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デブって言うな! 奴隷。


 代表戦。

 『赤ひとつ』アル対『バッヂなし』クロット。


「正直、私は納得いっていないが、当人たちの希望もあるので、これを代表戦の決闘とする。

 いいかい、本当に危ないと思ったら降参するんだよ。

 パーティーのためと言うなら、この場は負けたとしても、生きて貢献すれば必ず取り返せるんだ。

 それを忘れないで…… 」


 フジの忠告はアルを心配した上でとても素晴らしいものだった。

 なのに、アルがクロットに放ったのが。


「……忘れるな、おっさん」


「ふん、軽口だけは超級譲りか? 」


 ウチのアホの子がすんません。

 現状、生きて貢献すれば、とか響かないんすよ。

 アホの子なので。


 俺は心の中でフジに謝った。

 フジ、いい人なんだよなぁ。


 フジが苦虫を噛み潰したような顔をして、開始を告げる。


 クロットは長剣使いだ。

 構えていた長剣をすぐさま振り抜いてくる。


 アルは俺の作った魔導剣でそれを受けずに後退することで躱す。


 クロットは続けざまに、二撃、三撃と繋げて攻撃する。

 アルは剣を交えることなく、後ろにさがる。


「どうした、さがるだけか? 」


「これが強さ…… 」


「ふはは、今さら遅いぞ! 」


「そう思っていたんだよね…… 」


 そう言って、アルが剣を出す。

 クロットの剣を綺麗にいなす。

 クロットは体が泳ぐ。

 たたらを踏んで、クロットが向き直る。


「ちっ! 手が滑ったか…… 」


 あまりに綺麗な『いなし』にクロットは勘違いしてしまう。

 クロットは剣を構えなおし、アルは剣を手にしているものの、自然体で立っていた。


 おそらく、クロットの剣は本当の意味で『赤やっつ』には届いていないのだろう。

 ルールやマナー、礼儀や品性、そういったもののグレーゾーンを歩み続けていたなら、そこに届く前に『赤やっつ』になってしまったのではないだろうか。

 切っ掛けがどこにあったのかは分からない。

 でも、クロットは楽な道を見つけてしまった。


 アルは死んでからも欠かさず剣の鍛錬を続けている。

 そして、常に死線の上を歩き続けてきた。


 そこに二人の差があるのは、当然のことだった。


 クロットが剣を振るう。

 アルは確かめるように、避けて、避けて、いなす。


「クソっ! 当たらねえ! なんでだ! 」


 それはいつしか、子供と大人のケンカみたいになっていた。

 めちゃくちゃに剣を振り回し、悪態を吐くクロットと、冷静にしかし優しく相手をするアル。


「赤むっつと緑ひとつ。

 当時は本当に頼りになる先輩で、この人たちならベルを任せても大丈夫って、そう思ってた…… 」


「女? なんだ、男のフリして、私を馬鹿にしていたのか? 

 ふざけるなよ! これは、ルールに則った決闘だぞ! 

 ふざけるな! ふざけるなよ! 」


 ぶん! ぶん! と虚しく空気を斬る音がする。


「シャンデリアバットの対処方法とか、瘴気犬ブラックドッグの瘴気対策とか今でも覚えてる」


「なんだ、何を言っている! 

 なんの話だ! 」


 ぶん! ぶん! 


「安全地帯では他の冒険者こそ気をつけるべきなんてのも、貴方から教わった。

 それから、探索中はなるべくバカな会話をすること。

  緊張感は必要だけど、閉塞感に負けないようにって。

 ああ、貴方たちがダンジョンの構造変化に巻き込まれて七日七晩、ダンジョンをさまよった話とか、少し間抜けで、でも強くて絆があって、私は大好きだった…… 」


「はあ? なんでその話を…… 」


「私の装備を持っていったのは、仕方ないよね。

 ドジったのは私だから」


 クロットは剣を止めて、不気味なモノを見るようにアルを見つめた。

 アルも自然体のまま、話を続けている。


「お、お前……お前、まさか…… 」


 クロットはそう言って、俺の方を振り向いた。


「あ……なんで、い、生きて…… 」


 思い出したみたいだな。

 同時にこの決闘を見守っていたフロルも目を丸くして俺を見ていた。


「ち、違うんだ。あの時はどうしようもなくて……それに、死んだと思って……だから…… 」


「だから、ベルのこと見捨てたの? 

 あれだけ頼んだのに……ちゃんと指名依頼にして、言われるままの金額を前払いで渡して、それなのに、貴方たちはベルのこと見捨てて逃げた…… 」


 おい、指名依頼とかそんな話、聞いてないぞ。

 ちくせう……アルめ、隠してたな……。


「いや、それは……あいつが俺たちの言うこと聞かずに、残るって言ったんだよ! 本当だ! 

