こんにちは。私の鎧。
それは四階層まで降りて来た時のことだった。
四階層はサバンナ地帯。
植物は少なめだが、崖が多く、岩場も大きめなものがあるので、身を隠す場所には困らない。
ただ飛行型モンスターは割と厄介なやつが多い。
空飛ぶ獅子は魔法で炎の玉を撃ってくるし、翼ある馬は魔法で雷を落とす。巨大ムササビは岩石を拾っては投げつけるという、飛行型かつ砲撃型のモンスターという、なるべくなら関わり合いたくないやつらだ。
地上に目を向ければ、角のような牙を持つサーベルサーバル、皮膚が異様に硬いフォワードジャッカル、毒を飛ばしてくるポイズリザードなどが彷徨いている。
七階層、八階層辺りに比べると、ひと回り小さくなったイメージだろうか。
「射て、射てーっ」「盾だ! 構えろ! 」「ボサっとするな! ロープを引け! 」
「ん? 冒険者? 」
そいつらを最初に見つけたのはセイコーマだ。
四十人からなる団体で、空飛ぶ獅子三匹を相手に十人の盾、十人の射手、六人の長柄槍、十人の運び手、四人の指揮者という組み合わせらしい。
向こうの指揮者が気付いたらしく、手を振っていた。
ちょうど狩りも終わったようだ。
運び手たちがせわしな解体作業に入っている。
指揮者の一人が長柄槍を一人連れて、近寄ってくる。
「やあ、こんなところで同業者に会えるとは、珍しい」
「ええ、こんにちは」
一番、人当たりが良さそうなセイコーマが挨拶する。
俺は、そいつを見た時、驚いた。
「クロット…… 」
装いが変わって立派になっているが、アルが俺を庇って死んだ時、アルの装備品を売ると公言した男だ。
クロットとフロル。
『ゼリダンジョン』一階層でアルが亡くなった時の先輩冒険者。
アルが死んだのは俺のせいだが、俺としてはその後の対応含め、恨み言のひとつも言いたい相手ではある。
だが、今さらそれをぶつけても、どうにもならないとも思う。
俺は咄嗟に顔を伏せた。
「我々は今、この近くにキャンプを張っているんだが……見れば人数も少ないようだし、良ければ今晩くらいは面倒みようか? 」
善意、なのだろう。おそらくは。
俺たちは八人。
普通は二階層より上を目指すなら、三十人くらいのパーティーを組むのが普通らしいし、俺たちは荷物も少ない。
なんなら野営道具も最低限しかない。
一般的に考えれば、この四階層で壊滅とは行かないまでもパーティーが崩壊。
生き延びた者たちだけでさまよっている、くらいに見えるのだろう。
【冒険者バッヂ】もやけに不揃いだしな。
「ああ、お気遣いはありがたいが、先を急ぐ身でね。
悪いがこのまま失礼するよ」
セイコーマがやんわりと断りを入れる。
「しかし、その人数だとキツいんじゃないか?
せっかく四階層まで来たのに実入りが無しじゃ、パーティーとしては今後も立ち行かないだろ? 」
「いや、問題ない。
すまないが、本当に先を急ぐんだ…… 」
「だが、そんな状態の君たちを放っておく訳には…… 」
なんだか、しつこいな。
そう思っていると、メイがキレた。
「しつこいなぁ……。
ほら、冒険者バッヂ。見える?
超級冒険者様だよ! 君らの常識をボクたちに押し付けないでよ」
「ちょ……ちょうきゅ…… 」
普段、隠してるんじゃなかったのかよ、メイ。
見かねたセイコーマが慌ててフォローに入る。
「まあ、そういう訳で、本当に困っていることはないんだ。
失礼する…… 」
セイコーマが俺たちを促す。
俺たちはそれに合わせて踵を返す。
「あ、あの! それなら助けてくれませんか? 」
そう言ったのはクロットの供をしていた長柄槍の男だった。
「は? 」
思わず振り向いたのは、やっぱりメイだった。
「この階層にもうひと組パーティーがいるんです。
ただ数日前に獲物を横取りしたとか難癖つけられてて…… 」
「お、おい…… 」
クロットが長柄槍の男を小突いて止めさせる。
俺たちはお互いに目を見合わせる。
馬鹿じゃなかろうか?
