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熱波の息吹! 弱くはないぞ。


 まずい! そう思った時に、幾つものことが同時に起きた。


 目の前に迫る斬馬刀の一撃。

 それを止めるべく、アルとアルファのポルターガイスト能力が発動し、俺が乗っている大角魔熊プラステロメアの影から、オル・ケルの放つ影の壁がせり上がる。

 背後に控えさせていた改造軍服姿の魔神と霊の集合体であるレギオンが、斬馬刀の主である歪皇帝鬼オーガ・ディストーションエンペラーアンデッドの身体をそれぞれに抉った。


 歪皇帝鬼アイツの牙が並んだ口からドス黒い血が溢れる。

 斬馬刀があちこちからの攻撃に耐えかねて、ひしゃげ、砕け、吹っ飛ぶ。


「ごっ……ふっ…… 」


 アイツが倒れそうになるのを堪えて、後ろに飛んだ。


「ぶう……あばない、あばない……まだ届かないとは、なかなか厳しい…… 」


「ヌゥ……ワガシュシンニ、ブレイナッ! 」


 見ればエインヘリアルのトウルは片腕を斬られていた。

 アイツの手には、砕けたのとは別の血塗れた斬馬刀がある。

 もしかして、トウルが身を挺して守ってくれたのか? 


 アイツの抉れた腹の肉が、ぶくぶくと泡立ち、傷が回復していく。

 オーガ種とアンデッド種の回復と再生が発動しているようだ。


「まあいい……今回は数を減らすのがメインですからな」


「どういうことだ、ハイン卿! 」


 俺は叫ぶ。


「どういうもなにも、そのままの意味ですな。

 死霊術士ネクロマンサーである貴方の力を暴き、次への布石をうつ。

 あわよくばディープパープルとの再戦も望みでしたが、まあ、それはいい……。

 我が望みは真なる強さ。神殺しには時間が掛かるものでしてな……。

 ああ、それはそうと、我のことは『金色ゴールデンドーン』とお呼びいただきたい」


 『神殺し』か。

 やれるもんなら、ぜひよろしく〈おもに主神〉とは思うが、そのためのステップアップ餌食にされるとか、勘弁願いたい。


「わざとだよ…… 」


 俺は答える。それから、トウルとレギオンに突撃を命じる。

 コイツは数で押しても効果がないと分かってしまったからな。


 トウルが銀杯を飲み干して、斬られた片腕をくっつけると、赤黒いオーラを噴出させながら走り、レギオンは人の顔が連なり鎖のように伸びる霊体で『金色』を取り囲むようにポルターガイスト能力を放つ。


「オマエ、バンシ! ナンドモ、コロス! 」


 トウルはその身体能力の高さを活かして、トンネル内を縦横無尽に動き回って、『金色』を乱そうとする。


 『金色』は迫り来るポルターガイスト能力を、ヤツ本体が持つ回復・再生能力に任せたようで、最低限の回避は見せるものの、その殆どを身体で受け止めていく。

 意識はトウルへと向かっているようだ。


「ええ、でしょうな。まるで人間として生きていた頃の気持ちを思い出せば、隙が生まれるだろうと、勘違いしているようでしたので、お教えしておきますが……我の目指す先は最初から変わっておりませぬ故、そのような戯れ言は無駄だと知るべきですなっ」


 『金色』が斬馬刀を振るう。

 歪皇帝鬼の身体能力だからか、俺の目には斬馬刀を振った後の残心しか見えなかったが、トウルは左足首がなくなっていた。


「クッ……マダダ! 」


 トウルは左足首をそのまま大地に降ろし、踏み込みジャンプと共に拳を振るう。


 アイツの心臓横、魔石があるだろう部分にトウルの拳が突き刺さる。


「はずれですな」


「マセキガ……ナイ…… 」


 『金色』の口が、ぱかりと開いた。


「伏せろ! 」


「熱波の息吹タウティ! 」


「オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォ…… 」


 俺は叫んでアルの前に出る。

 熱波が俺たちのところまで届く。


「いかがですかな? 

 我が奇跡を乗せたオーガの皇帝による灼熱のブレスのお味は? 

