道案内は必須。
酒場はそれなりに賑わっていた。
天空ダンジョンは挑戦者が少ないが、その低階層を狩場として利用する者たちは多いらしい。
俺たちの他に団体客が二組、それ以外に個人で来ていたり、四名ほどのパーティーが何組かいるので、おそらくこの『天馬館』では、俺たちと十人以上の団体客二組が『天空ダンジョン』への挑戦組ということだと思う。
団体客を相手にする宿は、こことあともうひとつの宿(こちらは少し規模が劣る)しかないので、近々の挑戦組は多くても五組程度だろう。
『天空ダンジョン』は高度の違う浮遊島が橋で繋がることで階層構造を作っているダンジョンで、各階層毎に大きさが違う。
地上から見上げる限りは第一階層が一番大きく見えるが、上の方は雲に隠れて見えないので油断はできない。
俺たちの狙いである黒大蝙蝠と灰色天狼は最上階付近にいるとされているが、古い文献にその記述が残るのみで、今、それを確かめたという人物はいないというのが現状だ。
酒場では俺たち以外の挑戦組だろう連中が壮行会なのか分からないが、盛大にやっているのを横目にしながら、俺たちは作戦を話し合う。
「……とまあ、俺が知っているのはこれくらいで、今の状況や具体的なことは正直、あまり分からない」
「本来なら、一階層、二階層は道案内を雇うのが基本だと聞いていますけど、それはどうしますか?」
アステルが辺りを見回すと、こちらに視線を向けていた地元民や冒険者たちが、サッと視線を逸らした。
俺たちの動向は知りたいが関わり合いになるのはゴメンだという雰囲気をバシバシ感じるが、さすがに全員が慣れてしまってきたので、気にするやつはいない。
「一階層、二階層を素通りするなら道案内は必須だと聞いています。
互助会で依頼として出すのはいかがでしょう? 」
ウチで一番の堅物である近衛騎士のセイコーマが提案する。
「あ、そ、それは、そ、外では……」
「ああ、そうだね。テイサイートだけで上級冒険者になった貴方には難しいかもしれないけれど、たぶんココでは悪手だわ」
クーシャが言わんとしたことを、メイが引き継ぎ説明を始める。
「ここに来るまでの状況の中で、普通なら現地住民たちの熾烈な売り込み合戦があるわけだよね。
だけど、ボクたちは『武威徹』によってそれを奇しくも避けてしまった。
つまり、ここの互助会で案内を頼む依頼を出すということは、現地住民が避けたから依頼を出さざるを得なかったって説明しているのと同じことになる。
つまり……」
「足元を見られる、ということですか……」
「うん、それと依頼を受けてくれる人がいるかどうかも怪しいね」
「なるほど……」
セイコーマはそう言ったきり黙り込んでしまう。
「……ということで。
ボクなりのやり方で案内人を募集しようと思うんだけど、いいかな? 」
メイが提案してくる。
メイはちょっと偏っているきらいはあるが、俺は信頼している。
任せてしまっていいだろうと、俺は頷く。
すると、メイはクーシャにウインクをひとつ。
それから、その場に立ち上がって声を張り上げた。
「さて、お立ち会い。
異国から来た不思議な馬無し馬車の冒険者たち。
気になる者は数多あれど、厄い匂いに鼻摘み……」
ここまでをまるで大道芸の口上のように朗々と謳い上げてから、少し間を置いて「けどね」とメイは途端にトーンを落として言った。
酒場に訪れる一瞬の静寂。
さっきまであんなに煩かった攻略組でさえ、静かに固唾を呑んでいた。
「この名を聞いても金の匂いがしないって奴は、モグリもいいとこだろうね!
ここにいるのは、落としたダンジョン数知れずダンジョンを生き抜く男と謳われし超級冒険者。
ディープパープル!」
メイが両手をヒラヒラさせてクーシャを紹介する。
対するクーシャは座ったまま、片手だけを上げて応じる。
一瞬だけ、「え、ぼ、僕!? 」みたいな顔をしたのは、他の奴らには見えていないと思いたい。
今の姿だけ見れば、余裕たっぷりの爽やか系超級冒険者だからな。
「ディープダイバー……」「あの、白マント、見たことあるぞ……」
「それから、ボク!
神出鬼没、謎の超級冒険者!
ラーヴァオレンジとは、ボクのことだ!
