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あばば、あばばばば! ヤバい奴。


 第三戦。

 俺対バッヂなし獣人奴隷対ザトウ。


 あばばばば……。


「バッヂなしならルール違反ではないよな」


「ああ、先程の小娘も荒削りだが中級冒険者と言われてもおかしくないほどの技量があった」


 フジとクロットがメイに迫る。


 あかん、アカンて……。メイ、断って! 


「荷運びの奴隷に、登録拒否された仲間ね……まあ、認めざるを得ないねえ」


 デスよねーーーっ! 


 獣人奴隷は『マンガン』とか『カリ』とかの一部の外国で認められている制度だ。

 ただ『ワゼン』や『コウス』でも極少数ながら居る。

 外国の貢ぎ物として連れて来られたとか密貿易とか、そういうルートも無くはない。


 このジャガー獣人奴隷さんは、結構レアな存在だ。


「グルルルル……ドレイ、カイホウ、コロス、モラウ! 」


 このカタコト具合はどこかの脳筋エインヘリアルを彷彿とさせるが、その瞳には脳筋と違って知性を感じさせる光がある。

 『ジャイアントキリングス』の連中から弓を借りたり、短剣を借りたり、荷物箱らしきものから反りがある細身の片刃剣・シャムシールを儀式めいた文言を呟きながら取り出したりして、武装していく。

 鎧は……あ、ジャマ、イラナイ、なるほど……スピードありそうですね。


 それから『キッチョウ党』のザトウ。

 盲目ハゲ。

 『ワゼン』の神官なんかが着る袈裟という衣がボロボロになっていて、錫杖という、ジャランジャランとうるさい杖を持っている。

 あれ真ん中辺りに入ってるラインから外して、中から刀とか出てくるよね。

 俺は確信している。


 ザトウは実力はあったものの、盲目であるという理由で冒険者登録ができなかった不遇の人だった。


 立ち上がってこちらに歩いてくる姿は、よろよろとした爺みたいに見えるけど、初めて会った時に感じたヤバさは忘れてない。

 ヤバい〈語彙消失〉。


 対する俺。

 知性溢れる瞳、ぷよぷよプリティなお腹、ほっぺたの柔らかさはいいニーズ! とはオクトの弁。

 無理を言って、メイの魔導短剣を借り、ユウに貸してた『異門召魔術・炎』も返してもらい、首元にはお洒落な『視界盗み』のゴーグル、ベルトはクールなガンベルト、足元に 『おまけの剣』は忘れずに。

 背中の背負い袋は機能的に、各種アイテムと魔石色々、忘れちゃいけない『サルガタナス』。


 戦うタイプじゃないんだよ、ホント。

 しかも、今回、モンスターの直接使用禁止のため、俺の戦う力のほぼ全てであるアルファ、オル、ケルが使えない。


 バカじゃねーの! 


 ユウには任せろ、と大見得切ったけど、俺の頼みは『おまけの剣』と『異門召魔術』くらい。

 そこらにいる初級冒険者程度なら、気をてらって火球でズドンくらいで、なんとかなると考えていたが、ジャガー獣人とザトウ相手に通じる気がしない。


 あと、プレッシャー。


 俺の震えは主にここから来ている。

 取れると信じていたアステルはまさかの失格負け。失格にしたのは俺だ。

 『異門召魔術』で攻撃力を底上げして、倒してしまってもいいですよね! くらいの大口叩いていたユウは降参負け。降参しろと言ったのは俺だ。

 ふたつの負けは俺が作ったと言っても過言ではない。


 負けられない。それが重い。重〜いプレッシャーになって、俺は震えていた。


 現在、口を開くと「あばばばば…… 」しか出てこない。

 呪文、詠唱魔術はどうする? 

