜の編隊。
逃げ惑う人々を容赦なく焼き、凍らせ、貫き、切裂く。
あちらこちらで白旗がたなびき、それを捕虜とすべくクラフトの軍が忙しく働いている。
俺たちが陣を張った場所は、拡張され補強され、臨時の捕虜収容所になっている。
空を行く竜の編隊に向けて、森の木々の隙間を縫うように連続して火球が放たれる。
竜たちはそれを羽ばたきひとつで跳ね返し、跳ね返った火球は森の木々を巻き込んで燃え盛る。
森から逃げ出した動物たちに混じるようにコウスの近衛騎士たちが出てくると、そこにすかさず氷礫なり、石礫なりが飛ぶ。
一方的な戦場だ。
既に敵戦力は兵士も騎士も入り交じってしまって、部隊的な連携は局所的にしか為せなくなっていて、全軍遁走していないのが不思議なくらいだ。
俺たちがクラフトの陣に着いた時、竜の編隊からクーシャを乗せた腐風竜が一匹だけ飛び出してくる。
ぶんぶん、と両手を振ってこちらにアピールしてくるクーシャに、アルも大きく手を振って応える。
いちおう、俺も片手を挙げておく。
クラフトの目の前に『武威徹』を停めて、聞く。
「どうなってる? いきなり本格的な戦闘が始まったのか? 」
「は、いや、それが、そのう……クーシャ殿が…… 」
「ん? クーシャが? 」
「ええ、はい、その…… 」
クラフト曰く。
俺たちが去った直後に、クーシャが『ドラゴンゾンビ四天王』と共に『銀輪騎士団』を強襲。
『銀輪騎士団』側がこちらも様子見に徹していると見て、油断していたらしい。
陣内を四分五裂させられた『銀輪騎士団』を見て、『コウス軍』の兵たちが動揺、慌ててクラフトたちも突撃、そこからクーシャに引っ張られるように昼も夜もなく戦うこととなり、『コウス近衛騎士団』が寄せて来るも、一度足並みが揃わなくなってしまったコウス側は、散発的に抵抗を示すのが精々で、次々と『ドラゴンゾンビ四天王』の餌食になっているというのが現状らしい。
クーシャがそんな無謀な行動に出るのは珍しい。
置いていったことに腹を立てたのだろうか?
クルクル、しゅたっ! っとクーシャが俺たちの目の前に飛び降りて来た。
「ベ、ベルくん! ま、魔王は? 」
「操られた偽物だった。倒してきたけどな」
クーシャが、コクコクと頷く。
「なんかいきなりクーシャからアイツらに襲いかかったって? 」
「は、早く団長と合流したかった、か、から…… 」
お、おう。俺たちの後を追いかけるために無謀な突撃を仕掛けたのか……いや、結果的には無謀ではなく、クーシャとしては勝算があってのことなのかもしれない。
クーシャの力量を見誤っていたってことか。
「その……置いていって、悪かったな……ごめん」
俺は素直に頭を下げる。
クーシャは、プルプルと否定して、はにかむように笑う。
「ぼ、僕の我儘だから…… 」
それから、照れたのか頬を掻いていた。
なんとも言えなくなった俺も頬を掻いて、それから戦況を眺めた。
「このまま勝てそうだな…… 」
そう言った時、伝令が俺たちのところに来て跪く。
「申し上げます。
銀輪騎士団長、クライド・ポーテットを捕らえました! 」
「おお!我が兵士たちが武勲を上げたか! 」
クラフトが喜色も露わに歓声を上げた。