ゴーストオーダー?シャンデリアバット!
ボス部屋を越えると、すぐに下り階段がある。
「ほっ……ここには構造変化が起きてないようだね」
デニーが安心したように言った。
地下二階、【『ケイク』その全て】という本によれば、地下二階は光と闇の階層である。
ダンジョンは基本的に暗い。そのため地下一階と出るモンスターはほぼ同じである。
しかし、追加されるモンスターがある。
アイアンヘッジホッグとシャンデリアバットである。
アイアンヘッジホッグは固い皮膚と鋭い刺を持つモンスターで地下二階で一番の難敵といえる。
シャンデリアバットはデカいコウモリだ。
ただ、翼の裏側がギラギラと光を放っている。そのシャンデリアバットがいるために地下二階は光と闇の階層と呼ばれるらしい。
暗闇に慣れた目にシャンデリアバットは、目の毒だ。
しかも、シャンデリアバットは群れで襲ってくる。
松明などの乏しい灯りの中、いきなり通路や部屋がギラギラ光ると、分かっていても対応が遅れる。
さらに他のモンスターが近くにいたりすると、大変なことになるらしい。
だが、このシャンデリアバットは食べると美味いらしい。
ちなみに、死ぬとギラギラはなくなってしまう。
さすがダンジョンモンスター。不思議がいっぱいだと思う。
俺たちはかなり慎重に進む。
何しろ飛行モンスターが出るのだ。しかも、群れで。
三匹までしか一度に戦わないと決めているので、上下左右、キョロキョロしながら五感をフルに使って索敵している。
目指すは『安全地帯』だ。
「あっ……!」
ビクリとミアンが肩を震わせ、こちらに視線をやり、俺の視線を辿っていく。
それから、恨みがましい目でこちらを睨んでくる。
ゴーストオーダー。ようやく俺はそれを見つけたのだ。
「ちょっと……」
「悪い……でも、これが俺の目的だから……」
ミアンにしてみれば緊張しているところに、俺が声を出したので極度の緊張を強いられたのだろう。
でも、見ればモンスターはモンスターでも、近づかなければ問題のない植物型モンスター、ゴーストオーダーだ。
文句のひとつも言いたくなるのだろう。
ゴーストオーダーの葉は、人間を吊り下げるほどなので、結構大きい。
透明な粘つく液体の粒が葉の表面にプツプツとついている。
俺は背負い袋から皮袋を出して、ゴーストオーダーに近づく。
これが不用心と言われれば反論できない。
意識が完全にゴーストオーダーにいってしまっていたからだ。
俺がデニーに襟首を掴まれ引き倒されたのと、天井がギラギラと光ったのは同時だった。
「きゃあっ!」
キーキー、バサバサとシャンデリアバットが飛び回る。
数が多い。
シャンデリアバットは羽ばたきながら、その牙で噛み付こうとしてくる。
「ミアン!死角を作らないように動いて!ゴーストオーダーに触れたら終わりだよ!ヴェイル!姿勢を低く!僕から離れないように!」
デニーが指示を出しつつ、剣を振る。その剣はシャンデリアバットを威嚇して近寄らせないために振るわれるのが大半だが、隙をついて一匹、また一匹と仕留めていく。
ミアンも小剣を振っているが、パニックになっているのか、モンスターを仕留めるというより、ただ無駄に小剣を振り回し、シャンデリアバットを退けるのに必死だった。
部屋のあちこちがギラギラと光って、シャンデリアバットの視認が困難なのも問題だった。
これは隠している場合ではないと俺は腰の箱に手を伸ばす。
「きゃあっ、ちょっと来ないでよ!」
ミアンがゴーストオーダーの方へ寄っていっている。
「あんまりゴーストオーダーに寄るな!」
焦り、シャンデリアバットを直視しないようにしているミアンには、俺の呼びかけも意味がない。
また、シャンデリアバットもわざとゴーストオーダーを利用して獲物を捕らえようとしている節がある。
ぺたーん!俺は腰から一枚の魔術符を抜くと、ミアンの頭上を狙って破く。
轟と鳴って火球が飛ぶ。
射線上にいたシャンデリアバットが一際甲高い声を出して、キーと鳴いて燃え落ちた。
「それは……!」
デニーが驚きに声を上げる。
「俺はいいから、ミアンを!」
俺は炎を噴き上げる『芋ん章魔術』の魔術符を両手に持って、振り回しながら立ち上がる。
