だって、羽根が鍵なんだよ!実際は美味しかったんでしょ?
さて、ユウの訓練を挟みながらも俺たちの旅は進む。
そのはずだったが、八階層から九階層への橋の袂まで来た時、停止を余儀なくされた。
橋が通れないのだ。
魔法でもなく、もちろん魔術でもない。
透明な光の壁によって、先は見通せるのに、進めないという状況だ。
石橋の欄干には精緻な彫刻が施されている。
それは謎かけとも呼べないような代物で、人をワイバーンが焼き、そのワイバーンがギガントバードに食われている。
そして、ギガントバードの羽根だ。
羽根を掲げることで道を開く人間が描かれている。
「マジかよ…… 」
鍵は羽根。そういうことらしい。
「ギガントバード退治かぁ」
アルが腰に手を当てて、やる気はあるという風に鼻をひとつ鳴らした。
「た、戦えますかね…… 」
ベルグは槍に添えた手を軋ませて、唾を飲む。
「や、やるしかない」
クーシャが自然体のまま言う。
「ちょ、ちょ、待てい!
なんでそうなる!? 」
「だって、羽根が鍵なんだよ? 」
俺の制止も聞かずに、アルはあの一番高い山の方角へと目線を向ける。
そのアルにセイコーマは疑問を投げかける。
「ですが、ユウはどうなります?
確かにユウは力をつけました。
しかし、ワイバーンを一蹴するギガントバードに挑むのは馬鹿な話ではすみませんよ」
「やります! セイコーマ先生。
もちろん戦力にならないのは分かっていまる……けど、褒めてくれた逃走術で囮くらいならやれると思うんだぜ! 」
「ユウ…… 」
「ユウ……っ 」
ベルグとセイコーマが感極まったようにユウを見ていた。
いつのまにセイコーマ先生なんて呼ばせてんだよ。
あとユウの変な語尾って無理矢理に悪童ロールプレイしようとして、でも、俺たちの前では女だとバレてるから、そのせいで中途半端に混ざって変になっているような気がしてきた。
まあ、それはともかくとしてだ。
「いいから、聞けっ! 」
俺が声を張り上げると、全員が悲壮感やら武者震いやらという変なテンションから帰ってきた。
「鍵は羽根なんだぞ。
なんでお前らギガントバードから毟りとる一択で考えてんの? 」
「「「え……? 」」」
何故か全員の声が揃った。
ちょっと怖かった。
脳筋すぎない?
そういうわけで、俺たちは橋の袂で一週間ほど待った。
毎朝一番に見かけるギガントバードの捕食シーンを遠目に見るのはなかなかに肝が冷える体験ではあるが、要は俺たちはギガントバードから隠れてさえいれば良かった。
昼頃にユウの訓練として、地上モンスターを狩りながら、夜に目敏くこちらを認識してきたワイバーンを倒す。
それだけの単調な日々を繰り返す。
もしかしたらギガントバードの抜け羽根が落ちているかもしれない浮島中央部は危険なので近づいていない。
狙いは毎朝、必ず餌を取りに行くことで、もぬけの殻になる巣の方だ。
それも、決死部隊を送るのではなく、影に潜み、こっそり動くのに適したオル・ケルの二匹が取ってきたのだ。
この一週間、観察していて分かったのはギガントバードの脅威はその大きさだけであるということだ。
軍隊が巨大なバリスタや投石器でギガントバードを休ませることなく戦い続ければ、いつかは勝てるだろうと思える。
まあ、机上の空論でしかないが、戦い方さえ間違えなければ倒せる相手なのだろう。
魔法を使う様子もないし、特殊な行動を取るわけでもない。
ただただデカい鳥。
まあその巨体こそが脅威ではあるが、それだけだ。
もしかしてギガントバードが神話の昔にしか語られていないのは、ほぼ絶滅しているからなのかもしれない。
そして、今、俺たちの前にはそのギガントバードの羽根がある。一枚で大人二人分くらいの長さがある大きなものだ。
疲れを知らないアンデッドであり、その速さは馬以上のオル・ケル二匹が大急ぎで取って来たにも関わらず、一週間も掛かっている。
『神の試練』とはいえ、その浮島の大きさは驚嘆に値する。
「さすが、オルちゃんとケルちゃんですね!
