走れ!走って!
ガンガン進む。
三層は木々が少なく岩肌が見えたような地形で、コウモリの羽が生えた猫やら巨大なカブトムシモンスター、稀にロックゴーレムなどが出てくる。
四層は空を駆ける獅子、翼の生えた馬、デカいムササビなどがいるサバンナのような島。
とりあえず橋を渡って、次の層に来たら、そこから端伝いに進めば、さらに次の層への橋が見つかる。
上を見れば次層の浮遊島がどこにあるか分かるので、橋から右か左かは迷わずに済む。
だが、下から見るのと実際の距離はかなり違うことが分かる。
それは上層に行くほど顕著になってくる。
俺の求める『黒大蝙蝠』と『灰色天狼』は最上階近くにいるとされている。
では、最上階とは何階層なのかといえば、実は誰も知らない。
調べた文献もその辺りは、はっきりとした記載がなく、見上げる限りで見えるのは七階層程度で、雲の中にそこからの橋の影が見えるところから更に先があるのだろうと推察できるという状態だ。
七階層まではひたすら上を目指して進む。
モンスターは中級飛行型が中心で超級と上級冒険者が中心の俺たちにとってはそれほど苦労せず進めている。
だが、本来なら飛行型モンスターは中級といえども、かなり危険だ。
冒険者の能力や装備にもよるが、最初に飛行能力を奪う罠などを使って『狩る』のが基本というのはセイコーマの弁。
今回のように襲われる状態で撃退していくとなると、ひとつ上の強さか対空攻撃ができる弓やスリングといった武器が必要らしい。
俺たちには『異門召魔術』や『ポルターガイスト能力』、クーシャの『オーラソード』にいざとなったら『詠唱魔術』と『紋章魔術』もあるので対空戦能力は充実している故にあまり関係ないが、これから冒険者として独り立ちしていくユウには必要な情報だろう。
「すごげえ! 」
セイコーマとベルグの使う『異門召魔術』を見てユウがまた変な言葉遣いになっている。
まあ、凄いと感心しているようだ。
「だろ!
俺たちの国じゃ、これがどんどん普及していって、その内、兵士全員が持っているのが普通になる予定なんだぜ! 」
「ベルグ……」
自慢なのだろうが、ベルグの不用意な発言をセイコーマが咎める。
聞く人が聞けば俺たちの出自が簡単に割れる発言だからな。
「こ、これも内緒なんだな。分かってまるぜ! 」
ユウが親指を立てる。
言葉遣いはともかく、相変わらず察しは良い。
天空ダンジョンは飛行型モンスターが中心ではあるが、浮島の大地に根付いたモンスターも少なからずいる。
空を飛べないモンスターは初級の繁殖力に優れたモンスターが多いため、おそらくは飛行型モンスターの餌として配置されているのだろう。
ユウが戦闘に参加するのは基本的にこちらの対処のみである。
中級飛行型モンスターに対してはユウの投石程度ダメージにならず、それよりも如何に隠れるか、逃げるかということを中心に指導されている。
やはりユウの指導役にはセイコーマとベルグをつけて正解だった。
メイやクーシャ、アステルは狙われる前からモンスターに気付いて、迎撃態勢を調えているし、アルは重い全身鎧姿で島の木々を飛び回っているしで、全くユウの参考にはならなそうだ。
俺も立ち回りについてはしっかりと耳を傾けさせてもらっている。
「音をしっかり聞くように。それから、常に安全地帯になりそうな場所をチェックしてください。
大型モンスターが入り込めない狭い場所、上から隠れられる位置、逃げる選択肢は常に複数考えながら…… 」
セイコーマは説明しながら、ユウに向かってくる角付き梟の突進を盾でいなす。
そこにベルグの狙いすました『炎』の異門召魔術が当たり、角付き梟は爆散するように落ちた。
「ユウ、あっちの岩陰まで走れ! 」
「は、はい! 」
指導に合わせてユウが走る。
七層に至るまで約ひと月。
段々と成長していくユウを見ていると、感心させられる。
「ベル、走って! 」
おっと、次は俺が狙われたようだ。
「アルファ、頼む」
「少しは避けるか、逃げるかしなさいよ! 」
「いや、俺の脚でなんとかなるスピードじゃないのは、見りゃわかるだろ」
耳を傾けていても、できないものはできない。
アルもなかなか無茶を言う。