 頭の中がまとまらない。


「大丈夫、ベルは強い! 」


 審判役のメイが小さな声で励ましてくれる。

 プ、プレッシャー……。


 そんなことは露知らず、メイは俺たちに開始を宣言した。


「あ、あばばばば……〈煙幕、煙幕、煙幕〉 」


 俺は震えながら、そこらじゅうに『異門召魔術・煙幕』をばら蒔いた。


「チッ…… 」


 ジャガー獣人は近くの木に登る。


 ザトウは動かない。時おり、ジャランと錫杖を鳴らす。


 何か気配を感じる気がして、腕の小盾を上げると、チンッ! と音がして短剣が落ちた。


「あばば、あばばばば……〈ヤバい、バレてるー〉 」


 俺は逃げながら、メイから借りた魔導短剣に宝晶石をセットして振り回す。

 風が唸りを上げて、煙幕も投げられた短剣をも吹き飛ばす。

 あ、煙幕……。いやいや、どうせジャガー獣人にもザトウにも効いてないんだ、問題ない。


 ふと、見えたザトウはジャガー獣人の弓から放たれた矢を、錫杖で撃ち落としていた。

 その動きは正確で、恐らくは音で判断しているようにも見える。


「てめえ、考えて使えや! 」「危ねぇだろーが! 」


 俺たちの戦いを見守る『キッチョウ党』や『ジャイアントキリングス』の面々から野次が飛ぶ。


「巻き込まれは自己責任だよ! 」


 審判のメイが怒鳴った。

 俺の魔導短剣の風があちこちを切り裂いていたらしい。

 まあ、気にしている余裕はない。

 俺が滅多やたらに魔導短剣を振り回していると、ジャガー獣人の投げた短剣が魔導短剣に当たって、俺の手から、ポロリと落ちた。


「オマエ、シロート、ナゼ、デタ? 」


 俺の動きが止まる。

 俺が出る予定じゃなかったんやー! という心の叫びが頭の中でリフレインしていた。


 いつの間にか移動していたザトウが、ジャガー獣人の登った木に、錫杖の仕込み刀で斬りつける。

 ほら、やっぱり! 


「あまり、無視しないでくだせえ…… 」


 飛び降りたジャガー獣人に、ザトウの刀が一撃、二撃、三、四、五撃。

 最初の一刀こそ掠ったものの、素早くシャムシールを抜いたジャガー獣人はそれを受けきった。


 やめろや、俺を無視すんの。


 完全に素人認定された俺は、無視されていた。

 ふるふる、と身体が震える。


《そうだ、ベル、怒れ! 無視はヨクナイと叫ぶのだ! 》


 頭の中で『サルガタナス』が叫ぶ。


 ふっ、と身体の力が抜けた。

 ぼっちな『サルガタナス』の怒りが、逆に俺を冷静にしてくれた。


《失礼じゃぞ、ベル! 》


 いやいや、助かったよサルガタナス。と返して、俺は『異門召魔術』に手を伸ばす。


「本邦初公開! 試作式異門召魔術、鉄皿の舞! 」


 俺は『異門召魔術』の箱にセットされていたインクを抜いて、反転、差し直す。


「抜いて、差す! 」


 俺の普段使うインクは宝晶石の粉を混ぜて、体内オド『血』と同じくらいの濃度のものを使っている。

 ただ、インクにも試作品、ワンオフ品というのはある。

 現状、コストが高過ぎて、俺しか使えないインク。

 片側に宝晶石インク、反対側にここぞと言う時用の魔宝石インク〈量は少しだけ〉というダブルインクを採用している。

 炎の魔法陣で使うと威力が暴走するやつなので、配合量はギリギリにしてある。


 それをここで使うことにした。

 ぺちこん、して魔術符を抜く。

 魔術符からは鉄皿が、どるるるる、と連続して生まれていく。


 ガラン! ガラガラガラガランッ! 


 鉄皿が落ちる大音量が響く。

 ザトウの動きが流れる。

 ジャガー獣人はそれを見逃さず、一撃。

 ザトウは斬られた胸を抑えて、後ずさった。


「ぐふっ……見抜きやしたか…… 」


 俺はそれに答えず、空いた手に魔宝石を握り込む。

 無視には、無視で返す。


「ラルウオイヒスイェト、クアクオイィトネグウツイスナヌネ、ウィイトアクナニジェ……火柱よ、上がれ! 」


 死ぬなよ、と思いながらも二人を巻き込むように詠唱魔術を唱える。

 完全に早口言葉の世界だ。

 『ロマンサー』のギフトである『高速詠唱』と元来の俺の能力を持ってしても五秒くらは必要だ。


 ジャガー獣人はトドメを刺すべくザトウに向かっていて、ザトウはそれをなんとか凌ぐべく、刀を振るっていた。

 