きっちりお務めを果たして来て、エラいです! 」
アステルが二匹の冷たい毛並みを嫌がることなく撫でてやっていた。
この『慣れ』がアステルにとっていいことなのかは分からないが、アルを生者、死者関係なく友人として接してくれるアステルは非常に得がたい存在なのは確かだ。
もうすぐ日が暮れる。
この八階層を出る鍵であるギガントバードの羽根を掲げるのは明日にして、俺たちは夜営の準備を始める。
今日の晩飯はセイコーマとベルグの担当だ。
二人からは、ユウに冒険者の一般的な食事作りを教えるためとして、俺からの食料品の提供はなしにして欲しいと言われている。
もちろん、全員了承済みだ。
何が出るのか少し楽しみだったりする。
昼間の訓練でユウが仕留めた蔦猪〈身体に蔦を生やした猪型モンスターで、蔦での絡めとりなどのトリッキーな動きをするやつ〉が捌かれているのはチェックしてある。
今はベルグが「この形の葉の根元を掘るんだ」とかユウに指導していて、『ウロト』という食べられる根菜類を入手している。
アレはいいものだ。火を通せばさっくりと歯切れが良くなり、生でも食える。
どちらも多少の癖はあるものの、優しい甘みと面白い食感を提供してくれる。
『リホの葉』があれば、爽やかな風味で『ウロト』の癖を抑えてくれるんだが、そこらに生えてたよな。
そんなことを考えていると、頭の中に声が響く。
《おい、我の中に変な知識を入れるでない》
俺は簡易テントの中で『サルガタナス』の魔導書と睨めっこしている最中だった。
最近では『アンデッド』への理解も進み、俺は『サルガタナス』への加筆修正を暇な時間にやっている。
加筆修正と言っても、実際にペンを片手にしているわけではない。
『サルガタナス』を手に思い描くだけで、本に文章が追加されていくのだ。
知らぬ間にページが増える辺りは、さすが魔導書というところだ。
今までの歴代『サルガタナス』所持者も同じようなことをしてきたのだろう。
この本が、複数人によって書かれた印象を持つ所以である。
ただ、惜しむらくはある特定の文言や、紋章の謎ときを書き入れようとすると、『サルガタナス』本人〈本本? 〉からダメ出しや書き換えがされてしまうことだ。
どうやら魔導書的ルールが発動しているらしい。
久しぶりに聞くな。ルール。
思い描いた知識が文章化されて載るので、今、俺が書いていたアンデッド基礎理論の中に『ウロト』と『リホの葉』の食い合わせベストマッチ理論が足されている。
後世、この駄本の所持者のなってしまったやつは思うだろう。
この食い合わせベストマッチ理論はアンデッド的に何を意味しているのだろうか……と。
うむ、消しておこう。
じいちゃん曰く、知識は正しく広く伝えられねば意味は無い、だからな。
……今日はもうダメだな。
アンデッド基礎理論の中に俺の食欲が混じってしまったのでは、集中力が切れている証拠だ。
俺は『サルガタナス』を閉じて、『取り寄せ』魔術で竹筒入り『人工霊魂』を呼び出す。
簡単にいえば、アンデッドたちのご飯だ。
この『天空ダンジョン』に入ってユウを冒険者にすると決めてからというもの、食事時はアルファも一緒のことが多い。
アルからもアルファの食事はきちんと食べさせてやれと言われているしな。
『異門召魔術・皿』にて、皿を三つ用意する。
竹筒から綿のような『人工霊魂』を引き出して、皿に盛っていく。
『人工霊魂』はキラキラとした光を放って、幻想的な食事風景を演出してくれるが、それももう慣れてしまった。
三つの皿はアルファとオル・ケルの分だ。
オル・ケルは普段なら影の中に竹筒を突っ込んで終わりだが、今回は一番の功労者だし、道中でのオドの消耗も心配なので特別だ。
竹筒のひとつはテントの中に置いておく。
アルは皆の前で食事するのを嫌う傾向がある。
俺たち生者との食事の格差に多少なりとも思うところがあるらしい。
なまじ見た目だけは人間と大差ないのが、余計に辛くなるらしい。
「私が人間に戻ったら…… 」
皆と食卓を囲みたいという希望を持っているらしい。
未練があるのは、俺にとって良いことだ。
アルが消えないということなのだから。
なので、今はアルの好きにさせている。
俺は三つの皿を手に、テントから出る。
そろそろセイコーマとベルグ監修、ユウ作成の冒険者料理も完成のようだ。
蔦猪とウロトの葉包み蒸し焼きか。
『ソウルヘイ』特産の土属性魔宝岩塩での味付けは、まろやかでコクがあり、蔦猪ともウロトとも非常に相性が良い。
俺のテントに一人寄ってから見張りに行くアルを横目で追いつつも、俺はユウからの「おいし美味いか? 」という質問に首肯して返す。
ユウはホッとしたような顔で笑った。
