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先輩冒険者。二人のケンカ。


「「「うーん……。」」」


「勢いで来ちゃいましたけど…… 」


「どうしよう…… 」


 アルたちが岩陰からクロットのパーティーを見張りつつ悩んでいた。


「そもそもなんでアルちゃんの鎧を先輩冒険者さんが着ているんですかね? 」


「あー、アルちゃんが死んだってことはその時に譲り受けたんじゃないかと思うけど……ベルは何してたのかね? 」


 アステルとメイがお互いにハテナ顔で首を捻る。


「でも、返して貰わなきゃ! 」


 アルは決意にみなぎっているが、具体的な策などはなさそうだ。


「それは勿論です! アルちゃんが『冒険者になった記念にベルさんから贈られた品』なんですから! 」


 アステルが鼻息荒く言う。


「うーん……遺品を返す先が分かっているなら、普通はそっちに持って行きそうなもんだけど、状況が分からないしね……。

 このまま突撃もまずいか……。

 お金でカタがつくならいいけど、冒険中は難しいか…… 」


 メイはどうしようかと現実的な問題に直面しているようだ。


「アルちゃんから見て、その先輩冒険者たちはどんな方だったんですか? 」


「えっと……私が冒険者に成り立ての時、色んな先輩たちに面倒見てもらってて……『色なし』から『赤ひとつ』になったばかりの時に、声を掛けてもらったのが最初で…… 」


 そこからアルの一人語りが始まる。


 アルが『赤ひとつ』になった時、先輩冒険者たちがそれを祝って互助会に併設された酒場で祝宴を開いてくれていた。

 その時、たまたま同じ酒場に来ていたクロットとフロルもその祝宴に参加したのが縁で、一度、一緒に冒険に行かないか、と誘われたらしい。


 クロットとフロルは『赤むっつ・緑ひとつ』という中級上位の冒険者で、アルからすれば雲の上の存在。


 アルはふたつ返事で了承して、クロットとフロルと冒険に出た。

 場所は『ケイク・ダンジョン』で初級から入れるダンジョンだ。

 そこを四日掛けて攻略した。

 初級から入れるといっても、それは入れるだけで、『赤ひとつ』になったばかりのアルからすれば、結構大変だったらしいが、中盤以降はクロットたちが活躍したことで無事に攻略できたらしい。