 俺たちはちゃんとあいつを連れて行こうとしたんだ! 嘘じゃない! 

 あのデブに聞いただろ? 」


 ビュッ……。アルの剣が見えないほどの速さで動いた。

 ぶしゅ、と血が噴き出す音がして、クロットの肩口が切れていた。


「デブって言うな! ブーちゃんって言うな! 丸いのとか、ブタとか、悪意ある言葉を私の大事な人に向けるなっ! 」


「いっ……ひ、ひぃ、き、切れて…… 」


 クロットは必死に傷口を抑えていた。

 いや、そこまで深く切れてねーよ。

 剣速が速すぎて、切り口も綺麗だと思うよ、うん……。


 ちなみにアルは、太ってるんだから、少しは身体動かしなさいよ、くらいはしょっちゅう俺に言うけど、それはカウントされませんか? そーですか……。


「なんで依頼を守らなかったの? なんでベルをちゃんと連れ帰ってくれなかったの? なんで? なんで? 」


 いや、アル、怖いからそれ。

 ほら、クロット、怯えちゃってるし、周りドン引きですよ。気付いて。


「いひぃっ! や、やめてくれ! 悪かった! 俺が悪かったから! 

 ほら、鎧ならアイツが持ってる! 剣も俺が必ず買い戻す! だから、だから、助けて…… 」


「ふんっ! 都合が悪くなったら誰かのせい? 

 ルールの前にモラルを守りなさいよ。

 仲間に売られるなんて、最悪もいいところだわ」


 フロルは裏切られたのにショックな顔をしていた。

 俯いて、それから顔を、くしゃりと歪ませていた。


 アルはゆっくりとクロットに剣を突きつける。


「降参する? 今の貴方じゃ、私に傷ひとつつけられないわよ」


「す、する。降参する。だから…… 」


「許さないわ! 」


 クロットの最後のセリフを、皆まで言うなとばかりにアルは宣言した。

 フジはどうしたらいいか迷っているようだ。


「降参は認める。でも、貴方のしたことは許さない。永遠に! 

 反省して、贖罪するのね! これから貴方の罪も暴くことだし…… 」


「し、勝者、剣士アル! 

 こ、こほん……あー、マナルーナの勝者、アルとベル。

 どちらが望みを言う? 」


 俺は呼ばれるままに前に出る。

 それから、アルと二人、声を揃えて言う。


「「アレ、返して〈くれ〉! 」」


 フロルの着ている鎧を指差す。


「い、いいのかい? 

 話を聞くに、あの鎧は元から君の物のようだし、それなら所有権は君にあると思うよ。

 なんなら、私の山断彦を…… 」


「いや、元から横殴りのインネンつけたのも、あの鎧を返してもらうための作戦だから」


「い、インネン? 」


「そう、あんたらが倒したペガサスは、元から正真正銘、『キッチョウ党』の物だよ。

 ちなみに証拠はアレ。

 ベルグ、お連れして…… 」


 ベルグがアルの戦利品を丁寧に運んでくる。

 人間大の大きな袋だ。

 袋の口から出てきたのは、ブラックジャガー獣人奴隷くんだ。


「お待たせ。話してくれたら、その首輪の奴隷の紋章、解除するよ。お兄さん共々ね」


 俺はにこやかに言う。


 【奴隷の首輪】は探知の魔法陣と灼熱の魔法陣を組み合わせた魔導具だ。

 モンスターの使う『強制魔法』のようなものはついていないが、たぶんもっとえげつない物だ。

 『強制魔術』が実用化できていれば、奴隷はもう少し幸せだっただろう。

 それがないから、痛みとどこにも逃げられないという精神作用で言うことを聞かせるのだ。


「ムリダ、コレ、ハズス、クビ、ヤク…… 」


「獣人奴隷……こいつは『ジャイアントキリングス』の? 」


 フジが聞く。


「あっちのジャガー獣人さんの弟くん、だそうだ。

 よし、先にジャガー獣人くんの首輪を外そう! 」


 俺が提案すると、フジが慌てる。


「ま、待ってくれ。

 奴隷の首輪というのは、下手に外すと首を焼き切ってしまうようなものだろう? 

