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冒険者になろう!


「帰れない? 」


 俺の問いに、お子様はコクリと頷いた。


 『天空ダンジョン』二階層、最深部。ここまでは順調だった。

 セイコーマの心配をよそに、ユウはちゃんと道案内の責務を果たした。


 しかし、一人では帰れないとはどういうことだ? 


「ここまで来られたんだから、帰れるだろう? 

 それに、一人で帰れるか聞いた時も、問題ないって話だったよな? 」


「ぐっ……だ、だって、帰れない、から…… 」


「ん? ん? 」


「……帰れないんだもん」


「……だもん? 」


 いやいや、急にどうした。


「だ、だから、お願いします。

 わオレを仲間にして下さい! 」


「……無理。」


「お願いします! 」


「無理。」


「お願いしますっ! 」


「素性も分からないやつを仲間にはできない。

 それにお前はまだ子供だ。

 悪いことは言わないから親元に帰れ」


 ユウは途端、涙目になってきて、俺は困惑する。


「えーと、ゆっくりでいいので、なぜ帰れないのか教えていただけますか? 」


 俺の困惑を受け取ったのか、アステルが助け舟を出す。


 詰まりながら、どうにか聞き取るとこういうことだ。


 このユウというお子様。

 お察しの通りにモグリの道案内〈はっきりとした組合などはないが、お互いの協定があるようだ〉で、正規の道案内たちの話を盗み聞きして道を覚えたという。


 そんな断片情報を重ねて、見事に俺たちを導いたユウの能力には感嘆せざるを得ないが、同時に「帰れない」という言葉に俺は納得せざるを得ない。


 さらにお察しだが、ユウはスラム出身の親なし子で、同じくスラムの子供たちと肩を寄せ合って貧しく暮らしているとのことだった。


 まあ、服装や装備からしてよほど貧しいのは理解していたが、俺としては親なしまでは考えていなかった。

 親元に帰れとか、俺、鬼だった。


 アステルが優しく聞き出したからなのか、ユウはグズグズと泣きながら色々とこちらの聞いていないことまで話し出す。


 曰く、冒険者になりたかった。


 確かにスラム出身者が世間に認められるためには『冒険者』が一番の近道ではある。

 但し、未成年の内は冒険者見習いであり、他の冒険者の雑用をこなしながら修行を行うのが精々で、個人での活動は認められていない。

 また、スラム出身者が『冒険者』として身を立てるのは、相当な艱難辛苦を覚悟しなければならないだろう。

 なにしろ、身体が出来上がっていない。知識もない。また師となる冒険者も少ないだろうし、装備も整えられないと、無い無い尽くしだ。


 曰く、俺たちなら仲間にして貰えると思った。


 ユウは目端が利く。

 俺やアル、アステルといった『初級冒険者』とセイコーマ、ベルグ『上級冒険者』、さらにはクーシャとメイ『超級冒険者』という歪なパーティー構成。

 超級や上級冒険者がスポンサーらしき俺は除くとしてもアルやアステルまで上下の別なく扱っている。これほど親切なら、自分も連れて行ってくれるのではないかと思ったとのこと。


 ああ、ユウに阿呆みたいに奢ってやって、文句も警句も出なかったら、お人好し認定もされるわな。

 アステルも帰りにスープ鍋まで渡してやってるしな。


 これはまた、随分と可哀想な勘違いをさせてしまったものだ。


 ユウは夢見てしまった。

 俺は夢見させてしまった。


 だが、俺はユウに優しくはなれない。

 今では、お飾りとはいえ国王という責任ある立場だ。

 アルのこと以外で私情を挟む余地は、残念ながらない。


「ベルグ、ユウを連れて…… 」


 一人、戻ってくれ。

 全てを言うことはできなかった。

 いち早くユウに手を伸ばしたのは、誰あろう、アルだ。


「行こう! 」


 おい、声。正体バレたらどうすんだ、と思いつつも、アルが動いたなら仕方がない。

 アルは人一倍、冒険者への憧れが強い。

 スラムの夢見るお子様を捨て置けなかったのだろう。

 そして、唯一、俺の立場を超えられるのもアルだ。

 アルがそれを望むのなら、俺に否やはない。


 アルが差し出した鎧に覆われた無骨な手を、ユウは恐る恐る握り返した。


「冒険者になろう。

 大丈夫。ベルがなんとかしてくれる! 」


 おいー! アル、適当言うな! 