 アルは『赤ひとつ』ながら魔導具使いだ。

 代償さえ払えれば、格上とも戦える。

 『ケイク・ダンジョン』では、無茶をしたため、結果的に少ししか儲からなかったが、その体験は素晴らしいものになった。


 他の冒険者たちからも『赤ひとつ』で『ケイク・ダンジョン』を攻略するとは凄い、と一目置かれるようになって、鼻高々だった。


 何組か別の冒険者とも行動を共にした。

 アルは素直なタイプだったし、冒険に行く前には必ず俺からモンスターの情報を仕入れるくらいに真面目に取り組んだので、どんどん顔が売れていった。


 『ゼリ・ダンジョン』はクロットたちの提案だった。

 あまり深く潜らなければ危険も少ないと言うので、アルは喜んで受けることにした。

 ついでに『色なし』に色々教えてくれないかと頼んだところ、快く了承をもらった。

 そこで、俺を連れて行き……。


「口は悪かったけど、頼れる先輩って感じだったかな」


 アルからすれば、顔を売るきっかけを作ってくれた恩人という立ち位置だ。


「ようやく、追いついた…… 」


「「「ベル〈さん〉」」」


 まだ事に及んでいなかったことに安堵しつつ、俺は三人を見回す。


「馬鹿なことやってないで戻ろう。

 こんな夜中に訪問したって、敵と見なされて攻撃されるのがオチだ」


「でも…… 」


「あの鎧は俺が渡したんだ。

 せっかく作ったのに、使うやつがいなくなったからな。

 それに、今のアルの鎧の方が断然、いいものだから、拘る必要はないって言ったろ。

 ほら、分かったなら帰ろうぜ! 」


 俺はアルを説得に掛かる。

 アルは憮然としているが、もう一押しか。

 そう考えていると、アステルが憤慨する。


「ダメです! あれはアルちゃんの…… 」


「待って! ごめんねアステルちゃん、メイ。

 うん、ベルがあげちゃったんなら、仕方ないよね…… 」


 ほっ……。アルは納得したようだ。

 しかし、そこにメイから待ったが掛かる。


「待ちなよ、ベル」


「は? 」


「ボクは納得いかないな。

 アルちゃんの鎧は本来、アルちゃんの遺品だろ。

 それなら、バイエルさんのところに持っていくのが筋のはずだ。

 それがなんであそこにあるのさ? 」


「いや、バイエルさんのところには、ほら、アルの剣があるだろ。

 それなら鎧は別に…… 」


「遺品なのに? 」


「いや、俺がどん臭くて迷惑掛けたから、その迷惑料ってやつだよ」


 あ、自分で言ってて、にがくてしょうがない。

 クロットとフロルに対して、少なからず忸怩たる思いがある身としては、あの二人を庇う言動に、吐きそうになるが、アルの思い出を壊すくらいならと顔を引き締める。


「……最初にクロットが挨拶に来た時、ベルは顔を伏せていたよね? なんで? 」


「そりゃ、迷惑掛けた相手だから、負い目のひとつ、ふたつあってもおかしくないだろ」


「ふーん……いつからベルはそんな殊勝なやつになったのかねえ? 

 本当に迷惑料代わりにアルの鎧を渡したんなら、それで貸し借りチャラくらいは言うだろ、ベルは。

 それに道理に合わないのは嫌いなんだよ、ボク。

 ベルは知ってるよねえ? 」


 うぐっ……。これ、メイ、怒ってるやつじゃん。


「まあ、どっちにしろ、ボクはアルちゃんの鎧はアルちゃんが持っているべきだと思うから、取り返すけど、文句ある? 」


 あ、ヤバい。メイの目が笑ってない。

 だが、ここで負けたらアルの死んだ時の状況を話すことになる。

 アルの思い出を壊してしまうのは、どうなんだ? 


