誰もいない。意思表示。
『ヴェイワトンネル』までは全速力で二時間ほど。
なるべく高度を上げないように進む。
「ベル、あれ! 」
アルの言葉に上を見る。
トンネル入口の真上くらいだろうか、数匹のグリフォンとモンスターらしきサイズが大きい鳥が数十羽、飛び回っているのが見える。
どう考えてもアンデッドだろう。
俺は『武威徹』を止めて、街道に降ろす。
それから、死霊騎士団を『取り寄せ』ていく。
『トルーパー』が二千。
普段は研究所内で教官役や警備の主軸となるモンスターたちも動員している。
『エインヘリアル』のトウルや、『リザードマンデュラハンズ』、初期の実験で使った特殊進化した『スケルトン』サスケとコスケ、ゴースト系に進化した『オーブ』のトーブ、盗賊とそれを追うロマンサーだったサンリとポロを筆頭としたゾンビ系最古参勢『グールハイエンド』のゴブリンたち、『僵屍仙』オークたち、『シャドー』オーガたち。
他にも『ウピエルヴァンパイア』のサダラ領兵に『プラステロメア』の大角魔熊たち。
あと魔神ゾンビ。こいつは秘匿しておきたかったが出し惜しみは無しだ。
『ベテラン』が三千五百。
空飛ぶカブトガニや各地で集めたモンスター。ゾンビ系が多いがゴースト、スケルトンもそれなりにいる。数でいえば『ゼリダンジョン』の対地『騒がしの森』で捕獲したゴブリン、オーク、オーガが多いが色違いは別のダンジョンに生息していたやつだと分かる。
人型モンスターが多いのは、やはり汎用性の高さからだ。
こうして見ると、色々なダンジョンに行ったんだと実感できる。
『ルーキー』三千。
カフィ領兵や銀輪騎士団員、日々増えるモンスターたち。ワイバーンは『ゾンビ』ばかりだが、地力に頼るしかない。
合計八千五百のアンデッド軍団だ。
各地で土木工事に従事している『ルーキー』や『さまよえる鎧』は数に入れていない。
まずは『ベテラン』たちを前面に立てて進む。
『ベテラン』が処理しきれなかった敵は『ルーキー』たちが潰し合いに持ち込む。
『ベテラン』たちは部隊を形成していて、その部隊が崩れたら、順次、『トルーパー』を投入するという作戦だ。
街道を中心に進んでいく。
「誰もいない…… 」
夕闇が迫る中、普段は人々が慌てたように進む街道は静かなものだった。
街道の所々に設置されている野営地に馬車はなく、村へと続く細道を急ぐ人影もない。
ただ俺が『取り寄せ』た八千五百の整然とした足音が響く。
街道が大きく曲がり、小山を迂回する。
陽の光が差さない影が次第に濃くなっていく。
俺とアルはそれぞれ『大角魔熊プラステロメア』に騎乗した状態で先を睨んでいた。
影の先、最後の光の中に動く人影が見える。
ふらふらと歩く人影は、何かに疲れたようだった。
『ベテラン』のゴブリンゾンビたちの一団が動いた。
オレンジ色の光の中で小さないくつかの影と少し大きな人影が交錯する。
ゴブリンゾンビの剣が人影を縫い止め、それをきっかけにしたかのように、人影が暴れ出す。
「オ゛オ゛オ゛ォォォォォォッ…… 」
斬り捨てられた人影が転がってきて見える。
旅装束。
だが、肩に、胸に、腹に悲しい噛み傷が見えた。
まだ転化して間のないゾンビだ。
剣に刺された傷もそのままで、オドを奪われ再生力がない。
『ベテラン』たちが身体を分断していく。
旅人だったらしいゾンビは驚愕の表情をしたまま顔が固まっていて、訳も分からず殺されたんだろうことが分かる。
そこから、それを皮切りに意思のないゾンビが次々と散見される。
『ベテラン』たちが黙々と作業のように剣を突き立て、切り離し、一体ずつ処理していく。
静かな戦いだった。
陽が落ちて、月が辺りを照らす。
月の光に照らされた制御されていないゾンビを、完全武装のゾンビたちがバラす。
「これが金色の魔王の意思表示ってことか…… 」
死霊術で制御されないアンデッドは、自然発生したモンスターと同じだ。
意思もなく、ただオドを求めてさまようゾンビは流行病のように生き物から生き物へと伝播する。
どうやら『金色』の魔王はこの国を『死の国』にしようという腹積もりらしい。
アイツは『神』を殺したいらしいからな。
世界を『死の国』にしたら、『神』が出てくるとでも考えたのかね……。
『ヴェイワトンネル』は俺にとって何度も通った道だ。
昼間なら遠くにトンネルになる予定のデカい穴が見えてくるはず。
それくらいの距離まで来た時、バサバサと幾つもの羽音が重なる。
「飛行部隊で迎撃」
俺の言葉に、空飛ぶカブトガニアンデッドやワイバーンアンデッド、天空ダンジョンで手に入れた飛行型モンスターのアンデッドたちが一斉に空に上がる。
上空では様々な魔法が時折、光る。
如何せん、『ルーキー』が中心で構成されたアンデッドたちは無駄撃ち、同士討ちが見られる。
敵のアンデッド飛行部隊は制御されているが、練度は低いという感じで、数はこちらが上。
時間は掛かるが、なんとかなりそうだ。
モンスターは制御されている?
何か違いがあるのだろうか。
考察材料がないため、今は置いておくしかない。
俺は地上のアンデッドたちを先に進ませるのだった。
少し進むと、何か黒い壁のようなものがある。
「ご主人様、あれはオーガゾンビの壁です」
アルファが報告してくる。
「肉壁かよ……マジで金色の魔王が何を考えているのか、さっぱりだ…… 」
百体一列、その壁が五列にもなって立ち塞がっていた。
五百体のオーガゾンビなんて、どこから連れて来たんだ?
謎が増えたが、とりあえず全て消滅させないことには、どうにもならない。
俺は『ベテラン』たちを突っ込ませて、その周囲を『ルーキー』たちに囲ませる。
オーガの動きを見るに、やはり練度は低い。
ただ、オーガ自体がモンスターとして見た時に中級上位から上級下位くらいのモンスターで、かなり強力な個体だ。
勝てる。勝てるが基本的にアンデッドの消滅は時間が掛かる。
俺は段々と焦れてくる自分を感じていた。
『コウス国』との戦いは、ヂース、スプーとの両面作戦で、スプーは押しているらしいが、ヂースは膠着。
しかし、俺と死霊騎士団が抜けたことでどうなっているのか分からない。
クーシャにせよクラフトにせよ、大丈夫だとは思うが、心配なものは心配だ。
いっそ強行突破してしまおうか。
時間を掛ければ、より多く兵を残して『ヴェイワトンネル』に辿り着ける。
残った兵の回復だってしてやれる。
でも……。
「ねえ、ベル。急いだ方がいい気がする…… 」
「アルもそう思うか」
「うん。ヂースの時も相手のペースに巻き込まれてこっちに来ることになったし、こっちでも相手は待ってる感じがする。勘だけど」
「ああ、そういえば金十字騎士団の動きがまだ見えてなかったな。
よし、急ごう! 」
『ベテラン』たちに指示を飛ばして、中央に穴を開けさせる。
ポロとサンリの『トルーパー』たちに突撃を指示して、残った『トルーパー 』たちで強行突破した。
そうして俺たちは『ヴェイワトンネル』に遂に到達したのだった。