さあ、金の匂いがしてきただろう? 」
「ら、らーば……爆熱粉砕の…… 」「迷宮破壊者…… 」「仲間殺し……」
辺りから『ラーヴァオレンジ』の噂が流れて来る。
正直、俺も驚いている。
メイは上級冒険者くらいだろうとは思っていたが、まさかの異名持ちの超級冒険者。
しかも、その異名が悪名高き『ラーヴァオレンジ』だとは思わなかった。
噂によれば、ダンジョンボスへの攻撃が激しすぎて、取れた素材がひとつもなかったとか、そもそもダンジョンごと破壊し尽くして、結果、ダンジョンに頼る町をひとつ潰したとか、大量破壊魔導具を所有していてどこかの地域では重犯罪者として追われているとか……老若男女、色々な説が入り乱れていて、そもそも存在自体が怪しいと言われるような、世に言う『三悪超級』の一人が『ラーヴァオレンジ』だ。
それが、メイ……?
はったりだろうか? いや、【冒険者バッヂ】を見せろと言われたら終わりだ。
つまり……。
「おいおい、わざわざ悪名を名乗る冒険者があるかよ!
はったりにしちゃ、タチが悪いぜ、ねーちゃん! 」
「悪名……悪名ね……。
ボクとしてはメイズブレイカーやら、仲間殺しよりもよっぽど気にいってる異名なんだけどねえ……」
そう言ってメイは噂を口にした奴らを一人、また一人と値踏みするように見ていく。
「むむむ……どうしよう、ベル。
使えそうなのがいない……。
少しでも使えそうなのがいれば、難癖つけて雇おうかと思ったけど、全部はずれだわ……」
一通り見回して、メイは俺に話を振ってきた。
「いや、俺に聞くなよ! 」
と、返しはしたもののメイの意図に気づかなかった俺としては答えに窮して出た言葉だった。
まあ、メイのやり方でもダメだったというのは分かったので、他の手を考えなくてはならないのだが、正直、考えがまとまらない。
俺は考えるフリをしながら、壁に貼ってあるメニュー表へと視線を移した。
「な、なあ……」
ふむ、カシラとかネギマにハツ、ボンジリ……なんだろう?
「あの、お、お願いだよ……」
秘伝のタレ……秘伝かぁ……キャッチーなコピーだな。
「な、何でもするから、さ……」
さっきから、子供に凄い袖を引かれている。
チラッと見てみる。
短髪、解れた帽子、着ている服は継ぎ接ぎが目立つ。
その上から着ているのはお手製らしき木板の鎧? おもちゃか?
年の頃は十歳くらいだろうか。発育不良もあるだろうし、もう少し上かもな。
「はぁっ…… 」
俺はひとつため息を吐いた。
子供が腹を空かせているのを見ると、寝覚めが悪い。
ただ、まとわりつかれると厄介だ。
釘は刺しておくか。
「……今晩だけは奢ってやる。でも、次はないからな…… 」
「え? ありがとう、ございま……あ、いえや、そうじゃなねえよ!
うえっと……それはありがてぇけど、それよりもオレを雇ってくれよ! 」
「は? 」
「いや、だから!
あんたら上の道案内が欲しいんだろ!
なり手もいないみたいだしさ。オレのこと雇ってくれよ! 」
いや、ないわ。このお子様を連れて二階層。
更に、俺たちは上を目指すので、このお子様は二階層でバイバイすることになる。
いくら一、二階層が一般に公開されている狩場だとしても、こんな子供を二階層に置き去りとか、寝覚めが悪いにも程がある。
「無理。晩飯は奢ってやるから、それで我慢しろ」
「頼むよ! これでも上のことは詳しいんだ。きっと役に立つからさ! 」
「いや、無理。それに俺一人で決められる話じゃないしな……」
「嘘言うなよ! この中で一番偉いのあんただろ!
