遅くなって悪い。落とし所。
魔導飛行機『武威徹』を全速力でヂース方面に真っ直ぐ飛ばすだけの簡単なお仕事である。
ワイバーンゾンビたちの実戦投入はもう少し後になりそうだ。
リザードマンキング・デュラハンの言葉をトウルが翻訳したところによると、連携が理解できていない、とのことだった。
つまり、まだ『ルーキー』。
同行しているアルとクーシャが『武威徹』の運転に興味を持ったので、やり方を教えながらの道中だ。
直線距離で三時間も飛ばせば、もうヂース国境が見えて来る。
「丘の上の……あれか」
クラフトが布陣している丘の上の陣地へと向かう。
クラフトが見えたので、直接そこに『武威徹』で乗りつける。
「これは、我が王。
おかえりになられたのですか!
わざわざのお運び、ありがとうございます」
「遅くなって悪い」
大事な時にいなかったので、謝っておく。
昨日、『コウス軍』とひと当たりして、砦を攻めようとした相手を蹴散らし、相手側に『銀輪騎士団』が加わったところで引いて、今はお互いの出方を窺っている状況だそうだ。
クラフトはしきりに偵察を出して、上から見えない森の中などの異常を確かめようとしているとの話だった。
「武威徹はかなり高空でないと弓と鷹に狙われますから、気をつけて下さい」
クラフトから注意を聞かされる。
『コウス軍』では鷹狩りをする狩人を雇い入れて、『武威徹』対策をしているらしい。
空の優位性がなくなった訳ではないが、妨害されることを念頭に置いておかなければいけない、ということだ。
コウス側の『武威徹』対策その二が、空から見えない森の中などの利用ということなのだろう。
ただ、そうなると大勢の移動がかなり厳しくなるはずで、部隊を小さく分けて運用することになる。
同じく森の中を探索するとなると、少数対少数になるだろう。
『コウス軍』は元々、国が戦うために雇っている者たちで、『領軍』は各町村を守ったり、盗賊討伐など衛士的な者が半分くらい、後は領主の私兵という立場の者が多い。
訓練の仕方や量が違うと考えるべきだろう。
そうなると森の中での戦闘は分が悪いかもしれない。
そういう時こそ、死霊騎士団の出番か。
「森の中の探索は死霊騎士団で請負う。
クラフトは砦との連携に力を入れてくれ。
正面衝突も死霊騎士団任せでいい」
「はっ! かしこまりました」
俺は死霊騎士団の中でもゴースト系とスケルトン系を森の中へ回す。
『トルーパー』は自己判断ができるまでに経験を積んだやつらだ。
これを三体一組にして、百組三百体。
森の中を巡回させる。
彼我の戦力は『コウス軍』四千、『銀輪騎士団』千五百に対して、『ヂース砦』四百、『ヂース領軍』二千、『死霊騎士団』千〜 といった感じ。
『死霊騎士団』は全力で動かせば〈ベテラン、ルーキー含む〉一万以上になるが、『トルーパー』はゴブリンですら異常な強さなので、そこまでは必要ないだろう。
『コウス軍』主力に目立った動きはなし。
挑発が無意味だと分かっているのか、不気味なほど静かだ。
「動きませんな…… 」
クラフトが敵主力を見て言う。
俺は『取り寄せ』魔術で『トルーパー』たちを取り寄せながら、コウス側に目をやる。
陣地を厚く固めて、防御柵や塹壕掘りなど進めているのが見える。
「これじゃあどっちが防御側か分からないな」
「持久戦は相手のほうが不利なはずですが…… 」
国力で言えば、ちょうど元の『コウス国』を半分にしたくらいなので、ほぼ変わらないはず。
強いていえば、歴史がある分『コウス国』の方が少し上、だろうか。
だが、戦力的にはウチの国に分がある。
そうなると、奇襲攻撃でヂースなりスプーなりを占領してしまうのがいいとは思うが、それに失敗した今、だらだらとここに残っている意味とはなんだろう?
援軍? 『コウス近衛騎士団』が動くとして、ヂース側かスプー側か惑わせようとでもしているのか?
そもそも、軍をふたつに分けた意味はなんだ?
現状、『ワゼン』が裏切るとは思えない。
そもそも、『コウス』とウチの国は陸の孤島と呼んでも差し支えない地理条件。
他国の介入があるとは思えない。
コウス国王が錯乱でもしたんだろうか?
それ以外だと、いまいち意図が読み取れないのが不気味ではあるが、今はやれることをやるしかないんだよな。
俺は呼び出した千体のアンデッドの内、三百体に森の中での任務を与えて、残りの七百体をクーシャとアルに預けて、ヂース砦を領軍と挟む形になるように陣地を構築してもらう。
アンデッドに陣地は必要なのか。
食糧集積地は必要ないし、武器は人間を勝手に転化させないためにあるので、どうしても必要なものではない。
寝る必要はなく、病気とも無縁。
怪我はオドがある限り再生するので、オドの補充は必要だが、それとて集積地を作るほどでもない。
実際のところ陣地を構築するのは、人間のためという意味合いが強い。
やろうと思えば、敵を追いかけ、倒すまで何日も掛けて戦い続けてもいい。
それをやると、戦ではなく殲滅、泥試合みたいになって、勝敗が着かなくなるので、人間形式に合わせているだけという意味合いが強い。
俺はクラフトと落とし所をどこにするか考える。
「現状を鑑みるに、このままいけば優勢、勝利は間違いなく、かと言って領地の割譲などは持て余すだけ……通商条約と和平条約の締結、ぐらいですかね…… 」
クラフトが言う。
そうなのだ。最も近い領地となると『スペシャリエ』で、『ソウルヘイ』の隣りにある『フツルー』は穀倉地帯で外洋に通じる港もある欲しい領地ではあるのだが、如何せん、『ソウルヘイ』と『フツルー』の間は山脈と大河に阻まれているので飛び地になってしまい割譲されても困る。
そうなると『スペシャリエ』を割譲させるかとなるが、そもそも『スペシャリエ』は王都。
国の象徴を譲るはずもなく、もう一度、戦争をするのは資源の浪費で誰も喜ばない。
本来、『コウスの乱心』時に俺たち『ヴェイル魔〈術〉王国』の独立を認めているのだから、今回のこの戦は完全に侵略戦争になるはずだが、『コウス』側の言い分によれば。
「魔王に対する契約は、戦略に過ぎず、その条文は何ら拘束力を持たない。
魔王と人間に共存の道はなく、これは洗脳下にある人間を解放するための聖戦である〈意訳〉」
とのことである。
以後の条約を結ぶ時には、他国への周知徹底が必要だと痛感させられている訳だ。
それをしない限り、『コウス国』はまた同じことを繰り返すだろう。
「はあ……やることがどんどん増えるなぁ…… 」
「国を造るとはそういうものです。
まあ、細かい部分は五議会に任せて、ヴェイル様はその御力を振るっていただければいいのですよ! 」
クラフトは豪快に笑うが、それだと益々、俺が魔王じみてくるから勘弁して欲しいのだった。