 今しか隙間はなかった。


 フワッ、と地面に魔法陣の光が灯る。


「……ッ! 退避ーっ! 死にたくなければ逃げろーーっ! 」


 メイが叫んで、下がる。


 俺は心の中でメイに礼を言う。

 魔宝石からオドが俺の中に流れ込んで、そのオドがダムの決壊のような勢いで出ていく。

 何度やっても、自分の中の何か大事なものが押し流されていくような感覚は、あまりいいものじゃない。

 慣れてはいるが、気持ち悪いものは気持ち悪いみたいなことだ。


 魔法陣から大きな火柱が上がる。


 本来は、戦争時に戦略兵器として使われる魔術が、たった二人のために放たれている。

 岩場すらも溶けて、マグマになった水たまりみたいなのがそこに残されている。


「グ、グウウゥゥッ…… 」


 ジャガー獣人が片足を炭化させて倒れている。

 その片腕はザトウの襟首を掴んでいた。


「な、なぜ、なぜあっしを助けなさった…… 」


 ザトウがジャガー獣人に聞いた。


「オマエ、ツヨイ、ソンケイ、アル。シヌ、ダメ……グルル…… 」


 俺は黄緑色に光る小瓶を手にして、項垂れるザトウとジャガー獣人のところへ歩いて行く。

 この小瓶は今じゃクーシャと曲芸みたいなことをしている『カフィ・ダンジョン』のドラゴンたちが守っていたものだ。


「ここに欠損すら治せる魔法のポーションがある。

 あ、ザトウさんに教えておくけど、獣人さんは右足の膝から下が炭化して、このままだと拙いよ。

 獣人さんに使ってあげてもいいけど……分かるよね? 」


「あんた、ベルさん? 」


「ああ、その節は助けてくれてありがとう。

 ただ、これは簡単に譲れない。

 分かるよね? 」


「ああ、フジにゃ悪いが、元々、分が悪いって言ってあるからね。

 あんたの声は、聞いてるとゾクゾクが止まらなくなる……一人、二人じゃなく、数万、数十万人を殺す声だ。

 戦うべきじゃなかったねえ…… 

 降参だ」


 ひょええ、ヤバい奴に、ヤバい奴って言われた……。

 ちくせう。

 それでも、俺はジャガー獣人に聞く。


「獣人さんはどうする? 

 奴隷が嫌なら、このまま死ぬでもいいけど、降参してくれるなら、お前を殺さなくて済んで、ホッとするんだけど? 」


「オトウト、マモル、オレ、シメイ。

 タスカルナラ、オレ、コウサン…… 」


「ありがとう…… 」


 その言葉を聞いて、メイが勝者を宣言する。


「勝者、ベル! これでそれぞれ一勝だ! 」


「さすがベル! 」「やりましたね、ベルさん! 」「ザトウが負けた…… 」「クロット、アンタが絶対って言ってただろ! 」


 それぞれの陣営が悲喜交々(ひきこもごも)。

 歓声や罵声が鳴り響く中、俺はジャガー獣人にポーションを飲ませてやりながら、小声で言った。


「もし、今の奴隷が嫌なら、一箇所だけ、心当たりがある…… 」


「ドレイ、イヤダ…… 」


「まだ、他の国から干渉のない国、魔王国、ヴェイル……覚えておけ、魔王国、ヴェイルだ」


「マオウ……ヴェイル…… 」


 せめて国をつけてくれ、国を……と思いつつ、俺はポーションを飲ませてやってから、自陣へと戻った。




「……ということで、代表戦をやります。

 『ジャイアントキリングス』と『マナルーナ』で! 」


 代表同士の話し合いの結果、フジたち『キッチョウ党』はザトウ以上の適任者はいない、そのザトウが降参した以上、もう勝てる人材はいないとのことで、敗退を宣言。

 どうしても譲る気のない『ジャイアントキリングス』と『マナルーナ』で決着をつけることになった。


 さて、やっぱり代表戦なんだが、どうしたものか……。

 一対一だと、俺の勝ち目がほぼない。

 始まった瞬間に駆けて来て、斬られたら負ける自信がある。

 なにしろ、俺が要注意だと完璧にマークされているからな。

 ユウはクーシャみたいな人外じゃないので、奇跡で怪我が治っても無理はさせられないし、アステルは神の奇跡を使って、気力体力が限界。


 うーわー、実は詰みじゃね? 


