序列? 畏れってとこか。
そう、最悪を予想するべきだった。
飛行型モンスター。
その言葉で俺は固定観念に囚われていた。
『灰色天狼』と『黒大蝙蝠』。
何故、この二匹のモンスターに眷属ちっくな名付けがされているのか。
少し考えれば分かる話だった。
空を飛べるモンスターで、蝙蝠と狼を眷属として従えるモノといえば、それはもう『吸血鬼』だろう。
それも眷属を生み出せるレベルとなると、アルの進化先、純正吸血鬼の中でも高位のモノだ。
魔王に比肩しうる上級上位モンスター。
今の冒険者互助会では最高ランクが上級上位なので、上級上位と考えるしかないが、魔王やら純正吸血鬼といった奴らは、冒険者で言うところの超級が束にならないといけないようなモンスターなのだ。
この九階層で決まりだろう。
グレイファミリアとナイトファミリアは、この階層に居る。
ようやく頭の中で線が繋がったのはいいが、よりにもよって『吸血鬼』への進化のために『吸血鬼』の素材が必要とか意味が分からなかった。
無理難題だろうに……。
正しくは『吸血鬼』の眷属の素材なのかもしれないが、ギガントバードの時のように素材だけ掠めとってくればいい訳ではない。
なにしろ、眷属と吸血鬼は繋がっていたはずだ。
眷属が見聞きしたことや眷属の死、それらは吸血鬼にも伝わると『アンデッド図鑑』にはあった。
要するにミニ蝙蝠を始末した時点でこの階層の飛行型モンスター『吸血鬼』と敵対したということだ。
俺はそのことをクーシャとメイに手短に説明する。
「ようやく目的が達成できるってことね! 」
「で、でも、狼はちゃ、茶色だし、こ、蝙蝠も大きくない…… 」
メイは喜び、クーシャは疑問を口にする。
「ああ、眷属にもいくつか種類があるみたいだからな。
血から生み出す探知要員やら攻撃要員、魂を削って造る分身的な眷属なんかもいるらしいから、俺たちが狙うグレイファミリアとナイトファミリアはその中でもヴァンパイアに近しい側近的なやつだと思う」
俺はクーシャに答えつつも考える。
聖別武器のストックはある。聖水も充分な量が研究所にある。
ウチの国ではアンデッドを戦力や労働力として使うため、最近では国民の安心感を保つべく対アンデッド装備に力を入れている。
未だ近辺に潜伏している『金色』の魔王対策というのもある。
なんとかなる、か。
俺は腰のガンベルトから何枚かの『取り寄せ』魔術を使って、戦力を整えていく。
本当ならキャンプ地に戻ってアステルに応援を頼むのが筋なんだろうが、そうするとアルが一緒に行くと言ってきかないだろうし、そうなるとユウのことを守る人間がベルグとセイコーマだけになってしまう。
吸血鬼と敵対してしまった以上、俺とクーシャとメイは監視されていると考えるべきだろうから、下手にキャンプ地に戻るのもよくない。
生きた人間を吸血鬼の目に晒すのは、餌、兼人質、兼敵戦力を増やす羽目になるだろう。
「このまま行くべきだな……。
メイ、クーシャ、付き合ってもらうぞ」
「あ、うん……それはいいけど……ねえ、これって過剰戦力って言わない? 」
メイが辺りを見回して言う。
「言わない。魔王クラスを相手にするつもりで掛からないとな」
メイとクーシャにはしっかりと聖別武器を装備してもらって、更にリザードマンデュラハンズ、エインヘリアルのトウル、ドラゴンゾンビたち、ウピエルとウピエル・レッサーヴァンパイアが千五百、更にはウチの国の最高戦力である死霊騎士団の兵が俺の一存で動かせるだけ、五百ほどいる。
総数にして二千ちょっとの軍団が森の闇の中を所狭しと蠢く。
さて、この軍団をどう展開しようかと考えていると、トウルと押し問答しているウピエルが見えた。
「サガレ! ジョレツヲ、マモレ! 」
「それは重々承知しておりますが、そこを曲げて主様にお目通りを…… 」
んん? 俺の知らないところで知らない序列が生まれている?
