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暗い。キツい。ありがたいけど、最悪だ。


 クーシャが橋の袂で羽根を両手に掲げる。

 不思議な光が羽根に集まったかと思うと、俺たちの通行を妨げていた壁は無くなったように見える。


 光の壁があった辺りに手を伸ばす。

 確かに壁は消えていた。


 俺はひとつ頷いて、全員の方を見回した。


「ほらな。ちゃんと消えただろ? 」


 皆からは「おおっ」とか「わぁ……」などという感嘆の声が漏れる。


「倒さなくて良かったんですね…… 」


「ああ、この彫刻のどこにも人間がギガントバードと戦っている描写はないだろ。

 つまり、戦う必要はないってことだ」


 久しぶりに俺は鼻高々にドヤ顔をしている。


 ビシッ! 


「あいたー! 」


 おお、アルめ。鉄の手甲でデコピンはヤバい……。


「その顔ムカつくからやめてね! 」


「おひー……お、おう…… 」


 俺は蹲りながら、なんとか返事をするのだった。

 ここで、暴力やめてね! みたいなことが言えないのがアルとの関係性というやつだった。

 ちくせう。


 俺たちは長い長い橋を歩いて、九階層へと到達する。

 深い森、木々に覆い尽くされた山、空中に浮かぶ小さめの浮島に存在する湖とそこから流れ込む滝。

 幻想的ともいえる景色のはずなのに、九階層に到達した瞬間、暗く淀んだ空気が流れている気がする。


 そうか、雲を抜けた空の上のはずなのに、辺り一面が曇り空で、太陽の光が見えないからだ。


 橋からは確かに太陽光に照らされた幻想的な景色が見えていたのに、橋から一歩踏み出せば、周囲の景色が途端に暗く淀む。


 九階層は『神の試練ダンジョン』らしい、とんでも異空間なところだった。


 ここに来て、なんでもアリのダンジョンなのだと、俺たちにもう一度思い起こさせる作りとは、神め。


「暗いな…… 」


 森が深くて、先が見通せない。

 だが、九階層から十階層への橋はすぐそこに見えている。

 外周を左へ、半日もかからないだろう距離だ。


「どうしますか? 」


 アステルが聞いているのは、このまま十階層に向かうのか、それとも九階層をある程度、モンスターの種類を判明させるくらいに探索するのかという意味だろう。

 今までは次の階層へと向かう橋を渡っている間に飛行型モンスターは判別できていた。

 ただ今回はそれができていない。

 深い森が原因か、そもそもモンスターに大型のものがいないのか、橋から見えていた幻想的な景色自体が幻のようなものなのか、それは分からないが、前人未到のこの階層に可能性がある以上、探索は必須だろう。


「グレイファミリアとナイトファミリア、八階層で確認できなかった以上、この階層にいるのかどうかは確認する必要がある」


「じゃあ、この近辺にキャンプ張って、ボクとクーシャくんで確認に行こっか? 」


 俺の言葉に即座に反応したのは超級冒険者であるメイだ。

 そのメイが同じく超級冒険者のクーシャを誘い、クーシャもそれに同意を示すように頷いた。

 なので俺は言う。


「俺も行く」


 すると、メイは少し困ったような顔をして、クーシャは目を逸らすように俯いた。

 その妙な緊張感に、俺はたまらず聞く。


「もしかして、何かまずいのか? 」


「う〜ん……嫌な気配はびんびんにするねぇ…… 」


「それなら私も…… 」


 腕に覚えのあるアルが一歩出ようとするのを、俺は手で制する。


「他の皆はキャンプ地の確保だ」


「はあ? ベルの方が弱いんだから、ベルが残りなさいよ」


「違う。アルや他の皆の方が強いからキャンプ地の確保を頼んでいるんだ。

 俺は搦手からめて担当だ。それに俺にしかない力が必要になるかもしれないしな」


 そう説得すれば、皆は渋々ながらも納得するしかない。

 死霊術は俺だけの力だ。

 メイの感じる『嫌な気配』がどれほどのものかは分からないが、もし超級冒険者でも手を焼くほどの敵が出てきた場合でも、俺なら時間を稼いで逃げる隙を作れるだろうという自負がある。