 どうする? 回復ポーションはまだあるから、アステルに体力を回復してもらって、でも、気力に関してはどうにもならない。

 気力もオドに関係してそうだから、魔宝石を口の中で転がしてれば、多少はマシかもしれないが、即効性はない。

 うーん……。


 審判役を買って出てくれたフジが、クロットと揉めていた。

 いちおう、そちらに気を配り、耳をすませる。


「俺が冒険者を辞める。それならバッヂなしだ。その証拠にお前にバッヂを預けてもいい」


「しかし、それは大人げないだろう…… 」


「大人げ? そんなものはいらん。

 俺が陣営を勝利に導けば、あの風の刃が俺のものだ。

 あれさえあれば、冒険者なんて危険な仕事をしなくても、将来を買える! 

 そのためなら、冒険者バッヂなど惜しくもないな! 」


「こほん、いちおう、私の『山断彦』もかなり高価な品なんだがな……。

 いや、ともかく、さすがにそれは『マナルーナ』に了承を取らない訳には…… 」


 うわあ、ルールのグレーゾーンだ。

 景品のためなら冒険者辞めるとか、しかも、大人げなんてクソくらえ、なんてもう逆に清々しいくらいの強欲さ。

 俺が頭を抱えていると、ガヤガヤと声がする。

 何事かと、そちらを見やれば……。


「一体、何事か? 騒がしい…… 」


 全身鎧のアル〈正体隠しバージョン〉だった。

 アルが来たってことは……。


 アルは俺たちの方に歩いて来て、肩に担いだ戦利品を、ドサリと置いた。

 戦利品からは「グェ…… 」と声が聞こえたので、生きてはいるのだろう。


「見つけたのか? 」


 俺が聞く。


「無論だ。獣人で気配に敏感だった。

 だが、捕まえた」


 なるほど、もしかしてジャガー獣人の弟というやつだろうか? 


 あまり表に出したくなかったアルには、『キッチョウ党』のナス氏が言っていた、見張られている可能性というのを考えて、『キッチョウ党』を見張っている奴を探してもらっていた。


 後々、禍根は消し去っておいた方がいいだろうからな。


 もっと簡単に捕まえられると思っていたが、相手が獣人だったとは、そりゃ、時間かかるわ。


 俺がこれをどう使おうか考えている間に、アルはアステルから事情を聞いていた。


 俺は戦利品の袋の口を少し開けて、中身を確認する。

 ブラックジャガー獣人奴隷……。


「ムググッ……グルルルル…… 」


 俺は自分の口に指を当てて静かにするようにジェスチャーする。


「お前、『ジャイアントキリングス』のジャガー獣人の弟? 」


 ブラックジャガー獣人の目が見開かれ、剣呑なものになる。


「もう少ししたら解放してやるから、静かにな。それと…… 」


 俺はジャガー獣人に言ったことと同じことを彼にも伝える。

 すると、ブラックジャガー獣人は大人しくなった。


 彼に大人しくしているように告げて、他の奴らにバレないように袋の口を軽く絞っておく。


「俺が出る! 」


 低い作り声でアルが言う。


「マジか! 相手は赤やっつだぞ。

 いや、アルのことは信じてるけど、知り合い相手に戦えるか? 」


「問題ない」


 確かにアルは『色なし』から『赤ひとつ』冒険者になったばかりなので、ルール上は問題ないはずだ。

 あ、ただし、アンデッドモンスターだとバレなければという注釈がつく。


 俺の顔を見ても、俺が誰だか気づかないクロットとフロルだ。

 アルが見られても大丈夫そうだと思うが、直接触られないように、体温がないとバレないようにする必要はある。


 メイがフジのところに行く。


「あのねえ、全部、聞こえてるからね、そういうの」


「ふん、ルールは守っている。問題はないだろうが…… 」


 クロットは不貞腐れたように顔を背けた。

 いや、可愛くないからな。


「ウチとしては、別件で離れていた初級冒険者が戻ってきたところでね。

 ソイツの参加を認めるなら、あんたの参加を認めてやってもいい。

 ただし、バッヂはボクが預かるし、辞める旨、一筆書いてもらうよ」


「初級冒険者を一人にしていたのか、この四階層で!? 」


 フジが驚いている。

 まあ、聞こえているので、アルは自分の冒険者バッヂを高々と掲げてみせる。


「ふふん、秘蔵っ子、一号なのさ。

 ユウちゃんは二号でね! 」


「そ、そうなると、あのアステルとかいう娘とベルという子は…… 」


 フジは顔を青ざめさせた。


「そいつと戦えばいいんだな…… 」


 クロットは自信ありげに目を細めた。


「ま、何事も経験だからね! 」


 意味ありげにメイは笑う。


 こうして、変則だが代表戦のカードが決まった。



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