 それに、もし外せたとしても、外してしまったら、他国との外交問題になると聞く…… 」


「うん、だから全員で口裏を合わせて外してないことにすればいい。

 まあ、おそらく密貿易で来た人たちだから、外してしまっても問題ないと思うけど。

 ああ、それでも心配だったら、俺が買うよ。

 クロット、ジャガー獣人とブラックジャガー獣人、二人合わせて、お幾らジン? 」


 俺はクロットに二人の値段を聞く。


「う……あ…… 」


 アルが剣の柄に手をかけて、一歩前に出る。


「五十ジンだ! 俺は五十ジンで買った! 」


 うん、脅しだね。アルは悪いやつだなあ。


「んじゃ、五十ジンね」


 俺は懐から十ジン硬貨を五枚、クロットに渡す。

 ついでに証書を書いて、クロットのサインと拇印ももらっておこう。


 チラ、と見ると、フロルが慌てて鎧を外していた。


 俺はジャガー獣人くんを呼ぶ。

 ジャガー獣人くんは片足で、ケンケンしながらこちらに来る。


 メイと二人、【奴隷の首輪】を検分する。


「こっちの紋章がコレと繋がってて、オドの吸入口がここでしょ…… 」

「あ、なるほどー。ということはコレにオドを流しながら…… 」

「そうそう、コレとコレは消えるから、そしたらコッチを…… 」


「すまない、二人はいったい、何を? 」


「ヤメロ! アニキ! ナゼ? 」


 フジは誰ともなく疑問を口にし、ブラックジャガー獣人くんは騒ぎ出す。

 クロットは怯えているし、他の面々は固唾を飲んで見守っている。

 結構、カオス? 


「スミカ、〈何やら独自の言語らしきもの。たぶんカリ語? 部分、部分で俺たちと共通しているので、たぶん、俺が強いから、うんたらかんたら……みたいなことを言っている。よく分からん〉」


「レイショ、〈やっぱり独自の言語。最初のやつはお互いに名前だと思う。まあ、心配しているニュアンスは伝わってくる〉」


 ジャガー獣人がレイショくんで、ブラックジャガー獣人はスミカくんかな。


「よし、そっち持って…… 」

「ほい、いちおう、魔晶石にしとくよ」

「んで、これは削って、次、そっち…… 」

「はあ、はあ、あ、これ書き写しとかなくてよかったん? 」

「覚えてるから、帰ってからじいちゃんに渡す」

「おお、さすがベル! さすベル! 」

「いいから、次…… 」


 一通りの作業を経て、俺とメイで首輪を外す。

 ジャガー獣人のレイショくんは、途中から目を瞑って祈りの体勢に入っていたけれど、首輪が外れた途端、目を開けて首をさすった。


「……トレタ。オマエ、カミノツカイ? 」


 よせよ。あんなのと一緒にするな。

 まあ、言わないけど、違うとだけ答えておく。


「どや、ちゃんと外したぞ」


 俺はブラックジャガー獣人のスミカくんにドヤる。


「よしなさいって…… 」


 アルからデコピンが飛んでくる。

 イテー、今のはドヤっていい場面だろー。


「ハナス。オレ、ハズシテ」


「ああ、話したらな」


 そうしてスミカくんは、クロットの命令で『キッチョウ党』を見張っていたこと、横殴りを宣言できそうなモンスターを見つけた時にいち早くクロットたちに報せることをしていたと白状した。

 これにより、『キッチョウ党』の正当性が逆に証明されたのである。


「なるほど……これは明確な敵対行為だ。

 今までのルールの中から完全に外れているな…… 」


 フジは険しい顔で『ジャイアントキリングス』の面々を睨む。


「全員、武器を捨てて、縄を打たせてもらう。歯向かいはしまいな? 」


「歯向かえ、歯向かえ、そしたら後腐れなくヤれる! 」


 セッチンは過激思想だなあ。


 こうして『ジャイアントキリングス』は全員、捕まった。




「すまないが、レイショとスミカを借りる」


「ああ、彼らは奴隷だ。クロットに命令されれば、やるしかなかった。罪は減じてくれよ」


「ああ、既に所有権も移っている。お咎めなしになるよう、ちゃんと取り計らうよ」


「それから、それが終わったら、彼らの好きにさせてくれ。

 カリに帰るもよし、異国に流れるもよし、お前たちは自由だからな」


 既に効力を失った【奴隷の首輪】を嵌めてやり、幾許かの金銭、奴隷を買い上げた証書をレイショとスミカにくれてやる。


 今はまだ奴隷のフリをしている方が安全だから首輪を戻したが、互助会でちゃんと話せば、素直に出てこられるだろう。

 そうしたら首輪を捨てて、彼らは自由だ。


 うん、たまには善行もいいもんだ。


 本来は、ウチの国まで逃げて来たら首輪を外してやるつもりだったが、スミカが安心して話すためには、これしかなかった。

 結果的には、より良い方向でまとまった気がするから、いいや。


 先を急ぐ俺たちは『キッチョウ党』に別れを告げて、とっとこ下に向かうのだった。



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