 だが、そんな俺の思いとは裏腹に、何故か俺の手はユウに向けて差し出されるのだった。


 誰だって、夢見る権利はある。

 俺がアルの生き返りを望んだ時、アステルが、クーシャが、無償で手を差し出してくれたように、ユウにはアルが手を差し出した。


 涙と鼻水で顔をべちゃべちゃにしてでも我を張ったユウの勝利だった。


「あ゛り゛がどう゛ございまず…… 」


「ただし、俺たちが行うことは秘密にしてもらう。

 それが守られるなら、俺の権限でお前が冒険者になる道筋を立ててやる。

 いいか? 」


「ばい゛っ! 」


「よし。

 と言っても、俺も冒険者としては初級だしな…… 」


 チラリ、視線が上級冒険者であるベルグとセイコーマに向かう。


「俺っスか? 」「いや、超級の方々を差し置いて我々では…… 」


 二人が否定的な目線を向けてくる。


「いや、二人にしか頼めない。

 クーシャとメイはこのパーティーの中心だ。

 モンスターの強さがどの程度か分からない以上、なるべく手を開けておいて欲しいからな」


 二人がそういうことならばと、ユウの教育係を請け負った。

 決して、クーシャに任せて、いきなりダンジョンでの生活の仕方とか教え出したらどうしようとか、メイに任せて、過保護過ぎて冒険者のイロハが教えられなかったらどうしようとか、考えた訳ではない。ないぞ。


 まあ、超級と呼ばれる冒険者は大抵、一般の枠を逸脱したから成れるものなので、最初はちゃんとした部分から教えるべきだろう。


 馬より速く移動できるとか、超能力が使えるとか、聖騎士と兼任してしまうとか、体術を極めた魔導士とか、わけのわからん天才に指導能力があるかと言われれば、大多数の天才に指導能力なんてものはないと俺は思っている。


 当たり前の基準が違うからな。


 だからこそ、努力でのし上がってきた二人に頼むことにしたのだ。


 一般の枠を逸脱したという意味では、アルもアステルも不適格なのは言わずもがなか。


「そうだなぁ……とりあえず、その木の重りは外した方がいいか……」


「え? 」


 ベルグからユウに、早速ダメ出しが出る。

 ユウのおそらくは自作だろう木製鎧は関節部などに阻害パーツがついていて、ここに至るまでにも動きにくそうな場面を何度も見ている。


「ああ、案内人ということなら格好にケチをつけるつもりもないが、冒険者として生きるつもりなら、その木片は邪魔でしかないな」


「で、でも……」


 ベルグだけでなく、セイコーマまでが似たようなことを言うので、仕方なく俺は口出しをすることにした。


「ユウ、せっかくだから俺からプレゼントをやるよ。

 それと、二人は木片とか重りとか、失礼な物言いはよせ。

 ユウにとっては命を守るための鎧だ」


 二人に釘を刺しておく。

 子供は意外とそういうのに傷付いたりするからな。

 『塔』で他の子供の面倒を見ている時に覚えた。


 俺はユウの見ている前で『取り寄せ』魔法陣を開く。


「なっ……ベル様!? 」


 セイコーマが俺を止めようとするが、どうせ一緒に行くのならこれらを見せることになるのだ。

 なにしろ、食糧や生活用品は最低限しか持っておらず、ユウと別れてから取り出す予定だったのだから、いまさらというものだ。

 俺はアルファに頼んで、研究所からアンデッド用の武器と鎧を持って来てもらうことにする。


「な、何と話してるの……」


「ああ、俺の仲間だよ。

 アルファ、挨拶しておけ」


 ユウは存在を知らないからな。


「いいんでしょうか? 」


 中空から女の子の声がする。いや、アルファなんだが。


「ああ、俺も少し学習したんだ。

 俺のやることにいちいち驚かれていたら、この先の道中に不安が出るからな。

 ユウも秘密は守る前提で俺たちについてくるんだ、下手な隠し事はなしだ」


 今となってはこの場にいるユウ以外の全員が、俺がアンデッドを使役することや『取り寄せ』『異門召』魔術を使うことは理解しているが、初めて見せると必ず説明してやらなくてはならなくなる。

 ここから先は案内人なしで進む以上、不測の事態に備えておくのが必須だ。

 今のうちにユウには慣れて貰おう。


「では…… 」


 アルファが霊体のまま姿を現す。


「ひっ……あわわわわわ…… 」


「えーと、ルガト=ククチのアルファと申します。

 普段はベル様の護衛をしています。

 よろしくお願いします」


「ひょえ…… 」


 ユウは言葉にならない言葉を発する。

 まあ、認識はできたようなので、後は慣れてもらうしかない。


 そんなことを考えていると、アルが優しくユウの肩に手を置いた。


「大丈夫だよ。

 アルファちゃんも仲間だから」


「なか、ま…… 」


「ええ、とってもお強くて、優しくて、気遣いもできる素敵な女の子です」


 アステルが追随する。


「あ、いえ、そんな…… 」


 アルファが照れなのか、モジモジと身体をくねらせていた。


 そんな中、メイがひとつ「ふむ」と頷く。


「ベルのやることは、一般的には異質とされるものが多い。

 だから、こう考えるといい。

 全部、魔法!