 ……おや、もう返事もできませんか? 」


 全身を真っ黒にしたトウルが歪皇帝鬼につままれて、捨てられる。

 レギオンも断末魔を残して消えていた。


「奇跡……神を殺すと叫ぶお前が、神を信じるのかよ…… 」


 悪態をつく俺に『金色』が笑う。


「ええ、でなければ神殺しは成立しませんからな」


 神を信じることと、神を殺すことが同時に存在する意識、それはもうちょっと精神的におかしいんじゃないのか? 

 神が為すことを信じ、その上で神を殺したいと願う……もうそれは偏執狂の愛とでも呼ぶべき意識だ。

 正直、俺には理解の及ばない世界の話だな。


「……少しだけ、分かるよ」


 ええっ!? 

 俺は思わず、アルを見た。

 アルは哀しそうな瞳を、それでも『金色』へと向ける。


「理解していただく必要はないですな」


「可哀想…… 」


「ふむ……的外れな憐れみは不愉快ですな…… 」


 一瞬だけ『金色』の表情が歪んだ気がするが、俺の気のせいかもしれない。

 それはさておき、これで奇跡を二発使った。

 アステルを見ていて分かるのが、奇跡の行使はオドだけでなく、体力も精神的にも消耗するということだ。


 トウルは戦闘不能になってしまったが、最後に「魔石がない」という情報を残した。

 歪皇帝鬼はアンデッドだ。魔石がなくても動けることは動ける。

 しかし、モンスターとしての歪皇帝鬼は魔石がなければ魔法の行使に自身の肉体に宿るオドを使わなければならないはずで、アンデッドが動くためのリソースもそのほとんどがオドを使っている以上、消耗は激しいだろうということだ。


 現状、歪皇帝鬼の見た目に変化がないのが気になるが、普通に考えればかなりの大魔法だ。


「なあ、私の主人よ。そろそろ出番じゃないかな? 」


 声を掛けて来たのは魔神だった。

 ちなみに本を読んでいる。『塔』にあった本を貸しているやつだ。前にミアン相手に言葉を教える時に使った絵本。人間語学習のための教材だが、魔神はいつもこれを真面目な顔で読み込んでいる。


「隠しておきたかったんだけどな」


「無駄だよ。相手が真に魔王であれば、私の気配はすでに感じ取っている。

 だろう? 」


 魔神が歪皇帝鬼に顔を向ける。


「ええ、どこで見つけたのかは知りませんが、強者の気配は感じておりましたな…… 」


 自身ありげに『金色』は笑った。


「ははっ、強者か……貴様らが崇めるべき魔神を前に、ただ強者としか感じ取れないとは、哀しい…… 」


「貴方も憐れみですか……上手いですな。

 ですが乗りませんよ」


 挑発に耐えているということは、効果がない訳じゃないんだな。


「仕方ない……ハイン卿も強者との戦いがお望みらしいからな」


 俺は顔の横で手を「行け」と振った。


 魔神は俺の周りの『トルーパー』に本を預けて、ゆっくり前に出る。


 歪皇帝鬼は残った斬馬刀を構える。

 魔神は腰に吊るした剣の柄に手を掛ける。

 緊張感が増していく。


 とん、とアルが大角魔熊プラステロメアの腹を蹴った。


 え? 俺は一瞬、呆けてしまう。


 だが、その音を合図にしたように魔神と歪皇帝鬼が動き出す。


 ガキガキ、と金属音が響くが、何をしているのか俺からは見えない。

 魔神が右に動いて、それに合わせて歪皇帝鬼が対極に動いてくらいは分かるが、剣先の動きが速すぎて分からない。


 それよりもアルだ。

 大角魔熊プラステロメアは真っ直ぐに魔神と歪皇帝鬼が争う剣戟の中へ突っ込んでいく。


「アル! 」


 止めようとしたが間に合わない。


 大角魔熊プラステロメアは跳ねるようにして、間隙を縫うと剣戟の内側へと入り込み、その上に乗るアルの剣がものすごい速さで動き出す。


 立ち位置は目まぐるしく変わり、斬馬刀と剣と魔導剣があちらこちらで打ち交わされる。


「はは、いいぞ姫! 

