食糧?異門招魔術!
デニー、ミアンと話して、今回の依頼を三人で受けることにした。
ロイストはミアンに食事を奢って、それから帰っていった。
ミアンは久しぶりにまともな食事だー、と涙を流していて、俺はドン引きだった。
「それで、今日はすぐにダンジョンアタックを開始するかい?」
「ええ、早い方がいいわ……」
デニーとミアンが言うのに併せて、俺も問題ないと告げる。
元々、依頼が済めば『バッフェ』の入口にあるお化け柳の葉を取ろうと支度だけはしてあった。
今から動いても問題はない。
依頼の受付にメモを出して、三人で臨時パーティーとして登録する。
受付からは専用の袋とシャベルを渡される。
それで、準備は完了だった。
俺の『芋ん章魔術』は有名になってしまったようなので、普段から両腰に付けている『火』と『光』の魔術箱はそのままに、『皿』と『煙幕』の魔術箱は両腕にはつけずに鞄にしまったまま出掛ける。
腰の魔術箱はローブの上に羽織っているマントで、パッと見には分からないから大丈夫だろう。
テイサイートの街から『ケイク』のダンジョンまでは三時間程でつく。
昼過ぎの今から行くと、帰りは明日の昼くらいだろうか。
全員で冒険用の携帯食を買う。
「わ、私はいいわ……今、食べたところだし……」
「は?携帯食も買えないの?」
俺は思わず聞いてしまう。
携帯食はひとつ十ルーン程度、一ジンあれば十食は買える。
「ち、違うわ!ダイエット中なのよ……!」
ミアン自身、その言い訳に無理があると感じているのか、頬がビクビクと跳ねていた。
俺は何も言わずに一ジン出して携帯食を買えるだけ買った。
そして、それをミアンに向けて差し出す。
「これ、持って!」
「は?何よ?施しなら……」
「俺は見ての通り大食らいで、体力がない。余った分はミアンも食べていいから、代わりにコレ持ってね!」
何やら考え込む素振りをするミアンを俺はじっと待つ。
すると、デニーは納得したように言った。
「なるほど、ミアンに依頼ってことだね!」
デニーは助け舟を出してくれたようだ。
「依頼……そう……依頼なら受けるのも吝かじゃないわ……ついでだし……」
ミアンは自分の背負い袋にいそいそと携帯食を仕舞った。
そうして俺たちはテイサイートの街を後にする。
『ケイク』のダンジョンまでは大きくはないが、街道が通っている。
初心者用ダンジョンに分類されるだけあって、何の問題もなくダンジョンに着いてしまう。
『ケイク』のダンジョン。
入口は神殿風の建物が建っている。白い石の柱、同じく白い石の屋根。壁はない。床も白い石で十メートル幅くらいの大きな階段が下に向かっている。
俺も存在は知っているが見るのは初めてだ。
神殿風の建物の前には簡素な小屋と馬小屋が建っている。
『ケイク』のダンジョンからモンスターが溢れたという話は聞かないが、そんなダンジョンも世の中にはあることからここで出店しようなんて人はいない。
小屋と馬小屋は冒険者互助会のものだ。
ここでダンジョンに入る冒険者を管理しているらしい。
小屋に立ち寄る。
デニーが慣れた様子で声を掛ける。
「いるかい?」
応、と声がして冒険者が応対に出る。
そのダンジョンを踏破したことがある冒険者だけが受けられる依頼で、『ダンジョン前の受付』というのがある。
楽に稼げる仕事らしい。
「……何人だ?」
のっそりと小屋の奥から出てきたのは冬眠明けの熊みたいな男の冒険者でしきりと瞼を擦っている。
「三人だ」
デニーが答えるのに、熊男が六十センチ四方ほどの魔導具の箱を机に持ってくる。と、顔を上げた瞬間、男の動きが止まる。
「あんた……『ドリームチェイサー』のデニーか?」
「うん、そうだけど、君は?」
「あ、俺は『赤いつつ』のギュカク。フ、ファンなんだ!