俺がアンデッドたちに決めたのは戦闘区分の『トルーパー』『ベテラン』『ルーキー』の三つだけで、他はアルファに丸投げしているから、細かいことは分からない。
自己判断力があり、連携を理解し、一定以上の技量を獲得したやつらは『トルーパー』として、ウチの中核戦力ということにしている。
トウルもウピエルも『トルーパー』なので、俺の中では特に優劣を決めている訳ではない。
まあ、ウピエルは元コウスの騎士、兵士で中には親族が存命だったりするのと、能力的にレッサーヴァンパイアを作る繁殖力が強さの肝なので使いづらいとか、トウルは専用アイテム〈赤黒いワイン〉で今のところ底無しパワーアップが可能だが、脳筋なのでピンポイント運用に向いているとか、そういう区別はある。
序列があるというのなら、アルファの考えだろうし、そこにごちゃごちゃ言うつもりはないが、何か言いたいことがあるのなら、俺のできる範囲で聞いてやるのも主としての務めだと思う。
「トウル、お前を門番として呼んだつもりはない。
ウピエルが今、話したいというのなら聞く」
「ハッ、ワガカミ…… 」
トウルが平伏する。
「コブト、どうした? 」
マート・コブト。元サダラ領大隊兵長だったウピエルだ。
サダラ領主シーザー・クルトによって転化された、フォート・フォル・コウスから数えて孫代に当たる吸血鬼だ。
コブトは俺の前に進み出ると恭しく平伏する。
「はい、我が主様に報告したき議がございます」
「前置きはいい。話せ」
「はっ、では。
我らウピエル一同、ここより北東にて、強大なる血の力を感じております。
敵、主軸はおそらくそちらかと思い、報告に参りました」
強大なる血の力?
種類は違うが、同じ吸血鬼同士、感じるものがあるということだろうか?
「アルファ、お前はどうだ? 」
「……はい。確かに。ですが、南にも? 」
「南? 」
おい、それはまずいんじゃ……。と声にする前にコブトは発言する。
「そちらはアル姫のものかと存じます。
おそらく、位階が同程度な方々では、この感覚は薄いかと…… 」
あ、アルの。ってか、姫ってなに?
アルは街の定食屋の娘なワケで、王族でもないのに、姫って。
脅されているのか、コブト?
いや、それはいい。良くはないけど、今はいい。
それよりも位階が同程度な方々?
えーと、アルファは位階が同程度だから感覚が薄い? 方々ってことはアルもか。
ルガト=ククチ?
いや、この場合、始祖か。
吸血鬼には明確に序列がある。
種類によって、人間から見た時のクラス分類もある。
コブトは始祖から数えて、孫代。
アルやアルファは始祖だ。
吸血鬼の言う位階とはおそらく、その始祖から何番目かを表しているのだろう。
吸血鬼の在り方からすると、俺の『アンデッドとの契約による絶対命令権』のようなものが吸血鬼にはある。
親から子への命令権は強固なものとして存在するというから、それが強大なる血の力として感じられるのかもしれない。
まとめると。
「畏れってとこか…… 」
「はっ、戦となれば無論、消滅も辞さず戦う所存ではあります。
ですが、この感覚が我が主様へのひと欠片なりでも一助となればと、参じた次第にございます」
「ああ、助かった」
俺は礼を言って、コブトを下がらせる。
索敵する手間が省けたな。
「アンデッドって、あんなに喋るの? 」
「まあ、話せるやつはね。
アルとはメイも普通に喋るじゃん」
「ああ、そっか。アルちゃんってば、生前とあんまり変わらないから、ついアンデッドだって忘れるよね」
「うん、それはアルにぜひ言ってやってくれ。
喜ぶと思う」
「なんだかベルは、すっかりアルちゃんのお母さんなんだねぇ」
メイがしみじみと俺を覗き込んでくる。
「いや、そこはせめてお父さ……いや、兄貴だろ! 」
「うんうん。ベルはアルちゃんの兄貴気分かぁ。
じゃあ、それもアルちゃんに言っとくね」
ヨシヨシすんなっ!
「それは言わんといて。
折檻される未来しか見えないから…… 」
がっくり肩を落とした俺を、メイは昔ながらにヨシヨシし続けていた。
俺は締まらないまま、全軍に北東方面への前進を命じるのだった。
階層間違い。