 幸いというべきか、橋は他のダンジョンで言うところの階段に当たる。

 モンスターは人間を見つけても橋はなるべく避ける傾向にあるので、比較的安全だと言える。

 キャンプ地を橋のすぐ傍に設置するのが、今の俺たちにできる最善策だ。

 橋の上だと謎の力で見える景色が変わるからな。

 これがどう作用するか分からない以上、九階層の中に居る方が、対策が立てやすいだろう。


 準備を整えた俺とクーシャ、メイの三人は森の中へと向かった。




 光の魔術符が木々の陰影をはっきりとさせる。

 地面には根が張り、凹凸をあちこちに作っていて歩きづらいが、クーシャとメイはまるで苦にした様子はない。

 四苦八苦しているのは俺だけだ。


 時折、獣のような唸り声、蛇のような呼吸音、まるで人間の叫び声にも聞こえるものが耳朶を打つ。


 あれは遠い。それも遠い。これは近い……と思った時にはクーシャの剣が閃くか、メイの短剣が空気を切り裂くように飛んでいる。


 人間をひと呑みにできそうな頭のデカい蛇は胴体がやたら短く、巨大ツチノコのようだ。

 全身に毒霧を纏った猿のモンスターは近づく獲物をその毒でぶよぶよにしてしまう。

 池ほどの大きさの水スライムは多少の火でなんとかなるものではない。


「き、キツい…… 」


 出てくるモンスターは上級でも苦戦するような防御力や素早さ、特殊能力を持ったやつばかりで、俺の『火の魔術符』はほとんど意味がない。


 超級二人はさすがの身のこなしというべきか、索敵が早く、一人でも対処可能なので、ほとんど俺の出番はないが、それでもいざという時のために、俺は大粒の魔宝石をいくつも握り締めている。


「風よ唸れ! 」


 メイは短剣にある空洞に宝晶石をセットして、魔剣を起動する。


 魔剣なんて持ってたのか。

 しかも、地脈のオドの凝固物である宝晶石は、かなり金食い虫の装備のはずだ。

 まあ、その分威力は高いけど。

 もしかして、母さん作なのか?


 メイの短剣が巨大ツチノコの頭を真っ二つに切り裂いた。


 クーシャはクーシャで、毒霧猿に『オーラソード』という飛ぶ斬撃を使っていることから見ても、この九階層のモンスターの脅威度がかなり高いことを窺わせる。


 俺は池スライムをちまちまと焼く。

 大きさはともかく、スライムはスライムだ。

 弱点は変わらないので、焼く。

 核をピンポイントで狙えればいいんだが、この大きさになると、俺の力量ではこの辺りの森ごと焼き尽くす火力を出すくらいしかない。

 そのせいで森中のモンスターを呼び寄せることになったら最悪なので、ちまちま、ちまちま火の魔術符で焼いている。


「オーラソード! 」


 クーシャの一撃で核を割られた池スライムが、粘つく池になった。

 観察力なのか、直感なのか分からないが、核の位置が分かるようだった。


 うーむ。今俺は確実に足でまといになっている。


 仕方がないので、俺は『取り寄せ』魔術で増援を呼ぶことにした。

 研究所での攻防でも騎獣としてお世話になった『大角魔熊プラステロメア』というアンデッド熊型モンスターだ。


 大角魔熊は元々、うちの『騒がしの森』出身なので、森の騎獣に向いている。

 こいつに俺が乗ることによって、クーシャとメイは俺に気兼ねなくスピードが出せるはずだ。


 これで探索範囲が広げられる。




 飛行型モンスター……飛行型モンスター……。

 正しくは『灰色天狼グレイファミリア』と『黒大蝙蝠ナイトファミリア』はどこだと、暗闇に目を凝らす。


 ここ『天空ダンジョン』はその名が示す通り、天空を行くモンスターのためのダンジョンだ。

 どの階層にも必ず飛行型モンスターがいる。

 それは古い古いダンジョン産の本にそう書かれている。

 今、『エイビ』の街で確認されているのは六階層までだが、『天空ダンジョン』を目指す者にとっては、その古い古いダンジョン産の本がもっとも信憑性の高い情報として出回っている。