 少しは使えるようになってきたじゃないか! 」


 魔神が嬉しそうに笑う。


「私が受け止めた分、アンタが攻撃に回れるでしょ」


 アルは歪皇帝鬼に集中しながらも、魔神を急かすように言う。

 それを受けてか、魔神の剣先はさらに見えなくなった。


 一撃、二撃と歪皇帝鬼に傷が入り始める。


 だが、アルもまた傷を受けてしまう。

 それも、かなりの深手のものだった。

 鎧が弾けるように飛んで、肩から胸へと巨大な斬馬刀がめり込む。

 流れに逆らわず、大角魔熊プラステロメアから落ちることで、アルはなんとか両断を免れる。


「姫、油断したな」


 魔神はそれに動転するようなこともなく、微笑と共に剣を振るう。

 大角魔熊プラステロメアは、一瞬でアルを咥えて離れる。


 いい判断だ。


 魔神のやつ、もしかして手を抜いているのか? 

 こちらから見る限りでは、魔神と歪皇帝鬼の剣の腕は互角で、お互いにかすり傷ひとつ負うことなく、何十合と剣を交わしているが、魔神は余力を残しているように見える。


「魔神、やるなら全力だ! 」


 俺もアルのように魔神に発破をかける。


「おや、トンネルを壊してよかったのでしょうか、我が主人? 」


 うぐ、痛いところをつかれた。


「お、お前が魔神を名乗るなら、トンネルを壊さず、魔王の人形程度、一蹴して見せろと言ったんだ! 」


「名乗るとは心外な。ただの事実だよ」


 少し不満げに言う魔神は、やる気をなくしたかのように両腕を、だらりと下げたが、それはどうやら歪皇帝鬼に対する誘いだったらしく、返す刃で歪皇帝鬼を逆袈裟に斬った。


 やけにゆっくりだったように思うが、魔神が放つ初めてのクリティカルヒットというやつだ。


 そこからの魔神の動きはクーシャに似ている。

 静と動を混在させた動き。

 立ち止まっているように見えるが、必要最小限の動きで攻撃を避け、剣を置いた場所に歪皇帝鬼が自ら斬られにいくように見える。


 剣を知らない俺でも分かる。

 これは、クーシャよりも洗練された動きだ。


 今、見ているとあの時よく魔神に勝てたものだと、自分でも不思議な気持ちになる。


「熱波の息吹タウティ! 」


 ボロボロになった歪皇帝鬼の口から『金色』の声が漏れる。

 苦し紛れに奇跡を出されたように見えるが、トンネルの壁に当たった熱波の照り返しが、またもや俺たちを襲う。

 トンネルも俺も無事なのに、アンデッドたちにだけ絶大な威力を発揮する、まさに奇跡なのだが、どうにも理不尽だ。


 まあ、魔神ならば致命傷になることも……。


「いい狙いだな……。

 確かに姫は弱点だが、それに甘んじるほど弱くはないぞ…… 」


 魔神は自らの改造軍服の上着をアルに被せて、さらにその上で身を挺してアルを庇っていた。


 そうか、『金色』の狙いはアル……。


 ちくせう。お前らが『姫』とか呼ぶからだぞ。

 俺も止めなかったけどな。


 魔神は、ガクガクと身体を揺らして膝を着く。

 背中は真っ黒に焼け爛れていて、直撃を受けたのだと分かる。


 勝手に俺が乗る大角魔熊プラステロメアが退る。


「お、おい…… 」


 身体が動かないと思って見れば、影が俺の身体を拘束していた。


「ご主人様、このまま退ります」


 耳元でアルファが囁く。


「は? 」


「アルちゃんは見られたくないでしょうから…… 」


「どういう意味だ? 

 退るな! 」


 意味が分からないので、俺は命令を口にする。


「お願いです、ご主人様…… 」


 アルファが懇願してきた。


「俺にアルを見捨てろ、と? 」


「逆です。アルちゃんのことを想うなら、信じて下さい! 

 アルちゃんはルガト=ククチとしての本性を現した姿をご主人様に見せたくないんです。

 どうか、お聞き届けを…… 」


 なんだよ本性って。

 だが、信じる、か……。

 アルを信じる……信じていない訳じゃない。

 ただ心配なんだ。


 でも、誰にでも見せたくない姿はある。

 ソスがムウスに対してそうだったように……。


「ちくせう……アルファ、お前ならアルを助けられるか? 」


「はい。必ずや」


「転進する…… 」


 俺は軍を残し、大角魔熊プラステロメアに連れられるようにして、トンネルから出ていくのだった。



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