その顔はもう、普通に可愛らしい少女のもので、こいつも変わったなと思う。
「そうだ、アル姉ちゃんにも温かい内に食ってもらおう! 」
ユウは葉っぱに盛った料理を、見張りに行ったアルへと持って行こうとする。
まだ、ユウにアルがアンデッドだとは話していない。
食事はいつも皆の後で取っているとユウは思っている。
ユウが冒険者になれるように取り計らったのはアルだ。
ユウとアルは交わす言葉こそ少ないが、ユウがアルに親しみを感じているのは分かっている。
なんだかんだアルは世話焼きなので、交わす言葉は少なくとも、あれこれと手助けしてやっているしな。
なんとなくだが、アルはユウに自分が死者だと隠している気がする。
セイコーマやベルグには言ってはいないが、生き物が送れない『取り寄せ』魔術から現れた時点で察しているようだし、アルも二人に隠す気はあまりなさそうだ。
まあ、うちの〈アンデッドを軍事力にしている〉国にわざわざ士官するやつらだからな。
国王が何のために国王やっているのかは内緒にしているが、アルがアンデッドだからと気にするタイプじゃない。
「ああ、ユウ。
それなら俺が持って行く」
「いいよ。アル姉ちゃんからも感想聞きたいし」
うーむ……困ったな。
アルはアンデッド化してから味覚が変わってしまっている。
前に『ルトロネリー』を食った時は大変だった。
確か、立ち直るのに三日くらい掛かったはずだ。
「ああ……じ、じゃあ、俺も一緒に行くよ。
話しておきたいこともあるしな……」
「うん! 」
俺はユウと連れ立って、キャンプから少し離れたアルが見張りをしている場所まで歩いていく。
「お前、いつのまにかセイコーマのこと先生とか呼んでるのな」
歩きながら、少し大きめな声で話す。
アルに俺とユウが近づいていることを気付かせるためだ。
「あ、うん、だって先生だから…… 」
「いや、別に責めてる訳じゃないぞ。
セイコーマとベルグを教育係に着けたのは俺だしな。
冒険者としては、いい先生だろ? 」
「うん。冒険者としてもだけど、セイコーマ先生とベルグ先生はなんていうか……生き方みたいなのを教えてくれるんでだ」
「へえ、生き方ね…… 」
「名前の書き方とか、今日みたいに食べ物の取り方とか、帰ったら弟や妹たちにも教えてあげたい知識がいっぱいあるよ」
まだ成人前だと言うのに、その時のユウはやけに感慨深そうな、老成したような表情をしていた。
「そういえば、弟妹たちは大丈夫なのか?
お前が稼ぎ頭だろ? 」
「まあ……。
でも、あいつらだって馬鹿じゃない。
あた俺にも、育ててくれた兄ちゃんや姉ちゃんがいたけど、いなくなってもちゃんとやってた。
みんな、なんとかやってるはずだもん…… 」
「自立してんのな……すげーわ」
「別に凄くないよ。そうしなきゃ生きていけないだけだし…… 」
ああ、そうか。そうだよな。
俺は父親こそ物心つく前に離れてしまっていたが、じいちゃん、母さん、弟子の皆、アルとその家族に、寺子屋の子供たち……なんなら他人より恵まれた環境で育ってきたんだ。
ユウに上から目線で、自立してんのな……なんてあまりに傲慢な言葉だった。
「そうか……。
変なこと聞いて悪かったな」
「ううん。
確かに父親とか母親とかがいて、不自由なく暮らしてる人からすれば、わた俺たちは不幸かもしれないけど、それでも良いことも悪いことも、全部分け合える家族がいるから、俺たちは幸せなんだぜ! 」
「ああ、血の繋がりだけじゃないもんな」
「うん! 」
ユウの生きてきた世界は、辛く厳しい世界なのだろうが、だからこそスラムの子供たちの結束は普通の家族以上に固い。
そういうことなんだろう。
「なあに? 随分と真面目な話みたいだけど? 」
アルがこちらに気付いて、声を掛けてきた。
「あ、アル姉ちゃん。
あの、これ……温かい内がいいかと思って…… 」
若干、頬を染めてユウが葉っぱに包まれた料理を差し出す。
アルは瞬間、凍りついたように動きを固まらせたが、すぐに笑顔なのだと分かる声でソレを受け取った。
「ユウが作ったんだっけ? 」
「うん! 」
「ありがとう。でも、見張りの間は食べてしまうと眠くなるから…… 」
ユウの顔が暗くなる。
「今はひと口だけもらうね! 」
アルはそう言って葉を開くと、兜の面頬を外し、蔦猪の肉にかぶりつく。
俺としては気が気じゃない。
心の中で、無理すんな! と叫ぶのが精一杯で、でも、何も言えない。
アルはしっかりと味わうように、むぐむぐと咀嚼してから飲み込んだ。
さらに、口の周りの油までしっかりと舐め取り、ようやく口を開く。
「うん。しっかり火も通ってるし、塩気も効いてる。
美味しいよ!