 なにしろダンジョン産の本となれば、著者は神々の中の一柱か、その眷属だということを俺は知っている。

 『本』という文化に意識を向けた者は、知らずとも薄々感じるだろう。

 ダンジョン産の本は他の本とは『違う』ということを。


 そうして、古い情報の中にグレイファミリアとナイトファミリアが最上層近くに居るとある以上、必ず居る。

 この『天空ダンジョン』が見た目通りに十階層なのだとすれば、最上層である十階層にはいない。

 これまでの六階層までに目撃情報はなく、八階層で一週間以上過ごしたが、一度も見ることはなかった。

 となると、この九階層が『最上層近く』ということになる。


 俺は気が急いている。

 まあ、自覚がないよりいいだろう。

 九階層。

 もう手が届くだろう位置に、アルの進化がある。

 早く、早く、と思ってしまうのも仕方のないことだろう。


 バサバサバサ……。


 羽ばたきの音だ。

 俺はそちらへと光の魔術符を向ける。


「動物……? 」


 クーシャが呟いた。

 手のひらに収まってしまいそうな大きさの蝙蝠だ。

 色は黒だが、大きくない蝙蝠。

 シャンデリアバットのような見てモンスターと分かる特徴はない。

 確かに動物だと思える大きさと特徴のなさだ。

 ここが『ダンジョン』でなければ。


 ぐるるるる……。


 続いて獣の唸り声。

 今度は後ろかと、光の魔術符をかざす。


「おお、かみ…… 」


 茶色い毛並の普通の狼。モンスターには見えない。

 メイが目を丸くしている。


 クーシャとメイはこの状況に違和感があるものの、感情がついて来ないといった様子で、キョトンとしている。


「くっ……アルファ、蝙蝠っ! 」


 俺は咄嗟に腰の『火の異門召魔術』を抜いて、狼へと向けながらアルファに最低限の指示を出す。

 アルファはすぐに応えて、蝙蝠を撃ち落とすべくポルターガイスト能力を放った。

 俺の火球は狼を丸焦げにした。

 ただの狼ならば、当然の結果だ。


 アルファの衝撃波は蝙蝠に当たった。

 その場で蝙蝠は数十の黒い肉片を散らして……いや、違う。

 数十のより小さな蝙蝠となって辺りに散っていく。


 ハッとしたメイが、短剣をいくつか投げて、小さな蝙蝠を撃墜していく。

 クーシャも同様に跳び上がると、二匹、三匹と斬り捨てていく。


「このっ! 」


 珍しくアルファが舌打ち交じりにポルターガイスト能力を乱射する。


 蝙蝠たちは、大きめのアゲハ蝶くらいの大きさが限界のようだった。

 それ以上は小さく分裂することなく地に落ちていく。


「やったか? 」


「咄嗟に見えた分はね…… 」


 メイが短剣にミニ蝙蝠を刺したまま持ち上げて見せる。


「申し訳ありません…… 」


 アルファは霊体を現して俺に謝った。


「いや、いい。俺もああなるとは予想していなかった…… 」


「あらら、これも予想外かな……? 」


 メイの短剣に刺さったミニ蝙蝠が、ぐずりと溶けて、メイの手を鮮血で汚した。


 俺は頭を抱える。

 クーシャが心配そうに俺を窺う。

 それに手を上げて大丈夫だと応えてから、それでも優れない顔色のまま、俺は言った。


「……予想して然るべきだったな。

 ありがたいけど、最悪だ…… 」


階層間違いとそれに伴う一部表現。

「オーラソード」なる→「オーラソード」という

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