ユウくらい身軽に動けるなら、俺も岩陰に入るとか、木立を盾にするとかやるが、中級飛行型モンスターのスピードに全く敵わないので、素直に護衛の力を借りている。
ユウが身軽に動けるのは、やはり俺たちと居ることで食生活が良くなったからだろうか。
ダンジョンに入ってからの方がしっかり食べられるというのもおかしな話だが、スラムで乞食同然の生活をしていたことに比べれば、雲泥の差だからな。
ユウは食事の時、とても申し訳なさそうに食べる。
聞けば、スラムで共に暮らしていた弟妹同然の者たちがちゃんと食べられているかが心配で、その子らに比して自分は毎回、こんなにもしっかりと美味しい食事ができるということに申し訳なさを感じるらしい。
そうは言っても、ユウは育ち盛り。
しっかり食べるよう指導もあるので、肉付きは良くなり、しなやかに強かに成長している。
問題といえば、ユウの見た目が段々と女性らしさを増していっていることくらいだろうか。
ガリガリの頃なら少年で通じたが、今、下に降りたら女であることを隠すのはかなり難しいだろう。
そうして俺たちは雲の中へと続く八層への橋を進むのだった。
橋はかなり大きい。
ここに来るまで、次第に大きさが増していったが、この七層から掛かる橋は今まででも一番の広さと距離がある。
普通の冒険者なら、食糧の用意からして大変だろう。
なんなら、馬車移動が必要なくらいだ。
この距離や移動の困難さが、『天空ダンジョン』を難関ダンジョンとしているのかもしれない。
霧が凄い。視界は狭い。服は湿気で重い上にじわじわと体温が奪われる。
橋は石造りだが、苔むした樹木の根があちこちに絡みついている。
石畳は作為的に崩されているように感じる。
さすが『神の試練』だ。
右に欄干が崩れていて、十メートル進むと左の欄干が崩れている。
そこから十メートル進むと中央に石畳が抜け落ちた穴があり、その一メートル先に石の凹みに貯まる水たまりがある。
水たまりは左から寄ると崩落して、橋の下、遥かなる地上へと落ちるようになっているが、右から寄れば安全に採取できる。
それがもう何十回と続いている。
ひとつのパターンを作って、それを延々と繰り返すとか、手抜きか、と言いたくなるが、もし次の一回はそうでないとしたら? そう考えると迂闊に動けなくなっていく。
やはり、神は嫌いだ。
創るのは簡単だろうが、実際に橋を渡る身になって欲しい。
結果として、橋を渡るのに半日以上の時間を掛けて、全て同じパターンで俺たちは大いに気疲れした。
今までの『神の試練』でいう所の階段がここでは橋ということになっている。
階層と階層を繋ぐためのもので、階段はある意味、安全地帯に近い役割を持っているものだった。
モンスターは例外はあるものの基本的に階層間を移動しないため、多少は心許せる場所という認識だったが、この『天空ダンジョン』の場合、その橋に罠があるというのが問題だ。
七階層までは、罠などなかった。
だが、ここにきて罠が登場したことは、ここから先、橋を渡る時も気は抜けないということだ。
最短距離を進んで約ひと月。
じいちゃんやブリュレーとは『取り寄せ』魔術通信網を使って連絡を取り合っているので、国を留守にすることについての問題はないのが救いといえば救いだ。
ブリュレーたち外交使節団は、無事ワゼンの王に会って、今は色々と交渉に勤しんでいる最中らしいのだが、あと半月ほどで一度、帰国するという話だった。
なかなか友好的な関係が築けているらしい。
国の方では、魔術城のお膝元、シロフ村の開発が進んでいるらしい。
ゆくゆくはシロフ村近辺の森を拓いて、城下町にする計画だとか。
「火の女神像とかなくなっちゃうのかな……」
「ああ、森の目印としてお世話になったな。
塔の人間からしたら思い出の場所だろうし、残せないかじいちゃんに相談しておくよ」
メイは良く出掛ける時に世話になっただろう森の中の目印に想いを馳せていた。
俺もあれにはお世話になったしな。
皆が女神像と呼ぶように、確かにあの岩には自然が生み出した美しさがある。
残せるものなら残したいかな。
そんな話をしながら八層の橋の袂での一日目が更けていった。