なぁ、頼むよー。荷物持ちでも、何でもするからさぁ! 」
「俺が一番偉い? 」
「当たり前だろ、見てりゃ分かるよ。
だから、あんたに頼んでるんだよ! 」
なかなか観察眼があるらしい。
ただ、そこまで見抜いたなら、それをあまり公言して欲しくないというところまで見抜いてほしい……。
「とりあえず、静かにな……」
俺がそう言った途端、お子様の眼が光った気がした。
「あんたが、一番……ふぐっ!? 」
俺は慌ててお子様の口を手で塞ぐ。
ちくせう。不用意な発言だったか。
耳聡く聞きつけたらしい。
こうなれば仕方ない。
「……分かった。分かったから黙ろうな…… 」
お子様がコクコクと頷いた。
俺はそうっと手を離して、お子様と向かい合う。
仲間たちからの視線を感じる。
「道案内ができるんだよな? 」
「ああ、任せろ! 荷物持ちに飯炊き、卵集めもできる! 」
「卵集め? 」
「うん! フレイムドゥードゥルとアローダックの巣を知ってる! 」
火吹き鶏と矢鴨は一階層の人気食材だが、一階層に溢れるほど生息しているので取引額は安価だ。
普段はそれで稼いでいるってことか。
「まあ、荷物持ちも飯炊きも卵集めも必要ないかな。俺たちの狙いは三階層より上だし。
それよりもお子様は二階層から一人で帰れるのか? 」
「え? 」
「ん? 」
とても意外そうな顔をされたので、意図が分からずこちらもハテナ顔をオウム返ししてしまう。
「お、おう! 問題ないでぜ! 」
このお子様は、なんだかちょいちょい変な喋りになるな。
「まあ、問題ないならいい。
えーと、道案内の相場、相場…… 」
俺は背負い袋から『エイビ』のガイドブック〈昔、じいちゃんが入手してきたもので『塔』から持ってきた物だ〉を取り出して、道案内の相場を確認する。
俺たちの場合、一、二階層に用はないので安全でなるべく早い道が知りたい。
そうなると相場は……。
「一日に危険手当込みで三ジンくらいでいいか? 」
「え!? あ、うん…… 」
おや? 反応が芳しくない。
もしかして安すぎたか。ガイドブックには、三から六ジンが相場となっていたから確かに最安値だが、狩場に案内しろとか、特定モンスターを見つけてくれとか、そういう依頼じゃないからいいかと思ったんだが……もしかして、この十年くらいで相場が上がってるとか!?
「あ、いや、そうだな……人数が多いと使えない道なんかもありそうだしな……一日六ジン。
これでどうだろう? 」
「ええっ!? 」
「ん? まだ足りないか? 」
金は余裕があるからいいんだが、ここでお子様から偉そうなだけで相場も分からんダメな奴みたいな目で見られるのは勘弁だ。
俺の取り柄は『知識』なんだから、『知識不足の脳足りん』はダメだろう。
「い、いい、いい……問題、ないでぜす……」
やけに緊張した声音で言われてしまった。
あ、相場をぴったり読み当てたから俺の知識に感心したのかもな。
それから、約束通り晩飯を奢りながら軽く打ち合わせをする。
お子様の名前はユウと言うらしい。
ユウは美味い、美味いと連呼しながら三人前は食べただろうか。
途中、保存の効く物を食べるフリして懐に仕舞ったのは見て見ぬフリをしておいた。
ユウに奢った分の支払いは五人前だったが〈つまり、二人前分は懐の中に消えている〉、俺が十人前以上食っていたので、ユウの分は誤差の範囲だ。
セイコーマはユウの教育されていない所作を見て、顔を顰めはしたものの何も言わないでくれた。
世話焼きのはずのメイ、アステル、アルの女性陣も微笑ましく見ているだけだった。
ああ、アルがアステルに何やら耳打ちして帰りに温かいスープ鍋を土産に持たせてやったみたいだが、俺は見ていないことにする。
甘やかし過ぎもどうかとは思うけどな。
ユウを見送り、さて明日に備えて寝るかと俺たちは部屋に戻る。
「ベル様、あのユウという子供、よろしかったのですか? 」
堅物のセイコーマとしては、理解を示しても納得はしていないようだ。
「まあ、道案内ができるんなら問題ないだろ」
「ですが、おそらくあの子はスラムの者です。
仕事欲しさに嘘を吐いている可能性も…… 」
「いや、嘘を吐くならもっと高価な『金孔雀』なり『鳳凰』なりの生息地に心当たりがあるくらいは言うよ。
フレイムドゥードゥルやアローダックは安価で、ある程度天空ダンジョンの地理に精通していれば入手できるものだ。
それにお前たちがいれば一、二階層のモンスターも問題ないだろ」
「ええ、それはまあ…… 」
「大丈夫っス! どーんと任せて下さいっス! 」
ウチの近衛騎士たちは胸を叩いて請負うのだった。