芳香剤(ほうこうざい) 対 消臭力(しょうしゅうりょく)
第一戦。
アステル対槍使い対刀士。
俺たちが一番、安心して見られる決闘。
いちおう、ルールとして、死ぬか降参するかで決着。降参した相手を殺したら失格。
何を使ってもいい。勝てば勝ちという粗野なルールである。
審判は持ち回りで、クロット、メイ、フジが務める。
今回はクロット。
クロットが声を上げる。
「始め! 」
何か仕掛けてくるかと思ったが普通に始まった。
アステルは自分から仕掛けるタイプではないので、待ち。
『ジャイアントキリングス』の槍使いも自分から仕掛けることはせず、待ちの姿勢。
『キッチョウ党』の刀士は、最初は間合いを計るようにジリジリと動いていた。
静かな立ち上がり。
刀士は結果的に間合いの長さから、長柄槍の槍使いではなく、無手のアステルを攻めることにしたらしい。
「ちぇあーっ! 」
刀士の上段からの斬り落としをアステルは手甲で押しのけるように払い、踏み込む。
だが、そこに長柄槍が突き込まれ、アステルは身体ごと転がって避けた。
全員が距離を取って、仕切り直しとなる。
槍使いも刀士も共に『赤みっつ』冒険者である。普通ならそれぞれの攻撃力は均衡していると見ていいだろう。
アステルは正直、バッヂ詐欺というか、依頼を受ける数が足りないだけで、充分に規格外の人なので、他の二人には申し訳ないが勝ちは揺るがない。
得意な形にするために攻めないから、お互いがお互いに様子見になっているだけだ。
ただ刀士は今の一合で感じるものがあったのか、槍使いに共闘を持ち掛けた。
「おい、この者は危険だ。まずは共闘しよう」
「ふん、とりあえずは信用しておくとしよう」
「まあ、それが無難だと思いますよ」
アステルも強気に出る。二人がかりでも攻撃してくれれば捌けるという自信の表れだろう。
槍使いの槍が伸びてくるのを、アステルは腕で巻き取るようにして引く、槍使いは離すまいと力を篭めるが、その力を利用されて転げてしまう。
そのままであればアステルのとどめが入って終わりだろうが、そこに刀士が割って入る。
アステルは槍を放して、刀士と対峙する。
刀士は攻め気に逸る気持ちを、なんとか押し留めて、隙を探る。
その一撃は隙を突くというよりも、攻めあぐねた末の破れ被れの斬撃だったように見えた。
「あ、危ない! 」
その声を発したのはユウだ。
だが、忠告遅く、アステルと刀士、二人に槍使いが放った投擲物が当たって弾けた。
それは瓶に入った何かの液体で、刀士の刀に当たったことで、弾けて二人にかかった。
ツーンとした匂いのそれは、二人の身体に異変を起こすようなものではなかった。
だが、俺たちと『キッチョウ党』が安心したのも束の間、どこからか野獣の叫びが聞こえた。
「まさか、この匂い、獣寄せ…… 」
フジが呟く。
「まずい、二人を守れ! このままだとここに獣どもが押し寄せるぞ! 」
『キッチョウ党』がその声に動こうとした直前、クロットから声が掛かる。
「動くな! その二人を助けるというなら、その二人は失格にするぞ! 」
「バカな! 我々とて危ないのだぞ! 」
「自分たちの身を守るなとは言わない。
だが、その二人を助けようとした陣営は失格だ! 」
なるほど、何か仕掛けてくるかと思ったが、そういうことか。
『獣寄せ』とはその名の通り、狩人なんかが使う獣を寄せるための芳香剤だ。
ただし、百倍希釈とかで使うものだったはずだが、それをアステルと刀士の二人に直接、ぶっ掛けさせた訳だ。
ルール違反はしていない。死んでも負けで、何を使ってもいいのだから。
俺は会場に降りていく。
「おい、二人を守るなら、その二人は失格負けだぞ! 」
クロットが言う。
俺はそれをやんわりと聞き流しながら、指示を出す。
「はいはい……。
メイ、竜巻を上空に、それで匂いを上に逃がしてくれ」
「負けだけど、いいの? 」
「この決闘そのものがご破算になるくらいなら、アステルは負けでいい。
フジさん、悪いね、巻き込む…… 」
言いながら、俺の得意魔術となりつつある紋章魔術『消臭の魔法陣』をアステルと刀士を中心に、さらさらと地面に書いていく。
「了解! 」
メイの詠唱魔術が響き渡る中、俺は杖を動かす。
いったい何千体のアンデッドにこれを掛けたことか……。
もう、目を瞑ってでも書けるわ。
メイの竜巻魔術が素早く完成して、匂いが残らないように上空へと吹き上げる。
ほい、完成。
遅れること数秒、俺の魔術が完成した。
「消臭の魔法陣よ、光れ! 」
俺が魔晶石をいくつか放ると、魔法陣が光ってアステル、刀士とその周辺の匂いが一瞬で消える。
何年か何十年か分からないが、匂いの空白地帯が生まれてしまった。
「ふぅ……またつまらぬ臭いを絶ってしまった…… 」
上空に数匹のフライングレオが匂いを求めてやってきていたので、そちらはクーシャが『オーラソード』で始末、景品に加えられた。
