資料で読んだ。すごげえ!
朝、遠く怪鳥のような声と共に目が覚める。
あれだけ濃かった霧が嘘のように薄れていた。
雲がすぐ真横に見える。
なんとも不思議な感覚だ。今、ここは雲の切れ間ということだろうか。
「ワ、ワイバーンだね。
す、巣穴に帰るところ、み、みたい」
「ぶっ! それ上級モンスター…… 」
クーシャが点のような影を眺めて言うが、そんな普通に言わないで欲しい。
怪鳥の声の主はあいつか。
翼竜は上級冒険者が束になって戦うモンスターだろ。
「大丈夫、大丈夫!
クーシャと二人で何匹も狩ったから、自信あるよ! 」
アルが、ガシャリと鎧の腕を鳴らす。
ああ、確かに君らはいいだろうけどね。
俺やユウが狙われたら、逃げるどころの話じゃないぞ。
それに、もうひとつ懸念もある。
「それにワイバーンは昼間、寝てるんだよ。
臆病だから昼間に動く分には問題ないって! 」
「資料で読んだ」
「読んだだけじゃ分からないこともあるよ。
ホントに臆病なんだから」
それはどっちに言ってるんだか。
まあ、ワイバーンにだろうけど、微妙に揶揄されている気分になる。
「それは半ば野生化したワイバーンだろ」
「うん? でも、巣穴に帰るところってことは、このダンジョンのワイバーンだって同じでしょ」
アルは何が違うの? という風に首を傾げるが、その野生化したワイバーンと同じ行動をダンジョンのワイバーンが取っていることが問題なのだ。
野生化したワイバーンが臆病で、夜に狩りをするのは、近隣の上位者から睨まれないようにするためだ。
この八層内でワイバーンが最上位者なら、冒険者が動きやすい昼間に動くのが正解のはず。
つまり……。
鳥が動く点を掴まえた。
ピュリリリリーッ!
そんな嬉しそうな声が響いた。
クーシャとメイが同時に俺たちに伏せるようにハンドサインを送ってきた。
やっっっばい!!
俺から見て、ワイバーンは動く点にしか見えなかった。
目を凝らして見れば、なんとなく翼がある何かかな、と分かる程度だ。
それが、この距離で鳥の影がはっきり分かる大きさのやつだ。
軽くワイバーンの五〜六倍の大きさがある鳥。
塔か、それ以上の大きさかもしれない。
「なんだ、ありゃ…… 」
押し殺したような声でベルグが息を飲む。
鳥は更に遠くの山の方へと飛んでいった。
「ギガントバード、かな? 」
メイが額の汗を拭う。
「あれが…… 」
ドラゴンすら一呑みにすると言われる神話的モンスター。
実在しているのか……。
巨人の鳥とか呼ばれる存在だ。
ドラゴンも神話的モンスターだが、ダンジョンに行けば、稀に遭遇するのは周知の事実だ。
しかし、巨人の鳥となると、古い伝承に存在の痕跡を見られるだけで、実在報告は俺の知る限りはない。
ダンジョン。『神の試練』か。
神話的存在は、やはりダンジョンならば実在の可能性が高いということなのだろう。
ありがたいことに、ギガントバードかワイバーンを捉えて去ったのは、この浮島の一番奥にある一際大きな山の方向で、俺たちが目指すべき次の橋はそれよりも手前、見える限りでは反時計回りで三日か四日も進めば良い辺りに見える。
そのまま、見える範囲で判断するに、あと二層。全十階層から『天空ダンジョン』はできているらしい。
ただ、浮島はどんどん大きくなっているようで、その間の橋の長さもどんどん長くなっているように見える。
この八層か九層で求める素材が取れればいいと願わずにいられない。
八層は山脈に外周のほとんどを囲まれた地形をしている。
橋が見えるのは目の前の森の途中からに見えるので、山登りをしなくていいのは僥倖だ。
軽く腹ごしらえをして、俺たちは進む。
森の中だ。
それほど木が密集している訳ではないが、進みは悪い。
何故なら、あちらこちらで倒木が俺たちを邪魔しているからだ。
なので、見通しは悪くないが進むのは厄介だ。
森の中のモンスターも大型のものが多い。
飛行型モンスターが大型化しているので、その餌となるモンスターも大型化しているのだろう。
あまり好戦的ではない草食の〈それでも、人間を見れば襲いかかって来るのは、やつらがそういう存在だからだ。〉モンスターが多いが、大きいモンスターはそれだけで脅威度が増す。
固い鱗を持つ水牛のようなモンスター。
俺たちは鎧牛と呼んでいるが、そいつは脅威度でいえば中級くらいの強さだろうか。
ただ、大抵の場合、五匹程度で群れている。
群れている鎧牛は赤むっつ冒険者でも一人で勝つのは難しいはず。
「よし、ユウ。残り一匹、相手してみろ」
はずなのだが、何故かユウはその中級モンスターの相手をさせられていた。
他の鎧牛はベルグ一人で引きつけながら、ユウに解説しつつ戦っている。
えーと、つまり、赤ななつ以上の上級冒険者なら一人で戦っておつりがくる程度の強さらしい。
「何よりも、傷を負わないことが大事だ。
どう避けるか、どう逃げるか、それは今まで充分に学んだな」
「はい! 」
ユウはセイコーマの教えを忠実に聞きながら鎧牛と対峙する。
ベルグもセイコーマもちょっとスパルタ過ぎませんかね?