それを見たデニーはひとつ頷いて、「後で!」とミアンの方へ向かった。
シャンデリアバットの翼、その皮膜は薄い。火球が当たらなくとも、爆発の余波に煽られれば落ちるし、火の粉ひとつで飛べなくなる。
地に落ちたシャンデリアバットは這いずるようにしか動けない。その動きは遅々として、敵にならない。
「この!燃えろ!燃えちまえ!」
俺は頭上のシャンデリアバットを追払うのを中心に、魔術符が燃えて、火球が出る瞬間を計りながら、その瞬間だけ攻勢に転じる。
《ベル!我に触れるがいい。今なら状況にぴったりの新しい才能を授けてやる。》
「おまっ……この状況で、そんな余裕があると……」
シャンデリアバットは火が弱点なのか、俺は有利に戦えているが、正直、体力が限界だった。
魔術符を振り回す腕がぷるぷると震えてくる。
それなのに、『サルガタナス』は自分に触れろとか言ってくる。
前回、家の南の森に『サルガタナス』を連れていかなかったことで、俺は、というかアルが酷いことになった。
その反省から『サルガタナス』を持ち歩くようにしているので、こういう状況で『サルガタナス』が話し掛けて来るというのは、それなりに意味があるのだろう。
だろう、とは思うのだが、全体で見ればシャンデリアバットはまだ六匹はいる。
体力をなくして、『火』の魔術符を持たない俺は秒殺だろう。
背負い袋から『サルガタナス』を出そうとしている間に死ねるのは確実だ。
《急ぐがよい。ベルがやる気を出している間なら、因果律の操作も可能ぞ!》
因果律と来たか……つまり、【ロマンサーテスタメント】に干渉して、また碌でもない才能とやらを渡そうとしているんだろう。
餌をチラつかせて、GPを消費させようとしているのが、見え見えだ。
使え、使えと言われると使いたくなくなるのは、俺の性格が歪んでいるからだろうか。
とにかく、ムカついたので反論しておく。
「可能とか不可能じゃねえ!俺は自分の道は自分で決めるんだよっ!」
「えっ……?」
何故かミアンが俺を見て、ぼうっとしていた。
あ、ミアンの頭上からシャンデリアバットが急降下していくのが見える。
ヤバイ!と思って、咄嗟に魔術符をそちらに向ける。
タイミングはギリギリ、だが狙いが定まらない。
俺は左手に持った魔術符を捨てて、右手を支える。と、右の手首にある黒く染まった【ロマンサーテスタメント】に左手が触れる。
《……現在、二百五十二GPです。
どうしますか……?》
途端に時間が間延びする。
だが、システムメッセージに答える時間すら惜しい。
俺は左手で支える右手の魔術符をシャンデリアバットの少し下に持ってくる。
いや、持っていこうとした。
体感時間が間延びしているので、思考に身体がついてこない。
もどかしい……。そう思ったのだが、これ狙いやすいということに気がついた。
魔術符が燃えて、魔法陣が壊れるまであと少し。
壊れた瞬間に魔法陣が付与されたオドを使いきるように火球を生みだす。
少し腕が上過ぎるので、修正。左にズレてるな、修正。
ここで、よさそうだ、と思い動きを止める。
火球が出る。反動で飛ぶ。それをゆっくり眺める。
おお、バッチリだ。
意外な使い方を発見してしまった。俺は内心でほくそ笑む。
シャンデリアバットに火球が直撃する。
弾けて爆ぜると、ミアンが驚いた顔に徐々になっていき、爆風に押されるように頭を守るべく抱えようと腕が動いている。
と、俺はシステムメッセージに何も選ばないと思考で伝えると、急に間延びした時間が戻ってくる。
「きゃあっ!」
「ナイスだ、ヴェイル!」
デニーがこちらにウィンクして、喜びの声を上げる。
それから暫くして、二十匹以上が群れていたシャンデリアバットの殲滅が終わった。
「大活躍だったね、ヴェイル!でも、次は勝手に動かないこと!約束できる?」
「あ、う……すまない……軽率だった」
デニーは怒るというより、諭すという雰囲気で言ってくる。
これは俺が理解しているという前提での話なのだろう。
そして、理解しているからこそ、怒られるよりも堪える。
パーティーを危機に曝したのだから、俺は海より深く反省した。
「あの……」