あ、握手してもらってもいいか?」
「ああ、構わないよ」
デニーがギュカクと握手をかわす。
途端、ギュカクの顔が満面の笑みに変わり、ペラペラとデニーの武勇伝を褒め称え始める。
曰く、ミノタウロスとの一騎打ちに感動したとか、疫病に悩む村を救ったとか、話し始めたら止まらないという風だ。
デニーは困ったように笑ってから、何とか宥めて、受付を済ませて欲しいと言った。
ギュカクは恥ずかしそうに恐れ入りながら魔導具を示した。
おっさんが恥ずかしそうにしているのは正直、誰得?と思ったが、俺は何にも分からないので、素直にデニーの武勇伝に感心していた。
俺たちは受付が示す魔導具にそれぞれ【冒険者バッヂ】を翳していく。
これで出入りを管理しているらしい。
「『色なし』二人か……まあ、無理しないようにな。
地下二階より下は今は辞めとくのが無難だ。しっかり経験積んでこいよ!
それから、デニーさんの指示はしっかり聞くようにな!」
『ケイク』のダンジョンは『色なし』でも入れるから、かなり緩い。
制限のあるダンジョンは、ここで色が足りないと弾かれる仕組みになっている。
ミアンは神妙な表情で「はい!」と返事をしていた。
「よし、行こうか!」
デニーに促されて俺たちは階段を降りていく。
「デニーって有名人?」
「まあ、この街限定だけどね……多少は名前が売れたかな?」
「だから、なんでそんな礼儀知らずなの?アンタ頭おかしいの?」
《狂人と言うにはまだまだよな……》
いきなり背負い袋の中の『サルガタナス』が話し掛けてきた。
『サルガタナス』はあれ以来、常に持ち歩くようにしている。
「うるさいぞ……黙れ……」
とりあえず、無視すると『サルガタナス』は泣くので、注意しておく。
「はあ?アンタねえ!言うに事欠いて、黙れですって!?」
「ん?ああ、悪い……独り言だ」
「は?独り言……?」
「うん。たまに出るんだ。気にすんな!」
イカン、イカン。そうか、話の流れからすると俺がミアンに「黙れ!」って言ったみたいになるのか。
「え?危ないやつなの……?」
ミアンは顔を引き攣らせてこちらを見ていた。
「あー……いや、その……すまん……」
何とも言えない苦笑を滲ませて、ミアンに謝る。
ミアンはジト目で俺を見ていた。すると、デニーがにこやかに話を方向転換させる。
「さて、灯りを用意しようか」
階段を降りる途中、まだ先は見通せるが早めに灯りを用意した方がいいことは分かる。
デニーは自分の背負い袋から金属製の箱を取り出す。
箱についている布を左腕に巻き付けて、しっかりと固定する。
「あの……デニーさん、それって……」
「『異門招魔術』ってやつさ。ようやく順番が回って来てね!」
デニーは箱の脇にあるスリットを開くと、そこに専用のインク瓶を差し込む。
更に表面を本のようにパカッと開けると、これまた専用の魔術符を慣れた手つきでセットする。
チラと見えた紋章からすると、『光』の魔術らしい。
「それ、予約待ちで凄いことになっているんですよね……」
「うん、まず抽選があって、それに当たると予約ができる。
気の早いやつは魔術符とインクだけ買い揃えているよ。
まあ、斯く言う僕も予約できた瞬間に買い揃えたけどね!」
デニーは側面にあるボタンをポンと押し込むと、魔術符を引き抜く。
魔術符の正答率が七割を越えたことで紋章魔術が発動し、魔術符から光の玉が浮かぶ。
この光の玉は不思議なもので、紋章の上、十センチくらいのところに固定されたように動かない。
つまり、魔術符を動かせば光の玉も動くということだが、この光の玉は物質を透過する。
なので、ただ灯りとして使うのなら箱に入れたままでも良かったりする。
「はい、懐にでも入れておけば、四時間は灯りいらずだよ!」
ミアンに渡して、もう一枚、次は俺に渡してくる。
「はい、ヴェイルにも!」
「ああ……」
光の玉は辺りを照らす。
嬉しそうなデニーの笑顔を、差し込む太陽の光ではなく、魔術の光が照らす。
俺のなんとも言えないこの表情も照らされているのだろう。
ミアンは「わぁー……わぁー!」と初めて見る『異門招魔術』の光をなだめすかすように検分しながら喜んでいた。
『ケイク』のダンジョンはそんな三人をゆっくりと飲み込んでいくのだった。
書きためが尽きました。
大変申し訳ありませんがしばらくお休みします。
二週間後、二十八日に再開予定です!