「………… 」


 俺が何も言えないでいると、メイはアルへと向き直る。


「アルちゃん。今から少し厳しいこと言うよ」


「え? 」


「そもそも、不思議なんだ。

 中級上位の冒険者が、なんで『赤ひとつ』になったばかりの初心者を連れて、『ケイク・ダンジョン』の最深部まで行ったと思う? 」


「それは……私に付き合ってレベルを落としたら、実入りが少なくて、稼ぎにならないから、多少の無理を押してでも、最深部まで行った方が稼ぎになるから…… 」


「その時、アルちゃんは魔導剣や魔導鎧を使って食らいついていった訳でしょ? 」


「それはまだ私には荷が重かったから、使ったけど…… 」


「当然、パーティーで行ったなら、その時使った魔晶石や魔石の分は折半だった? 」


「ううん。私は連れて行ってもらった側だし、でも、報酬はちゃんと山分けだってもらったよ」


「パーティーのことは、そのパーティーによるから、あんまり言いたくはないけど、あまり褒められたやり方じゃないね。

 しかも、初心者相手に…… 」


 話を聞いていたアステルが手を上げる。


「もしかしてメイさんは、アルちゃんがいいように利用されたとお考えなんですか? 」


「善意だけではなかっただろうって印象かな。

 最近、ちょっと話題の初心者を引っ張ってやったとなれば、互助会からも注目される。

 最初はそんなところかな。

 それにその初心者は、素質のあるお金持ちに見えるから、恩を売っておいて損はない」


「え? お金持ち? 」


 アルが、そんなまさかという風に言うが、これはメイの言うことが正しいだろう。


「魔導剣に魔導鎧、レイル印の魔導具の数々に、ちゃんとした教育を受けた印象がある。

 アルちゃんが使ってたものは、そういう風に見えておかしくないってことさ」


「確かに…… 」


 アステルも納得していた。


 アルに教育を受けた印象を持ったとすれば、それは『塔』で教育を受けたからだが、はたから見れば、やはり教育を受けられる身分に映ってもおかしくない。

 それと母さん印の魔導具は、確かに母さんが贈っていた。高価なものだ。


「まあ、冒険者は優しさだけじゃやっていけないのも確かだけどね。

 それでも通すべき仁義はある。

 ベルを連れて行ったのはアルちゃんだろ。

 アルちゃんが死んで、それを持ち帰ったなら、遺品くらいは届けてやってもバチは当たらない。

 なのに、ベルがくれてやるって言ったからって、じゃあどうもって言うんじゃ、バイエルさんたちの気持ちはどうするのさって話だろ。

 道理が通らない。そこのところ、ベルはどう説明するのさ? 」


「それは……その、ダンジョンから出てすぐに別れたから…… 」


 苦しい言い訳だ。


「ふーん……じゃあ、ベルも来たことだし、確かめてみれば分かるよね」


 そう言うとメイはアルとアステルを引き連れて、クロットたちのキャンプ地に向かおうとする。


 俺は、正直に言って分からなくなっていた。

 アルの思い出は、死の直前まで順風満帆、美しい思い出だったことだろう。

 アルが冒険中に、クロットやフロルを信頼しているような話をしていた記憶もある。


 美しい思い出を美しいままにしておく、それじゃいけないのだろうか? 

 真実だけが正しいとは思わない。

 俺は本の中の嘘の物語に、感動し、涙し、笑った。

 それは真実ではないけれど、正しいことだと信じている。


 ただ、このまま誤魔化したとしても、疑念が残る。

 疑念が残れば、それはもう美しい思い出のままではいられない。


 フォローをするつももないがクロットやフロルは極悪人というほどではなく、少し自分本位だったかもしれないが完全に道理を外れている訳でもない。


 もし、このままメイが突っ込んでいって、真実を引き出したとして、道理に外れるのは俺だろう。

 たぶん、憶測で動いたメイやアステルに迷惑を掛けるし、アルにも嫌な思いをさせることになる。


「ちょっと待ってくれ…… 」


 俺は真実を口にすることにした。


「あの時のことは、クロットとフロルが悪い訳じゃない。

 ア、アルが死んだ時……ベノムバイトって毒でどうしようもなかった。

 あの二人は確かにアルの装備を回収して、売ろうって話はしてたけど、アルの素性を知らなかったんだ」


「でも、ベルがいたなら、それを知る術はあった」


 メイが言う。


「なかった。

 あの時、モンスターの足音が迫っていて、あの二人はアルは置いていくって言ったんだ。

 重いものを運んでモンスターの相手はできないからって。

 俺はそれが許せなくて、俺とアルを置いていけって言ったんだ。

 あの二人は自分たちの命を守るために、逃げた。

 それは、仕方のないことだった。

 俺はアルから離れなかったし、モンスターは迫っていた。

 ゼリダンジョンは碌に解明されていなくて、どんなモンスターが出るかも分からなかった。

 あの二人は俺にも逃げるように言った。

 でも、俺はアルを置いていけなかった。

 だから、あの二人の中では俺もアルも死んでいるんだ。

 アルと俺の素性を知る術はなかった…… 」


「ベル…… 」


 アルが俺を呼んだ。


「ごめんね……私が失敗したから…… 」


「違う。しくじったのは俺だ。

 俺がアルを殺した……俺が…… 」


 ふぅ…… とメイが息を吐く。


「納得いかない部分もあるけど、事情は理解した。

 まあ、結果的にベルは生きてたし、アルちゃんもここまで来た。

 何も隠すことなかったんじゃないの? 」


「……それは。

 アルの思い出を壊したくなかった……。

 アルを生き返らせるのは俺のわがままだ。

 でも、そのためにはアルにもっと未練を持って欲しいと思ってる……だから…… 」


「だから、生前にあった美しいモノに罅を入れたくなかった…… 」


 アステルの言葉に俺は頷く。


「ベル。えーと……なんて言ったらいいか分からないけど……ありがとう…… 」


 アルは自分の頬を掻きながら、少し照れ臭そうに言った。


「アル…… 」


 俺としても、正直、なんと言ったらいいのかは分からない。

 ただ、気持ちは通じたような気がした。


「……でもね。いつものベルなら、そんな私のこと、馬鹿にするよね? 

 お前、騙されてたんだよ、気付けよそれくらい!

 クロットもフロルも体よくお前を利用してただけ。

 本当にバカ。あ、バカだったっけ? くらい言うよね」


「いや、そこまでは言わないだろ」


「いーや、言うね! 

 ……じゃなくて。

 そっちの方がベルでしょ。

 私に負い目感じて、私を守ろうとして……バカなの? 」


「は? 」


 いや、アルと通じあったと思ったのは、幻想ですか? そうですか。

 アルにバカって言われた。アホの子に俺が……。


「いい、私が守るの! 運動が苦手で、頭でっかちで、私が誘わなきゃ何日でも家に篭って本を読んでる……そんなバカを外に連れ出して、楽しい世界を見せて、人とふれあう大切さを思い出させる。

 それをするのは、私なの! 