クロットが槍使いを勝者として、その腕を取って掲げた。
「ちょっと話してくる…… 」
クロットのところにメイとフジが詰め寄る。
「あ、おい…… 」
俺はメイを止めようとしたが、間に合わなかった。
マジか……ちくせう。
「すいませんでした…… 」
しょぼくれたアステルが戻ってくる。
「ドンマイ、アステル」
俺は軽く声掛け、頭の中では目まぐるしく次の計算を走らせていた。
「アステルさん! 仇は取ります! 」
ユウが気合いに満ちていた。
いつになく鼻息が荒い。
「ユウ、まだバッヂを受けてすらいないお前にこんなことを頼むのは、つらい……つらいんだが、頼む……勝ってくれ…… 」
ベルグは祈るように、ユウの肩に手を置く。
「はい! 先生方の名にかけて! そして、アル姉ちゃんと悔しい思いをしたアステルさんのためにも、勝ちますっ! 」
ユウは拳を固めて怒りに打ち震えていた。
ストレートに行くなら、ユウと俺で二勝。
もし、どちらかが負けるようなら、なんとか『ジャイアントキリングス』に勝たせない形で収めれば、代表戦になるか。
どちらにせよ『ジャイアントキリングス』に一勝取られたことが、本当にキツい。
初っ端に奥の手を使ったクロットの策略は見事だったな。
さすがどこまでもグレーな男。
ルールの粗を上手く突く。
「皆、聞いてくれ! 」
フジが全員を前に大声を張りあげる。
「今の決闘は、当初のルールからすれば、問題ないということになった…… 」
「ブ〜〜〜〜〜〜っ! 」「ふざけんな! 」
フジが説明しているにも関わらず、『キッチョウ党』からはブーイングの嵐だった。
「聞いてくれ! 最初に決めたルールでは、何をしてでも勝った者が勝ちだ。
モンスターを使ってはいけないというルールはなかった。
そこで、次の決闘からは『モンスターを直接、使ってはいけない』というルールを足すことにした。
もう二度とあんなことは起こさせない!
すまないが、これで納得して欲しい」
俺は天を仰ぐ。
やっぱりかあ……やっぱりかあああ……。
クロットのところがどれくらい『獣寄せ』を用意しているか分からない以上、フジは多少、無理をしてでもそういうルールを足させるよなああああ……。
このルール、何がツラいって、俺がツラい。
ウチのアンデッドモンスターが使えなくなったーーーっ!
こうなったら仕方ない。
ユウに勝ってもらうしかない。
「ごめん、ベル。
ユウはモンスターを利用できないからな。
ルール変更を認めるしかなかった…… 」
メイもしょんぼりしている。
新ルールを認めなければ、ユウが不利。
認めれば俺が不利。
二択なら、少しでもユウが勝てる可能性に掛けるのは、これはもう当たり前なので、俺としても怒る訳にはいかない。
「メイ、クロットとフジと掛け合って、俺とユウの出場順番を入れ替えてくれないか? 」
俺は作戦を考える時間が欲しくて、そう頼んだ。
「分かった。それくらいなら嫌とは言わないだろう」
メイはまた話し合いへ。
その間に、少しでも用意を整えなきゃな。
「ユウ、悲痛な覚悟をしているところ、悪いんだが、コレを使ってくれ…… 」
俺はユウに俺の左腕に嵌めている『異門召魔術』の箱を渡す。
俺の『異門召魔術』の箱は腕に嵌めて小盾として使えるほどに強度を持たせたワンオフ物だ。
近衛騎士たちに配っているものとは物が違う。
「使い方は分かるか? 」
「ベルグ先生とセイコーマ先生が使うところを見てました! 」
「おーけー、じゃあ、特殊な使い方だけ説明するぞ…… 」
俺は、ユウに説明する。
「ぐおぉっ! 羨ましいっ! ベル専用のそいつは俺たちだって触ったことがないんだぞ! 」
ベルグが身悶えていた。
メイが戻ってきて、無事に順番変更を認めさせたと言ってきた。
「いいか、狙うべきは『ジャイアントキリングス』のやつだ。
それさえできれば、『キッチョウ党』のやつには負けていいからな。
ただ、本当に敵わないと思ったら降参でもいい。
自分の命を大事にするやつこそが、真の冒険者だからな」
俺はユウにアドバイスを送る。
だが、そんな俺の弱気を吹き飛ばすようにユウは言う。
「倒せそうなら、倒しちゃっていいんだよね? 」
「ああ、惜しい。ソレを言う時は尊大な顔を作って、不敵に笑いながら言うんだ! 」
「え、そこまで傲慢にはなれないです…… 」
「だああ、違う! そういうお約束があるんだよ! ちくせう、アルファならできるのに! 」
「フフン、別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう? 」
アルファが声だけで反応する。
「これだ! 覚えておくように! 」
「は、はい、頑張りますベル先生っ! 」
俺の謎の気迫に圧されて、お約束習得を頑張る約束をさせたが、生き残らなければソレは難しい。
生き残れよ、ユウ。
そういう想いを込めて、俺はユウを送り出すのだった。