なるほど、一宿一飯の恩義を餌に人数増やしておこうって魂胆か。
改めて言おう。
馬鹿じゃなかろうか?
「ふむふむ、つまり君たちはボクを護衛として雇いたい、と?
超級冒険者に緊急依頼を出したいってことだね」
超級冒険者に護衛の緊急依頼とかいくら掛かるんだろうか?
俺は超級冒険者を雇ったことはないので分からないが、それ相応の値段になることだろう。
「あ、違うんだ。誤解しないで欲しいんだが、変な意図があってキャンプに誘った訳じゃなくてだな。
俺としては、あくまで困っているように見えたから、何か力になれないかと……。
いや、すまなかった。行ってくれ…… 」
クロットは必死に言い訳をして、俺たちから逃げるように去っていった。
相変わらずなんだな。
クロットは俺をモヤモヤさせる天才みたいだ。
限りなく黒に近い灰色というか、言っていることが表面上、正しい分、余計にイライラさせられる。
「ねえ、あれってクロットさんだよね? 」
アルが去っていく背中を見ながら言う。
「知ってるの? 」
メイが聞いた。
「知らん! ほら、関わり合いになると面倒だから、行こうぜ」
俺は知らんぷりを決め込んで、アルを促そうとする。
「あれ? アレって私の鎧…… 」
「え? 」
「フロルさん? え、なんで? 」
言われて、チラリとクロットのパーティーを見る。
フロルもいるのか。
指揮者の一人は確かにフロルだった。
そして、そのフロルが着ているのが、アルが死亡時に身に着けていた鎧なのだ。
あの鎧は俺がアルに頼まれて、魔法防御の魔法陣を刻み込んだ鎧だ。
なんで着ているんだよ。アルの魔導剣は売っただろうに……。
「いいから、行こう、アル。
あんな鎧より今の鎧の方が確実に上質だ。
拘る必要ないだろ」
「え、ちょっと待ってよ。
だって、アレ、私の鎧だよ」
「どういうことですか? 」
アルが騒ぐから、アステルが入ってきた。
「あのね……えーと…… 」
アルがアステルに何かを言おうとして、ユウが目に入ったのだろう。
アルはユウに自分がアンデッドだと告げていない。
俺もアルに、アルが死んだ直後、何があったのかは教えていない。
嫌だろ、自分が死んだ直後に頼るべき先輩冒険者に身ぐるみ剥がされてダンジョンに置き去りにされたなんて聞くのは。
「あー、うん……なんでもない……。
たぶん、気のせい…… 」
そうしてアルは黙った。
そうして夜。
俺は見張り終わりの寝入りばなに、ユウに起こされた。
「ベル先生! ベル先生! 大変! 起きて! 」
「んあ? なんだよ? 」
「アル姉ちゃんとメイ姉ちゃんとアステルさんがいないっ! 」
「はあっ!? そりゃいったい……? 」
「どうしよう? 三人ともどこにもいないのっ! 」
目覚めた俺はユウから事情を聞く。
ユウ曰く、おしっこ〈お花摘みだとキツく言い聞かせた〉に起きたら、見張りをしているはずのメイとアステルが消えていて、テントにいるはずのアルに報告しようとしたら、アルもいなかったんだとか。
それで慌てて俺のところに報告に来たらしい。
「アルファ。アルたちは? 」
「すみません……アルちゃんから黙っていて欲しいと頼まれてしまって…… 」
「なるほどな…… 」
まあ、予想はつく。
昼間に会ったクロットたちパーティーのところに、アルの鎧を取り返しに行ったのだろう。
アルファがそのことを俺に伝えられなかったのは、アルに俺と同等のアンデッドへの命令権限を持たせているからだ。
はあ……面倒な。
だからといって、放置する訳にもいかない。
「ユウ、心配しなくていい。
とりあえず寝てくれ」
俺は『取り寄せ』魔術でゴースト系上級モンスター、レギオンを呼び出し、見張りを任せると、アルたちを追うことにした。