確かにここまで、初級モンスターから逃げ回る術を延々と教授してきているが、中級モンスターといきなり戦えとか、ダメじゃね。
上空はクーシャやアルが見張っているし、ユウと相手の鎧牛以外の地上モンスターはベルグとメイが見ている。
肝心のユウは、セイコーマが見守っているから、まず間違いは起きない状況だが、それを更に遠巻きに見守る俺とアステルはかなりドキドキしていた。
鎧牛が突進を仕掛ける。
ユウは一本の大樹を上手く使って躱す。
鎧牛はそのまま方向転換していき、ユウへと向き直る。
その間、ユウはと言えば辺りに目を配り、次の逃げ場所を物色しているように見える。
もう一度、鎧牛の突進が迫る。
ユウは別方向に逃げようとして、慌ててまたもや大樹の影に。
鎧牛は止まれないのか、ユウが最初に逃げようとした方向へ突進しつつも旋回して、ユウへと向かう。
突進の勢いが消えていないので、なかなかに危ない。
そんな中、ユウは石を投げつけたかと思うと、ショートソードを構えた。
鎧牛は、ぶもおおぉぉっ! と、憤慨を露わにしてユウ目掛けてまっしぐらに突進していく。
危ないっ……そう俺が叫びそうになるくらいまで鎧牛を引きつけてから、ユウは大樹の影に引っ込んだ。
鎧牛はそのまま大樹へと、その大きな角を突き立てた。
「随分と危険な賭けに出るな…… 」
「でも、ユウさんの機敏さを活かしたいい戦法ですね」
アステルはなんとなくユウの狙いが分かっていたらしい。
「俺にはできないわ…… 」
つい、自分と置き換えて考えるも、俺にはユウのような機敏さはない。
無理だと判断するしかなかった。
「ベルさんには、ベルさんのやり方がありますからね」
それは確かにそうだ。
俺の場合、アルがいれば、アルが率先して引きつけた鎧牛を異門召魔術で狙えばいいし、アルファかアステルに任せてもいい。
そもそも、一人だったら家で本を読んでいるので鎧牛とは出くわさない。
ユウはこれから冒険者として独り立ちする必要があるから、鎧牛に立ち向かっている。
環境が人を作るとは、よく言ったものだ。
アルが死んでいなかったら……なんて考えるのは愚か者のすることで、今現在、アルは死んでいるし、俺は俺の環境の中で立ち向かうべきものに立ち向かえばいい。
なにしろ俺が立ち向かうのは神の決めた運命線ってやつで、それは下手をすると今の俺にとって、鎧牛よりも強大なものかもしれないのだから。
「大丈夫です。ベルさんのことは、私が守ってみせますから! 」
俺が無言になったのを、どう受け止めたのか、アステルは俺の手を両手で包むようにして、しっかりと頷いた。
「あ、ああ、もちろん頼りにしているよ、アステル…… 」
なんだか、無性にそう言わなくてはいけないような気がして、つい言ってしまったが、改めて言うとなると気恥しさに俺は俯くしかなかった。
ぶもぉぉぉぉ……
鎧牛の断末魔が響いた。
俺が自分のことに意識を向けてしまっている間に、ユウは油断なく鎧牛と対峙していた。
大樹に角を突き立てた鎧牛ががむしゃらに暴れ回る中、ショートソードで小さく傷を与え続け、鎧牛の動きが弱まってきたところで、首筋を切り裂いた。
それからも、コンパクトに傷を与えて、遂に鎧牛は断末魔を上げるに至ったのだった。
赤ひとつにもならない冒険者未満のユウは、この短期間で、赤よっつ冒険者が戦うような相手を倒した。
快挙と言っていいだろう。
「すごげえ! わた俺が…… 」
「当然だ。ユウ、お前は俺とベルグの言うことを素直に聞いた。
これでも俺とベルグは元上級冒険者。
そのやり方をしっかり実践できれば中級モンスター程度、倒せて当たり前というものだ。
もっと自信を持っていい」
ふん、と鼻をひとつ鳴らしてセイコーマは言う。
「もと…… 」
ユウがぽつりと言葉を洩らす。
俺はユウに近づきながら、小さく咳払いをした。
ユウは俺を見て、小さく頷いた。
勘が良くて、素直なやつ。
まあ、伸びるのも道理なのかもしれない。