 たまにケンカして、仲直りして、ギャーギャー騒いで、もっと二人で楽しいことや面白いものを見る。

 それ以上の未練なんてない! 


 だからさ、ちゃんと前みたいに、ケンカしようよ…… 」


 あ、アルが泣く。やめろ、ダメだ。


「……じゃ、じゃあ言ってやる。


 お、お前さあ、なんで昔の鎧に拘ってんの? 馬鹿なの? 

 そもそも、あの鎧着てても毒矢から身を守れてねーんだぞ! そのせいで死んでんだよ! 

 それに新しいの作ってやったろ! 

 満足いってねえなら、ちゃんと言えよ! 

 作り直してやっから。

 はぁ〜やだやだ、これだからバカの相手は疲れる。

 お前の言いたいこと、全部汲み取ってやって、お前が動きやすい形から、多少、無理しても壊れないように、超お高い素材で鎧を用意してやったのに、それに満足できないとか、どんだけ恩知らずなんだよ。

 さてはバカだろ? バカなんだな。

 あ、アルは頭弱いタイプだっけ? ごめん、ごめん、バカなの忘れてたわ」


 おっと、言っている内に興が乗って少しだけ言い過ぎたかな? 

 いかん、いかん、アルの顔が真っ赤になっているのが兜越しでも分かってしまう。ふっ……。


「はぁ!? なんでそんなことも分かんない訳? 

 私のこと、分かった風なこと言っておいて、全然、分かってない! 

 あの鎧は特別なの! 私が初めて冒険に行く時に、あんたが作ったんだよ? 

 なんで覚えてないの? 

 気持ちよ、気持ち! 防御力が優れてるとか、動きやすいとか、そういうのはどうでもいいの! 当時の私がアレを身に着けた時の感動が詰まってるの! 

 普段、人の気持ちが分からないとか、知識が足りないとか、散々バカにしてるくせに、思い入れとか執着とか、そういう情動も理解できないなんて、なんのために本なんか読んでんの? 


 ベルのが、バカじゃん! 」


「いや、お前がケンカしようとか言うから、言ったんじゃん。

 なんで本読むことまで否定されなきゃならないの? 

 防御力とか、動きやすさ否定すんのもおかしいだろ? 

 ちゃんと考えて喋れよ! 

 思い入れとか、今、初めて聞いたわ! 

 それ、最初から言ってたら、俺だって考えたよ! 何にも言わずに勝手に動く方がバカなんじゃねーの? 」


「うっさい! ばーか! 」


「いや、アルの方がバカだから。

 バカにバカって言われても困るんだけど? 」


 ヤバい、来る!


 咄嗟に腕を上げてガードだ。と思ったのも束の間、俺の両腕ガードの間に潜り込むように突き込まれたアッパーカットで、俺の両腕が吹っ飛ばされる。

 即座にヘッドロック。

 うぐ……全身鎧のアルにヘッドロックされると角が、ごいんごいん、当たる。


 アルがデコピンの体勢に入って、俺に最後通牒を突きつける。


「いいの? それ以上言ったら、分かってるよね? 」


「くっ……一発だけだ。今回は一発だけは甘んじて受けてやる…… 」


 まあ、アルが俺のくれてやった鎧にそんなにも思い入れがあるのは、知らなかった。

 それに、必要以上にアルを大事にし過ぎて、確かに普段の俺らしからぬことをしていたのも認める。

 だから、俺は挑戦的な目付きと共にアルのたわめられた指先を睨む。


 くーっ! 怖いっ! 


 ぺちんっ! 弱々しい一発。


「ふふ……ようやく、ケンカできた。

 今回はこれで許して、あげる。

 はぁー! スッキリ! 」


「お、おう。まあ、遠慮があったのは認める……。

 ただ、ほら……一応、アルは死んでる訳だしさ…… 」


「いいよ。それだけ大事に思ってくれてたってことでしょ。

 私も鎧のこととか言わなかったし…… 」


「ああ、まあ、うん…… 」


 そうして俺たちは二人して、黙る。


「あれ? メイとアステルは? 」


 メイとアステルはいつのまにか消えていた。


 翌朝、メイからのひと言。


「夫婦喧嘩は犬もくわない…… 」


 い、いや、別に夫婦じゃねーし……。



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