アル……。違う!
俺はどうにか頭を振って立ち上がり、自分を取り戻す。
それから、吸血鬼『ムウス』を見る。
『ムウス』もまた呆然と俺を見ていた。
ロマンサー同士は『業』を背負い合う。
それはお互いの望みを知って、それでも自分の望みを叶えるべく争わずにいられないシステムだ。
そうでなければ、最初から『ロマンサー』になどなっていない。
今回の不幸は、俺と『ムウス』に共通点が多かったことと、『ムウス』が運命線の変更を行わずに終わってしまっていたこと、それから、それによって『ムウス』の精神が歪んでしまっていたことに起因する。
「アル…… 」
吸血鬼がその名を愛おしげに口にする。
「違う! アルはソスじゃないっ! 」
俺は否定する。
お互いのここまでの歩みを追体験したからこそ、分かるのだ。
この壊れてしまった吸血鬼は、『アル』の中に『ソス』を見出そうとしている。
壊れてしまったものを無理矢理にでも取り戻そうと、更に壊れようとしている。
俺は続ける。
「お前のソスは死んだ!
アルは…… アルは俺んだ! 」
ハッキリと告げてやらなければならない。
これ以上、悲しい勘違いをさせてはならない。
「いいか、お前の中で響いているソスの声は、ソスじゃない!
証の中のシステムメッセージに過ぎない!
ソスは幸福だったと言った!
お前は……お前は運命を覆したんだっ!
終わってるんだよ! 」
「終わって…… 」
ある意味において、『ムウス』は確かに運命を覆した。
ただそれは『ソス』がその人生を受け入れたからゆえの『幸福』だ。
それを『ムウス』が否定しているからこそ、こいつは壊れた。
では、何が正しかったのか、などというのは、俺にだって答えられない。
「お前が望んだのは、ソスの幸福だ。
ソスの幸福は、お前が決めるもんじゃない!
ソスが決めるものだ!
そのソスが幸福だったと言ったものをお前が否定するな! 」
「……でも! それでも、俺はもっとソスと居たかった! ソスと…… 」
『ムウス』は泣いていた。
吸血鬼になったこいつは、涙ではなく血を流していたが、それはやっぱり泣いていた。
人間の欲望に限りがない、とは良く言われる話ではあるが……それは結果的に生きている限り続いていくものだ。
『ソスの幸福』を叶えた結果、『ムウス』はその次が欲しくなった。
それを望むのがいけない訳じゃない。
肝心なのは、結果を受け入れ背負えるかどうかなのかもしれない。
『ソス』を喪った悲しみを俺は知っている。
『ムウス』がそれを否定したくなる気持ちも良く分かる。
『業』がそれを俺に伝えたからな。
「お前もロマンサーなら、分かるはずだ。
これ以上は運命が覆ることはない。
運命線の変更にポイントが入れられなくなってる…… 」
本当にこの『夢追い人』というシステムは最悪だ。
希望という呪いで人を駆り立て、絶望を知らせる。
俺は自分の【ロマンサーテスタメント】を握り締める。
でも、捨てられないんだよな、コレ。
捨てたところで戻ってくるし。
つまり、俺にとってはちょっと珍しい便利アイテム以上の価値はない。
ただ、『ムウス』を追体験したことによって、この便利アイテムの凄さを体験したのは良かったかもしれない。
たぶん、『ムウス』に戦う気力があったなら、この【ロマンサーテスタメント】でガチガチに強化された吸血鬼に勝つのは相当な犠牲を覚悟しなければならないだろう。
俺はほとんど【ロマンサーテスタメント】を利用していないから知らなかったが、GPを払ってギフトを取っていけば、本当に人間辞めちゃうレベルの強化が可能みたいだ。
超級冒険者であるクーシャやメイ、下手したら魔王や魔神すら凌駕する戦闘能力の獲得も可能らしい。
ただ、それがいいことかと言えば、それもまた違うとは思う。
「……魔王、ヴェイル」
「なんだよ、ムウス」
すっかり血の涙で泣きはらした『ムウス』が、多少すっきりしたのか、立ち上がる。
「お前は……間違えるな」
「ああ。分かってる」
『ムウス』はわざと間違えた。
それは初めて言葉を交わした時、「神に騙された」と言ったことからも分かる。
心の奥底では理解していた証拠だ。
それでも、間違えるしかなかったのだろう。
そうでもしないとやりきれなかったから。
だから俺が、お前の『業』も背負ってやるよ。
俺はズボンの裾に隠した短剣を引き抜く。
ゴースト集めの時に獲得した集合霊のおまけについてきた『神の挑戦者』の剣だ。
俺の中では『おまけの剣』として認識している。
この『おまけの剣』の何がヤバいって、現状、なんでも斬れる。たぶん、これならあの『神』にも傷がつけられるんじゃないだろうか?
倒せるかは知らんけど。
ただ、扱いには注意が必要だ。
『サルガタナス』の力で【ロマンサーテスタメント】に呪い防御・精神感応防御・意志強化なんかを作ってもらって獲得しているが、「斬る」意志が数千年分詰まっているため、たまに引っ張られそうになる。
アルファ曰く、『おまけの剣』を抜いた俺は、思春期の暴走みたいな状態になるらしい。
「ケジメ、つけてやんよ…… 」
俺が短剣を振ると、形状変化によって刃が伸長し、普通の剣ほどの大きさになる。
俺の変化に『ムウス』が一瞬、驚いた顔をしたものの、そのままクスリと笑う。
「ああ、だが少し待て…… 」
言ってムウスが両腕を広げるとそれぞれの手から血が蠢いて、二匹の眷属を生み出した。
灰色天狼と黒大蝙蝠だ。
「俺の魂から削り出した眷属だ。
お前に従う。
素材を採った後も血を与えてやれば、時と共に修復する。
使ってくれ」
「すまねえ、恩に着るぜ」
「いや、それはこちらのセリフだ。
……さあ、やってくれ」
「ああ、お前のことは忘れねぇ…… 」
俺はゆっくりと剣を肩に担ぐ。
「うおおおおぉっ!! 」
両断。
『ムウス』の『業』を背負って、俺は彼を両断した。
次元斬、オド吸収、再生不可、縁斬り、聖剣……。
『おまけの剣』が獲得している様々なギフト効果が同時に煌めいて、『ムウス』は黒い霧になり空間に溶けていった。
剣を一振り、俺は短剣に戻すと、それを鞘にしまった。
声も無く、音も無く、『ムウス』は消え、俺はまた業を負ったのだった。
「……ごめん。まっっったく意味が分からないんだけどーーっ? 」
メイが叫んだ。