ね。ベルもそう思うだろ? 」
「あ、ああ、魔宝岩塩をまろやかさとコクが出る土属性のやつにしたのはいいチョイスだ。
ウロトの癖も気にならなくなってるしな」
「うんうん。センスあるよ」
アルに促されて、慌てて味の情報を伝えるべくフォローを入れる。
ユウは顔いっぱいの笑顔を見せる。
「あ、あ、ありがと…… 」
照れたように賛辞への礼を伝えるユウの髪をアルは優しく撫でてやる。
「温かい内に食べられて良かったよ。
でも、今は見張り中だから、残りは後でもらうね。
さ、ユウの見張りは一番最後でしょ。
食事が終わったなら、早めに休むのも冒険者の努めだよ」
「う、うん」
笑顔で見送るアルにユウは何度か振り返りながら、皆の元に戻って行った。
それを最後まで見送ってから、アルは見張りに戻る。
「おい、大丈夫か? 」
「ふう……なんとかバレずに済んだかな…… 」
「ああ、完璧だよ。……っていうか、完璧すぎだろ。きっちり咀嚼して、飲み込んで……よく顔色変えずにできるな…… 」
俺は少し呆れた顔をしていると思う。
なにしろ今のアルにとっては、人間の食事は泥の味なんだから。
「実際は美味しかったんでしょ? 」
「ああ、悪くなかった」
俺は座り込んだアルの隣に座る。
アルはユウからもらった葉包み蒸し焼きを差し出してくる。
「後はよろしく。ベルの夜食だね」
「おう、ありがたく頂戴する」
俺はその場で二度目の食事を始める。
アルも懐から竹筒を取り出して、スルスルと中の人工霊魂を食べている。
「これでも食堂の娘だからね。味の想像くらいはつくよ」
「作るのは下手だけどな…… 」
「ぐっ……独創性に溢れているくらいは言ってよ」
「アルの料理は繊細さが足りない」
「ほほう……デザートを食らいたいと? 」
アルの中指がデコピン型の鈍器に装填される。
「まあ、野趣あふれる料理もたまにはいいよな…… 」
料理は引き算なのだと、アルの父親であるバイエルさんは言った。
だが、残念ながらアルの料理は掛け算なのだ。
調味料の入れすぎはダメ絶対。
「ふむふむ、いい加減ベルも私の料理が恋しくなる頃かな…… 」
そんなことは絶対にないのだが、その中指が装填されている間は、俺のお口はチャックしておく。
「でも、もう少しお預けだね。
一緒に食べられなきゃ、どんな料理も美味しく感じられないし…… 」
あるえぇー?
アルってば、死者生活が長引いて記憶飛んでるのかな?
今までアルの料理で美味しかったモノなんて、ありませんでしたけど?
ただ、楽しかったのは俺の記憶に残っている。
小さな頃、アルは父親に新しい料理を習ってきたと言っては、確実に配合量を間違えた料理を俺とアルの二人分、うちの厨房で作るのだ。
それで、二人して爆死する。
それは、クソ甘かったり、クソ辛かったり、クソしょっぱかったり、クソ酸っぱかったりしたが、実験気分で楽しかったのだ。
味は最悪で、ぎゃーぎゃーと喚くばかりではあったが、確かに楽しくはあった。
まあ、アルはやってもやっても成長しなかったけどな。
ああ、こんな言葉もあったな。
その料理が美味しいかどうかは、誰と食べるかで決まる。
「そうだな。
いい加減、アルにも塩梅ってものを覚えてもらわないとな。
その為にも、この上に求めている奴らがいることを願うよ」
「うん……うん? 」
アルに睨まれた。
「お、おう……つまりアレだ。
アルの料理が恋しいって意味だ」
「えへへ……うん。
うん…… 」
俺とアルは、橋の先に続く九階層へと思いを馳せるのだった。
七階層→八階層。
八階層→九階層。
書き直しました。