「ミアンも、すまない。以後、勝手な行動はしない……」
「あ、うん。でも、危ないところを何度も、その……ありがとう……」
「ん?危ないところ?主に助けたのはデニーだろうに、何でそうなるんだ?」
「も、もちろん、デニーにも感謝してるわよ!でも、その……ウォーくんのこと、さんざんバカにしてきたから……」
デニーはにこにこと笑っていた。
俺はといえば、正直、こいつアホだな……と再確認していた。
そういう時は、感謝じゃなくて、反省、もしくは謝罪だろうに。
アルに似ているなぁ、と思って少しだけ親近感が湧く。
「なんか、ミアンってほっとけない感じだな……」
「え?え!?」
素直に感想を言ってやると、ミアンが急に頬を赤らめた。
「残念過ぎて……」
「はあっ!?誰が残念過ぎるのよっ!」
そのまま、真っ赤になって怒られた。
だが、すぐにデニーが取りなしてくれる。
「まぁまぁ。あんまり二人っきりでじゃれ合いされると、取り残された僕はどうしたらいいか分からないから」
「いや、じゃれ合いじゃなくて、感想を……」
「それで?」
デニーが急に真顔で聞いてくるので、俺の言葉が止まる。
そして、デニーは柔和に微笑むともう一度、同じことを言う。
「それで……?」
本題に入ろうという意味なのだろう。
まあ、訝しく思われても仕方がない。
余計な詮索をされたくなくて、『芋ん章魔術』を隠していたのは俺だ。
デニーからしたら、そちらの問題がまだ片付いていないと言いたいらしい。
「これ、だよな……?」
俺は腰につけた箱を指さす。
「そうだね。まあ、互助会でも紹介されたばかり、予約待ちで一年先まで埋まっているような品だ。
しかも、現在は『よっつ』以上の色持ちにしか貸し出しされないことになっている貴重品を『色無し』のヴェイルが持っているとなると、詮索したくはなるね……」
俺は詳しいことを聞いていなかったから、知らなかったが、貸し出しに制限が掛かっているらしい。
教えておけよ、オクト!と恨み言を心の内で呟いて、さて、どう言い訳しようかと考える。
「あ〜、勘違いされると困るから言うけど、怒っている訳じゃないよ。
ただ、他に貸し出されている冒険者から、さらに借りてたりするなら、悪いことは言わないから、すぐに返すべきだ。
互助会との契約違反は大きなペナルティになる。
それと、詮索はしたいところだけど、秘密だと言うならそれでも構わない。
ただ、これから先の道は通常戦力として数えていいのかは答えて欲しいかな?」
モンスタールーム特化の過剰戦力と見られる魔導士は通常戦力としては使えない。
それが通常戦力と数えられるかは重要な部分だろう。
「まあ、下手に隠して遺恨が残っても嫌だから、教えるけど、秘密はどこまで守ってくれる?」
「全て。今だけの話でいいよ。伊達に『緑むっつ』を貰っている訳じゃない。守らなければならないことは守るさ」
自信満々にデニーが自分の胸を叩いた。
「わ、私は聞かなくてもいいわ……秘密にしておきたいんでしょ……ウォーくんの役割は分かったし、魔導士としていてくれればいいわ……」
な、なんだかミアンが急に理解を示す。何事?
まあ、俺の役割に理解を示して暮たのはありがたい。
これならミアンも秘密を守ってくれるのでは、と思う。
「ミアンも聞いたとしても、秘密は守ってくれる?」
「も、もちろんよ!仲間の秘密を守るのは冒険者としての義務よ!」
「あ、う、うん……」
グイとミアンが近付いてくる。近いな。
「えっと……簡単に言うと、俺は『異門招魔術』の関係者だ。
冒険者互助会に『異門招魔術』を持ち込んだのはオクト商会だろ?
それで、オクト商会の会長は母さんの弟子で、その伝手で試作品を使える、ってことなんだけど……」
まあ、さすがに製作者だとは言えない。
「なるほど!それは納得だね!」
「……で、残りは『火』が予備を含めて十二枚。
その間だけは通常戦力に数えて貰ってもいい」
「うーん……それは自分の身を守るために使って貰う方がいいね。『ケイク』は潜る冒険者が減ってから、モンスターが増えているみたいだから……」
「分かった……」
それから、ゴーストオーダーの葉を採取して、俺たちは先に進むのだった。