 これで解決だ」


「まほう…… 」


「メイ、俺がやってるのは魔術の延長線であって…… 」


 魔術と魔法。

 魔法はモンスター産の法則無視の力であつて、魔術はそのモンスターたちから、どうにか人間の理解の範疇にあるものだけを抽出したものだ。

 例えば、昔、クーシャに連れられて行った海底ダンジョンで俺は浮遊魔術の雛型と言うべきものを見て、それを『武威徹ぶいとおる』の浮遊魔法陣に応用したが、人間が理解できるのはその程度でしかない。

 モンスターは飛行と呼ぶべき動きをしていたにも関わらず、俺が理解したのは浮遊部分だけだ。

 ちなみに、モンスターの飛行魔法陣をそのまま描いたところで、飛行どころか浮遊すらできない。

 つまり、目に見えない何かがあるとは思うのだが、それは人間に理解できる範疇のものではないのだと思う。


 まあまあ、とメイに物理的な口止めをされてしまって、それ以上をユウに説明できなかったが、ユウがもう一度「まほう…… 」と呟いて納得してしまったために、それ以上の説明の機会を失ったのだった。


 仕方がないので、アルファを研究所に行かせて四半時、休憩して、改めてアルファを呼び出す。


 魔法陣の光に浮かび上がったアルファが手に箱を抱えて現れる。


「お待たせしました」


 アルファが箱を地面に置いて、そのまま姿を消す。

 まあ、透明化しただけだ。


「ユウ、お前の装備だ。箱を開けてみろ」


 俺が言う。

 ユウが恐る恐る、箱を開いた。

 中にあるのはウチのゴブリン用軽装歩兵鎧と小盾、小剣、それに背負い袋か。

 背負い袋と小剣にしたのはアルファの気遣いだな。

 鎧と盾には『ヴェイル王国』と『死霊騎士団』の紋章〈魔術的なものではない〉が入っているが、それは後で削ろう。

 ユウの身長的にはちょうどいいだろう。


「わぁ…… 」


 途端、ユウは瞳を輝かせる。


「装備の仕方は分かるか? 

 ベルグ、セイコーマ、手伝ってやれ」


 俺は命を下す。


「うっス。

 じゃあ、まずはその木の鎧を脱いでくれ」


 言ってベルグとセイコーマが箱から軽装歩兵鎧を取り出し、着替えやすいように準備していく。


「え、あの、ここで? 」


 キョロキョロとユウが辺りを見回す。


「おう、その木の鎧を外して、お、鎧下もあるな。

 服も脱いで、これと替えてくれ」


 箱の中には鎧用の下着もあったようだ。

 これもアルファの気遣い。

 ユウの擦り切れそうなペラペラ服だと、肌を傷付ける。

 確かに必要だな。


 ウチで採用しているのはモンスター素材と特殊な合金を組み合わせた、革鎧並に軽いが防御に優れる優秀なものだ。

 オクトの伝手で頼んだ鍛冶師の工房産で普通には買えないものだ。

 手間がかかる生産工程があるらしく、兄妹弟子が来てくれて助かりましたとオクトが頷いていたのが印象的だった。


 ユウがまるで羞恥に耐えるように木の鎧を脱いでいく。

 お子様なりにそういった感情があるものかと思うが、男だしな……と思っていると、ペラペラ服の胸の部分にそれなりの膨らみが見てとれるし、何より腰つきが完全に女のソレだった。


「あ、ちょっと待ったあ! 」


 メイが叫んで、自分の魔導士用ローブを慌ててユウに被せる。


 ベルグとセイコーマと俺が慌てて目を逸らす。


「お前、男じゃなかったのかよ!? 」


 そっぽを向きながら俺が言うと、ユウは顔を紅くしながら叫ぶ。


「お、俺は男だ! 」


 いや、無理がある。

 確かに小振りだが胸はあるし、男と女は骨格が違うのだ。

 そして、あの腰つきはどう見ても女性だ。

 確かに中性的な顔立ちをしているとは思っていたが、汚れやボサ髪で誤魔化していたらしい。

 女性なのだと思い返してみれば、髪をまともにして、汚れをなくして、少しふっくらさせれば、美少女の部類だ。

 ただ、美少女のままでは今のような仕事はできないだろう。


 バカな冒険者というか、バカな男というのはどこにでもいるからな。


「コラ! クーシャ君もあっち向いて! 」


「え、あ、うん」


 クーシャは言われるがままにそっぽを向く。

 顔にはありありと、何故顔を背けなければならないのか分からないと書いてあった。

 少し、情操教育とか必要なんだろうか。


 アルがユウの着付けをしてやった。

 ユウが泉に映る自身の姿を眺めて、瞳を輝かせている。

 それから、「ありがとうございます、ベル様! 」といきなり気持ち悪い言い方に変えてきたので、今まで通りでいいと言い含めておく。

 いきなり俺に接する態度が変わっていたら、せっかく身分を隠してここまで来た意味もなくなる。

 その辺りも説明しておく。


「なに照れてんの? 」


 アルに意味不明なことを言われたので、「照れてねーわ! 」と言い返しておいた。


 ようやく準備完了だ。

 俺たちは先へと進んだ。


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